暗い夜の記憶
『暗い夜の記憶』ロバート・バーナード(ミステリ・ボックス)

1941年、ロンドンからイーズドン駅に着いた学童疎開列車に、名簿に記載されていない男の子が混じっていた。サイモン・ソーンと名のった5歳ほどの少年は、里親となったカザリッジ夫妻に育てられるが、ロンドンの家がどこにあるかもわからず、自分自身が本当はだれなのかも思い出せなくなった。彼と過去をつなぐものは、たびたび見る悪夢だけだった――ころしちゃううよ! やめて!(本書あらすじより)

気付いたら感想書いていない本が10冊になっていたので、若干焦っています。最近週1ペースでしか更新してないからな……。
というわけで、ロバート・バーナードです。読むのは3冊目。ポケミスと光文社文庫が中心ですが、これはミステリ・ボックスなのです。それはともかく、これは良い作品だ……。
ノンシリーズを3冊読んで、ロバート・バーナードの作風がようやく掴めてきた気がします。市井の人々を登場人物に置き、本格ミステリ的な枠組みの中に人間関係を軸にした小説としての感動を落とし込む(あるいはその逆)のが抜群に上手い作家なのかなぁと。ですから基本的には、非常に地味で、ガチガチではないけど本格ミステリっぽさのある小説……という仕上がりになるのだと思います。

『暗い夜の記憶』は、サイモン・ソーンという少年が学童疎開で田舎町に着いたところからスタートします。サイモンは集団疎開でやってきたものの、出自が不明で、一切戸籍などの情報が分かりません。とはいえサイモンは心優しい里親のもとで成長し、やがて自らの親を探し求めるべくロンドンに舞い戻るのです。

この本、何がすごいって、どう見ても本格ミステリではないことなんですよ。身元不明の状態で疎開した主人公の出生探しという過程は、確かに調査は調査だし、母親と子供はどうなったのかという謎はありますが、母親が機転を利かせてどうにかやったんだろう、くらいの謎にしか見えないのです。
ところがもう伏線につぐ伏線が仕込まれていたことが終盤明らかになり(名前のくだりとか超丁寧すぎてやばい)、主人公の出自がこれ以上なく明解に明かされ、さらに小説全体を通じて描かれてきた右翼活動(ユダヤ人排斥・移民排斥運動など)とぴったりリンクします。なんだこの職人技は。引っかけ方といい、話のテーマといい、いやもう実にお見事という他ありません。

おそらくバーナードの文体ってあんまり読みやすくないのかなと思うのですが、今回はそこに浅羽莢子訳という破城槌がぶち込まれるボーナスポイント付き。これは素直におすすめです。『作家の妻の死』『雪どけの死体』もそれぞれクセがあって感想を一言で伝えにくいのですが、読んだ人とぜひ感想を共有したくなる何かがあるんですよね。

原 題:Out of the Blackout(1984)
書 名:暗い夜の記憶
著 者:ロバート・バーナード Robert Barnard
訳 者:浅羽莢子
出版社:社会思想社
     現代教養文庫 3023
出版年:1991.03.30 初版

評価★★★★☆
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007/ドクター・ノオ〔改訳版〕
『007/ドクター・ノオ〔改訳版〕』イアン・フレミング(ハヤカワ・ミステリ文庫)

紫紺の影が波のように通りを覆う黄昏。英国情報部カリブ海域地区の責任者は、本部に定期連絡を取るため静まり返ったジャマイカの高級住宅街を歩いていた。彼が道にうずくまる三人組の男のそばを通り過ぎたとき、突如、三挺消音銃が火を噴いた。数分後、今度は支局内で悲鳴が……Mの密命を帯び、ボンドは事態を探るためカリブ海に浮かぶ孤島へと飛んだ。だが、そこは恐るべき陰謀を企む怪人ノオ博士の根城だったのだ!(本書あらすじより)

積んでいるHM文庫改訳版007を読んでみようシリーズ第2弾(2年ぶり)。劇場版の007はスペクターしか観たことないのですが、原作は読んでいる、って、なんかかっこいいですよね(適当)。
ぶっちゃけ思ったより面白かったのでビックリしています。以前読んだ『ゴールドフィンガー』より確実に面白いかも。

さて、今回は『ドクター・ノオ』。これさえ読めば東郷隆の定吉七の1作目も読めるぞ。
ささいな事件の調査のためジャマイカに来た007ことジェイムズ・ボンド。ところがカリブ海では大いなる陰謀が進行していた。どうやら中国系黒人の間に何かがあるらしい。ボンドはノオ博士の支配する島に乗り込んでいくのですが……。

ところでイアン・フレミングのHM文庫改訳版をなぜ全冊まとめ買いして持っているのかと言うと、世界ミステリ全集のフレミングが入っている巻の座談会で、井上一夫だったかが「秘密道具が踊るおとぎ話みたいなスパイ小説を大人向けに本気で書いているフレミングは偉い」的なことを述べていて興味を覚えたからなんですよね。という視点のもと読み始めると、さっそく冒頭に盲人に扮する中国系黒人三人組の殺し屋が霊柩車に乗って現れます。さすがだぜフレミング。
話のメインはノオ博士のアジトである島への侵入になります。ノオ博士の目的とは? 博士の持つ火を吐くドラゴンとは?などなど。ノオ博士のアジトに入ってからの一連のシーンとかやばくないですか。怪人二十面相も真っ青なドSダンジョンとか。

まぁ人種差別的なところとかはもう色々限界だとは思いますが、それでも思ったよりジェイムズ・ボンドの冒険譚として楽しめました。島を支配して自分の王国を築く敵役ノオ博士が、程よく荒唐無稽で良いのです。
ジャマイカという舞台、暗躍する中国系黒人の集団、ノオ博士、試練、巨大イカ、などなど、むちゃくちゃだけど節度があります。なぜか分からないけど、ジェイムズ・ボンドが巨大イカと戦うのです。「うわあ! こいつは機関車のようき大きい!」じゃないんだよいい加減にしろ(褒めてる)。エロくないのに触手と戦う話を初めて見たよ……。
ボンドがかなり雑に2人の人間を見捨てたのもショックでしたが、ある人物が結構あっさり死んでしまうのもショックで、なかなかフレミングさんエグいっすねという感じ。あとヒロイン登場後いちゃつきまくるのかと思いきや、最後までそれどころじゃない状況が続くのも意外でした。古き良きスパイ映画は、やっぱりラストにヒロインと結ばれるのだなぁ(そう考えると、こないだ観た007はボンドがセックスしすぎだな……)。

というわけで総じて問題なく楽しめました。映画も観てみようかなぁ。
ちなみに一番びっくりしたのは、解説をみのもんたが書いていて、しかもそれが案外悪くないということでした。HM文庫の最初の解説は都筑道夫だったらしいです。

原 題:Dr. No(1958)
書 名:007/ドクター・ノオ〔改訳版〕
著 者:イアン・フレミング Ian Fleming
訳 者:井上一夫
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 224-5
出版年:1998.10.31 1刷

評価★★★★☆
震える石
『震える石』ピエール・ボアロー(論創海外ミステリ)

私立探偵アンドレ・ブリュネルと奸智に長けた犯人の火花散らす頭脳戦。勝利の女神はどちらに微笑むのか? 古めかしい城館“震える石”で続発する怪事件。(本書あらすじより)

初めて読むピエール・ボアローの単独作品です。ナルスジャックとコンビを組む前の作品ですね。何はともあれ、アレだね、これが面白いかどうかとかじゃなくて、ボアローはコンビを組んで良かったねほんと……普通だわ、実に普通だわ。
『震える石』を読んで気付くのが、これもうそのまんまガストン・ルルー『黄色い部屋の秘密』なんですよ。主人公の私立探偵アンドレ・ブリュネルはめっちゃジョゼフ・ルルタビーユなんですよ。雰囲気もトリックも何となく、大時代がかった“探偵小説”って感じ。

こんな話。やる気と活力満タンの探偵アンドレ・ブリュネルが偶然出くわした〈震える石〉館の事件。執拗に婚約中である若き娘の命を狙う謎の男、角部屋に追い詰められた犯人の消失事件。館の入口にある今にも落下しそうな〈震える石〉は、はたして読者の予想通りここぞというタイミングで落ちてくるのか?

ボアローはコンビを組む前はかなり本格志向が強かったということですが、なるほど確かに。同時代の英国ミステリ群と比べるとゴリゴリのトリックがあったりフェアだったりするわけではないですが、トリックといい、いかにもな真相といい、犯人の正体といい、ホームズやルルタビーユ的な古き良きミステリという感じで悪くはないです。次々と不可解な事件が続発し、次々と被害者が登場するので、とにかく飽きさせません。犯人の正体が明らかになる瞬間の驚きはなかなかのもの。

……とはいえ、ぶっちゃけピエール・ボアローのデビュー作を読めたって意義の方がでかいかなと思います。訳者解説がめちゃくちゃ力が入っていて勉強になるので、読んで損はありませんが、これといって期待を上回るような作品ではないよなぁ。っていうか、こんなの読むくらいなら普通にボアナル合作を少しでも読み進める方が大事だと思うんだ、うん。

原 題:La Pierre qui tremble(1934)
書 名:震える石
著 者:ピエール・ボアロー Pierre Boileau
訳 者:佐藤絵里
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 184
出版年:2016.11.30 初版

評価★★★☆☆
ハニー貸します
『ハニー貸します』G・G・フィックリング(ハヤカワ・ミステリ)

ハリウッドの一流スターの邸宅となれば、さすがにケタ外れだとハニーは思った。建物全体が平べったい大きなプール。壁は全然なく、移動式の間仕切りが数枚あるだけだ。天井からはアーク燈がぶら下がり、床一面には厚いフォーム・ラバーが敷き詰めてある。邸内の四隅はステージみたいに高くなっていて、スワンソンは、それらはみんなベッド・ルームだととこともなげに言ってのけた。やがてスワンソンは、酔眼朦朧とした目でハニーを見ると、プラスチック製のブラジャーとパンティを差し出し、プールでひと泳ぎしようと言い出した。ボッブ・スワンソン・ジョーで愛嬌をふりまくやさ男とがらりと変わって、彼は、ハニーが抵抗するのも構わず無理やりドレスをはがし、透明水着を着せようと抱きついていった……!
ハニーがスワンソンの誘惑にやすやすとのって私邸まで行ったのは、往年の名俳優ハーブ・ネルソンが殺されたからだった。見るも無残な死体となって発見される直前ハニーはハーブから命を狙われているので助けて欲しいと依頼されていたのだ。責任を感じたハニーは、ボッブ・スワンソン・ジョーがハーブの最後の舞台だったのを知り、早速渡りをつけようとスワンソンに接近していったのだが……。(本書あらすじより)

マケプレオーバー2000月間、7冊目。
いやもうなんていうか、とりあえず「読んで!!!」っていう気分です。それくらい読んでいる間中テンションがぶちあがる作品でした。
フィックリング夫妻によるハニー・ウェストシリーズといえば、カーター・ブラウンのメイヴィス・セドリッツに並ぶ女探偵ものの軽ハードボイルドの代表格です。メイヴィス・セドリッツは主人公のアホさ加減に読んでいるこっちが発狂しそうになるのでキツいのですが、ハニー・ウェストは頭も良ければ腕っぷしも強く、(少なくとも当時の女性観としては)ちゃんと自立しているので比較的現代でも読むに耐えうるキャラクター。しかも(当然)お色気もあれば謎解きもあるという、まさにテンコ盛りの一品なのです。

さて、デビュー作である『ハニー貸します』は、まぁ安定のハニーシリーズです。私立探偵ハニー・ウェストが若干エロい目に合いつつ(捜査のためにストリップ・ポーカーをやろうと言い出したり、裸で警察署に飛び込んだり、スケスケの水着を着せられそうになったりする)きっちり謎解きをする、という、大筋としてはいつもの感じ。ちなみにこのシリーズは、エロそうな展開を用意はするけど、最終的にハニーがピンチになる前にどうにか切り抜けるのでゆーてエロくなりません……ってのも少年誌的なお約束でいいですね(その点カーター・ブラウンのアル・ウィーラー警部はテンポよく容疑者とエロい感じになっていくのでさすが)。
……ですが、これもう絶対おかしいのです。テレビ業界で殺人が発生し、なんやかんやあってから撮影のためにヨットでカタリナ島に向かうのですが、そこでどえらい勢いで人が死にまくります。どれくらいかというと『そし誰』レベルで死にまくります。ちょっと目を話すと鐘楼で首を吊って人が死に、崖から撃たれて落ちて人が死にます。それぞれ微妙に死に方が違うのも笑えます。これらが、別にクローズドではない他の観光客もいる状況下で、エロハプニングも交えつつ、サスペンス味ゼロで進行するのです。やばいでしょこれ。

そして正直犯人はバレバレ……のはずなのです。本当は。すごいベタなのです。ところがありえない勢いの殺人事件に紛れたせいで、なんか一周まわって意外な真相が叩き出され、予想が見事に外れ普通に驚きました。登場人物がほぼ死ぬので動機とかどうでもいいのですが、とりあえずこんなんで驚いちゃったので、つまりなんだ、フィックリングは天才なのか(混乱)。
とここまで読んで、詳しい人は思うでしょう。はいはい、謎解きがまぁまぁすごいって言ってもあれでしょ、この手の軽ハードボイルドとかフランク・グルーバーみたいな昔の通俗ミステリによくある、めちゃくちゃ真相をこねくりまわして複雑っぽく見えているのをありがたがって喜んでいるだけでしょと。いやそう言われちゃうとそりゃもうそうですけど、後半怒涛の連続殺人事件のせいで類のないケッ作に仕上がっているのです。

というわけで、以前読んだ『ハニー誘拐事件を追う』が割と普通だったのでそこまで期待していなかったのですが、これはおすすめです。みんな読もう。フィックリングは全然見つからないし(自分はあと4作未所持)、900番台のくせに正直全作微レアですが、とりあえず本作はある意味超おすすめです。

原 題:This Girl for Hire(1957)
書 名:ハニー貸します
著 者:G・G・フィックリング G.G. Fickling
訳 者:宇野輝雄
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 944
出版年:1966.07.31 1刷

評価★★★★★
祟り
『祟り』トニー・ヒラーマン(角川文庫)

リープホーン警部補は、メキシコ人を切って逃走したルイス・ホースマンの行方を追っていた。ようやく見つかったホースマンは死体となっており、しかも発見された場所は直前まで彼が逃げ込んでいたはずのところとは大きくずれていた。犯人は、ナバホ族の間で語り継がれる魔法使い、〈ナバホ狼〉なのか? リープホーンは友人であるナバホ族の研究者、バーゲン・マキー博士とともに真実を見つけようとするが……。(あらすじ作成)

マケプレオーバー2000月間、2冊目は角川文庫の最レア級作品といっても過言ではないヒラーマンの『祟り』です。ヒラーマンの作品は基本的にミステリアス・プレス文庫から1990年代以降に出たものがほとんどですが、唯一の超入手難がこのシリーズ第1作こちらになります。
やはりヒラーマンは面白い、最高だ……みたいな気持ちで最初からずっと読んでいたのですが、終盤はやや失速した感じがあるのがもったいないです。シリーズ1作目ということで作者が若干遠慮&一般受けを狙いすぎたのかなと思います。いやもうそんじょそこらのミステリの何倍も面白いんですけどね。

いつものように、ネイティブアメリカンであるナバホ族の間で起きた事件を、ナバホ族出身の警察官、リープホーン警部補が捜査する、というものです。魔法使いである〈ナバホ狼〉の伝説という先住民感ばりばりのシチュエーションと事件、なぜ死体はあえて長距離を運ばれてすぐ気付かれる場所に放置されていたのかという謎、と序盤はとにかく魅力的です。
リープホーン警部補とナバホ研究者バーゲン・マキーがインタビューや質問を重ねながら、ナバホの習慣、伝統、神話といったものを読者にじっくりと提示していく過程がとにかく楽しいんですよね。このシリーズはアメリカ先住民を題材にしてそのコミュニティの中での事件を扱っているとはいえ、それほどお堅くも(言い方は悪いけど)面倒でもないのが非常に好ましく感じられます。

残念なのが、あくまで真相はナバホ要素がそれほど関係しなかった点。捜査はナバホ軸だったのに、最後だけアメリカ読者向けっぽいのがもったいないのです。リープホーンもそんなに活躍しないし、真相もかなり単純。終盤には、教授とその友人の娘(ともに言うなれば外部者)が囚われの身になる展開だとかいらぬロマンスだとかがあり、何だか浮いてたなぁという感じ。エンタメエンタメしていて分かりやすいですけどね。
ヒラーマンの初期作品はアーサー・アップフィールドの影響を受けていたと作者が言っているそうですが、なるほど言われてみれば。ただ、もっとナバホ族ならではの行動規範とか動機に基づく事件と真相のようなものを、こちらとしてはぜひ読んでみたいなと思っちゃうわけです(そういう点ではエドガー賞を受賞した『死者の舞踏場』の方が謎も真相も魅力的)。

とはいえ、やっぱりこのシリーズ面白いぜ!というのは大いに再確認できました。来年はあらゆる識者が絶賛している『魔力』を絶対読みます。ヒラーマン攻略、ぜひやりたいなぁ。

原 題:The Blessing Way(1970)
書 名:祟り
著 者:トニー・ヒラーマン Tony Hillerman
訳 者:菊池光
出版社:角川書店
     角川文庫 赤271
出版年:1971.01.30 初版

評価★★★★☆
法の悲劇
『法の悲劇』シリル・ヘアー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

10月は巡回裁判の月だった。高等法院判事ウィリアム・バーバーは裁判の開廷予定地へ赴き、晩餐会に出席した。そしてその後で大失態をしでかした。自ら運転する車で高名なピアニストを轢き、一生を台無しにしてしまったのだ。多額の賠償金が要求され、その頃から彼の元へ、不気味な脅迫状が頻々と舞い込むようにもなった。スキャンダルは巷間に伝わり、苦悩するバーバーは、ついに服毒自殺を図ったのだが……? イギリス風ユーモア、アイロニイをまじえながら一裁判官の見に起った悲劇を余すところなく描く、本格派の雄の大作。(本書あらすじより)

今月12月は「マケプレオーバー2000月間」と題しまして、「てめぇ買った/貰った(なお悪い)はいいけど積みっぱなしじゃねぇか! ばか!」 みたいなマケプレ2000円超え本をひたすら読んでいくという実に生産的な活動を行っています。もう12月も20日なので8冊目に突入しているんですが、ううう感想頑張って追いつきます。
というわけで出ました、ハヤカワ・ミステリ文庫の最レアクラス、シリル・ヘアー『法の悲劇』です。ヘアーは以前『風が吹く時』を読んで以来だから6年ぶり?
いや何というか、仕込みにとんでもなく手間暇かけた、料理の鉄人によるメインディッシュという感じですね。クリスティーの某作のホワットダニット感とホワイダニット感をマシマシにした的な。いやー面白かったです。

巡回裁判という、判事や弁護士、検事ら御一行様が地方を順番にまわりながら各地の裁判を行っていくという、実にイギリスらしい設定のもと事件が起きます。といっても出だしが非常にスロースタートで、終盤になるまで殺人事件も発生しません。
じゃあ退屈かと言うとそんなことはありません。自動車事故、脅迫の手紙、毒入りチョコレート、深夜の侵入者などなど、とにかく様々な不穏な出来事が各町で発生するのです。主人公である(と言ってよいでしょう)ウィリアム・バーバーが、だんだんとのっぴきならない状態になっていきます。

地味ですし、きちんと証拠立てるタイプのミステリではないし、ホワイが分かるかと言うと絶対そんなこともないし、400ページまで丁寧にゆっくりと物語が進むのでグイグイ系でもありません。が、ラスト50ページ、丹念に積み上げられた伏線が見事に回収されながら納得しかない真相が提示されるのです。震えます。このホワイダニットは、事前に情報が提示されていなくても感心してしまうな……。
(実は『風が吹く時』だけヘアーは読んでいたりとか、ちょっと読みながら作品リスト見たりとかで損しちゃったのですが、最終的にはそこまで問題でもありませんでした。でもヘアー未読者はあまり情報入れずに、発表順通りいきなり『法の悲劇』から読むのがベストだと思います。『自殺じゃない!』だけは事前に読んでも可かな、なぜとは言えませんが)

というわけで、やはりこれは一読の価値ありです。ポスト黄金時代の作品の中でも突出した出来ではないでしょうか。復刊しないかなぁ。

原 題:Tragedy at Law(1942)
書 名:法の悲劇
著 者:シリル・ヘアー Cyril Hare
訳 者:宇野利泰
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 60-1
出版年:1978.09.30 1刷

評価★★★★☆
優しい殺し屋
『優しい殺し屋』ビル・フィッチュー(徳間書店)

ボブ・ディランの夢、それは世界一の『殺し屋』になることだ。すみやかに、人知れず標的を始末する『エクスターミネーター』に。しかし、危険な闇の世界に、ボブの夢が公開されてしまう。ある日、殺しの仲介屋マルセルが、5万ドルの仕事を持ってボブの家に現れたとき、一つ、大きな問題があった。マルセルの標的は人間であり、ボブの標的はゴキブリだったのだ。が、ボブが否定すればするほど、それがプロの手口に見られてしまう。舞い込む殺しの依頼と、偶然に死んでいく標的たち。かくてボブのもとには、CIAからのリクルーターや、彼を排除しようとする世界トップランキングの暗殺者たちがやって来る――。(本書あらすじより)

もともとこの記事を読んで知ったのですが、ようやく読んでみれば今年のベストユーモアミステリに選出したいくらいの超おすすめ本です。古本屋で見かけたら買いましょう。いやーすっごい楽しかったです。

害虫駆除業者のボブ・ディラン(綴りが違う)が最強の殺し屋と勘違いされたことで、(本人の知らないところで)大騒動が持ち上がり、世界ランキングトップ10入りしている名立たる殺し屋たちと対決する羽目に。果たしてボブの運命は、そして彼の夢である〈百パーセント安全なボブの害虫駆除〉会社の設立は成功するのか?というお話。なんだこれは。あらすじの時点でもう面白い。

アンジャッシュみたいな勘違い騒動から始まり、ニューヨークという超危険でイカれた街を舞台に繰り広げられる銃撃戦。面白くないわけがないのです。終盤には、なんやかんやあって、世界中の殺し屋(いちいち個性的)がボブを殺そうとニューヨークに集結し、ボブは各個撃破していくハメになるんですよ。すごいでしょう。上質のユーモア小説らしく、序盤から色々と登場していた伏線がばしばし機能して殺し屋をぶっ殺していくのが最高です。
そしてまた、夢追う究極のオプティミストであるボブが、夢追いすぎたあげく出ていった妻と子を取り戻すという話でもあります。背後から迫る殺し屋のことより昆虫のことを考えるボブ、果たして彼の未来はあるのか?
ひとつ注意点を言っておくと、次から次へと虫(特に害虫、全種類学名付き)が登場するので、苦手な方(自分もだ)は想像力を封じて読むことをおすすめします。最後の方とか想像したらやばいやつです。

ちなみに登場人物一覧(これも面白い)を見ると、殺し屋たちがどんな人物なのか少しわかります。
優しい殺し屋2
世界ランキングって何だよ、とか言わない。

ブラック・ユーモアではなく、ただただユーモアの大団円。読みましょう。そして2012年のシリーズ2作目翻訳を祈りましょう……無理だと思うけど。
ところでこの作品、映画化が決まったと訳者あとがきにあるのですが、どうやら結局制作されなかった模様。うーん、映画化されていればもう少し話題になったろうになぁ。

原 題:Pest Control(1996)
書 名:優しい殺し屋
著 者:ビル・フィッチュー Bill Fitzhugh
訳 者:田村義進
出版社:徳間書店
出版年:1997.06.30 1刷

評価★★★★★
ハイキャッスル屋敷の死
『ハイキャッスル屋敷の死』レオ・ブルース(扶桑社ミステリー)

キャロラス・ディーンはゴリンジャー校長から直々に事件捜査の依頼を受ける。校長の友人である貴族のロード・ペンジが謎の脅迫者に命を狙われているというのだ。さ らに数日後の夜、ロード・ペンジの住むハイキャッスル屋敷で、主人のオーバーを着て森を歩いていた秘書が射殺される事件が発生。不承不承、現地に赴くキャロラスだ ったが……捜査の進捗につれて次第に懊悩 を深める探偵がやがて指摘する事件の驚く べき真相とは? 英国本格の巨匠による円熟期の傑作ここに登場!(本書あらすじより)

最近クラシック・ミステリの感想が少ないなぁとご不満だった方、お待たせいたしました。レオ・ブルースの登場です。
そして、いやー面白かったですね。なぜか分からないけど読んでいてめっちゃ面白かったです(3時間ガストに引きこもって読んでいました)。最近本格ミステリらしい本格ミステリを読んでいなかったからかな。

ゴリンジャー校長の友人、ロード・ペンジのもとに次々と脅迫状が送られ、ついにペンジの秘書が射殺されます。ペンジの身を守るため、乗り気ではないものの渋々と屋敷に乗り込んだディーンは犯人探しを始めるのですが……。

いつものキャロラス・ディーンシリーズと違って、ユーモアが(比較的)少なめなのが大きな特徴です。というのも、ディーンの漫才仲間であるレギュラーキャラクターが今作ではほとんど登場しないのです。さらにディーンが殺人事件を解決するため屋敷に泊まり込むということもあり、動きも少なめです。とはいっても、空気感とかキャラクターとか会話とか、いつものレオ・ブルースなんですけどね。屋敷の中に不快な人間がほとんどいないというのが、英国ミステリとしては珍しいです。

『死の扉』と同様に構図が見えてしまうと真相バレバレという、いつもの弱点はあります。ただ、屋敷内でディーンが色々がんばるというか暗躍するというシチュエーションが純粋に楽しいし、展開こそ平坦でもキャラクターでむりやり読ませるあたり、いけー英国本格ぅぅぅー、な感じで大変良いのです。解決が近付くにつれ、屋敷内の雰囲気が穏やかじゃなくなってくあたりの描写も上手いですね。
実を言うと、『死の扉』とか『ハイキャッスル屋敷の死』の真相パターン(全然違いますよ、もちろん)って、別の作品で知ってしまうと二度目は楽しめないということもあってあんまり好きじゃないんですよ(自分は黄金時代の某作と某作で最初にこの真相を読んで、それはもうぶったまげました)。ただ、『ハイキャッスル』は比較的頑張っているというか、むしろこの手の趣向としては行き着くところまで行き着いちゃった感じがあるので好意的になれます。これはいわゆる「名探偵」ミステリの一種としても位置付けられるんだろうなぁ。

というわけでかなり満足ですが、やっぱりキャロラス・ディーンシリーズって『骨と髪』が一番面白かった気がします。それよりビーフ巡査部長シリーズにそろそろ手を付けなきゃいけないと……単行本なんだよな……。

原 題:A Louse for the Hangman(1958)
書 名:ハイキャッスル屋敷の死
著 者:レオ・ブルース Leo Bruce
訳 者:小林晋
出版社:扶桑社
     扶桑社ミステリー フ-42-2
出版年:2016.09.10 初版

評価★★★★☆
8017列車
『8017列車』アレッサンドロ・ペリッシノット(イタリア捜査シリーズ)

1944年3月、連合軍占領下の南イタリアで起きた列車事故は大惨事となった。3年後に発生した連続殺人事件の現場には、「イタリア、1944年3月3日、わが復讐は汝がため」のメッセージが残され――トリノの居酒屋にはじまり、ナポリの裏町、南イタリアの山村へと、イタリア半島を縦断して20日間の捜査が展開される。(本書あらすじより)

いただきものです。柏艪舎のイタリア捜査シリーズといえばカルロ・ルカレッリのデルーカ事件簿シリーズ3冊の方が(比較的?)有名かなという気がしますが、本書はこのシリーズからもう1冊だけ出ているイタリア・ミステリ。1946年が舞台の社会派ハードボイルドなのですが、いやー予想以上に面白かったですね。

1944年に南イタリアで列車事故が発生し、多数の死者が出た。それから2年後、終戦後のイタリアで、鉄道員の連続殺人事件が発生した。終戦処理の中で不当にも鉄道公安官をクビになっていた主人公アデルモは、手柄を立て復職を図るために捜査に乗り出す。

1946年のイタリアを舞台に、1944年の事故を出発点とした連続殺人を描いているのですが、複雑な社会情勢や当時の人のリアルな感情を織り交ぜかつ整理して提示するのがめちゃくちゃ上手いのです。トリノ出身の男がナポリを訪れ、初めてピッツァと呼ばれる食べ物を目にするなんていう日常的な描写から、第二次世界大戦における南イタリアのバドリオ政権が与えた影響までが、イタリアに詳しくない人でも分かるよう、実に自然に物語の主筋に織り込まれ、語られていきます。
途中から、利己的な目的ではなく、真相を知りたいという欲求から捜査にのめりこむ主人公アデルモも良いのですが、何と言っても彼の捜査の行きつく先がお見事。陰謀論的な方に話が動くのかと思いきや、この時代設定でしか書けないところに着地したのが大変好み。あとミステリ的には、ある点での誤読を狙うミスリードもなかなか悪くありません。

総じて地味中の地味な作品ですが、社会派ハードボイルドっぽい話の進め方が思いのほかしっかりしており読みやすいので、興味を持った方はぜひ。イタリア・ミステリ、今年も少しだけ翻訳が出ていますが、派手なサスペンスばかりじゃなくてこういうのもあるならもっと読んでみたいなぁ……売れなそうだけど……。

原 題:Treno 8017(2003)
書 名:8017列車
著 者:アレッサンドロ・ペリッシノット Alessandoro Perissinotto
訳 者:菅谷誠
出版社:柏艪舎
     イタリア捜査シリーズ
出版年:2005.09.25 初版

評価★★★★☆
古城ゲーム
『古城ゲーム』ウルズラ・ポツナンスキ(創元推理文庫)

医学生のバスチアンは、騎士や魔女になりきり14世紀の暮らしを疑似体験するゲームに参加するため、深い森に到着した。そこでは懐中電灯や消毒薬などゲームの時代になかった物の持ち込みが禁止されている。だが参加者が次々に謎の失踪を遂げ、主催者の携帯電話も紛失し外部と通信不能に。さらに閉じこめられた洞(ほら)で大量の白骨死体を発見。想定外の出来事が彼らの心を蝕(むしば)んでいく。(本書あらすじより)


『古城ゲーム』、なんで発売前ほど発売後に話題になっていないのか不思議なほどストーリーが本格好みだし、今のところ最高に楽しい。

と、読み始めた直後にツイートしていたのですが、終盤すごい勢いで失速していった作品でした。なるほどなぁ……いまいち話題にならないわけだ……。

前半300ページは、中世大好きサークルの面々が、誰も来ない深い森の奥で文明の利器を一切持たずに中世ロールプレイングゲームをしていたら次々と仲間が消えていき、メッセージの書かれた板が仲間が消えた場所に置かれ、いなくなった人数分の墓穴が掘り返され、次々と不可解な出来事が相次ぎ、これはこの地に伝わる呪いか?!と呪いに怯え右往左往するという、大変アツい展開です。外界との連絡手段も断たれ、目指すは『そして誰もいなくなった』。これは面白い、そう確信していましたそう前半は。

ところが地下に閉じ込められたあたりから雲行きがおかしくなります。伝説と祟りの話を引っ張りまくり、さぁ幽霊に死体を捧げよう、レッツ人身御供!みたいな仲間割れが始まった頃から、『そし誰』というよりパニック物になります。まぁそれはいいんです。ちょっとしたどんでん返しというか意外な展開もあるし、それなりに楽しめましたよ一応。
ただ、先の展開というかオチまでがあまりに見え見えで、こちとら血みどろの連続殺人事件を期待していた本格ミステリ好きには物足りないのです。青春小説というか学生がわちゃわちゃする話としても、最終的にややヌルい話に終わる、というあたりがなんとも竜頭蛇尾。エピローグが30ページって斬新だね……。

話の作り方や謎の提示は決して悪くありませんし、ぞろぞろ出てくる16人くらいの学生を結構しっかり区別して描き読者に混乱させないなど筆力もある方だとは思いますが、やはり終盤の盛り上がらなさが残念。せめてあと100……いや200ページは削ってもいいんじゃないかな……。

原 題:Saeculum(2011)
書 名:古城ゲーム
著 者:ウルズラ・ポツナンスキ Ursula Poznanski
訳 者:酒寄進一
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mホ-11-1
出版年:2016.04.28 初版

評価★★★☆☆