紳士と猟犬
『紳士と猟犬』M・J・カーター(ハヤカワ・ミステリ文庫)

イギリスの支配下にある19世紀インド。上官に呼び出された軍人エイヴリーは、奥地で姿を消した詩人の行方を捜すよう命じられる。この任務に同行するのは“ブラッドハウンド”と呼ばれる謎の男ブレイク。反りが合わないながらも旅に出たふたりを大いなる陰謀と冒険が待ち受ける! 密林の中にひそむのは、虎か!象か!盗賊か! アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞&英国推理作家協会新人賞W候補の歴史ミステリ。(本書あらすじより)

いやー面白かったです。歴史ミステリの良作でしょう。550ページありますが、展開が必要十分なので長く感じません。

舞台は19世紀前半のインド。大英帝国が東インド会社を使ってインドの植民地化を進めている最中です。ムガル帝国や藩王国がまだまだ勢力を保ってはいるものの、東インド会社の力の強まりは否定できない、というくらいの時代。
主人公エイヴリーは、夢を抱いてインドに来たものの、出世の道も特になく、賭け事で借金もたまり、というがんじがらめの状態。現地人に対する偏見は丸出しで、東インド会社は絶対に正しい、西洋>>東洋、早くイギリスに帰りたいと願う、という、まぁどうしようもない人物です。こいつが語り手なので、ある意味終始不快な作品ではあります。
その彼が行動を共にさせられるのが、東インド会社のはぐれもの、ブレイクです。ほぼ現地人と同化した生活を送るブレイクが人探しの調査を命じられ、エイヴリーはそれに同行することになります。ケンカしあいつつ旅を進めて行くうちに、やがてエイヴリーはインドの、そして東インド会社の真実を知るのですが……。

語り手エイヴリーがとにかく西洋人意識丸出しの人間なのですが、かなり頑固で最後の方までなかなかデレないのが安易じゃなくて良いですね。徹底して、美化することなく、19世紀の西洋人の見方を描いていることに、一周回って好感が持てます。当然最終的にはエイヴリーとブレイクは友情で結ばれるわけですが、バディ物としてもきっちり仕上がっていると思います。
またロードノベル&冒険小説、といった趣の内容で、ひたすら現地の都市を巡ったり東インド会社や藩の支配者に会うだけなのですが、その中できちんとミステリをしているのも優秀です。姿をくらませた小説家は実際どのような人物で何を企んでいたのか? 東インド会社の支配に隠されたとある陰謀とは? 退屈に陥りがちな調査パートを当時のインド描写と結びつけることで、適度な緊張感を保ちつつ話が進行します。
そしてその陰謀が明かされた瞬間の衝撃も素晴らしいのです。そこに至るまでの不穏感を一気に説明する明快などんでん返しであり、またその決着も歴史ミステリらしいというか。著者あとがきを読んで、『時の娘』のラストを読んだときの気持ちを思い出しました。

手堅くまとまった歴史ミステリですので、興味がある方はぜひ。単に過去を舞台にしただとか、歴史を取り扱っただけの歴史ミステリとは一線を画する良い作品です。

原 題:The Strangler Vine(2014)
書 名:紳士と猟犬
著 者:M・J・カーター M.J. Carter
訳 者:高山真由美
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 448-1
出版年:2017.03.15 1刷

評価★★★★☆
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ラスキン・テラスの亡霊
『ラスキン・テラスの亡霊』ハリー・カーマイケル(論創海外ミステリ)

不幸な事故か? それとも巧妙な殺人か? 謎めいた服毒死から始まる悲劇の連鎖に翻弄されるクイン&パイパーの名コンビ。ハリー・カーマイケル、待望の長編邦訳第2弾!(本書あらすじより)

おととし『リモート・コントロール』で地味of地味英国ミステリ in 1950-70sの神髄、みたいな登場をしたハリー・カーマイケル。待望の邦訳2作目です。『リモート・コントロール』は1970年の作品で大きめのトリックが仕掛けられた円熟期の作品、という感じでしたが、今回はなんとシリーズ3作目にあたります。
トリックや話の内容上仕方がないとはいえ『リモート・コントロール』みたいなキレはないし、初期作らしく説明がバタバタしていて詰め込んでいる割にややぐだっているし、とアラばっかり目立つのですが、やはり嫌いではありません。こういうのに弱いんだよなぁ……地味だけど……。

スリラー作家クリストファー・ペインの妻エスターが毒物の摂取により死亡します。自殺かと思われましたが、エスターはかなりの悪女だったようで、周囲には浮気が入り乱れ、エスターを憎む人物ばかり。パイパーが調査をしていくと事件は新たな局面を迎えるのですが……。

『リモート・コントロール』は陰鬱で捻くれ野郎の新聞記者クィンによる鬱屈した文章が魅力的でしたが、今回の視点人物であるバイパーは全然毛色が異なり、感傷的な保険会社調査員です。『リモート・コントロール』と読み比べてみると、バイパーから見たクィンの印象が大きく違うため面白いかもしれません。ただクィンの一人称がとにかく陰鬱でクセがあった『リモート・コントロール』とは異なり、今回はコンビ物としてだいぶ正統派なので全体的におとなしいです。容疑者の一人に好意を持ってしまうちょっとロマンティックな調査員と、口の悪い新聞記者の相棒、という。
エキセントリックな作家、美人すぎる受付嬢、浮気する医者……と恋愛関係愛憎関係入り乱れた登場人物鉄壁の布陣です。容疑者数としてはかなり少なくいろいろと詰め込むことで話をしっかり作ろうとしているのですが、ある程度は主人公のインタビュー巡業に留まってしまっており、やや中だるみ気味なのがもったいないです。

また本格ミステリとしてですが、結末のインパクトは悪くないだけに、見せ方や持っていき方がもったいないなぁと思いました。色々とうっちゃったままエンディングを迎えたような気がして居心地が悪いのです。もっと絞ってまとめた方が格段に面白くなると思いますが、3作目ということで色々要素を入れたかったんでしょうね。「ラスキン・テラスの亡霊=被害者エスター・ペイン」というテーマ自体は悪くなかったので、これをもっと強調して軸にしてもよかったのかな。

というわけで高評価は与えられないのですが、やはりハリー・カーマイケル、どこか期待してしまう作家です。ディヴァインと似ているようで、また違うタイプの英国本格ミステリですね。邦訳3作目に期待したいところです。

原 題:Deadly Night-Cap(1953)
書 名:ラスキン・テラスの亡霊
著 者:ハリー・カーマイケル Harry Carmichael
訳 者:板垣節子
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 188
出版年:2017.02.28 初版

評価★★★☆☆
約束(イジー)
『約束』イジー・クラトフヴィル(河出書房新社)

ナチス・ドイツの保護領時代、親衛隊の高官のために鉤十字型の邸宅を設計した暗い過去を持つ建築家カミル・モドラーチェク。共産党による独裁体制が強化されつつあった一九五〇年代初頭のブルノで、かつての栄光とは無縁の仕事をこなしていたが、秘密警官のラースカに執拗につきまとわれていた。唯一の理解者であった妹エリシュカも反体制活動の嫌疑をかけられ、秘密警察の尋問を受けているあいだに命を落としてしまう。最愛の妹を失ったカミルは、棺の前で復讐を決意する。それは、狂気に満ちた計画のはじまりだった。ナチス・ドイツ、共産主義、現在――そう、暗い傷のことから話をしよう。(本書あらすじより)

やべぇ、やべぇのに手を出してしまったぜ。チェコ文学だけど、これがもう全然合わなかったんだぜ。
Twitterで後輩が褒めていたのでつい読んでみたのですが、まーあれです、自分には難しすぎました。文学はこわい。読んで損したみたいなことはないんですけど、色々とついていけませんでした。

出版社ホームページにあるあらすじは、ややネタバレを含むので注意。戦後の共産党支配下にあったチェコを舞台にした、とある建築家によるノワール譚です。

……なんですが、色々な出来事が同時進行する上に、とにかく作者の説明が不親切なので、ぶっちゃけよく分かりません。逆立ちしてヨガポーズを取ると真相が見える探偵が出てきたり、時系列がわちゃわちゃ動いたり(いやそうでもないんだけど)で混乱します。当然チェコの人名にも混乱します(せめて登場人物一覧くらいは欲しい)。
この雰囲気にハマる人はハマるんだろうけど、正直微妙だなぁ、ノワールって言えば何でも許されると思うなよゴルァ、っていうか終始あんまり面白くないなぁ、なんだこの220ページあたりから始まる読みづらすぎるにも程がある章はどん引きだぜ(頭悪いのでいまいちこの章の内容が理解できない)、と思っていたら……ついに作者のやりたかったことが判明してぶったまげました。そこからの流れは確かに好きです。なるほど、これはノワールと紹介するしかないか……。

とはいえ読み終わってのモヤモヤ感もすごく、やっぱり楽しめなかったかなぁ。アホなのでたぶん2割くらいしか理解できていないんですけど、まず真相がなぜ発覚したのかすらピンと来ませんでしたからね。頑張ろう、俺。

原 題:Slib(2009)
書 名:約束
著 者:イジー・クラトフヴィル Jiří Kratochvil
訳 者:阿部賢一
出版社:河出書房新社
出版年:2017.01.30 初版

評価★★☆☆☆
モンキーズ・レインコート
『モンキーズ・レインコート ロスの探偵エルヴィス・コール』ロバート・クレイス(新潮文庫)

ネコと同居し、ヨガと中国拳法を操る、タフでクールなヴェトナム帰りの私立探偵エルヴィス・コールとマッチョな相棒ジョー・パイク。「軽い仕事」のはずだった失踪父子の捜索は映画界につきもののコカインがらみでシンジケートとの対決へ……スプリングスティーンのしゃがれ声が似合う冬のロサンジェルスを舞台に粋な探偵の生き様を描く、エルヴィス・コールシリーズ第1弾。(本書あらすじより)

お、俺はこういう私立探偵小説に、めっぽう弱いんだ……傑作ではないか……。
というわけで、ロバート・クレイスのエルヴィス・コールシリーズです。以前ノンシリーズの『容疑者』を読みましたが、今度5月だか6月だかにエルヴィス・コールシリーズと『容疑者』シリーズのクロスオーバー作品が訳されるとかで、急ぎデビュー作のハードボイルドを手に取ってみました。いやぁ、ネオ・ハードボイルドは最高だなぁ。

息子を連れ去った旦那探し、という事件が、途中からコカインをめぐるマフィア絡みの事件に、という話自体はそこまで奇をてらっていません。主人公エルヴィス・コールもよくある軽口系私立探偵のように見えます。ところがこれがなぜかめっちゃ面白いのです。というのも、これぞ娯楽小説!ってな感じの要素がふんだんにちりばめられているんです。

私立探偵が(警察が止める中)積極的に事件に介入していこうとする流れがきちんと描けているのがまず好感度高いです。警官と探偵のお互いをプロと認めあった関係も、都合良いなぁと思いつつも、この全体的に軽めな雰囲気の中では程よく感じられます(警察の上層部とはちょっともめているので調度良いのかも)。事件が次第にオオゴトになっていく中でも、主人公たちの行動が「息子を取り戻す」という当初の目的から外れていないのも良いですね。
そして息子を取り戻そうとする母親の教養小説としての側面がまた非常に上手いんです。もともとは気弱で、意志がはっきりせず、強引な女友達に引きずられがちだった彼女が、試練にさらされる中で行動的になっていく……というのは読者の予想するところなのですが、これがまた読ませるのです。その強引な友人を配して話にカツを入れているのが特に上手いですね。冒頭とラストの繋がりの見事さったらないです。

それでもって、終盤は完全なアクション小説になっちゃうってのがまた好き。もうひたすらガンアクション。主人公エルヴィス・コールも、マッチョな相棒(バトル担当)ジョー・パイクも、わりかし躊躇なくマフィアを殺しまくります。ここがくどくなく、かっこよく見せ場として作られているので、単純に読んでいて楽しいんですよ。

軽めだけど軽すぎず、独特なぬるさが漂ってはいてもシリアスなところはシリアスに決め、かつ重苦しくならない、実にちょうどよいエンタメでした。いやー面白かったなぁ。次はまたエルヴィス・コールものでもいいし、ジョー・パイクシリーズのアクション小説でもいいかも。
ところで自分の持っている1989年初版の『モンキーズ・レインコート』(1987)のカバーに、1992年に翻訳が出る『追いつめられた天使』(1989)が書かれているのは、予告なのか、それとも2作目の時にカバーを掛け替えたのか。後者なら重版しなかったということに……まぁ新潮文庫からは2作で止まっちゃいましたしねぇ。

原 題:The Monkey's Raincoat(1987)
書 名:モンキーズ・レインコート
著 者:ロバート・クレイス Robert Crais
訳 者:田村義進
出版社:新潮社
     新潮文庫 ク-11-1
出版年:1989.02.25 1刷

評価★★★★☆
逃げるアヒル
『逃げるアヒル』ポーラ・ゴズリング(ハヤカワ・ミステリ文庫)

広告会社に勤める美貌のOLクレアは、ある日何者かに狙撃された。幸いにも軽傷ですんだが、追い打ちをかけるように彼女のアパートが爆発し、元恋人が巻き添えになって死んだ。まったく身に覚えがないクレアだったが、やがて、おぼろげな記憶の中から、数日前に言葉を交わした一人の男が浮かび上がった。彼こそ警察が血眼で追っている名うての殺し屋だったのだ。護衛についた元狙撃兵の刑事とともに逃避行に出たクレアに、暗殺者の執拗な銃口が迫る。熾烈な追撃戦をスリリングに描き英国推理作家協会賞新人賞を受賞した女流の傑作サスペンス。(本書あらすじより)

ポーラ・ゴズリングを読むのは5冊目で、高校生の頃にちょこちょこ読んでいたんですよね。ただまぁ、今ではそんなに好きな作家でもなくて(それもこれも4年前に読んだやつが地獄だったからなんだけど)……と思っていたら、意外に良くできた追う者と追われる者系ロマンスサスペンススリラーアクション小説だったのでビックリしています。ゴズリングこっち路線も書けるんですねぇ。というか今まで本格路線ばっかりで、こっち路線を読んでいなかっただけなんですが。

突然暗殺者に狙われることになった主人公の強気な女性クレアを、ベトナム戦争の後遺症を抱える不機嫌寡黙警部補マルチェックが守りつつ逃避行を行うという話。恋愛小説の黄金比みたいなキャラクターたちが、恋愛している場合じゃないのにそういう感じになるわけですね。仲が悪かった二人がいつの間にかそんな関係に……というベタさが結構いけます。
とまぁ、それだけならただのロマサスなんですが、警察内部の内通者は誰なのかという謎、逃避行物の冒険小説としての文句なしの展開、終盤の撃ち合いガンアクションに垣間見えるマルチェックの仄かな狂気(おーベトナム戦争っぽい)と、妙に読みどころが多くて普通に面白いのです。ゴズリングはデビュー作から謎解きは好きだったのね。

全体として悪くはない良サスペンスでした。スタローン主演の映画版『コブラ』がひどい、というのもよく聞きますが(というか解説にも書いてあった)、見るつもりはないです(笑) あと数作買い込んだゴズリングを積んでいるので、今後も思い出したら読んでいきます。

原 題:A Running Duck(1978)
書 名:逃げるアヒル
著 者:ポーラ・ゴズリング Paula Gosling
訳 者:山本俊子
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 151-2
出版年:1990.05.15 1刷
     1992.09.30 5刷

評価★★★★☆
お楽しみの埋葬
『お楽しみの埋葬』エドマンド・クリスピン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

大学教授の素人探偵ジャーヴァス・フェン教授は筆休めのため突如下院議員に立候補することを思いついた。選挙区の農村に戻り、さて選挙運動に取りかかったが、折りしも平和な村には殺人事件の騒動が持ち上がっていた。名士夫人が毒入り菓子で殺され、フェンの友人である担当警部も捜査が軌道に乗り出した矢先、奥深い森の小屋で無残な死体となって発見されたのだ。二つの事件はどこかで密接に……選挙戦も投げうって、謎の犯人に挑む素人探偵フェンの腕の冴え! 生きた風物描写と洒落たストーリー展開で描くクリスピン流本格推理の代表作。(本書あらすじより)

マケプレオーバー2000月間、5冊目はエドマンド・クリスピン『お楽しみの埋葬』だったのですが……なんだこの傑作は。
クリスピン、短編集は3年前に読みましたが、長編を読むのは『消えた玩具屋』以来6年半ぶり。そして『消えた玩具屋』は、まぁ面白いことは面白いけど、ドタバタ感がやや上滑りしている感があって(ここらへん、いま読んだら前よりは楽しめそう)そんなにだったのですが、いやー桁外れに面白いじゃないですか。見直しちゃったよ。

大学教授という職がいやになって、突如田舎の村から選挙に出馬することを決意したフェン教授。さっそく選挙運動を開始したところ、その村では精神病院から狂人が脱走し、毒入り菓子による殺人事件まで発生していた。果たして村の平和は取り戻されるのか、そして選挙の行方は?

なんと、フェン教授が選挙に出るのがミステリに1ミリも関係ありません。作者が、主人公を(事件の起きる)田舎に行かせたい&シリーズ主人公を選挙に出馬させたいというだけ。なんだクリスピン先生、あなたは天才か。
そしてこれが出オチではなくて、まー良く出来ているんですよ。本格ミステリとしての要素と、ユーモア小説としての要素のバランス、配合が絶妙すぎるのです。読んでいてむちゃくちゃ楽しいし、きちんとバラまかれた伏線がしっかりと機能していて完成度が非常に高くなっています。「いかにして犯人は○○の行動を把握できたのか」「なぜ犯人は○○の命を狙うのか」といった疑問がキレイに解き明かされるのです。さらにゴクツブシの豚とか牧師館とか、もろもろ関係ない要素をぶち込んで笑わせつつ、要所要所でそれらをストーリーと絡めてくるのが上手すぎます。

意外な犯人(これ気付く人は気付くらしいんだけど、全然分からなかった……ちょっと序盤読み違えていた気もする)、納得の真相、安定のドタバタ逃走劇を経て、物語は大団円を迎えるのですが、これがまた笑っちゃうような結末で。個人的には『ナイン・テイラーズ』や『火焔の鎖』や『シャム双生児の秘密』や『自宅にて急逝』や『薔薇の名前』や『「悶える者を救え」亭の復讐』や『死の相続』系列の新パターンを得られたということで、異様な満足度があります。こういうさ、ラストにドーンってなるミステリが、好きなんですよ(伝わらない)。

しかも訳が本当にお見事。訳者の深井淳さんというのは英文学者の小池銈氏のペンネームだそうで、ミステリの訳書はこれ含めて2冊しかないのですが(もう1冊がセイヤーズ『忙しい蜜月旅行』)、軽さと教養のバランスがぴったりな、名調子の名訳です。現在では使えない訳語があるのでそのままの復刊は難しいだろうけど、どうにか頑張ってくれないかな……「現在では一般的に使われない差別的な表記・表現含まれていますが」みたいなやつつけて何とか……。

というわけで、うーむ実に素晴らしかったです。クリスピンの長編、まだまだ未読が転がっているので、今後は積極的に読んでいきます。

原 題:Buried for Pleasure(1948)
書 名:お楽しみの埋葬
著 者:エドマンド・クリスピン Edmund Crispin
訳 者:深井淳
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 55-2
出版年:1979.04.30 1刷

評価★★★★★
緑のカプセルの謎
『緑のカプセルの謎』ディクスン・カー(創元推理文庫)

小さな村の菓子屋で毒入りチョコレートが売られ、子供たちのなかから犠牲者が出るという珍事が持ち上がった。ところが、犯罪研究を道楽とする荘園の主人が毒殺事件のトリックを発見したと称して、その公開実験中に、当のご本人が緑のカプセルを飲んで毒殺されてしまった。事件も単純、関係者も少数であったが、関係者はそれぞれ強固なアリバイを証明しあうので、謎の不可解性は強くなるばかり。さて、カプセルを飲ませた透明人間は誰か? 作者が特に「心理学的手法による純粋推理小説」と銘うつ本編は、フェル博士の毒殺講義を含むカーの代表作。(本書あらすじより)

先月三角和代さんによる新訳が出ましたが、それではなく、(積みっぱなしだった)旧訳版です。ジョン・ディクスン・カーではなく、ディクスン・カーなのです。なんだかんだ年1冊くらいのペースで読み続けているので、もう地味に15冊も読んだのか……俺はカーを好きだったのか……。

小村での無差別毒入りチョコレート事件というショッキングな事件が既に発生しており、未解決ではあるものの一人の女性が疑われていることがまず示されます。そして毒殺トリックを見抜いたとのたまう荘園の主人がそれを証明するためある実験を行ったところ、その最中に緑のカプセルによって殺されてしまうのです。フェル博士らは、実験を観ていた容疑者の面々の証言から真相を割り出そうとするのですが、この実験がトリックまみれのものであったため捜査は難航し……。

地味なカーで、そしてそれがすごく良いです。冒頭のポンペイのシーンやトリックなど、ミステリとしての構成は非常にクリスティーっぽいのですが、愉快犯的な最初の殺人や10の質問やフィルムなど、要するに事件の不可解性を強調したり解決の鍵になったりする要素はカーっぽいのが面白いですね。
なんといっても秀逸なのが、被害者自身が騙しを仕掛ける実験を行うという設定。同じ舞台を見せられているのに、身長やら色やらがどうだったのか、人によって証言が違うという奇妙な状況が生じます。何しろ被害者によるトリックと真犯人によるトリックが入り乱れているわけですから、非常に複雑。同じ事柄に対して全員の証言が合わないなんて、普通はせいぜいコナンのエピソード3つ分くらいの内容なのに、やり方と見せ方と仕込み方が上手いせいで中だるみしない程よい長編に。っていうかどんだけ本格ミステリ的に便利な設定なんだ……ずるい……この設定のためだけに子供を毒殺するカーはまさしく鬼畜……。
さらに、犯人判明後の説明で実験の全貌がようやく明らかになり、うわそんな単純なことだったのかさすが、ってなるあたりに、このカーの上手さがありますよね。心理トリックとかじゃないんですよ、ゴリゴリの物理トリックで華麗に実験の謎が明かされるわけですよ。感心するしかないじゃないですか。しかも最後に一気に種明かしするわけではなく、中盤から徐々に答えを示していき(時計とか)、さらに説明がつかないところをラストにばっと出すという、さすがの構成力。推理する人たち(諸々の警官など)と読者の思考のスピードが近く感じられるのも見事(毒入りチョコレート事件をさっさと終わらせるあたりとか。あと色が違うとかごちゃごちゃ揉め始めているのも、はいはい色盲ねつまんないやつねと思ったら全然違いましたね……)。

ま、不満がないわけではないのですが、そもそもカーは基本的に少なくない不満を多量の満足で押しつぶすことによって読者を感心させるスタイルですからね。犯人の行動についてどうかと思わないでもないすが、トリックの肝の部分が見事なので許しちゃえます。雑で若干失敗している感のあるロマンスが、2年後『連続殺人事件』で完成するわけですね分かります。ひとつだけ気になった点については、追記にネタバレで書きます。
というわけで、いやー安定のカーだなぁ。本格ミステリ作家、エンタメ作家としてのアベレージの高さには、今さらながら目を見張るものがありますね。

原 題:The Problem of the Green Capsule(1939)
書 名:緑のカプセルの謎
著 者:ディクスン・カー John Dickson Carr
訳 者:宇野利泰
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mカ-1-12(118-9)
出版年:1961.03.31 初版
     1989.01.06 20版

評価★★★★☆
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堆塵館
『アイアマンガー三部作1 堆塵館』エドワード・ケアリー(東京創元社)

ロンドンの外れの巨大なごみ捨て場。幾重にも重なる山の中心には『堆塵館』という巨大な屋敷があり、ごみから財を築いたアイアマンガー一族が住んでいた。一族の者は、生まれると必ず「誕生の品」を与えられ、一生涯肌身離さず持っていなければならない。十五歳のクロッドは誕生の品の声を聞くことができる変わった少年だった。ある夜彼は館の外から来た少女と出会った……。『望楼館追想』から十五年、著者が満を持して送る超大作。(本書あらすじより)

いやもうめっちゃ面白かったぜという感じ。今年のベストに入れたいくらいです。ミステリじゃないけど。

ゴミ山の中に住むアイアマンガー一族。「物」の声を聴くことのできるクロッドは召使いの少女と出会い、やがて一族と「物」にまつわる大きな秘密を知ることになる。

……というあらすじからも予想できるように、『堆塵館』はファンタジーであり、上質なボーイミーツガールであり、そしてタイトルの通り三部作の一巻なのです。えええええここで終わっちゃうの?????と言いたくなるようないいところで終わってしまうので、二巻はまだかと叫びたくなること間違いなし。じゃあ三巻出そろうまで待とう、と思うのも分かりますが、ここはぜひ二巻が出る前に一巻を読んで欲しいのです。
というのも、この、次が出るまでのワクワク感、久々にシリーズ物の続刊を楽しみに待つ時のアレなのです。自分の世代だと「ハリー・ポッター」シリーズとか、「ダレン・シャン」シリーズとか、「ネシャン・サーガ」シリーズとか、「バーティミアス」シリーズとか(いやまぁそこまでファンタジーゴリゴリしてはいないんだけど)。子供の頃に読んだ数々のファンタジー大作を思い起こさせるのであり、だからこそ読んでビビッと来てしまうのです。
『堆塵館』は異世界を舞台にしたファンタジー(いわゆるハイ・ファンタジー)ではなく、上記の作品群と同じく現実世界とファンタジー世界が接点を持つタイプ(いわゆるロー・ファンタジー)なので、えええちょっと今さらファンタジーとか苦手だわ大人になってから全然読んでいないわみたいな人(俺だ)にもオススメしやすいのかなと思います。19世紀ロンドンを舞台に、読んでいて次から次へと現実が書き換わっていくような感覚を味わえます。特に終盤の……いやこれは言っちゃダメだね、もちろん。

気になっている方はまず書店で手に取ってみてください。そしてネタバレを食らわない程度にパラパラとめくり、目次、登場人物一覧、館の見取り図、そして作者による何枚もの挿絵を見てほしいです。読んでみたくなること請け合いですよ(全然話の内容を説明することなく終わっちゃったけどまぁいいや) 。

原 題:The Iremonger Trilogy Boook 1 : Heap House(2013)
書 名:アイアマンガー三部作1 堆塵館
著 者:エドワード・ケアリー Edward Carey
訳 者:古屋美登里
出版社:東京創元社
出版年:2016.09.30 初版

評価★★★★★
オーディンの末裔
『オーディンの末裔』ハラルト・ギルバース(集英社文庫)

1945年、敗戦の色が濃くなるベルリン。ユダヤ人の元刑事オッペンハイマーは、アーリア人の妻と別居し、身分を偽って潜伏していた。そんな折、ナチ親衛隊の首なし死体が発見される。殺人容疑をかけられた友人ヒルデを救うため、オッペンハイマーは決死の行動に出るのだった。しかし、オッペンハイマーが追う手掛かりを、怪しげな秘密結社「オーディンの末裔」も狙っていた……。ドイツ・ミステリー界の至宝、渾身の作!(本書あらすじより)

び、びっみょぉ……。
ハラルト・ギルバースによる『ゲルマニア』に続く戦時下ベルリンを舞台にしたシリーズ第2作。てっきり3部作かと思っていましたが、ひとまずこれで終わるようです。
『ゲルマニア』は、ユダヤ人ということで警察をやめさせられた元敏腕刑事オッペンハイマーが、ナチスの将校と協力して捜査を行うという異色のバディ物でした。正直そこまで楽しめたわけではないですが、この大筋が魅力的ですし、そこそこ人気があったのはまぁ分かります。
で、『オーディンの末裔』では、オッペンハイマーが今度は身分を隠して、友人ヒルデにかけられた殺人容疑を晴らすべく奔走します。終戦間際、いよいよ警察機能どころか法機能すらマトモに機能していないナチスドイツの裁判にオッペンハイマーは立ち向かえるのか、ヒルデは助かるのか、そしてこの事件の影で暗躍している秘密組織「オーディンの末裔」とは何なのか?……っていう話なんですけど。

まーーーーーこれが面白くないんですよ。びっくり。
一番は、自分は1945年のドイツが舞台のミステリを読みたいんであって、1945年のドイツの人々の暮らしや戦況を読みたいわけじゃないということです。作者ギルバースさんは、確かに当時のベルリンの様子をそりゃあ克明に描いているんですよ、ですけど、だからってストーリーもやっぱりちゃんと面白くしてほしいわけです。
「オーディンの末裔」という秘密組織のイマイチ上手く使われなさ、どんでん返しのあまりのベタさ、前作とは異なり圧力がない中で比較的のびのびと捜査するオッペンハイマー元刑事の緊張感のなさ。しかも長い。っていうか解説で北上氏が、前作が傑作すぎたと断りをいれつつ前作を超えるものではないって言っちゃってるじゃん……『ゲルマニア』をそこまで大好きでもない俺はどうしろと……。
やっぱりギルバースさんがそんなに書きっぷりが上手くないんだと思います。キャラクターはとりあえず属性を与えられました、という感じなのは前作と変わらないし、主人公オッペンハイマーなんかもう何なのっていう(妻であるリザへの態度がどうしても取ってつけたようなものにしか見えないんですけど)。章の最初に時間軸を変に前後させるのも気になるし、小説として全体的に描写が薄いのも気になります。

というわけで、もし3作目が出たとしても、読むか迷うなぁ。1945年のドイツに興味がある人には、空襲の様子や当時の緊張感などが分かって楽しめるとは思いますが、正直それほどでも……という感じです。

原 題:Odins Söhne(2015)
書 名:オーディンの末裔
著 者:ハラルト・ギルバース Harald Gilbers
訳 者:酒寄進一
出版社:集英社
     集英社文庫 キ-15-2
出版年:2016.09.25 1刷

評価★★☆☆☆
その先は想像しろ
『その先は想像しろ』エルヴェ・コメール(集英社文庫)

全世界アルバム売り上げ二千万枚を誇る人気ロックバンド“ライトグリーン”のボーカルがシチリア島で失踪した。身代金の要求はなく、姿を隠す理由も見当たらない。一方それから遡ること二年余り、フランス北部に位置するカレーから二人のチンピラがマフィアの金を盗んで逃げ出していた。小さな町からの逃走劇はやがて世界を騒がす大きな事件に繋がり――。注目のフレンチミステリー。(本書あらすじより)

皆さん覚えているでしょうか、去年の新刊『悪意の波紋』という驚異のフランス・ミステリを。誰しもが予想だにしなかった脱力系のオチにより、読者の9割に「は?」という読後感を与えたあの作品を。あの作者の邦訳2作目が出てしまったのです。おまけに今度は群像劇タイプの作品らしい。これはまたしても前作並みのやばいオチの再来か? と思うでしょ、思っちゃうでしょ、普通。
違うんです。違うんですよ。これは『悪意の波紋』とは完全に別のタイプの作品なのです。

コテコテのクライム・サスペンスかと思いきや最終的に全然そんなことにはならなかったし、群像劇スタイルでどんでん返しがあるかと思いきやそんなことにも(あまり)ならなかったんです。だから、ぶっちゃけ「ミステリ」を期待して読むと、あまり楽しめないかもしれません。それでも、これは、とってもステキな、最後にはちょっぴり感動すらしてしまう、人間賛歌の物語なのです。強くオススメします。


やばい相手から大金を奪ったチンピラふたり組による逃走劇を描いた第一章は、ぱっと見ではありきたりなクライム・ノベルのようです。ところが、なんとなくそうじゃない。というのも、視点人物であるチンピラ、カルルの語りが内省的なものであるため、どこか雰囲気が違うのです。文章は圧倒的に前作より良く、読みやすく詩的ですらある文章が心地よく感じられます。
続いて第二章では、この逃走劇に関わることになるある人物が主人公になるのですが、しかしこのパートになるともはや全然ミステリっぽくなりません。立身出世の物語なのです。いったいこの作品がどこに着地するのかさっぱり見えません。
という具合に、視点人物を変えながら話はすこーしずつ進んでいくのですが、どう見ても前作と違ってめちゃくちゃこじんまりとした話に落ち着きかねなく、一応面白いけどちょっとダレてもいて、おいおい大丈夫なのかと不安を感じます。第一章から三章は、それぞれ主人公が異なり、どのように物語に絡むかというつながりも確かに大事ですが、それより各々の人生の方がメインなんです。

そして読み終わって思うのですが、この作品は、様々な登場人物たちが行き着く先を一気に描くためだけに、まず430ページかけて彼らの過去を語りに語り、メインとなる70ページのエピローグを見せる話なのではないか……と思いました。だから『悪意の波紋』のような展開の意外さや衝撃のラストで読ませる話では決してなく、何か驚きを期待して読むとダメなんですが、それでも『悪意の波紋』よりはるかに『その先は想像しろ』の方が私は好きです。大好きです。
なぜなら、500ページひたすら美文名文が続く翻訳を読んだ後に、我々はこの本に対して、どうしようもない感慨と感動を覚えてしまうからなんです。これ以上言えないのでもう読んでとしか言えないんですが、まぁランキングに絡みそうな話ではないし、こう、実際ベスト感はないんですけど、でもこれは本当に好きです。途中はちょっと長いなーとか思ってたはずなのに……(全部読後感のせい)。

非常にまとまりのない、よくわからない感想になってしまいましたが、強いて言えば『毒薬の小壜』に近いものを感じました。ぜひ、どこかで話題になってほしいなぁ。一人でも多くの人が読み、ちょっぴり幸せになってほしい、という作品です。
なお、解説は思いっきりネタバレを含んでいるので要注意。

原 題:Imagine le reste(2014)
書 名:その先は想像しろ
著 者:エルヴェ・コメール Hervé Commère
訳 者:田中未来
出版社:集英社
     集英社文庫 コ-16-2
出版年:2016.07.25 1刷

評価★★★★★