赤毛の男の妻
『赤毛の男の妻』ビル・S・バリンジャー(創元推理文庫)

殺人を犯して妻とともにアメリカじゅうを逃げ回る脱獄囚、赤毛の男。そして二人の逮捕を命じられたNY第19管区の刑事。この追う者と追われる者の息づまる攻防は、そのまま複雑なアメリカ社会に苦悶する人間の縮図である。一見単純な構成の中に秘められた最終ページの恐るべき感動! 独創的なプロットが光る名手の真骨頂。(本書あらすじより)

実は『赤毛の男の妻』については、ネタバレを『海外ミステリー事典』で食らっていたのです。というわけで大ネタは知っていたのですが、いったいそのネタがどうミステリとして生かされるのかがさっぱり分からないのです。と言っている間に10年近く経ってしまいました。
で、今回ついに読むこととなったわけですが、いやぁバリンジャー読むのって『歯と爪』『消された時間』以来6年ぶりですよ。バリンジャーと、あとリチャード・ニーリィって、「当時は斬新だったんだろうけど現在では意外性に乏しくおまけに小説としても微妙」軍団として自分の中ではくくられているのですが(大変失礼)、果たしてどう転ぶか。

読んでみて一番驚いたことをまず言いますとですね、いやーなんか、あれですよ、バリンジャーのくせに普通に小説が面白いんですよ。びっくりするくらい読みやすくって、ちゃんと読ませるんですよ。しかも、しかもですよ、バリンジャーなのにサプライズが一切ないんですよ。めっちゃ意外じゃないですか。

話の内容はあらすじにあるのがすべて。脱獄囚の逃亡と、それを追いかける刑事、という構図のみです。本当にそれだけ。

一応さっき言ったネタ的なものはちゃんとあって、そのネタは最終ページで明かされます。ちゃんと仕掛けとしては機能していて、ちょいちょい伏線も張られているので非常にきちんとしてはいるのです。ただ、当時のアメリカではこれが非常に驚きを持って受け入れられたそうですが、さすがに2016年にこれを読んでも「あ、そうなんだー」で終わりです。いや、いつものバリンジャートリックではあるんですが、本筋と全く関係がないのです。あくまでストーリーにプラスαするだけのトリック。バリンジャー、ニーリィを評する「時代遅れ」「21世紀に読んでも驚けない」って言葉がめちゃくちゃピッタリです(予想してたけど)。

ただ『赤毛の男の妻』の面白さって、(バリンジャーのくせに)そういうトリック部分とは違うところにあるんですよ。追うものと追われるもののサスペンスが、次第にお互い会ったこともない両者を結び付ける独特の友情というか親愛を生み出し、最後に刑事が脱獄囚を捕まえるところでピークに達する、という話なんです。逃げる脱獄囚は、もはやスピリチュアルに追う刑事の存在を肌で感じ始めるので、「やつがこの街に入ってきた、俺には分かるんだ」とか言っちゃうわけです。この部分だけで純粋に最後まで読ませるのですごい。っていうかこれ完全に腐案件なのでは?
唯一残念なのが、脱獄囚と共に逃げる彼の妻(タイトルの「赤毛の男の妻」です)。この女が一見すごい悪女で、何やら企んでいる感を最初からずっと醸し出しているのですが、なんと、何も企んでいませんでした。なんだったんだ本当に。てっきり稀代の悪女かと思ったよ。

というわけで、個人的に『歯と爪』より楽しんでしまったという、意外な読書となりました。残る未読バリンジャーは……あ、地味にあと3作もあるのね。

原 題:The Wife of the Red-Haired Man(1957)
書 名:赤毛の男の妻
著 者:ビル・S・バリンジャー Bill S. Ballinger
訳 者:大久保康雄
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mハ-5-1
出版年:1961.09.08 初版
     1998.01.23 6版

評価★★★★☆
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消された時間』ビル・S・バリンジャー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ニューヨークのマンハッタンの一角で、冬の真夜中に裸の中年男が喉を切られて、ある店の戸口に倒れていた。女主人に発見され一命はとりとめたが、記憶喪失で身元が分からなかった。それが発端で、次章では全く同じ人物が同じ時間に同じ恰好で喉を切られて、またも女主人に発見されるが、今度は完全に死んでいた!同一人物が章ごとに一方では生き、他方では死んでいて、「私」と警察、それぞれの捜査の結果、身元が徐々に明らかになり、その謎が最後に解明される……。発表されるや、「意外性ではたぐい稀な傑作」と激賞された異色作。


あと1週間はかかるなどと言っておきながら、電車の中で意外と最後一気に50ページ進んだのでありました。だいたい薄いしね。
で、期待しまくりで読んだわけですが……。


一言で言えば、「もったいない」に尽きます。ネタ自体は良く出来てるんですよ。そりゃ、いくらなんでも偶然が過ぎるだろとか、いろいろ文句は付けられましょうが、少なくとも悪いネタじゃないです。これで長編を仕上げようと思ったバリンジャー、はっきり言ってかなりセンスがあります。

が、正直バリンジャーは文章が下手なんじゃないかと思います。『歯と爪』も『消された時間』も、非常に淡々とした文章でリーダビリティに優れているんですが、結局の所淡々とした文章しか書けないんです(たぶん)。

そのせいかどうも盛り上がりに欠けます。別にTYは推理小説にやたらと盛り上がりを求めるわけではありませんし、じみ~なミステリは大好きです(ディヴァインとかさ)。ただ、やっぱり事件の最初から最後まで同じペースってのはどうかなぁと思います。

盛り上がりに欠けるもうひとつ……というかメインの理由は、主人公のドライ過ぎる性格にあると思います。こんなに無感動な主人公初めて見たよ(笑)手助けした人が死のうが、自分が襲われようが、全く気にもしません。こんなやつの友達にはなりたかないです。
……というわけなので、どうも感情移入はしにくいんですね。たぶん作者としては、ある意味なハードボイルド主人公と、最後のギャップを狙ったんでしょうが、だったらもっと最後ガラッと変えてくれよ。まぁあんまり感情移入できちゃうと最後ちょっとつらくなるけどね。


……とグチャグチャけちをつけましが、トリック・構成・ストーリーは良く、リーダビリティもいいので、ぶっちゃけ面白かったですよ。最後のある人物の正体なんか、ずいぶんと皮肉っぽくていいと思いました。真相も、ある章でサンティーニが出るまで全く分かんなかったし(つーかこんなもん分かるわきゃないじゃん。ちょっとやっぱ無理があるし。あと、彼女はいくらなんでも気の毒過ぎるだろ)。半年以上も主人公が何してたんだかは気になります。
面白かっただけに、あと一歩が非常にもったいなかったなぁということです。一読の価値はありますよ。まさに「意外性ではたぐい稀な傑作」です(いい意味でも悪い意味でも意外性のみ強調されるんだろうなぁ)。復刊してもいい気はするけど。


ちなみに。訳者は仁賀克雄さんです。訳者後書きがどうも見たことある内容だなぁと思ったら、新潮選書の『海外ミステリー事典』のバリンジャーの項を書いてるのが仁賀さんでした。彼は『消された時間』が一番好きみたいです。


書 名:消された時間(1957)
著 者:ビル・S・バリンジャー
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 59-1
出版年:1978.8.31 初版
    1983.9.15 3刷

評価★★★☆☆
歯と爪
『歯と爪』ビル・S・バリンジャー(創元推理文庫)

彼の名はリュウ。生前、彼は奇術師だった――ハリー・フーディニやサーストンと同じような手品師、魔術師で、その方面ではすばらしい才能をもっていた。ただ、早死にしたため、ハリーやサーストンほど有名にならなかっただけだ。だが彼は、これらの名人すら試みなかったような一大奇術をやってのけた。まず第一に、ある殺人犯人に対して復讐をなしとげた。第二に自分も殺人を犯した。そして第三に彼は、その謀略工作のなかで自分も殺されたのである……ストーリー・テリングの奇才バリンジャーが仕掛ける最後の一ページの驚くべき大トリック!(本書あらすじより)

初バリンジャー。本当は『消された時間』を読みたかったんですが、まぁ簡単に見つかるわけもなく、ひとまずとブックオフにて105円で買ったもの。袋とじが着いており、開けずに返品する方には料金はまるまる返してくれるそうです(アメリカでも同じ感じで出されたらしい)……が、中古品だけあって、見事に袋とじは最初から開いています。
って、普通に本屋さんで買えますけどね(笑)6月以降に新版が出るみたいですね……表紙このままで構わないんだけどなぁ。


ビル・S・バリンジャーは、1950年代頃に最も活躍したアメリカ人作家です。一作一作に独特の手法が試みられており、邦訳作品もいくつか出ていましたが、時代と共にその「独特」さの新鮮味が薄れてしまったため、現在ではあまり読まれていないようです(手に入るのは2・3作品だけっぽい)。ただし、今となってはおなじみの手法を作り上げ完成させたという点で、もっと評価がされてもいい作家なんではないかな、と。


で、肝心の内容ですが……。うーむ、楽しめましたが、現代においてはミステリとしてちょっと……となるのではないでしょうか。袋とじをする程の真相とも思えませんし(ほぼ予想通り)。ただ1950年代袋とじがなされて出版されていたことを考えれば、ネタとして当時は新しかったはず。章ごとに交互に話が進むのも、当時なら真新しかったはず。とは言っても、やはり21世紀において「最後の一ページの驚くべき大トリック」と紹介するのは無理があるんではないかなぁと。

というのはミステリとして見たらの話です。読んだ素直な感想としては、そもそも小説として普通に面白いじゃん、ってことですね。いわゆるビカレスク(犯罪小説)に分類されるんでしょうが、あまりドロドロさを感じさせない多彩なストーリーをかなり楽しめます。ビカレスクとして読む一方でミステリ要素が入ると考えると、ミステリ的に、この部分部分が合わさってく感じもいい味付けになるわけですよ。飽きさせることなく続く展開には目が離せません。

何とも複雑な気分になる終わり方をします。当然っちゃ当然なんでしょうが、何となく悲しいというか、人間の本性を垣間見たような気になります。このあとどうなるんでしょうかねぇ。弁護士の最後のセリフも、かなりシビアというか……。こうして、単なるトリックネタだけで成立させていないところが、この話のいいとこどすね。

結局、バリンジャーの作品で30年間『歯と爪』だけが生き残ったのには、それなりに理由があるわけです。何だかんだ、時代を越えて読まれていってほしい作品ですね。


書 名:歯と爪(1955)
著 者:ビル・S・バリンジャー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mハ-5-2
出版年:1977.7.15 初版
    1996.10.11 22版

評価★★★☆☆


追記:プロローグでリュウの名字が一度だけ意味を持つってありましたが、結局どこだったんでしょうか。あの紙切れのことかなぁとは思うんですが、どうもしっくりきませんねぇ。
分かる方、ぜひ教えて下さいな。