棺のない死体
『棺のない死体』クレイトン・ロースン(創元推理文庫)

強大な権力を有する実業家ウルフには、死を異常に恐れる一面があった。怪しい男の来訪をきっかけに彼の周囲では怪異現象が続発し、ついにはウルフ自身が不可能状況下で殺害される! 何度死んでも生き返る“死なない男”の存在が不気味な影を投げかける、奇術師探偵マーリニが手がけた最大の難事件。カーと並ぶ密室本格派の名手が、二重三重の仕掛けを駆使した謎解き推理長編!(本書あらすじより)

積みっぱなしにしていたら復刊してしまい、何とかようやく読めました。初長編ロースンです。短編は『37の短篇』で読みましたね。
ぶっちゃけロースンは微妙だぞと、あまり期待するなと聞いていたので、覚悟して読み始めましたが……なんだろう、この……劣化版カーっていうか……密室とラブコメと怪奇(笑)みたいな……。

実業家ウルフの屋敷を舞台に、不可能殺人事件が起こります。ただこれは中盤以降で、それまでに死体を隠したり、その死体が消えたり、はたまた生きているのが目撃されたりと、死体もののコメディっぽい不可能状況も生じています。

基本的に物理(迫真)トリックの極致みたいな密室トリックが連発されます。ひとつだけ悪くないトリックもあるのですが、全体的に謎解きを最後に持ってこないというか、ちょこちょこネタをバラしながら話が進行するので、何の意外性も驚きもないまま終盤がもったりと進んでいきます。
マーリニのキャラクターも「奇術師」であること以外何にもないし(うんちくがつらい)、読みにくいわけではないですが、不可能興味だけで読み進めるのも(そのシチュエーションがそれほど魅力的でもないせいで)しんどいのです。何度も死ぬ男、というメインアイデア自体は悪くないんですが、いちいち後出しかつ驚かせ方が不十分で、提示の仕方がなぁ、微妙なんだよなぁ。

ふと思ったのですが、カーって不可能状況からトリックを考えていたのでしょうか。ロースンはマジックのネタからミステリを書いてるような気がするのです(だからシチュエーション自体はいまいち盛り上がらないのかなと)。事件自体は『三つの棺』レベルでめちゃくちゃ複雑なんですが、ワチャワチャしている印象しかないんですよね。鮮やかさには大いに欠けます。

というわけで、まだまだロースンの長編は未読があるのですが、確かにこの作家はトリックをバーンと示せば終われる短編型かなと思います。そう考えるとカーってすげぇな……。

原 題:No Coffin for the Corpse(1942)
書 名:棺のない死体
著 者:クレイトン・ロースン Clayton Rawson
訳 者:田中西二郎
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mロ-2-1
出版年:1961.05.19 初版
     1994.10.21 2版

評価★★★☆☆
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復讐の子
『復讐の子』パトリック・レドモンド(新潮文庫)

“私生児”と蔑まれながらも才能に恵まれ、美しい少年に成長したロニー。豊かな幼少期を過ごしたものの、母親の再婚とともに不穏な世界へと突き落とされたスーザン。多感な年頃に出会ったふたりは、待ちに待っていたかのように惹かれあう。だが、ロニーがスーザンに打ち明けた秘密は恐るべきものだった……。愛情を憎悪に変え、悲劇の連鎖を引き起こす戦慄の少年少女を冷徹に描く力作。(本書あらすじより)

パトリック・レドモンド。そう、あの大傑作『霊応ゲーム』の作者です。その作者によるもうひとつの邦訳作品が、この『復讐の子』なのです。これだけダサいタイトルであっても、傑作オブ傑作『霊応ゲーム』の作者であることを考えると、面白くないわけがないのです。期待せざるを得ないのです。

読みました。

くそーー! おもしれーなーーー!! パトリック・レドモンドめっちゃおもしれーなーーー!! なんで2作しか訳されていないのかなーーー!!! もっと読まれてほしいんだけどなーーーーーーーー!!!!
というわけで、今回もおすすめです。

あらすじは超普通。私生児であり、過酷な親戚のもとで少年時代を過ごした美しく賢いロニー。彼はやがて、表面的には優等生を演じつつ、影で自らと母親に害をなすものに対して容赦ない罰を与えるようになってしまいます。
これだけならどこかで見たことある話なのですが、作者が上手いのはこの先。ロニーの話と並行して、別の町に暮らす美少女スーザンの物語が描かれるのです。スーザンはこれまた複雑な過程に育ち、過酷な少女時代を過ごすはめになります。ひたすらエグいです。ロニーの比ではないどん底の生活なのです。
この2人が後半に出会い、ついに、物語は大きく動き出すのです。

『霊応ゲーム』ほどの衝撃やカタストロフィはありませんが、それでも非常に読ませる作品。少年少女のつらい幼年時代(ベタ)からの復讐(ベタ)というテンプレートで殴る面白さがたまりません。終盤に明かされる過去のインパクトも良いですね。670ページもあるのにとんでもなく読みやすいので、厚さが苦になりません。
心に闇を抱えた復讐の子、ロニー・サンシャインの狂気譚……というだけなら、ありきたりかなとは思うのです(それでも十分面白いと思うけど)。ところが同じく復讐の子であるスーザン・ラムジーの話も並行させているあたりが上手いんだなぁ。成長したふたりがついに出会い、大人たちへの反逆を企てるんですよ、めっちゃお話として強くないですか。
救いのあるラストが光りますが、これはスーザンの強さあってこそのものですね。

というわけで期待にたがわぬ面白さでした。レドモンド、あと3作未訳の作品があるようなのですが、頼むからどうにかして紹介されてくれませんか……。
というわけでまずは『霊応ゲーム』がもっと売れなければ困ります。とりあえず未読の人は『霊応ゲーム』を読むのです、話はそれからです。分厚いと思うかもしれないけど気にしてはいけません(めっちゃ読みやすいし)。寄宿舎BL興味ないとか言っていないで読むのです。登場人物も多いけど気にしてはいけません(どうせみんな死ぬ)。そしてハマった方は、『復讐の子』もぜひ。

原 題:Apple of My Eye(2003)
書 名:復讐の子
著 者:パトリック・レドモンド Patrick Redmond
訳 者:高山祥子
出版社:新潮社
     新潮文庫 レ-9-1
出版年:2005.03.01 1刷

評価★★★★☆
寒い国から帰ってきたスパイ
『寒い国から帰ってきたスパイ』ジョン・ル・カレ(ハヤカワ文庫NV)

薄汚れた壁で東西に引き裂かれたベルリン。リーマスは再びこの街を訪れた。任務失敗のため英国諜報部を追われた彼は、東側に多額の報酬を保証され、情報提供を承諾したのだ。だがすべては東ドイツ諜報部副長官ムントの失脚を計する英国の策謀だった。執拗な尋問の中で、リーマスはムントを裏切者に仕立て上げていく。行手に潜む陥穽をその時は知るよしもなかった……。英米の最優秀ミステリ賞を独占したスパイ小説の金字塔(本書あらすじより)

ついに読みましたよ巨匠の名作を。スパイ小説と言えば『寒い国から帰ってきたスパイ』、スパイ小説作家といえばジョン・ル・カレなのです。読む前までてっきりジョージ・スマイリーが主役なのかと思っていたのに、いざ読んでみたら端役だったのでビックリでした。そもそも「寒い国」をソ連のことだと思っていたのに違ったし……。
久々にぐうの音も出ない傑作を読みました。いやーこれは確かにスパイ小説の金字塔でしょう。「スパイ小説」「エスピオナージュ」というジャンルそのものを変えた作品だったのではないでしょうか。トールサイズ370ページほどの中で東西冷戦がぎゅっと圧縮され、隙のないプロットに乗せて個人と国家を見事に対比した職人技が光る傑作。晴らしかったです。イアン・フレミングとは対極の観点から「スパイ」という職業をとことん描いた作品です。

ちょうど先月、007を読んだところだったじゃないですか。あちらが夢と冒険のスパイ小説だとすれば、こちらは現実と非情のスパイ小説。主人公であるアレック・リーマスは、ヒーローでも何でもない、ロンドンに、さらには冷戦という世界の構図そのものに翻弄されるだけの悲しき一スパイに過ぎないのです。
ある意味それだけの話を、延々と続く裏切ったスパイの尋問シーンだけで作るので、退屈になりそうなもんなのに全くそうならないのがすごいのです。策略が上手くいくかというギリギリの緊迫感と、その中で作者が仕掛けるどんでん返しがラストで炸裂し、さらに作品のテーマが一気に浮かび上がるというわけ。単にどんでん返しがあるだけではこうも名作として評価されることはなかったでしょう。「スパイ」という、国家に属する個人を描き切り、あのようなラストシーンに到達したからこそ、ここまで名作になったのです。うまい、うますぎる。

というわけで今更感のある感想ですが、やはり読めて良かったです。東西ミステリーベスト100から漏れたのが意外なんですよねー。1985年版は33位だったのに。

原 題:The Spy Who Came in from the Cold(1963)
書 名:寒い国から帰ってきたスパイ
著 者:ジョン・ル・カレ John le Carré
訳 者:宇野利泰
出版社:早川書房
     ハヤカワ文庫NV 174
出版年:1978.05.31 1刷
     2015.01.25 36刷

評価★★★★★
バサジャウンの影
『バサジャウンの影』ドロレス・レドンド(ハヤカワ・ミステリ)

スペイン、バスク地方のバスタン渓谷で、連続少女殺しが発生する。絞殺された少女たちは森の中で、裸身を晒して仰向けに横たわるポーズをとらされていた。州警察は地元出身の女性捜査官アマイアに捜査主任を命じる。迅速に捜査を進めるべく奮戦するアマイアだが、故郷に戻ったことで否応なしに、捨てたはずの自分の過去に直面し、公私ともに追い込まれてゆく。さらに死体発見現場では、バスク神話の精霊である大男バサジャウンの姿が目撃されていた……歴史と伝説に彩られた秘境を舞台に展開する、大型サスペンス。(本書あらすじより)

最近週1更新が板についてきました。こ、このペースだけは維持したいぞ。
さて今年のポケミスですが、スペイン版ピエール・ルメートルみたいな作品でした。どんでん返し的な意味ではなく、捜査官の親族が巻き込まれてしまうサイコ・サスペンスという意味で。それに加えてバサジャウンというスペインの伝説が関係する……というものです。
読む前は非常に面白そうだなと思ったのですが、う、うーん、これは久々に覇気のないポケミスを読んだなというか……。やりたいことを色々詰め込んだのは評価しますが、やるならちゃんと書いてほしいなというのが正直な気持ちです。

奇妙な状態で死体を残す少女連続殺人犯。死体はバスタン渓谷で発見されていた。女性捜査官アマイアはバスタン渓谷出身で地元に明るかったため、捜査主任として地元に舞い戻ることに。しかし故郷の家族内での軋轢、部下の刑事の不審な行動など問題が多発する一方で、次々と殺人は起き続け……。

この地方で目撃されるはずのない熊のような動物の痕跡が現場で発見されたことから、犯人はバサジャウン(雪男のような伝説上の怪物で森の守護者)ではないか?という話が序盤からちらほらと出ているのですが、主役のアマンダがそんなことはあり得ないとバッサリ切り捨てます。
……いや、それはいいんですよ。警察官がまともに伝説を扱ったら話が進みません。ただ、「バサジャウン」の出し方が物語全体を通じて雑というか。とりあえず伝説仕込んでみました、あとはまぁラストでね?みたいな。やるからには適当に出すのではなく、もっと存在を強調して欲しいのです。

で、物語の主軸はアマンダの家族内の問題、およびアマンダの部下の問題に収束していきます。連続殺人事件の被害者の家族などは、ちらっと登場しますが影が薄いです。登場人物がどいつもこいつも自己中なので非常につらい……。主人公のアマンダ含めて自己中なので、それはもうつらいのです。
人物描写について言えば、1ページだけ脇役の捜査官視点の家庭シーン入れるみたいな、意味のない視点変更も気になるっちゃ気になります。連続殺人を相手にしている捜査官が息抜きにピクニックに行っちゃうあたりはスペインまじ偉いと思いましたが、実際どうなんでしょう。

で、当然内輪の問題が殺人にも絡んでくるのですが、そこのミステリとしてのどんでん返しっぷりも甘いし、終わらせ方も慌ただしく感じました。いちおうミスリーディングもあって、もしこの通りに終わったら作者ぶっ飛ばしてやるぞと思っていたらさすがにそこまで単純ではなかったんですが、かといって意外かというとそんなこともないし。全然読者の期待と想像を超えてこないのです。

というわけで、凡庸なスリラーだったなという感想。別に読んでいてつまらないと感じるほどではないですが、面白いかと言うとそうでもないという……。3部作らしいですが、読むか迷うなぁ。
ちなみに翻訳ですが、「~じゃ」みたいな口調を最近のミステリで久々に見ました。全体的に大人向けというより児童向けの翻訳っぽさを感じたのですが、気のせいかな?

原 題:El guardián invisible(2013)
書 名:バサジャウンの影
著 者:ドロレス・レドンド Dolores Redondo
訳 者:白川貴子
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1914
出版年: 2016.12.15 1刷

評価★★☆☆☆
誰もがポオを読んでいた
『誰もがポオを読んでいた』アメリア・レイノルズ・ロング(論創海外ミステリ)

E・A・ポオの作品に見立てた連続殺人事件。盗まれたポオの手稿と殺人事件の謎を追う究極のビブリオミステリ。多数のペンネームで活躍したアメリカンB級ミステリの女王アメリア・レイノルズ・ロングが遂に日本初紹介!(本書あらすじより)

仕事が休みの日に隙をぬってブログを更新しています。帰ったらすぐ寝てしまうのでなかなか書く時間が……読了本はたまっているんですけど。書きためておくか。

狙いすぎな邦題がアレですが(案の定現代とは全然違う)、どえらい訴求力があるので良いと思います。
さて、全く聞いたこともないアメリカB級作家だそうです。B級と言ってもヴァージル・マーカムとかハリー・スティーヴン・キーラーのような荒唐無稽なものではなく、どちらかというと読み捨て系ペーパーバック本格ミステリ。詳しくは解説参照ですが、意外としっかりとした本格ミステリの書き手だったようです。
で、読んでみたら、素人探偵っぽい大学院生の女の子(シリーズ探偵で、職業は推理作家らしい)が、検事局の既婚男性と一緒にわーきゃーしながら事件に取り組むライト・ミステリっぽい読み口の作品でした。総合的な出来はぶっちゃけ微妙ですが、色々わちゃわちゃしているのでそこそこ楽しめます。

ポオの直筆原稿をめぐって、ポオの研究家のゼミの中で殺人事件が続発します。しかも殺された状況はポオの作品の見立てとしか思えないものばかり。果たして犯人の目的は?

ポオ見立ても思ったよりガチで、気軽に見立てられつつ主人公の友人がバタバタと死んでいき、死体がゴロゴロと転がっていくのです(金田一少年かよ)。死に方も結構アレで、大学生たちが焼き討ちにテンションをあげていたら箱の中から生きた人間が、みたいな焼死シーンとかすごい金田一少年感があります。怖くない横溝正史(解説談)。
犯人があまりにバレバレ、トリックもまぁうん(あったか?)という感じで、本格ミステリ的にそれほどでもない感は否めませんが、分単位のアリバイチェックしたり見立て殺人があったりするポスト黄金時代の作品を久々に読めてそこそこ満足なのも確か。好きな人は好きだと思います。

たぶんもっと出来の良い作品が眠っていると思うので、ぜひ翻訳してくれないかなぁ。こういうB級作品って、むしろ最近じゃなかなか読めないですし。

原 題:Death Looks Down(1944)
書 名:誰もがポオを読んでいた
著 者:アメリア・レイノルズ・ロング Amelia Reynolds Long
訳 者:赤星美樹
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 186
出版年:2016.12.30 初版

評価★★★☆☆
誘拐されたオルタンス
『誘拐されたオルタンス』ジャック・ルーボー(創元推理文庫)

これはミステリなのか? 珍妙な事件とその顛末を書いた前作に続く傑作。哲学を学ぶ魅惑的なオルタンスはポルデヴィア公国の皇子と愛し合い、同じく同国の犯罪者である皇子もオルタンスを愛し……彼女は誘拐される! 一方ブロニャール警部はある殺害事件に挑戦する。さらわれたオルタンスは、どうなるのか? 前作で姿を消した高貴な猫アレクサンドル・ウラディミロヴィッチも健在で、やはりこの世界は珍妙極まりない!(本書あらすじより)

はいでましたよ、今年の暫定ベスト……えー、8くらい。とにかく皆さんにはぜひともこの本を読んでいただき、そして読み終わって壁に投げつけてほしいわけであります。愛すべきメタ・ミステリなのです。えーい、とりあえず読んで! 面白さの保証は出来ないけど!!
いやほんとに頭おかしいし、よくぞ出してくれた東京創元社みたいな圧倒的感謝の気持ちしかありません。『麗しのオルタンス』は、まだただの奇人ミステリというか、ある程度万人向きであったと思うのですが、『誘拐されたオルタンス』は完全に悪ふざけが過ぎていてすごい読者を選びそう……でも、俺はこの作品、好きなんだ……。

一応、殺しが発生し、それを警部が捜査し、一方で美女オルタンスをめぐって色々事件が起き、背後には隣国ポルデヴィア公国の陰謀が……という話なのですが、メインストーリーとかどうでもいいのであらすじは飛ばします。

まぁ、基本的には作者が大いに出しゃばり、読者を大いに巻き込むメタ・ミステリなのですが、とにかく破天荒すぎます。作者が作者としても作中登場人物としても出てくるのもヤバいし、前作『麗しのオルタンス』の売れ行きに関する無茶振りにも程がある編集者への手紙とかもヤバいのですが、まだ話が終わってないのに謝辞を始めた瞬間本当に頭おかしいなと思いました。で、警部が謎解きの際に、今回の事件を解く手がかりはこの小説にあったのです、というわけで最初から読み返してみると何とこんな真相が!みたいなことを言い出して、何だこれメタにも程があるぞいい加減にしろ。
そしてところどころに差し込まれる謎のミステリっぽさ。初っ端の叙述トリックも新本格好きなら知っているであろうものでからたぶん笑っちゃいますし、様々なキャラクターに頻出する〈美青年〉という言葉を利用した双子ならぬ六つ子トリックにぜひとも翻弄されてほしいのです。そして驚異の謎解きを読み、読み終わって壁に文庫を投げつけてほしいのです(これだけは言っておきたいのですが、マトモなミステリを期待するとたぶん憤死するので、怒らずに心を無にして読みましょう)。これだからウリポ(「Ouvroir de littérature potentielle(潜在的文学工房)」)は……。

一応ストーリー上の続き物ではあるんですが、作者がめっちゃ説明してくる上に1作目読んでなくても問題ないというか、むしろ読んでいても理解できないという感じなので、ぜひ『誘拐されたオルタンス』からどうぞ。そもそも8年も前に翻訳が出た作品のことなんか忘れていたって構わないわけだし……。
というわけでもう超好きなのですが、オススメはしたくない、という複雑怪奇な気持ちであふれています。オススメしていざ読ませてブチ切れられたら困るじゃないですかー、やだー、読むなら勝手に読んでー、みたいな。くれぐれも摂取は自己責任で。あとはもう三部作完結編『亡命したオルタンス』の翻訳&発売を座して待つのです。

原 題:L'Enlèvement d'Hortense(1987)
書 名:誘拐されたオルタンス
著 者:ジャック・ルーボー Jacques Roubaud
訳 者:高橋啓
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mル-5-2
出版年:2017.02.28 初版

評価★★★★★
春を待つ谷間で
『春を待つ谷間で』S・J・ローザン(創元推理文庫)

ある晩冬の日。中年探偵ビル・スミスは、いつもは休暇を過ごすために訪れる州北部の郡を、初めて仕事で訪れる。イヴという女性の依頼は、家から盗まれた品物を探すこと。どうやら警察が疑っているのは、酒場の主人トニーの弟で、以前から目をかけていたジミーのようだった。調査を開始して間もなく、ビルは死体を見つけ、家出少女捜しを頼まれ、何者かに襲われる……。ビルとリディアがマンハッタンを離れて、事件と取り組むシリーズ第6弾。(本書あらすじより)

体調崩しマンで絶賛寝込みマンの吉井です。つらいっす。
さて、『新生の街』に続いてS・J・ローザン、今回はビル・スミス視点のシリーズ第6作です。ビルが毎年休暇に訪れている田舎町で、絵画盗難の仕事を引き受けます。さらに殺人、家出少女捜しなど、複数の事件が同時に発生。ビルが昔から面倒を見ている青年ジミーの関与が疑われる中、事件の全貌が徐々に明らかにされます。

いやー相変わらずうまいなぁ。ローザンらしい、繊細で、地味だけど人間らしい登場人物がぞろぞろ出てきて、みんなして犯人と目されるジミーを探しているだけ、って話なのに、これだけの物語を作れてしまうんだからすごいです。
事件の背後に見え隠れする、田舎町で影響を及ぼすアップルシーズという大会社が登場します。この会社関係の描写がやや駆け足だったことや、登場人物数を考えると、もっと長めに書いてもよかったかなという気もします。ちょっと終盤が急いでいるというか、強引に真相が判明するんですよね。まぁビルとリディアが岩陰に隠れてドンパチする西部劇みたいな展開を作者がとにかく書きたかったんだろうなぁという気もしますが。

ところでハードボイルド/私立探偵小説の真相って、大きく2種類あるのかなぁと最近思ってきました。一方は家族など私的・内輪で完結するもので、もう一方は大企業や社会そのものを相手にする作品です。そんなのハードボイルドに限らないだろうとも思いますが、ただ例えば本格ミステリって前者が圧倒的に多いわけじゃないですか。逆に冒険小説とかは後者が圧倒的に多いのかなと。両者共に扱えるのが、一個人でありながら探偵として大きなものにも挑めるハードボイルドならではの特徴ではないかと。
で、ぶっちゃけると、いまだに後者のパターンをどういうスタンスで読めばいいのかよく分からないんですよ。本格からミステリに入ってしまった自分みたいな人は、てってれー社会が悪いのだ!みたいに言われてしまうと、お、おぅ、みたいな。いやつまらないとかじゃないですよ。傑作いっぱいありますよ。あくまでこちらのスタンスの問題です。今後の課題にしましょう。

総じて非常に面白かったのですが、とはいえ先日読んだ『新生の街』の方が面白かったかなぁ。それに何といっても『冬そして夜』の方が圧倒的に面白かったというのもあるし。ビル・スミスはもっと良いのがあるはず。今度は『どこよりも冷たいところ』を読みたいです。

原 題:Stone Quarry(1999)
書 名:春を待つ谷間で
著 者:S・J・ローザン S. J. Rozan
訳 者:直良和美
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mロ-3-6
出版年:2005.08.31 初版

評価★★★★☆
新生の街
『新生の街』S・J・ローザン(創元推理文庫)

新進デザイナーの春物コレクションのスケッチが盗まれた。5万ドルの“身の代金”の要求に、受渡しの仕事を持ち込まれた探偵リディアは、相棒ビルと指定の場所に赴くが、不意の銃撃をへて金は消えた。汚名返上のため、2人がファッション界に真相を探ると……? 名コンビが早春の街を駆ける、等身大の探偵物語。待望の第3弾!(本書あらすじより)

今月末のローザン読書会に向けて、約2年ぶりのローザンです。今回はリディア・チン視点の作品です。
ローザンの書く私立探偵小説って基本的にかなり好きなんですが、ぶっちゃけるとリディア・チンよりもビル・スミス物の方が良いよなぁとこれまで思っていました。ほぼ全作読んだうちの親が言っていたというのもありますし、過去に読んだ『苦い祝宴』が「まぁそれなりに面白い」くらいの感想だったからというのもあります。短編もビル・スミスの方が圧倒的に良いし。っていうか『冬そして夜』がド傑作だし。
……いやほんとすみません、リディア・チン舐めてました。ビル・スミスの方が圧倒的に面白い、なんてことは全くありませんでした。くっそぅ良いじゃないかこれ。

今回はファッション業界が舞台。盗まれたデザインの取引のためにリディアが雇われるのですが、不意の出来事により取引は失敗してしまいます。さらに不可解な殺人が発生し、それを調べていく中でリディアとビルはファッション業界の裏で動く陰謀を暴きだしていくのですが……。

込み入った事件の果てに浮かび上がる真相は、私立探偵小説としてはある意味定番のものです。しかしながらそのはめ込み方と生かし方、舞台設定と探偵のキャラ設定、さらに解決に至るまでの小規模事件の連発によって、非常に安定感のある、上質な作品になっています。かなりのテンポで事件が続発し、おまけに事件の全体像が見えてこないので、大いに読ませるるのです。うーんこれはいいものだ。
『苦い祝宴』の時より圧倒的に楽しめたのですが、これは高校生の頃と違ってハードボイルドを楽しめるようになったからなのか、それとも事件の内容がより好みに近いからなのか……(両方かも)。どちらにせよ、(こんなこと言うとアレだけど)リディア・チン・シリーズは個人的に女性探偵物の中でも抜群に取っ付きやすいのです。

というわけで久々でしたがやはり良いシリーズでした。このままあと1冊読みます。

原 題:Mandarin Plaid(1996)
書 名:新生の街
著 者:S・J・ローザン S. J. Rozan
訳 者:直良和美
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mロ-3-3
出版年:2000.04.21 初版

評価★★★★☆
傷だらけのカミーユ
『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル(文春文庫)

カミーユ警部の恋人が強盗事件に巻き込まれ瀕死の重傷を。彼女を守るため警部は独断で犯人を追う。英国推理作家協会賞受賞作。(本書あらすじより)

今週、来週と地獄のように忙しいので、ブログ更新をあまり期待しないでください。せこいこと言うと、最近アクセス数が非常に良いし、何しろ今はランキング時期なのでがんがん感想あげていきたいんですけど。来週は鬼だぜぇ。

さて、年末ランキング関連の検索に媚びるかのごとく、『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』に続く、カミーユ・ヴェルーヴェン警部三部作の最終作『傷だらけのカミーユ』です。先に言っておきますが、このシリーズは基本的にシリーズ順で読むのがどう考えてもベストです。翻訳された順に『アレックス』→『イレーヌ』と読んだ人がいるかもしれないのは、まぁ仕方ないのです。が、一番よろしくないのは、大ヒットした『アレックス』を読んで、『イレーヌ』を読み逃したまま『カミーユ』が出ちゃって、じゃあとりあえず『カミーユ』読むかぁ、みたいになるパターンです。やめましょう。『イレーヌ』『『アレックス』両方を読んだ後に『カミーユ』だよ、約束だよ。

前置きが長くなりました。さていつもいつも女性を痛めつけることで定評のあるルメートルさん、今回の獲物はカミーユ警部の恋人であるアンヌさんです。強盗事件に巻き込まれた彼女は、何とか殺されずに済みましたが、なぜか必要に命を狙われ続けます。周囲にロクな説明もせず、連携もとらず、越権行為と違法行為に躊躇せず死に物狂いで強盗犯を追い、孤立していくカミーユ。果たして彼らの運命は……。

「『ほうれんそう』さえしっかりすれば窮地に陥らずに済む話」という、三部作の中では自分が一番苦手なタイプの作品です。ですが、個人的には本作が三部作の中でベスト。苦手な点が思ったより痛々しくクローズアップされなかったからというのもありますが、なにげに王道っぽいのと、でもちゃんと最後に全てをガラッと変えるどんでん返しがあるのと、どことなく古典的なクライムノベルっぽいところが良いのかなぁ。しっかり三部作としてまとめた作者の手腕を評価したいところ。

確かにどんでん返し度は、(今までよりは)大きくないかもしれません。ただそれは仕掛けがしょぼいからではなく、作者があまり隠していないからなんですよ。例えば視点人物をこのままにしたとしても、途中である名前さえ出さなければどんでん返しっぷりが倍増するはずなんです。ルメートルはそういうのはむしろ得意なはずですから、これはカミーユの内面に切り込むためにわざとやっているんじゃないかと。じわじわと追い詰められ、窮地に陥り、精神的に傷だらけになっていくカミーユの奮闘っぷりが印象的です。
そう、狙われる女という正統的な主題、ロマン・ノワールの主人公みたいなカミーユ警部、どんでん返し、という、非常にフランス・ミステリらしい作品なのです。『アレックス』と違い最初から最後まで一本筋に通しているのも良し。それに、ルメートルお得意の残虐描写、構図の反転を仕込んでいるので、面白いに決まっています。

というわけで、後期クイーン問題三部作ことヴェルーヴェン警部三部作を無事読み終えたわけですが、結果的には『カミーユ』>『イレーヌ』>『アレックス』かなー。好みはともかくルメートルが現フランスのトップミステリ作家であることは間違いないので、シリーズ外の作品も読んでみようか検討中です。

原 題:Sacrifices(2012)
書 名:傷だらけのカミーユ
著 者:ピエール・ルメートル Pierre Lemaitre
訳 者:橘明美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ル-6-4
出版年:2016.10.10 1刷

評価★★★★☆
生か、死か
『生か、死か』マイケル・ロボサム(ハヤカワ・ミステリ)

四名が死亡した現金輸送車襲撃事件の共犯として十年の刑に服していたオーディ・パーマー。奪われた七百万ドルの行方を知るとされる彼は、服役中どれほど脅されても金の在処を吐くことはなかった。時は経ち、出所日前夜。オーディは突如脱獄を果たす。もう一日待てば、自由も金もすべてが手に入ったはずなのに……。彼の決断の裏には恐るべき陰謀と悲劇が――スティーヴン・キングが絶賛した著者の代表作! 英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞受賞&アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞最終候補。(本書あらすじより)

あと一か月ほどはひたすら新刊を読むことになりそうです。今年は結構いいペース。
さて、昨年のCWAゴールド・ダガー賞です。舞台はアメリカだしキング絶賛だしストーリーまでアメリカっぽいのに、作者はオーストラリア出身という。

とにかくオーソドックスなエンタメ小説です。主人公オーディ・パーマーが出所日より一日早く脱獄した謎だとか、彼が関わった(とされる)現金輸送車強盗の隠された真実だとか、過去の甘酸っぱいラブロマンスだとか、全てベタっちゃベタに進行していきます。現在と過去のカットバックのやり方なんかは手慣れているなぁという感じ。途中の非情な展開などはいかにも21世紀だぜぇという感じですが、そこはキング絶賛のクライム・サスペンス(そういえばショーシャンクっぽいと言えなくもない)、ラストには見事な大団円が待ち受けている、というわけです。

で、意外というか当然というか、これがとにかく面白いのです。語りも良ければキャラも魅力的。オーディ・パーマー(この主人公名、すごく主人公っぽい)が、それこそ死に物狂いで「死」から逃げ「生」を求める理由こそが、この小説の基軸となるのですが、そのカッコよさと傷ついたヒーローっぷりがたまりません。
あと、最後あのキャラクターが生き残るのが、めっちゃ意外だったんですよね。非情なストーリーのようで、案外作者がハッピーエンド好きなのではないか、と推測。

個人的にはもうちょっと型破りであったり突き抜けていたりする方が好みなのですが、でも期待以上に楽しめました。若干あちこちに手を広げすぎた嫌いはあるけど、70点は確実に約束できるタイプの作品です。同訳者の『解錠師』がお好きな方なんかはぜひ。著者のデビュー作『容疑者』も探してみようかな。


原 題:Life or Death(2014)
書 名:生か、死か
著 者:マイケル・ロボサム Michael Robotham
訳 者:越前敏弥
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1911
出版年:2016.09.15 1刷

評価★★★★☆