シャーロット・アームストロング名言2

2018-07

『乗客ナンバー23の消失』セバスチャン・フィツェック - 2018.06.18 Mon

フィツェック,セバスチャン
乗客ナンバー23の消失
『乗客ナンバー23の消失』セバスチャン・フィツェック(文藝春秋)

乗客の失踪が相次ぐ大西洋横断客船“海のスルタン”号。消えた妻子の行方を追うべく乗船した敏腕捜査官の前に現れる謎、謎、謎。錯綜する謎を解かないかぎり、ニューヨーク到着まで逃げ場はない。無数の謎をちりばめて、ドイツ屈指のベストセラー作家が驀進させる閉鎖空間サスペンス。(本書あらすじより)

最近全然更新できていなくてすみません。いや、書きたい気持ちはあるんですけど、時間がマジで……社会人きっつい……。
さて、『アイ・コレクター』以来のセバスチャン・フィツェックです。新本格好きもイケる、かなり攻めたサイコ・サスペンスの書き手、というイメージ。
全体的には結構楽しめました。骨子だけ抜き出せば案外無難な話を、味付けや彩りでサイコ感とサスペンス感を演出している、という印象。ただ、久々に「最後いらない」という感想を持ちました。こういうのはもういいよ……いや好みの問題だろうけど……。

かつて妻子を船で亡くした過去を持つ囮捜査官マルティンは、自暴自棄になり、自らの身を全く顧みない無茶な捜査を続けていました。そんな中、妻子の死亡事件に関係する情報を持つという電話を受け、彼は豪華客船〈海のスルタン〉号に乗り込むことになるのですが……。

閉鎖的な超豪華客船で繰り広げられるサスペンス。ぐいぐい読者を引っ張っていく様は『アイ・コレクター』よりはるかに上でしょう。先読み不可能な展開の連続、次々と起きる事件、ちらつく犯人の影とエグすぎる監禁描写(虫……)などなど、とりあえず読んでいて抜群に先が気にりますし、一切だれません。適度に意外な犯人も示され、サスペンスとしては合格点ではないでしょうか。主人公マルティンが、めちゃくちゃベタな「過去を引きずる巻き込まれ型中年捜査官」感全開で、もはや狙ってるとしか思えない、使い捨て主人公っぽさがあるのは気になるけど……。

で、いったん完結したのち、後書きを挟み、まさかのエピローグが待ち構えているのですが……こ、これいる?? 普通に後書き前の時の方が、満足感が高かった気がするんですけど……。エピローグでここまで評価が下がるのも珍しいです。このモヤモヤ感、新本格とかでよくあるやつだ……(叙述とかではなく)。
なんというか、読者を手玉に取れさえすれば何でもいいんだぜ、みたいなスタンスは、すごいとは思うんですよ。メタっぽい面白さとか含めて、これが魅力なのは分かります。分かりますが、明らか付けたし感が強すぎると、もうね、何も言えねぇよ……。

というわけで、フィツェックは気になる作家ではあるんですが、どうも自分の求めるのとは違う気がするんだよなぁ。ただでさえサイコさんは好きじゃないし。とりあえずは『治療島』『ラジオ・キラー』を読んでから、ということなんでしょうか。

原 題:Passagier 23 (2014)
書 名:乗客ナンバー23の消失
著 者:セバスチャン・フィツェック Sebastian Fitzek
訳 者:酒寄進一
出版社:文藝春秋
出版年:2018.03.30 1刷

評価★★★☆☆
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『逆向誘拐』文善 - 2018.06.09 Sat

文善
逆向誘拐
『逆向誘拐』文善(文藝春秋)

国際投資銀行A&Bから機密データが“誘拐”された。データが公開されれば新たな金融危機が起こりかねない。データにアクセスできたのは、大手ソフトウエア開発会社クインタス担当のアナリストたちのみ。とばっちりでアナリストたちと一緒に軟禁状態にされた情報システム部の植嶝仁は、一歩間違えば父親が率いる財閥までが巻き添えを食うと知り、“誘拐犯”の正体を暴こうとするが……。(本書あらすじより)

中国語の作品を対象としたミステリ新人賞である島田荘司推理小説賞。第1回受賞作が寵物先生『虚擬街頭漂流記』、第2回受賞作が陳浩基『世界を売った男』、第3回受賞作が胡傑『ぼくは漫画大王』と文善『逆向誘拐』でした。ザ・新本格、みたいな作品が受賞するこの賞、デビュー作は訳されてもその後が続かないよなーと思っていましたが、昨年陳浩基の『13・67』が日本で超評価されまくったわけで、まだまだ展開が期待できそうです。
さて、このうち第3回はクラウドファンディングにより日本での発売が目指され、2016年5月に『ぼくは漫画大王』が先に出版されたわけですが、2017年8月にようやく『逆向誘拐』も翻訳出版されました。ちなみに自分もこのクラウドファンディングに参加し、その際『逆向誘拐』を希望していたので、去年の秋ごろにちゃんと到着しました……実家に。お正月に回収してきて、ようやく読めたわけです。
で、送ってもらったのにこんな感想を言うのもマジでアレなんですけど、いやこれは微妙だ……。ネタは本当に良いだけに、他が全部ダメすぎなのがつらいです。

本書のテーマはいわば「データ誘拐」。ばらされたら困るデータを盗まれた会社は、誘拐犯の指示に従わざるを得なくなる、という状況を描いたものです。主人公は事件にたまたま巻き込まれた、冷静沈着極まりない、情報システム部の植嶝仁。また、捜査官である唐輔警部の視点になることも多いですね。情報漏洩を防ぐためカンヅメ状態が続くなか、主人公らは誘拐犯の狙いを見破ろうとします。

誘拐物で、警察が無能だったり、サスペンス味が(データ誘拐物だとは言え)ゼロだったりすると、いろいろ致命的なんだなというのがよく分かる作品でした。特に前者がひどいですね……警察視点が結構多いだけに、警察が無能なのはストレスでしかないっていう……。また後者についても、軟禁状態でも黙々と仕事を行う登場人物たちを見ていては、誘拐があった雰囲気すら感じられません。
そもそも、小説そのものがあんまり上手くないんだろうなぁ、と思ってしまうんです。だからサスペンスも書けないし、登場人物を上手く動かしきれてないし、本筋と関係ないサイドストーリーも上手く絡められないし、エンディングも締まらないという。誘拐の目的というか、誘拐ネタそのものはすごく好きなんですが、何より欠点が多すぎます。まぁ、それが新本格だって言われれば、そうかとしか言いようがないんですけど……(新本格に対する偏見)。
これ、この賞の受賞作決定方法が、中国語を読めない島田荘司が、各作品の梗概だけ読んで決めるせいなんじゃないかな、って思っちゃうんですよ。だからネタしか評価できないような作品が出てきちゃうという。最終候補作がそもそも少ないせいもあるかもしれませんが。

というわけで、感想もこのくらいで。第3回受賞作を比べるなら、『ぼくは漫画大王』の圧勝かな、と思います。

評価★★☆☆☆

『ソーンダイク博士の事件簿 Ⅰ』『白い白骨』オースチン・フリーマン - 2018.06.07 Thu

フリーマン,オースチン
ソーンダイク博士の事件簿 Ⅰ 歌う白骨
『ソーンダイク博士の事件簿 Ⅰ』オースチン・フリーマン(創元推理文庫)、『白い白骨』オースチン・フリーマン(嶋中文庫)

数多登場したホームズのライヴァルたちの中で、もっとも重要な存在が法医学者で弁護士のソーンダイク博士である。生みの親フリーマンの功績の一つは、倒叙推理小説と呼ばれる形式を発明したこと。まず犯行の詳細が物語られ、それを名探偵がいかに解明していくかが綴られる。その記念すべき第一作となった短編集『歌う白骨』を軸に、ソーンダイク博士の活躍を描く八編を収めた。(創元推理文庫・表4あらすじより)
霧深き洋上で忽然と消えた灯台守。やがて死体で発見された男を前にして、科学捜査の七つ道具を納めた、法医学博士ソーンダイクの緑色の小型トランクが開かれた……。物語前半で犯人を明かし、後半で完全犯罪のほころびを暴いていく“倒叙推理小説”と呼ばれる形式をはじめて試みた、フリーマンの代表的短篇集。(嶋中文庫・表4あらすじより)

シャーロック・ホームズと同時代に発表された短編の探偵たち、通称「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」の中でも、特に評判の良い、オースチン・フリーマンのソーンダイク博士を初めて読みました。なんか、科学捜査とか倒叙とか興味ないし……みたいな理由で敬遠していたのですが……えっ、めっちゃ面白い……。
結論から言うと、ソーンダイク博士の倒叙物は確かに面白かったです。それはもう、びっくりするぐらい面白くて、同時代の他の短編と、はっきり一線を画すレベル。一方、それ以外の通常の探偵小説は、どちらかと言うとダメな方の「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」に属するように思いました。読んでいて全然面白くないし、感心もしないやつ。ホームズの方が百倍ワクワクするぜ、みたいな。

まず、書誌情報から。1912年に発表され、クイーンの定員にも加えられているフリーマンの短編集『歌う白骨』は、いわばソーンダイク博士の倒叙ばかりを集めた作品集となっています。収録作は以下の通り。
「オスカー・ブロズキー事件」(The Case of Oscar Brodski)
「計画された殺人」(A Case of Premeditation)
「反抗のこだま」(The Echo of a Mutiny)
「落魄紳士のロマンス」(A Wastrel's Roamnce)
「老いたる前科者」(The Old Lag)
嶋中文庫『歌う白骨』はこれの完訳版です。なお、「老いたる前科者」のみ、非倒叙。

一方、創元推理文庫版『ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ』の収録作がこちら。
「計画殺人事件」 (A Case of Premeditation)
「歌う白骨」(The Echo of a Mutiny)
「おちぶれた紳士のロマンス」(A Wastrel's Romance)
「前科者」(The Old Lag)
「青いスパンコール」(The Blue Sequin)
「モアブ語の暗号」(The Moabite Cipher)
「アルミニウムの短剣」(The Aluminium Daggar)
「砂丘の秘密」(A Mystery of the Sand-Hills)
『歌う白骨』-「オスカー・ブロズキー事件」+その他の短編、という感じ。その他の短編に倒叙はありません。つまり、フリーマンの倒叙短編は、『歌う白骨』中の4編しかないということですね(びっくり)。

さて、いわゆる科学捜査の始祖としてソーンダイク博士を見ると、正直読んでいてつまらないんです。警察がずさんな一方、現場保存にこだわるソーンダイク博士が最新のガチ科学捜査によって捜査する、以上、みたいな。現場保存を叫ぶだけで周りから苦笑されるレベル(リンカーン・ライムなら激怒してる)。後から後から科学捜査の証拠が出てくるので、(ホームズ同様)フェアでもないし、今となっては最新でもないし。とにかくダメな古典っぽさが前面に出ているのが非倒叙物です。

ところが、倒叙物になると、急に上手いんです。ソーンダイク博士が科学捜査で調べる証拠が、犯人の犯行パートできちんと登場するのでフェアに感じられるし、これが手がかりになるのか!という王道倒叙的な面白さもあります。ワトスン役のジャーヴィスも、非倒叙よりも比較的有能なのも良いですね。
さらに倒叙物4編とも「犯人が暴かれ逮捕されて終わり」というエンディング、ではない、という点がめっちゃ素晴らしいのです。何かしらの形で変化球のラストが用意されているせいで、(古典短編としては珍しく)物語性が大いに高まっていて読ませます。ソーンダイクが警察官ではなく素人探偵である、という設定がしっかりと生きているんです。
こういった話作りで言えば、例えばアブナー伯父シリーズなどとも共通するんでしょうが、なんといっても「倒叙」であるというのが生きてるんですよ。時として探偵・警察がすべてを把握しないまま終わる、という書き方すら出来てしまうわけだし。

代表作とされる世界初の倒叙「オスカー・ブロズキー事件」は、犯人と警察のずさんさが目立ちすぎるし、「歌う白骨」は死因がもろなのでやや劣ります(でも「歌う白骨」はパイプ談義とラストは良い)。緻密な計画犯罪が見事打ち砕かれる「計画殺人事件」と、作者の良い話好みが思いっきり出た「おちぶれた紳士のロマンス」が完璧です。ぜひご一読を。

というわけで、思ったより楽しめたソーンダイク博士なのでした。ちなみに創元も嶋中(元は中公の全集)も大久保康雄訳ですが、かなり訳文には手を入れているっぽいです……が、読み比べるつもりはありません(笑)

原 題:The Casebook of Dr. Thorndyke Vol. I (1908~1924)
書 名:ソーンダイク博士の事件簿 Ⅰ
著 者:オースチン・フリーマン R. Austin Freeman
訳 者:大久保康雄
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mフ-3-1
出版年:1977.08.19 初版
     1992.12.18 10版

原 題:The Singing Bone (1912)
書 名:歌う白骨
著 者:オースチン・フリーマン R. Austin Freeman
訳 者:大久保康雄
出版社:嶋中書店
     嶋中文庫 M-1-6
出版年:2004.12.20 1刷

評価★★★★☆

『アベルVSホイト』トマス・ペリー - 2018.06.03 Sun

ペリー、トマス
アベルVSホイト
『アベルVSホイト』トマス・ペリー(ハヤカワ文庫NV)

元刑事のアベル夫妻は、現在私立探偵として日夜活躍していた。ある企業から未解決事件の真相究明の依頼を引き受けた彼らは、調査中に激しい妨害に遭遇する。それは謎の人物に雇われた殺し屋夫婦、ホイト夫妻からの襲撃だった。探偵VS殺し屋! プロフェッショナル同士の知略を尽くした激しい攻防の幕が切って落とされ……。この事件の裏にはいったい何が隠されているのか? 実力派作家のノンストップ・アクション・スリラー!(本書あらすじより)

いや、序盤は面白かったはずなのに……言っちゃなんだけど結構微妙では……。
かつて、文春文庫などから出ていたトマス・ペリーですが、クライブ・カッスラーとの共著を除けば、17年間新作の紹介が途絶えていました。この度、ハヤカワ文庫から初登場!ということなのですが、ぶっちゃけ今までトマス・ペリーの名前を認識していなかったという。

元刑事であるアベル夫妻が、私立探偵としての仕事中に、プロの殺し屋、ホイト夫妻に命を狙われるという、めちゃくちゃ分かりやすいあらすじ。『Mr.&Mrs. スミス』っぽい(観てないけど)。この戦いの中で、アベル夫妻は依頼された事件の裏を探ります。一方、ホイト夫妻も、妙な状況に陥ることになるのですが……。

200ページまでは探偵夫妻VS殺し屋夫妻のガチバトル。頭悪そうな展開の連続に、こういうの読みたかったんだぜ感が満載です。殺し屋のホイト夫妻が手段を選ばなすぎなので(街中で普通に銃撃戦が始まるレベル)、アベル夫妻もある程度偶然に頼らないと即死んでしまうレベル。と、ここまでは結構面白いのです。
ところが、途中からアクションは雑に勝っちゃうし、私立探偵の捜査物としても不十分だし、依頼人の正体も規模の割にしょぼいし、最後のバトルに関しては何か読み飛ばしたのかとすら思う駆け足っぷりで、こう、物足りなさがハンパじゃないのです。最後の共闘も、もちろん王道の展開なのですが、そこに至る経緯も戦闘自体もすごい雑っていうか。こういうオフビートっぷりが魅力なんでしょうが、いろいろ最後まで書ききっていない感じが、個人的には気持ち悪いです。

というわけで、探偵夫婦VS殺し屋夫婦という設定だけなら最高だったんですが、どうもストーリーがそれに追いついていないなぁという残念な作品でした。昔の作品も読もうと思ったんですが、むしろ何がオススメなのかなぁ。

原 題:Forty Thieves (2016)
書 名:アベルVSホイト
著 者:トマス・ペリー Thomas Perry
訳 者:渡辺義久
出版社:早川書房
     ハヤカワ文庫NV 1428
出版年:2018.02.25 1刷

評価★★★☆☆

『ドーヴァー⑦/撲殺』ジョイス・ポーター - 2018.05.03 Thu

ポーター,ジョイス
ドーヴァー⑦/撲殺
『ドーヴァー⑦/撲殺』ジョイス・ポーター(ハヤカワ・ミステリ)

警察部長ピンカム氏は、まことに面白くなかった。没落しているとはいえ、未だに”閣下”と呼ばれ、この地方に隠然たる勢力を持ち続けているクラウチ卿の言葉に、喉もとまでこみ上げていた抗議のセリフを引込めてしまったのだ。“ロンドン警視庁を呼びたまえ……”たかが、一人の平凡な若者が撲殺された事件の捜査ぐらい、地元の警察で充分なのに。卿の魂胆は見え透いている。物見高い観光客に開放して入場料を取っている、先祖伝来の豪壮な屋敷、ベルツア邸の派手な、しかも無料の宣伝に使いたいのだ。嫌々ロンドンに連絡を取ったピンカム氏にはもう一つ不幸が重なった。こともあろうに、ロンドンから派遣されてきたのは、史上最悪の探偵ドーヴァー主任警部だった……!
殺された若者はゲーリー・マーシ。ベルツア邸の会計係ミス・マーシが、妹の子と称して連れて来た男で、クラウチ卿の執事ティフィンの娘と婚約を交したばかりだったが、ミス・マーシの実の子ではないかという噂が流れていた。クラシックな殺人劇の舞台は、すべて揃っている田舎の豪邸、誇り高き貴族とその執事、そして撲り殺された男。しかし、マグレガー部長刑事を引き連れて、ドーヴァーが乗り込んできたとき、静かな村は上を下への大騒ぎがはじまった……。好調の、傑作ユーモア本格シリーズ第七弾!(本書あらすじより)

じわじわ読み進めているドーヴァー主任警部シリーズも、いよいよ7作目。年1冊ペースで読んだとしても、あと3年で終わってしまう……結構悲しいぞ。
はっきり言って、かなり好きなシリーズなのですが、うーむ、今回はややマンネリ感は否めませんでした。絶対最後に何かバカみたいなどんでん返しを仕込むと思ったのに(軍隊仲間が全員犯人とか、犯人がラスト殺されているとか)、そんなこともなく、平凡な作品に終わってしまった、という感じ。

古き良きイギリスの片田舎に派遣されたドーヴァー主任警部とマグレガー部長刑事。今回の舞台は、貴族の名士がまだまだ力を持つ村。殺された青年は貴族一家の隠し子ではないかというウワサが飛び交う中、ドーヴァーはカロリーの高そうな飯を求めて村人の間を渡り歩くが……?

謎解きはかなりしっかり目。犯人特定の決定的な証拠もなければ最後にどたんば証人という禁じ手ではありますが、ドーヴァーが犯人を決めつけた後の、なぜ殺人がこの日起きたのか、をたどるマグレガー怒涛の伏線回収がアツいのです。会話の隅々からよくもまあ拾ってこれるもんですよ。
とはいえ、ユーモア・ミステリとしては色々と過去作には及ばないのも事実。ドーヴァーがただただ無能で不快なだけのキャラになってしまった(いや実際そうだけど)のが、そろそろ話作りの限界だなぁと。一応、情報提供者とパブで待ち合わせするドーヴァーがビビりまくるシーン、みたいなネタもありますけど、ちゃんと見せ切れていない感じ。今回の主任警部はあちこちで飯だけ食ってます。

いわゆる田舎貴族風刺などを見ると、ジョイス・ポーターの今作のターゲットはいかにもな英国ミステリをぶっ壊すことなんだろうなぁとは思いますが、それこそいつもやってることなので、もっと思い切った真相を用意して欲しかったですね。村人全員が貴族の隠し子、くらいのことはやって欲しいし、この作者ならやれるはず(どういうこと?)。

総じて飽きずに読めるし、普通にスラップスティックドタバタユーモアミステリとして楽しいんだけど、ドーヴァーのキャラクターで持っているだけの作品でした。『⑥/逆襲』が色々な意味でキレキレだっただけに残念。もっと頭のおかしい作品を読みたいんじゃ俺は……と、40年前の作品にダメ出しをしたところで、ドーヴァーの新作が書かれることはないわけで、悲しみしかありません。
このマンネリから脱するための次作が『人質』なのかなぁ。残り3作、衝撃的なホワイダニット見本市としてのドーヴァーシリーズの本領発揮を期待したいところです。

原 題:It's Murder with Dover (1973)
書 名:ドーヴァー⑦/撲殺
著 者:ジョイス・ポーター Joyce Porter
訳 者:乾信一郎
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1257
出版年:1976.03.15 1刷

評価★★★☆☆

『悪魔のような女』ボアロー、ナルスジャック - 2018.04.29 Sun

ボワロ&ナルスジャック
悪魔のような女
『悪魔のような女』ボアロー、ナルスジャック(ハヤカワ・ミステリ文庫)

自殺と見せかけて妻を殺し、莫大な保険金を欺し取る――その戦慄の計画を考えついたのは、ラヴィネルの愛人の医師リュシエーヌだった。しがないセールスマンのラヴィネルにとって、彼女と暮らすためには他に方法はない。完璧に練り上げた計画は成功した。しかし、その直後、想像もできない恐ろしい事件が……予測不可能なストーリー展開、あまりに衝撃的な結末。あらゆる恐怖の原点となった、サスペンス小説の不朽の名作。(本書あらすじより)

ボアナルの合作デビュー作であり、代表作でもありますが、初期4作のうち、唯一なぜか読んでいなかったものです。
ボアナルと言えば、説明できない超常的・怪奇的な事件が発生するも、最終的に合意的な解決がなされる、というサスペンスを築き上げたコンビ作家なわけです。が、なぜかずっと、この作品だけ、ただの悪女もので、怪奇現象が起きないもんだと思っていました。起きました(そりゃそうだ)。

ラヴィネルは、保険金を得て、浮気相手のリュシエーヌと一緒になるため、妻を殺す計画を立てた。気弱なラヴィネルに対して、リュシエーヌは冷静沈着で現実的であり、彼女の指示のもと、計画通りに殺人は完了した。だがその後、説明できない得体のしれない出来事が続発し……。

ボアナル最大の弱点は、「でもどうせ論理的に解決するんでしょ?」という読者の視点から、どうしても構図が見えやすいことにあります。『悪魔のような女』はネタ的には古典中の古典と言ってよいので、そういう点では意外性には欠けます。相変わらず心理描写をねっとり描き、誰も何もしないでふわっふわしているだけで一気に100ページ進んだりするので、ストーリーも弱め。
しかし、サスペンスとして、描写や雰囲気づくり、持って行き方がやはりボアナルは上手いんですよね。徐々に怪奇に追いつめられていくラヴィネルの描き方が、というより、作者によるラヴィネルの追いつめ方が絶妙。250ページという短い中で、かなりじっくり読ませる良作ではあります。最後一行の怖さ、まだまだ続きそうな不穏な感じがたまりません。

ただ、初期4作(『悪魔のような女』『影の顔』『死者の中から』『牝狼』)の中では、残念ながら一番下かなぁ。トリック的にもそうですし、何が起こるか分からないストーリーの先の読めなさという点でも他の作品に負けます。一番良いのが『牝狼』なんだけど、これだけ文庫化してないっていう……なぜだ……。
ボアナルって、やっぱり今の視点で見ればトリックはどうしてもしょぼくなってしまうので、時代遅れのサスペンス作家ではあるんでしょう。それでも、驚けるものは驚けるし、話作りやクセの強い文章など唯一無二の作風、いかにもなフランス・ミステリ風味に、ハマれば最高、という作家でもあります。個人的には、今後もどんどん読んでいきたい作家。解説で皆川博子が、タイトルは思い出せないけどこんな内容のボアナルが良かった、とあげている作品、たぶん『呪い』と『女魔術師』なので、次はどっちかを読みたいですね。

原 題:Celle qui n'était plus(1952)
書 名:悪魔のような女
著 者:ボアロー、ナルスジャック Boileau-Narcejac
訳 者:北村太郎
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 31-3
出版年:1996.07.15 1刷
     1996.07.31 2刷

評価★★★☆☆

『脅迫』ビル・プロンジーニ - 2018.04.28 Sat

プロンジーニ,ビル
脅迫
『脅迫』ビル・プロンジーニ(新潮文庫)

事務所の椅子にもたれてパルプ・マガジンを読んでいると、その著者自身が現われた。そして盗作事件をタネにした脅迫状を差出した。五人の作家が同じ手紙を受けとったという。パルプ・マガジンの大会に出席した私は、たちまち奇妙な密室殺人に巻きこまれたーー。友人の無実を信じる〝名無しの探偵(オプ)〟は、ほとんど絶望的な調査を引き受けたが……。(本書あらすじより)

初ビル・プロンジーニ。名無しの探偵シリーズは、主人公の名前が明かされていないこと、主人公がパルプ・マガジン好きというオタク要素も持ち合わせていること、本格要素の高い作品が多いことで有名な私立探偵小説シリーズ。とりあえず、密室殺人がどかどか出てくるという第7作『脅迫』を手に取ってみました。『海外ミステリー事典』ではこれが代表作扱いで、高校1年の頃からずっと読みたかった本なのです。
いざ読んでみると、想像以上に最初から最後まで思いっきり本格ミステリ味を前面に出していてめちゃくちゃ好みでした。やっぱり1970年代以降の私立探偵小説は当たりが多いなぁ。

事務所の移転が間近に迫るも、なかなかやる気の出ない名無しのオプ。そこにやってきたのはパルプ・マガジン作家のラッセル・ダンサー。彼の所属する〈三文文士の会〉のメンバー全員に脅迫状が送られているため、近く行われるパルプ・マガジン大会に一緒に来て欲しいという依頼だった。個人的な興味もあり大会に出かけたオプだが、そこで待ちうけていたのは、ダンサーが犯人としか思えない密室殺人だった……!

作者による熱烈なパルプ・マガジン礼賛が実に気持ち良いですね。探偵小説オマージュ的な〈三文文士の会〉なる設定に、連続密室殺人、西部劇ばりの最後のバトルシーンがあり、パルプ・マガジンオタクの主人公が、「俺ってパルプ・マガジン的なハードボイルドに向いてないよね! タフさ的な意味で!」というメタ視点を入れつつ解決するのです。最高かよ。
事務所移転という名無しの探偵自身の話をちょっと交えることで、古き良き(または悪き)物に対するノルタルジックな雰囲気をどことなく感じさせるあたりがまた良いじゃないですか。全編、おとぎ話かよってくらい現実感がないのに、なぜか違和感なく私立探偵小説として仕上がっているのは、パルプ・マガジンという題材と、作者の持ち味なのでしょうか。

さらに、名無しの探偵の恋や、友人であり協力者でもあるエバハート警部のプライベートな問題などが、事件そのものとダブって見えるように描かれます。こういった本筋と関係はない部分を、ストーリーに自然に落とし込むのがめちゃくちゃ上手いんです。だから、捜査と並行して描かれる、例えばエバハート警部が主人公を訪れる場面とかがめっちゃ良くってですね……これぞ私立探偵小説ってなもんだよ。

ちなみに密室と謎解き、フーダニットについては、ちょっと面白い部分もあるよ、くらいなので、あんまり期待しないくらいの方が吉。とはいえ、なんちゃって密室ではなく、カーの名前を出してまで、私立探偵小説でこれだけのガチ密室にチャレンジしたことをきちんと評価したいです。

というわけで、普通に満足の一冊でした。くよくよ自省する私立探偵が好きなので、ハードボイルドを読むならやっぱり1970年代以降の私立探偵小説が向いているのかな。そして高校生の頃から読みたかった本を読めて、ちゃんと楽しめるの、むしろ珍しい気が……。
ところで、ビル・プロンジーニの名無しの探偵シリーズって、1971年の第1作から平均年1作ペースをきっちり維持し続けているんですね。すげぇ。晩年のクリスティーみたい。

原 題:Hoodwink(1981)
書 名:脅迫
著 者:ビル・プロンジーニ Bill Pronzini
訳 者:高見浩
出版社:新潮社
     新潮文庫 赤163-5
出版年:1983.01.25 初版

評価★★★★☆

『ダムダム』カーター・ブラウン - 2018.04.01 Sun

ブラウン,カーター
ダムダム
『ダムダム』カーター・ブラウン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ウィラー警部は、映画のオープンセットみたいな奇妙なでこぼこの家に、おっかなびっくり乗り込んだ。ダムダム弾を撃ち込まれた男がガレージで死んでいるから来てくれと連絡を受けたのだ。その家の住人はいずれも家に劣らぬ変わり者、なんでも50万ドルもの大金を隠して刑務所入りしたギャングの家を買ったのだという。ところが、事件後間もなく、当のギャングが出所してきた。はたして始まった、目もくらむような大金をめぐるギャング同士の珍騒動! ナンセンスハードボイルドの旗手カーター・ブラウンが放つ、お色気いっぱいの痛快作!(本書あらすじより)

カーター・ブラウン、6年連続7冊目。私立探偵であるダニー・ボイドものやリック・ホルマンものから離れ、3年ぶりのアル・ウィーラー警部ものです。軽ハードボイルドの代表格であるカーター・ブラウンは、お色気、どたばたの中で、適度なしっかり目の本格ミステリを展開してくれることもあり、満足度が非常に高い作家。アベレージももちろん高め。

ところで、『ミステリ絶対名作201』の中で、瀬戸川猛資氏が本書を以下のように評しています。

こんなものを推薦した覚えはないのだ。大量のカーター・ブラウン・ミステリから代表作を選ぶとすれば、まあ『ブロンド』か『死体置場は花盛り』が妥当な線だろう。しかし、もののはずみでこれになってしまったのです。せいぜい気をつけてお読みください。アル・ウィーラー警部とポルニック部長刑事が殺人事件のあった屋敷に乗り込んでみると、身長ニメートルのブロンドの巨女とかクラゲのように体の曲がる女とか小人の老人とか奇っ怪な芸人の一団がいて、てんやわんやのドタバタ騒動に巻きこまれるお話。映画『怪物団』を想わせるゲテモノだが、カーター・ブラウン流の冗談小説の極致とも言える。「あれっ、この死体、死んでないのかな?」などという訳文がおかしいね。


つまり、本書は正統派のカーター・ブラウンではありません。変化球も変化球、どちらかと言えば異色作に近いのではないでしょうか。

脳みそ使わないで読み切れる感じは相変わらずなのですが、容疑者美女成分も一人だけ(保安官秘書は除く)だし、死体も当分はは一つだけ(通報を受けて訪問した家でダムダム弾で殺された死体を見つけるというオープニングですが、これがまた最高なんだよな)。つまり、いつもと比べてやや薄味気味なのです。
じゃあ、その代わりに作者が何に力を入れているのかと言えば、容疑者の奇人変人サーカスっぷりです。何しろ舞台は変人奇人が間借りするトンデモ屋敷。グラマー美女ではなくて、ポルニック部長刑事を物理的に振り回しぶん投げ入院させる大女が登場するわけですから、そりゃあいつものウィーラー警部ものとは異なるわけです。とは言え雰囲気だけは完全にいつもと同じ、というところが、カーター・ブラウンさすが、ってなところなのですが。

ただ、読み終わった後に、ブラウンってこんなに単純な話を書く作家だったっけ?という思いが強く残りました。やっぱり奇人変人サーカスに舵を切った結果、内容的には少々お粗末になったのかなぁ。『ゼルダ』なんかガチガチの本格ミステリだったのに。あとあんまりエロくないし(結局それ)。

というわけで、要するに早川書房の文庫化の基準がよく分かりません。HM文庫3冊の中では、『死体置場は花ざかり』が圧勝、『ダムダム』が次点だけど異色作。メイヴィス・セドリッツものの『乾杯、女探偵!』は、正直言ってアホ女探偵っぷりが21世紀にはしんどすぎるので枠外。いやもっとあったでしょ、文庫化するやつ。
ただ、何でも書けそうな作者ですので、まだまだ変化球がたくさんあるのでは、という気もしています。とりあえずカーター・ブラウンの書く変な話だったらいくらでも読んでみたい、と思ってしまっている時点で、もうカーター・ブラウンの虜になっているわけなのでした。

原 題:The Dumdum Murder(1962)
書 名:ダムダム
著 者:カーター・ブラウン Carter Brown
訳 者:田中小実昌
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 43-3
出版年:1981.03.31 1刷

評価★★★☆☆

『メリー・ウィドウの航海』ニコラス・ブレイク - 2018.03.19 Mon

ブレイク,ニコラス
メリー・ウィドウの航海
『メリー・ウィドウの航海』ニコラス・ブレイク(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ギリシャ周遊の観光船は探偵のナイジェルとその恋人のクレアを乗せて、出航した。金満家ではなやかなメリー未亡人とその妹のノイローゼ患者、有名なギリシャ文学の紹介者や精神分析に熱中する少女などが主な船客だった。だが、奇妙なことに彼らのいずれもが、過去に何らかの関係をもっていた。ナイジェルは航海の将来に不吉なものを予感したが……。やはり事件は起った。(中略)本格推理の妙味を堪能させ、鮮やかなどんでん返しを用意するイギリス本格派の秀作。(本書あらすじ、一部省略)

ニコラス・ブレイクは、これまで『野獣死すべし』とか『ワンダーランドの悪意』みたいな変化球しか読んだことがなかったので、今回めちゃくちゃ王道の本格ミステリが始まってホッとしました。そうだよな、普通に黄金時代の作家だもんな……。
とりあえず、『メリー・ウィドウの航海』は素晴らしかったです。黄金時代風本格ミステリはかくあるべし。トリックの実現性云々は言ってはいけません。
なお、本書については、読書メーターの感想に結構なネタバレ(類似の他作品をあげている)があるので、色々注意。うーん、一個見たくないものを見てしまった気がするぞ。

まず感想ですが、ブレイクって、こんな王道の本格ミステリを書く人だったのか、という驚きが一番でかいですね。おそらく『ナイルに死す』を意識しているのかなと思われる舞台と筋立て。海外(ギリシャ)の船旅における、中流以上の階級の人々の中での、愛憎のもつれと殺人事件。殺人までが結構長いあたりが、特にナイルっぽさを感じさせます。なお、上記の本書あらすじは、一部カットしています。誰がどう死ぬのかが書いてあるのですが、殺人までがちょっと長めということもあり、ネタバレという程ではないにしろ知らずに読んだ方が良いかなと思います。ま、気にしない人は各自勝手に見てください。
というのも、本書、殺人自体が結構面白いのです。うわっこの人がこう死ぬのか、と驚いてほしいんですよ。こういう曖昧な事件の発生の仕方がね……良いよね……。

さて、海外旅行先のツアーメンバーという、狭いコミュニティと偽装されたアイデンティティ。殺人、恐喝、ナンパ、双子、そして精神科のまねごとをして乗船客を嗅ぎ回る少女と、人間関係がひたすらごちゃごちゃしています。この中から、探偵ナイジェル・ストレンジウェイズが、殺人にまつわる筋だけずっと引き抜いて解決を行うわけです。いやー実に楽しい。これも『ナイルに死す』っぽさのひとつ。
解決編の趣向も上手いんですよね。名探偵が皆を集めてさてと言い、からの、あのセリフで一気に解決に持っていく鮮やかさ。事件に色々と都合の良い偶然の要素が絡んでいて、上手く出来過ぎではありますが、全体として文句なしでしょう。

『メリー・ウィドウの航海』って、ニコラス・ブレイクの中では比較的後期、13作目に当たるのです。ナイジェル・ストレンジウェイズシリーズだけでも1935年から1966年までの16作あったりと、実はキャリアは長め。これだけ後期の作品で、しっかりとした読ませる本格ミステリを書ける作者に感心せざるを得ません。文庫化している作品だけでも結構あるし、今後もう少し力を入れて読もうかなと思います。

原 題:The Widow's Cruise(1959)
書 名:メリー・ウィドウの航海
著 者:ニコラス・ブレイク Nicholas Blake
訳 者:中村能三
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 17-3
出版年:1978.04.30 1刷

評価★★★★☆

『嘘の木』フランシス・ハーディング - 2018.02.11 Sun

ハーディング,フランシス
嘘の木
『嘘の木』フランシス・ハーディング(東京創元社)

高名な博物学者サンダリー師による世紀の発見、翼ある人類の化石。それが捏造だという噂が流れ、一家は世間の目を逃れるようにヴェイン島へ移住する。だが噂は島まで追いかけてきた。そんななかサンダリー師が死亡する。娘のフェイスは父の死因に疑問を抱くが……。謎めいた父の手記。嘘を養分に育ち、食べた者に真実を見せる実のなる不思議な木。フェイスはその木を利用して、父の死の真相を暴く決心をする。コスタ賞大賞・児童文学部門賞をダブル受賞した大作ファンタジー。(本書あらすじより)

年末ランキング投票の締め切り後、こんな本が出てたのか!投票し逃した!と話題になり、いつの間にか第9回翻訳ミステリー大賞の最終候補作にまで食い込んでいる作品です。この話題っぷりだと、大賞も取るんじゃないか……?
というわけで読んでみました。ミステリとファンタジーとYAの純粋な融合が、非常に心地よい作品です。これは好きな人はすっごい好きだろうなぁ。

時代は19世紀、進化論の是非をめぐって科学者たちが争っていたころです。主人公は、サンダリー師の娘、フェイス。サンダリー師は科学者として高名な人間でしたが、発掘した化石の偽装疑惑が生じたため、その噂から逃れるため一家全員島に移住することになります。フェイスはその島で、父親の隠していたあることについて知ることになるのですが……。

フェイスは科学がひたすら好きな、そこらの科学者よりもよっぽど優秀な女の子。しかし当時は「女性」というだけで頭が悪いとみなされる時代(骨相学なんかも登場します)。父親である厳格なサンダリー師も、娘のことは低くしか評価していません。しかし、抑えきれない好奇心を秘めたフェイスが、やがてとんでもない秘密を探り当て……という流れは、非常にYAっぽいですね。
当時の女性を取りまく環境がこの上なく冷静に、シリアスに描かれているため、物語は終始重苦しい雰囲気が漂っています(アラン・ブラッドリーなどとは全然方向性が異なります)。両親からも理解されず、島の人からも無視されながらも、孤独なフェイスは懸命に真相を探り当てようとするのです。

本格ミステリとしては、真相解明が徹底的な伏線芸であることが純粋にびっくり。あと、ミスディレクションというか、読者の盲点をつくやり方というか……21世紀の読者も、結局こういう見方しか出来ていなかったんでしょう?と作者に煽られるかのような犯人判明シーンは非常に上手いと思います。物語のテーマと、その謎解きが、見事に結びついていますよね。
YA・少女視点の小説としては、いくら優秀でも自分の見方が一面的であったことに、フェイスが気付く終盤の母親との会話、からの、ラストに至っても(ミス・ハンターなどを)完全に理解できていない当時の14歳の限界、などをしっかり描けているところも良かったです。等身大のフェイスの成長小説を、21世紀の読者が客観的に眺める、という構成が、ミステリ部分ともどもめちゃくちゃ秀逸で、技巧的なんですよね。安易な方向に流れないボーイミーツガールも、変に主人公をヒロイックにさせておらず、良いと思います。
ミステリとファンタジーの融合具合も絶妙です。ファンタジーがファンタジーでなかったとしても、つまり「嘘の木」がなかったとしても、合理性が失われない展開を用意しつつ、あくまで徹底的にファンタジーな「嘘の木」というアイテムが効果的に用いられているあたりが好き。ファンタジー嫌いな人も、こういう絡み方なら許容できるのではないかな、と。

というわけで、確かに一読の価値はあるでしょう。個人的には、自分のランキングには影響しなかったかなー、とも思います。

原 題:The Lie Tree(2015)
書 名:嘘の木
著 者:フランシス・ハーディング Frances Hardinge
訳 者:児玉敦子
出版社:東京創元社
出版年:2017.10.20 初版

評価★★★★☆

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Author:ヨッシー
クリスティ、デクスター、グライムズ、ディヴァインが好きな、ヨッシーことTYこと吉井富房を名乗る遅読の新社会人が、日々読み散らかした海外ミステリ(古典と現代が半々くらい)を紹介する趣味のブログです。ブログ開始から7年になりました。ちなみにブログ名は、某テンドーのカラフル怪獣とは全く関係ありません。
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