誰もがポオを読んでいた
『誰もがポオを読んでいた』アメリア・レイノルズ・ロング(論創海外ミステリ)

E・A・ポオの作品に見立てた連続殺人事件。盗まれたポオの手稿と殺人事件の謎を追う究極のビブリオミステリ。多数のペンネームで活躍したアメリカンB級ミステリの女王アメリア・レイノルズ・ロングが遂に日本初紹介!(本書あらすじより)

仕事が休みの日に隙をぬってブログを更新しています。帰ったらすぐ寝てしまうのでなかなか書く時間が……読了本はたまっているんですけど。書きためておくか。

狙いすぎな邦題がアレですが(案の定現代とは全然違う)、どえらい訴求力があるので良いと思います。
さて、全く聞いたこともないアメリカB級作家だそうです。B級と言ってもヴァージル・マーカムとかハリー・スティーヴン・キーラーのような荒唐無稽なものではなく、どちらかというと読み捨て系ペーパーバック本格ミステリ。詳しくは解説参照ですが、意外としっかりとした本格ミステリの書き手だったようです。
で、読んでみたら、素人探偵っぽい大学院生の女の子(シリーズ探偵で、職業は推理作家らしい)が、検事局の既婚男性と一緒にわーきゃーしながら事件に取り組むライト・ミステリっぽい読み口の作品でした。総合的な出来はぶっちゃけ微妙ですが、色々わちゃわちゃしているのでそこそこ楽しめます。

ポオの直筆原稿をめぐって、ポオの研究家のゼミの中で殺人事件が続発します。しかも殺された状況はポオの作品の見立てとしか思えないものばかり。果たして犯人の目的は?

ポオ見立ても思ったよりガチで、気軽に見立てられつつ主人公の友人がバタバタと死んでいき、死体がゴロゴロと転がっていくのです(金田一少年かよ)。死に方も結構アレで、大学生たちが焼き討ちにテンションをあげていたら箱の中から生きた人間が、みたいな焼死シーンとかすごい金田一少年感があります。怖くない横溝正史(解説談)。
犯人があまりにバレバレ、トリックもまぁうん(あったか?)という感じで、本格ミステリ的にそれほどでもない感は否めませんが、分単位のアリバイチェックしたり見立て殺人があったりするポスト黄金時代の作品を久々に読めてそこそこ満足なのも確か。好きな人は好きだと思います。

たぶんもっと出来の良い作品が眠っていると思うので、ぜひ翻訳してくれないかなぁ。こういうB級作品って、むしろ最近じゃなかなか読めないですし。

原 題:Death Looks Down(1944)
書 名:誰もがポオを読んでいた
著 者:アメリア・レイノルズ・ロング Amelia Reynolds Long
訳 者:赤星美樹
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 186
出版年:2016.12.30 初版

評価★★★☆☆
スポンサーサイト
誘拐されたオルタンス
『誘拐されたオルタンス』ジャック・ルーボー(創元推理文庫)

これはミステリなのか? 珍妙な事件とその顛末を書いた前作に続く傑作。哲学を学ぶ魅惑的なオルタンスはポルデヴィア公国の皇子と愛し合い、同じく同国の犯罪者である皇子もオルタンスを愛し……彼女は誘拐される! 一方ブロニャール警部はある殺害事件に挑戦する。さらわれたオルタンスは、どうなるのか? 前作で姿を消した高貴な猫アレクサンドル・ウラディミロヴィッチも健在で、やはりこの世界は珍妙極まりない!(本書あらすじより)

はいでましたよ、今年の暫定ベスト……えー、8くらい。とにかく皆さんにはぜひともこの本を読んでいただき、そして読み終わって壁に投げつけてほしいわけであります。愛すべきメタ・ミステリなのです。えーい、とりあえず読んで! 面白さの保証は出来ないけど!!
いやほんとに頭おかしいし、よくぞ出してくれた東京創元社みたいな圧倒的感謝の気持ちしかありません。『麗しのオルタンス』は、まだただの奇人ミステリというか、ある程度万人向きであったと思うのですが、『誘拐されたオルタンス』は完全に悪ふざけが過ぎていてすごい読者を選びそう……でも、俺はこの作品、好きなんだ……。

一応、殺しが発生し、それを警部が捜査し、一方で美女オルタンスをめぐって色々事件が起き、背後には隣国ポルデヴィア公国の陰謀が……という話なのですが、メインストーリーとかどうでもいいのであらすじは飛ばします。

まぁ、基本的には作者が大いに出しゃばり、読者を大いに巻き込むメタ・ミステリなのですが、とにかく破天荒すぎます。作者が作者としても作中登場人物としても出てくるのもヤバいし、前作『麗しのオルタンス』の売れ行きに関する無茶振りにも程がある編集者への手紙とかもヤバいのですが、まだ話が終わってないのに謝辞を始めた瞬間本当に頭おかしいなと思いました。で、警部が謎解きの際に、今回の事件を解く手がかりはこの小説にあったのです、というわけで最初から読み返してみると何とこんな真相が!みたいなことを言い出して、何だこれメタにも程があるぞいい加減にしろ。
そしてところどころに差し込まれる謎のミステリっぽさ。初っ端の叙述トリックも新本格好きなら知っているであろうものでからたぶん笑っちゃいますし、様々なキャラクターに頻出する〈美青年〉という言葉を利用した双子ならぬ六つ子トリックにぜひとも翻弄されてほしいのです。そして驚異の謎解きを読み、読み終わって壁に文庫を投げつけてほしいのです(これだけは言っておきたいのですが、マトモなミステリを期待するとたぶん憤死するので、怒らずに心を無にして読みましょう)。これだからウリポ(「Ouvroir de littérature potentielle(潜在的文学工房)」)は……。

一応ストーリー上の続き物ではあるんですが、作者がめっちゃ説明してくる上に1作目読んでなくても問題ないというか、むしろ読んでいても理解できないという感じなので、ぜひ『誘拐されたオルタンス』からどうぞ。そもそも8年も前に翻訳が出た作品のことなんか忘れていたって構わないわけだし……。
というわけでもう超好きなのですが、オススメはしたくない、という複雑怪奇な気持ちであふれています。オススメしていざ読ませてブチ切れられたら困るじゃないですかー、やだー、読むなら勝手に読んでー、みたいな。くれぐれも摂取は自己責任で。あとはもう三部作完結編『亡命したオルタンス』の翻訳&発売を座して待つのです。

原 題:L'Enlèvement d'Hortense(1987)
書 名:誘拐されたオルタンス
著 者:ジャック・ルーボー Jacques Roubaud
訳 者:高橋啓
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mル-5-2
出版年:2017.02.28 初版

評価★★★★★
春を待つ谷間で
『春を待つ谷間で』S・J・ローザン(創元推理文庫)

ある晩冬の日。中年探偵ビル・スミスは、いつもは休暇を過ごすために訪れる州北部の郡を、初めて仕事で訪れる。イヴという女性の依頼は、家から盗まれた品物を探すこと。どうやら警察が疑っているのは、酒場の主人トニーの弟で、以前から目をかけていたジミーのようだった。調査を開始して間もなく、ビルは死体を見つけ、家出少女捜しを頼まれ、何者かに襲われる……。ビルとリディアがマンハッタンを離れて、事件と取り組むシリーズ第6弾。(本書あらすじより)

体調崩しマンで絶賛寝込みマンの吉井です。つらいっす。
さて、『新生の街』に続いてS・J・ローザン、今回はビル・スミス視点のシリーズ第6作です。ビルが毎年休暇に訪れている田舎町で、絵画盗難の仕事を引き受けます。さらに殺人、家出少女捜しなど、複数の事件が同時に発生。ビルが昔から面倒を見ている青年ジミーの関与が疑われる中、事件の全貌が徐々に明らかにされます。

いやー相変わらずうまいなぁ。ローザンらしい、繊細で、地味だけど人間らしい登場人物がぞろぞろ出てきて、みんなして犯人と目されるジミーを探しているだけ、って話なのに、これだけの物語を作れてしまうんだからすごいです。
事件の背後に見え隠れする、田舎町で影響を及ぼすアップルシーズという大会社が登場します。この会社関係の描写がやや駆け足だったことや、登場人物数を考えると、もっと長めに書いてもよかったかなという気もします。ちょっと終盤が急いでいるというか、強引に真相が判明するんですよね。まぁビルとリディアが岩陰に隠れてドンパチする西部劇みたいな展開を作者がとにかく書きたかったんだろうなぁという気もしますが。

ところでハードボイルド/私立探偵小説の真相って、大きく2種類あるのかなぁと最近思ってきました。一方は家族など私的・内輪で完結するもので、もう一方は大企業や社会そのものを相手にする作品です。そんなのハードボイルドに限らないだろうとも思いますが、ただ例えば本格ミステリって前者が圧倒的に多いわけじゃないですか。逆に冒険小説とかは後者が圧倒的に多いのかなと。両者共に扱えるのが、一個人でありながら探偵として大きなものにも挑めるハードボイルドならではの特徴ではないかと。
で、ぶっちゃけると、いまだに後者のパターンをどういうスタンスで読めばいいのかよく分からないんですよ。本格からミステリに入ってしまった自分みたいな人は、てってれー社会が悪いのだ!みたいに言われてしまうと、お、おぅ、みたいな。いやつまらないとかじゃないですよ。傑作いっぱいありますよ。あくまでこちらのスタンスの問題です。今後の課題にしましょう。

総じて非常に面白かったのですが、とはいえ先日読んだ『新生の街』の方が面白かったかなぁ。それに何といっても『冬そして夜』の方が圧倒的に面白かったというのもあるし。ビル・スミスはもっと良いのがあるはず。今度は『どこよりも冷たいところ』を読みたいです。

原 題:Stone Quarry(1999)
書 名:春を待つ谷間で
著 者:S・J・ローザン S. J. Rozan
訳 者:直良和美
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mロ-3-6
出版年:2005.08.31 初版

評価★★★★☆
新生の街
『新生の街』S・J・ローザン(創元推理文庫)

新進デザイナーの春物コレクションのスケッチが盗まれた。5万ドルの“身の代金”の要求に、受渡しの仕事を持ち込まれた探偵リディアは、相棒ビルと指定の場所に赴くが、不意の銃撃をへて金は消えた。汚名返上のため、2人がファッション界に真相を探ると……? 名コンビが早春の街を駆ける、等身大の探偵物語。待望の第3弾!(本書あらすじより)

今月末のローザン読書会に向けて、約2年ぶりのローザンです。今回はリディア・チン視点の作品です。
ローザンの書く私立探偵小説って基本的にかなり好きなんですが、ぶっちゃけるとリディア・チンよりもビル・スミス物の方が良いよなぁとこれまで思っていました。ほぼ全作読んだうちの親が言っていたというのもありますし、過去に読んだ『苦い祝宴』が「まぁそれなりに面白い」くらいの感想だったからというのもあります。短編もビル・スミスの方が圧倒的に良いし。っていうか『冬そして夜』がド傑作だし。
……いやほんとすみません、リディア・チン舐めてました。ビル・スミスの方が圧倒的に面白い、なんてことは全くありませんでした。くっそぅ良いじゃないかこれ。

今回はファッション業界が舞台。盗まれたデザインの取引のためにリディアが雇われるのですが、不意の出来事により取引は失敗してしまいます。さらに不可解な殺人が発生し、それを調べていく中でリディアとビルはファッション業界の裏で動く陰謀を暴きだしていくのですが……。

込み入った事件の果てに浮かび上がる真相は、私立探偵小説としてはある意味定番のものです。しかしながらそのはめ込み方と生かし方、舞台設定と探偵のキャラ設定、さらに解決に至るまでの小規模事件の連発によって、非常に安定感のある、上質な作品になっています。かなりのテンポで事件が続発し、おまけに事件の全体像が見えてこないので、大いに読ませるるのです。うーんこれはいいものだ。
『苦い祝宴』の時より圧倒的に楽しめたのですが、これは高校生の頃と違ってハードボイルドを楽しめるようになったからなのか、それとも事件の内容がより好みに近いからなのか……(両方かも)。どちらにせよ、(こんなこと言うとアレだけど)リディア・チン・シリーズは個人的に女性探偵物の中でも抜群に取っ付きやすいのです。

というわけで久々でしたがやはり良いシリーズでした。このままあと1冊読みます。

原 題:Mandarin Plaid(1996)
書 名:新生の街
著 者:S・J・ローザン S. J. Rozan
訳 者:直良和美
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mロ-3-3
出版年:2000.04.21 初版

評価★★★★☆
傷だらけのカミーユ
『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル(文春文庫)

カミーユ警部の恋人が強盗事件に巻き込まれ瀕死の重傷を。彼女を守るため警部は独断で犯人を追う。英国推理作家協会賞受賞作。(本書あらすじより)

今週、来週と地獄のように忙しいので、ブログ更新をあまり期待しないでください。せこいこと言うと、最近アクセス数が非常に良いし、何しろ今はランキング時期なのでがんがん感想あげていきたいんですけど。来週は鬼だぜぇ。

さて、年末ランキング関連の検索に媚びるかのごとく、『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』に続く、カミーユ・ヴェルーヴェン警部三部作の最終作『傷だらけのカミーユ』です。先に言っておきますが、このシリーズは基本的にシリーズ順で読むのがどう考えてもベストです。翻訳された順に『アレックス』→『イレーヌ』と読んだ人がいるかもしれないのは、まぁ仕方ないのです。が、一番よろしくないのは、大ヒットした『アレックス』を読んで、『イレーヌ』を読み逃したまま『カミーユ』が出ちゃって、じゃあとりあえず『カミーユ』読むかぁ、みたいになるパターンです。やめましょう。『イレーヌ』『『アレックス』両方を読んだ後に『カミーユ』だよ、約束だよ。

前置きが長くなりました。さていつもいつも女性を痛めつけることで定評のあるルメートルさん、今回の獲物はカミーユ警部の恋人であるアンヌさんです。強盗事件に巻き込まれた彼女は、何とか殺されずに済みましたが、なぜか必要に命を狙われ続けます。周囲にロクな説明もせず、連携もとらず、越権行為と違法行為に躊躇せず死に物狂いで強盗犯を追い、孤立していくカミーユ。果たして彼らの運命は……。

「『ほうれんそう』さえしっかりすれば窮地に陥らずに済む話」という、三部作の中では自分が一番苦手なタイプの作品です。ですが、個人的には本作が三部作の中でベスト。苦手な点が思ったより痛々しくクローズアップされなかったからというのもありますが、なにげに王道っぽいのと、でもちゃんと最後に全てをガラッと変えるどんでん返しがあるのと、どことなく古典的なクライムノベルっぽいところが良いのかなぁ。しっかり三部作としてまとめた作者の手腕を評価したいところ。

確かにどんでん返し度は、(今までよりは)大きくないかもしれません。ただそれは仕掛けがしょぼいからではなく、作者があまり隠していないからなんですよ。例えば視点人物をこのままにしたとしても、途中である名前さえ出さなければどんでん返しっぷりが倍増するはずなんです。ルメートルはそういうのはむしろ得意なはずですから、これはカミーユの内面に切り込むためにわざとやっているんじゃないかと。じわじわと追い詰められ、窮地に陥り、精神的に傷だらけになっていくカミーユの奮闘っぷりが印象的です。
そう、狙われる女という正統的な主題、ロマン・ノワールの主人公みたいなカミーユ警部、どんでん返し、という、非常にフランス・ミステリらしい作品なのです。『アレックス』と違い最初から最後まで一本筋に通しているのも良し。それに、ルメートルお得意の残虐描写、構図の反転を仕込んでいるので、面白いに決まっています。

というわけで、後期クイーン問題三部作ことヴェルーヴェン警部三部作を無事読み終えたわけですが、結果的には『カミーユ』>『イレーヌ』>『アレックス』かなー。好みはともかくルメートルが現フランスのトップミステリ作家であることは間違いないので、シリーズ外の作品も読んでみようか検討中です。

原 題:Sacrifices(2012)
書 名:傷だらけのカミーユ
著 者:ピエール・ルメートル Pierre Lemaitre
訳 者:橘明美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ル-6-4
出版年:2016.10.10 1刷

評価★★★★☆
生か、死か
『生か、死か』マイケル・ロボサム(ハヤカワ・ミステリ)

四名が死亡した現金輸送車襲撃事件の共犯として十年の刑に服していたオーディ・パーマー。奪われた七百万ドルの行方を知るとされる彼は、服役中どれほど脅されても金の在処を吐くことはなかった。時は経ち、出所日前夜。オーディは突如脱獄を果たす。もう一日待てば、自由も金もすべてが手に入ったはずなのに……。彼の決断の裏には恐るべき陰謀と悲劇が――スティーヴン・キングが絶賛した著者の代表作! 英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞受賞&アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞最終候補。(本書あらすじより)

あと一か月ほどはひたすら新刊を読むことになりそうです。今年は結構いいペース。
さて、昨年のCWAゴールド・ダガー賞です。舞台はアメリカだしキング絶賛だしストーリーまでアメリカっぽいのに、作者はオーストラリア出身という。

とにかくオーソドックスなエンタメ小説です。主人公オーディ・パーマーが出所日より一日早く脱獄した謎だとか、彼が関わった(とされる)現金輸送車強盗の隠された真実だとか、過去の甘酸っぱいラブロマンスだとか、全てベタっちゃベタに進行していきます。現在と過去のカットバックのやり方なんかは手慣れているなぁという感じ。途中の非情な展開などはいかにも21世紀だぜぇという感じですが、そこはキング絶賛のクライム・サスペンス(そういえばショーシャンクっぽいと言えなくもない)、ラストには見事な大団円が待ち受けている、というわけです。

で、意外というか当然というか、これがとにかく面白いのです。語りも良ければキャラも魅力的。オーディ・パーマー(この主人公名、すごく主人公っぽい)が、それこそ死に物狂いで「死」から逃げ「生」を求める理由こそが、この小説の基軸となるのですが、そのカッコよさと傷ついたヒーローっぷりがたまりません。
あと、最後あのキャラクターが生き残るのが、めっちゃ意外だったんですよね。非情なストーリーのようで、案外作者がハッピーエンド好きなのではないか、と推測。

個人的にはもうちょっと型破りであったり突き抜けていたりする方が好みなのですが、でも期待以上に楽しめました。若干あちこちに手を広げすぎた嫌いはあるけど、70点は確実に約束できるタイプの作品です。同訳者の『解錠師』がお好きな方なんかはぜひ。著者のデビュー作『容疑者』も探してみようかな。


原 題:Life or Death(2014)
書 名:生か、死か
著 者:マイケル・ロボサム Michael Robotham
訳 者:越前敏弥
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1911
出版年:2016.09.15 1刷

評価★★★★☆
過ぎ去りし世界
『過ぎ去りし世界』デニス・ルヘイン(ハヤカワ・ミステリ)

第二次世界大戦下のフロリダ州タンパ。抗争のさなかで愛する妻を失って以来、元ボスのジョー・コグリンは、ギャング稼業から表向きは足を洗い、一人息子を育ててきた。だが、そんな彼を狙う暗殺計画の情報がもたらされる。いったい誰が、何の目的で? 組織を託した旧友のディオンや、子飼いのリコらが探っても、その真偽すらつかめない。時を同じくして新たな抗争が勃発し、かろうじて平和を保っていたタンパの裏社会は大きく揺れ動く……変わりゆく社会の裏で必死に生き残ろうと足掻く男たちの熾烈な攻防を力強く描く。『運命の日』『夜に生きる』に続く三部作完結篇!(本書あらすじより)

『運命の日』を読まないままこれを読んでしまいましたが、何の問題もありません。本書は『夜に生きる』の続編にあたります(なお『夜に生きる』の内容もほぼ忘れていたけど何とかなった)。
何度も言っていますが、どうしても自分は禁酒法時代のギャング物というのが好きになれないのです。『夜に生きる』は、主人公であるチンピラ、若きジョー・コグリンが、成長しのし上がっていく過程を描いた作品でしたが、そもそもそういう話が好きじゃないということもあり、世評ほど楽しめなかったというのが正直なところです(だって、のし上がっていく過程ってさ、絶対つらいことあるじゃん……)。
一方今回の『過ぎ去りし世界』ですが、自分でもびっくりするくらい最初から最後まで大いに楽しんで読みました。前作より圧倒的に好きです(禁酒法時代じゃなくて第二次世界大戦中だからというのもある)。ラストとかめちゃくちゃつっらいんですけど、でも好きです。傑作でしょう。

既にギャングの大ボス格(表向きは引退して相談役的ポジション)であるジョー・コグリンは、自らの暗殺計画の噂を耳にします。誰にとっても利益を生み出す存在であり、殺される理由など思いもつかないジョーですが、自分の息子が一人残される不安を思うと噂を冗談と切って捨てることもできません。さらにジョーの一味と他の一味の間で抗争が勃発し、彼は否応もなくそれに巻き込まれていきます。

本書を貫くテーマは「親子」なのですが、とにかくこのモチーフの使い方がキレッキレ。殺し殺されたり、裏切ったりする中でも、ギャングには相手の家族を巻き込まないという鉄則があります。彼らは自分の家庭を、家族を、特に子供を守るため命がけで戦うし、また相手に子供がいることを理解していても必要であれば殺さなければならないのです。
そういった親子が、何組も何組も登場するのです。情はあるけど無情な「親子」の行く末がどんどこ描かれ、ルヘインによる完璧な構図を、読者はなすすべもなく「あぁぁぁぁルヘインそっちいかないでぇぇぇぇぇぇぇ」みたいな気持ちで眺める本なのです。つらい。黒人を束ねるボスであるモントゥース・ディックスがかっこよすぎる……。

また今作は、主人公のギャングとしての在り方が試される話でもあります。ジョーの掲げる「自分は悪い人ではない」という考えが、次第に独善的なものとして揺さぶられ、それでも息子のためにあろうとする生き様がすさまじいのです。自分の犯す殺人は意味があるもので、自分は悪いギャングではないと自らに言い聞かせながらも、親友であるディオンのやり方に疑問を感じてしまうジョー。つらい……。

以上のようなギャング小説としてずば抜けた構成に加え、誰が、なぜ、ジョーを暗殺するのか?という謎が核となっています。そのためか、ギャング小説としては地味なのに非常に読みやすく、謎を軸にした意外な展開で最後までとにかく読ませる作品になっています。300ページという長さもぴったり。やっぱりデニス・ルヘインの筆力と構成力にはずば抜けたものがあります。これはもう褒めるしかないんだぜ。
ちなみに今のところ長編3冊、短編集1冊を読んでおり、『ザ・ドロップ』が一番好きなんですが、なんとまだデニス・“レ”ヘインを読んでいないんですよ。とりあえずシリーズは手を付けないと……。

原 題:World Gone By(2015)
書 名:過ぎ去りし世界
著 者:デニス・ルヘイン Dennis Lehane
訳 者:加賀山卓朗
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1906
出版年:2016.04.15 1刷

評価★★★★★
古書奇譚
『古書奇譚』チャーリー・ラヴェット(集英社文庫)

かのウィリアム・シェイクスピアは果たして本物か――気弱な古書商ピーターが手にした本は、世界を揺るがす大論争に決着をつける奇書『パンドスト』初版本だった。癖のある書き込み、亡き妻そっくりの謎の肖像画と共通する“B・B”のサイン。やはり偽書なのだろうか? 本物であることを願うピーターは真贋と“B・B”の調査に乗り出すが……。冒険あり、歴史あり、愛と涙あり。エンタメ・ビブリオミステリの傑作!(本書あらすじより)

うううううん、微妙。カルロス・ルイス・サフォンを経た我々は、もはやこんなありきたりのビブリオ・ミステリでは満足できないのだよ。

妻アマンダを亡くしたばかりの書籍商ピーターが、シェイクスピアの正体に決着をつけるであろう文学史上の大発見本である『パンドスト』を手に入れ、そこからある陰謀に巻き込まれる現在パート。ピーターが学生時代古書の魅力を知り、またアマンダに出会う甘酸っぱい過去パート。そして後に『パンドスト』を手にした過去の人物たちが描かれる歴史パート。の3つが交互に描かれる、という構成になっています。
このうち過去パートは、文系男子の妄想全開という感じで、確かに読んでいて大変よろしいのですが、どちらかというと息抜きで、本筋とは別の話。つまりシェイクスピアの正体に迫り、『パンドスト』を利用する何者かと対決するという主筋は現在パート、および歴史パートで描かれます。歴史パートは特に作者の知識が存分に生かされており、こちらもなかなか楽しめます。特にある男の復讐に燃え贋作づくりに励む様は壮絶。

ところが、結局ピーターが迫る過去の真実はほぼ歴史パートで語りつくすうえ、最後には手記という飛び道具に出てしまうので、『パンドスト』の来歴に迫る!みたいな話なのに、なんというか、はぁそうですか以上の驚きが一切ないのです。じゃあ現在パートが手に汗握るかといえば、こちらはこちらでよくある展開以上のものにもならず。とってつけたような現在パートの新しい女性との出会いもそうですが、結局のところアメリカ人の書いた英国(が舞台の)ビブリオ・ミステリは、やっぱりアメリカ人の書いたエンタメでしかないのです……とかいうとアメリカ人にめちゃくちゃ失礼なんだけど。

総じてこちらの期待を上回れなかったかな、という感じです。気軽に楽しめるお手頃エンタメミステリとしてはいいのかもしれませんが、やるならもっと作りこんで欲しいな、と思ってしまうのは贅沢なのかなぁ。

原 書:The Bookman's Tale(2013)
書 名:古書奇譚
著 者:チャーリー・ラヴェット Charlie Lovett
訳 者:最所篤子
出版社:集英社
     集英社文庫 ラ-13-1
出版年:2015.11.25 1刷

評価★★★☆☆
盗みは人のためならず
『盗みは人のためならず』劉震雲(彩流社)

開発ラッシュの北京を舞台に、社会のあらゆる階層の人間たちが犯罪を犯して、二重三重に絡み合う意外な展開を、下世話でユーモアある語り口で描いた弱肉強食の中国社会!(本書あらすじより)

今年出た中国ミステリです。劉震雲は中国でかなり活躍されている作家だそうで、邦訳も何冊か出ています。どたばたミステリだそうで期待していたのですが……う、うーん、最後まで乗れないとかじゃなく、単純に面白くなかった……。
基本的には群像劇。盗んだり盗まれたりという関係の中で、様々な階層(社長クラスから窃盗団、果てはど底辺の人たちまで)の無関係の登場人物が交互に視点人物となります。彼らがだんだんとつながりを持ってくるところが群像劇らしく見どころのはずなのですが、そういう面白さがあまり感じられなかったのです。結構長めということもあり、読み切るのに苦労しました。

群像劇であることを強く意識した構成で、例えば各章のタイトルがその章の視点人物の名前であることからもこれは明らかでしょう。一応主人公である劉躍進というケチな人物が、踏んだり蹴ったりな目にあいながら色々なもめ事に巻き込まれていきます。そのつながりで、たくさんの人間がまるで舞台劇のように出たり入ったりするわけですね。
この登場人物たちが、案外つながるようでいてつながらないからなのが不満なのかもしれません。個々人のつながりが生まれても、大団円に突入するような感じではないというか(なくはないけど)。少なくともこれだけの長さの作品にするのであれば、もう少し構成を練ってほしいなと思わなくもありません。

また人間の悲喜劇というかユーモアの要素も、これはこれで好きな人は好きだと思うんですが、基本的にアメリカのコメディ的な悲惨になっていくところを楽しむタイプのユーモアなんですよ。ちょっと苦手です。少なくとも、どたばた、ってのとは違う……わけでもないのか。うーん、なんかもっと底抜けに明るいか、でなきゃブラックならいいのに(完全に好みの問題)。

というわけで、まぁこういう現代中国ミステリが翻訳されたこと自体はひっじょーに評価したいところですが、残念ながら内容はあまり楽しめなかった、というのが正直なところです。

原 題:我叫刘跃进(2007)
書 名:盗みは人のためならず
著 者:劉震雲 刘震云
訳 者:水野衛子
出版社:彩流社
出版年:2015.11.20 初版

評価★★☆☆☆
馬鹿★テキサス
『馬鹿★テキサス』ベン・レーダー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

「鹿の着ぐるみだと?」愛人との逢瀬の最中に通報を受けた裸の狩猟監視官マーリンは眉をひそめた。奇妙な不審者が発見されたのだ。現場の牧場へと急行するマーリン。だが、その事件はよりおバカな陰謀への序章に過ぎない。鹿狩り解禁直前の町には、特別な巨大鹿を狙うビール腹の密猟者コンビやアントニオ・バンデラス似の殺し屋が集結しつつあったのだ――へんてこな登場人物満載! テキサスを舞台にした必読の爆笑ミステリ。(本書あらすじより)

びっくりしました。えーなんていうか、このタイトルとこの表紙のくせに、思ったよりマトモな内容だったので。
まずは表紙をご覧ください。これ見せてタイトル紹介するのが今日のメインです。

馬鹿★テキサス

ちょっとこれすごくないですか。鹿とか鹿とか。馬鹿だし。
まず言っておくと、鹿はめっちゃ登場します(ビックリだよ)。テキサスの鹿狩りを舞台にして、狩猟監視人が探偵役をつとめ、鹿をめぐるとある陰謀を暴く、という、どこからどう見てもマトモなアメリカのミステリです。ちなみにあらすじと表紙を見ると鹿の着ぐるみがめっちゃ大事そうですが、これは動物学者が鹿の着ぐるみに入って鹿の気持ちを知ろうとしただけの話で出てくるのは最初だけです(いやそれはそれでめっちゃ面白いけど)。なお、馬は出てきません。馬鹿はたくさん出ます。

変人ばかりのヘンテコテキサス麻薬小説で結構楽しいのですが、変人が出揃ったあたりでちょっと飽きました。探偵役がかなりマトモですし、あまりに変な登場人物(例えばビル・ゲイツという名前の男と結婚した女が本当にあのビル・ゲイツと結婚したと思い込んで脅迫して回る変人野郎とか)が早々に退場(いろいろな意味で)してしまうのもあるかも。

ここまでイロモノ感に満ち満ちているのに、実際最初の100ページはかなりイロモノでしかないのに、最終的にすげぇまっとうに面白い小説として終わります。意外だ。クライム・コメディ好きな人はぜひ読んでみてください。皮肉もシャレもメッセージ性もない、ただただ肩肘張らないで読めるくだらない娯楽小説です(これ褒めてるんだよ)。
ちなみに本国ではこの狩猟監視官マーリンを主役に置いたシリーズが引き続き出ていますが、翻訳されたベン・レーダーの小説はこれ一作のみです。かなりシリアスな、不法移民を扱った小説も出しているようですね。詳しくは訳者の東野さやかさんが紹介しているこちらをご覧ください。

原 題:Buck Fever(2002)
書 名:馬鹿★テキサス
著 者:ベン・レーダー Ben Rehder
訳 者:東野さやか
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 291-1
出版年:2004.05.15 1刷

評価★★★★☆