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2020-02

『白衣の女』ウィルキー・コリンズ - 2020.02.08 Sat

コリンズ,ウィルキー
白衣の女 上 白衣の女 中 白衣の女 下
『白衣の女(上・中・下)』ウィルキー・コリンズ(岩波文庫)

暑熱去らぬ夏の夜道、「ロンドンに行きたい」と声をかけてきた白ずくめの女。絵画教師ハートライトは奇妙な予感に震えた――。発表と同時に一大ブームを巻き起こし社会現象にまでなったこの作品により、豊饒な英国ミステリの伝統が第一歩を踏み出した。ウィルキー・コリンズ(1824-89)の名を不朽のものにした傑作。(本書上巻あらすじより)

毎年恒例年越しディケンズ(6回目)……をいつもなら年末年始にやるのですが、2019年はもう『オリヴァー・ツイスト』を春に読んだ上に『荒涼館』の再読までしているので、今回はやりません。
じゃあ代わりに何を読むか、19世紀のディケンズ代わりになりそうなミステリっぽい作家っていたっけ……そうだ、ウィルキー・コリンズだ!というわけで、今年は番外編年越しコリンズ、岩波文庫版『白衣の女』に挑戦です。最適解でしょこれ。
そして、大興奮のまま読み終えていました。自分がクラシックが好きとかヴィクトリア朝作家が好きすぎとかそういうの全部抜きにして、客観的に見てスーパーウルトラ傑作だと思います。マジです

ディケンズの面白さって、個人的には超好きなんですが、たぶん19世紀の小説としての面白さなんですよ。ところが『白衣の女』の面白さは明らかに20世紀のエンタメを読む面白さのように思えるのです。クラシックを読んでいて、この作品がこの時代に書かれたの?!ってたまになることがありますが(『ビッグ・ボウの殺人』とか)、あの感覚に非常に近いというか。
『月長石』に興奮したのが2010年。そしてそれを上回る興奮を『白衣の女』が与えてくれたのが2020年。ウィルキー・コリンズ、最高!

岩波文庫版で言うと上中下巻がそれぞれ第一部、第二部、第三部となっていて、話が大きく変わっていきます。第一部では、貧しい中流階級の絵描きが上流階級の女性の美術の家庭教師となり、お互いに身分違いの恋に落ち、しかし彼女には決められた貴族の結婚相手がいて……みたいなやつ。よくある。
しかしその絵描きが偶然出会った、精神病院から抜け出した「白衣の女」が、貴族の女性の結婚相手となっている準男爵に関する何らかの秘密を知っているらしく……みたいな謎が提示されます。準男爵がかなりうさんくさい人間である中、さぁどうなる、という顛末が、関係者の手記で語られていくのです。

さて、第二部ではある巧妙な犯罪が行われ、そして第三部では追いやられた主人公たちが復讐の鬼と化し、中ボスと究極の大ボスと命がけの戦いを繰り広げます。そう、これは復讐譚なんですよ! 特に第二部以降は、お互いが相手の裏をかこうとする頭脳編なんです。だから、とにかくハラハラドキドキ、サスペンスフルで、クソ面白い。第二部のラストとかめっちゃビビる面白さ。『荊の城』の上巻読了時みたいな感じ(だから、サラ・ウォーターズが好きな人にはもれなく読んでもらいたい……)。

さて主要登場人物。全然ダラダラしていない、気の休まらない頭脳戦を繰り広げる善側が、まず恋に落ちた美術教師ウォルター・ハートライト。そしてもう一人が、ウォルターと恋仲になったローラの姉、マリアン・ハルカム嬢なのであります。このマリアンがもうとにかく魅力的なんですよ……ここだけで1000字は語れるな……。
マリアン・ハルカムという、超絶魅力的な、ヒロインじゃないけど実質ヒロインを生み出せたという時点で作者の完全勝利と言っていいのではないでしょうか。邪悪な企みから妹を守るため、とにかく頭を使い何とかしようとする彼女がむちゃくちゃかっこいいのです。本当にこの作品が19世紀に書かれたのかよ。信じられねぇな。

さらに敵役の、とりあえずネタバレを避けるため誰とは言いませんが、ある人物がこれまた信じられないくらい魅力的。007とかルパン三世のラスボスのような悪のカリスマ。謎の情けとかかけちゃうあたりがますます悪のカリスマっぽいし。
この魅力的な敵味方が争いつつ、全ての謎が解かれる第三部は圧巻としか言いようがありません。ウィルキー・コリンズがこだわる(『月長石』と同様の)手記リレー形式にも必然性があり、多視点を生かしてこれだけの物語を紡ぎ出せるのは本当にすごいと思います。全力でおすすめ。

19世紀の長編ミステリの始祖として語られるディケンズの『荒涼館』とコリンズの『白衣の女』、どっちも好きですが、どちらかをおすすめするとなると、万人向けの面白さと言う点で『白衣の女』の圧勝と言う他ないかな……悔しいけども……(だって19世紀離れしてるからさぁ)。今後もウィルキー・コリンズの長編はなるべく読んでいきたいですね(あんまり手に入らないけど)。

ところで、岩波文庫版『荒涼館』の感想でも書きましたが、つくづく自分は岩波文庫の翻訳をなめていたなぁと反省しています。とにかくべらぼうに読みやすい。なんか、勝手に読みにくいイメージがあったので……いや昔のは実際読みにくかったと思うんだけど……。

原 題:The Woman in White (1959~1960)
書 名:白衣の女(上・中・下)
著 者:ウィルキー・コリンズ Wilkie Collins
訳 者:中島賢二
出版社:岩波書店
     岩波文庫 赤284-1,2,3
出版年:1996.03.18 1刷
     2011.06.06 6刷

評価★★★★★
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『「乗ってきた馬」亭の再会』マーサ・グライムズ - 2020.01.18 Sat

グライムズ,マーサ
「乗ってきた馬」亭の再会
『「乗ってきた馬」亭の再会』マーサ・グライムズ(文春文庫)

春先の憂鬱にとらわれたジュリーのもとに、旧知の貴族夫人からお呼び出しがかかった。恩あるレディに頼まれて、アメリカの殺人事件を調べるはめになり、警視、ついに大西洋を渡る。(本書あらすじより)

月一グライムズ再読、ついに12冊目(読んだのはちゃんと12月頭なんですよ、感想は今ですけど)。ジュリー警視一向、友人に頼まれアメリカに行く、の巻。初読時の印象はかなり悪いのですが……。
思ったよりアメリカにいる主人公たちの描写に違和感がなく(というかイギリスにいるのと変わらない)、ボルティモアを舞台にポオが密接に絡んでいくのも割と面白い……とは思います。ただ、ここ数作全般に言えることですが、シリーズ要素がいくら何でも強すぎてストーリー的に邪魔なんだよなぁ。

ポオの未発表原稿を入手し論文を書こうとしていた女子大学生殺し、山中のロッジで殺された若い男性、ホームレス殺しという3つの無関係な殺人。前作の登場人物に頼まれて女子大生殺しを調べにアメリカに来たジュリー警視らによって、3つの殺人が結び付けられていく様は悪くありません。いつもより元貴族プラントがめちゃめちゃ推理しているのもダブル主人公的に良いですし。

大学が舞台の一つとなるせいでクセの強い大学教授たちが出てきたりと、容疑者も結構魅力的。ただ、動機は良いとして、そこからの犯人特定要素が全くない(このままだと容疑者は2人はいるはずでは)あたり、あぁグライムズは謎解きミステリやめちゃったんだなぁ感がハンパないですね……(初期からそこまでゴリゴリの謎解きでもないとはいえ)。

しかしそんなことより、問題は本書が『「レインボウズ・エンド」亭の大いなる幻影』との実質二部作であることなのです。一作で完結はしているけど、キャラクター同士の関係とかもろもろが次に持ち越された感があります。だから事件解決後にダラダラと何十ページもまだ残りがあるわけで……。
このシリーズは、シリーズキャラクターが雪だるま式に増えまくっていきます。もちろん彼らの登場は楽しいし魅力的なことこの上ないんですが、あくまでそれをストーリーの副にしてほしかったんですよ。だから最後の何十ページかは完全に蛇足。アメリカにいる間の捜査とかもろもろすごく良いだけに、本当にもったいないのです。

来月読む『「レインボウズ・エンド」亭の大いなる幻影』は、それこそここまでの12作の総括的な意味合いのある作品。これを読んだら、グライムズ総括的なことをやって、月一グライムズ再読を終わりにしようかな、と思っています。

原 題:The Horse You Came In On (1993)
書 名:「乗ってきた馬」亭の再会
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-13
出版年:1996.05.10 1刷

評価★★★★☆

『「老いぼれ腰抜け」亭の純情』マーサ・グライムズ - 2019.12.26 Thu

グライムズ,マーサ
「老いぼれ腰抜け」亭の純情
『「老いぼれ腰抜け」亭の純情』マーサ・グライムズ(文春文庫)

警視ジュリーが恋のとりこになった。相手は美貌の未亡人だがどこか暗い影がある。そのカギは亡き夫の過去にあると見て、親友の独身貴族メルローズを湖水地方へ調査に派遣する。(本書あらすじより)

月一での再読を続けてついに11作目。出ました、ついに『「老いぼれ腰抜け」』亭の純情』です!
客観的に見て、良い点と悪い点が半々くらい……ではあるんですが、個人的に『「老いぼれ腰抜け」亭』の良さにはくらくらっと来てしまいます。陰鬱な雰囲気が前面に出てからの、シリーズの一つの到達点ではないでしょうか。

ジュリー警視が結婚を考えた相手が、自殺と思われる死を迎えた。彼女の一族の中で、この数年間で2件の自殺と2件の事故が起きていたことを知ったジュリーは、湖水地方の金持ち一家にまつわる死の謎を調べることになる。

ぶっちゃけ言うと、謎解きミステリとしては事件の真相はかなり厳しいのです。唐突さもあるし、説得力にもやや欠けるし、証拠はないし、容疑者の掘り下げも足りないし。それはもうふわっふわした謎解きなので、期待してはいけません。まぁ、そもそもこのシリーズに謎解きを期待しすぎて良かったことはないけれども……。

じゃあ何が良いのかって言ったら、この500ページの本全体に漂う雰囲気と、老人と、子供。これにつきます。
いやいや、毎回グライムズはそうじゃねぇか、と言われるとぐうの音も出ないのですが、でもその中でも良いんです。マジで良い。
失意のどん底にあるジュリー警視、周りに無関心で世俗離れした湖水地方の名家、老人ホームに住む強烈で最高なじいさんとばあさん、母の自殺を受け入れられない少年、母の死の真相を調べる下働きの少女。こういったものがとにかく全部素晴らしくて、500ページ全く飽きさせません。

そしてこの雰囲気を最後に彩るのが、(やや残念な)真相解明後の、あの見事なラストシーン。安易? 唐突? やりきれない? もちろんそういうご意見もありましょうが、俺はこれが好きなんです。少なくとも、このシリーズは、これをやっていいだけの積み上げがここまでにあると思うのです。

再読も残り2作となりましたが、この残り2作は、いわばジュリー警視たちがアメリカ(作者の国)に行く「アメリカ編」で、これがもう微妙にもほどがあった記憶しかないので、全然期待していません。再読して評価が変わると良いんだけど……。

原 題:The Old Contemptibles (1991)
書 名:「老いぼれ腰抜け」亭の純情
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-10
出版年:1993.12.10 1刷

評価★★★★★

『「古き沈黙」亭のさても面妖』マーサ・グライムズ - 2019.11.19 Tue

グライムズ,マーサ
「古き沈黙」亭のさても面妖
『「古き沈黙」亭のさても面妖』マーサ・グライムズ(文春文庫)

ふさぎの虫にとりつかれたジュリー警視、休暇で訪れたヨークシャーのパブで、人品いやしからぬ婦人がいきなり夫を射殺するのを目にした。単純明快な事件のはずだが何か気にかかる。(本書あらすじより)

月一マーサ・グライムズ、第10弾。今作はいきなり600ページ超えですが、これが以前読んだ時はめちゃくちゃ面白かったはずなのです。
というわけで、6日かけてゆっくり再読。正直初読時より評価を落としてしまった感は否めないのですが、そんなことより、俺の記憶していた場面が出てこなかったのはどういうこと? 何かと混ざってる?

650ページという長さではありますが、そこまではっきりとしたストーリーはないですし、ぐいぐい読ませるような工夫があるわけでもありません。わらわらとまとまりのない登場人物たちをゆっくり描きつつ、ジュリー警視の目の前で起きた妻による夫射殺事件というあまりに明確な殺人に隠された真実がじっくりあぶり出されていきます。

手がかりが正直乏しいのですが(せめて動機の手がかりをもうちょい置いてほしい)、過去の少年二人誘拐事件の真相や、そこから引き起こされた事件の顛末、というミステリ部分は比較的好きなんですよね。物語の核となる、退廃的で、厭世的で、悪人ではないけどクセの強い一族のそろった貴族一家には、まさしく「血は水よりも濃い」を体現しているかのような互いをかばいあう人々が集まっています。本作のミステリ部分は「血は水よりも濃い」という言葉に真っ向から向き合ったかのような事件であり、そしてそれが実際かなり上手く描き出されています。
そして、本作のテーマであり全編を覆う「ロック」という音楽の影がまたすごく良いんです。終始登場人物たちは何かしらの音楽を聞き、何かしらの音楽について語っています。この部分、必要か不必要で言えば不必要なんですが、でもそれが事件を構成する一要素としてたまらなく魅力的であるのも事実。これを読んだせいで、ルー・リードを聴いてみたくなりましたからね、自分は。

650ページはやっぱり長く、作者が(良い意味でも悪い意味でも)ダラダラと書いてしまった感はありますが、でもこの長さは、音楽要素も含め、今作の雰囲気を形作る上での必要悪であり、そしてこの気だるげな雰囲気はやっぱ魅力的なんですよね……と思えたら、たぶんこの本はハマるんでしょう。っていうかグライムズにハマるんでしょう。ちなみに自分はハマっています。そういうことです。

原 題:The Old Silent (1989)
書 名:「古き沈黙」亭のさても面妖
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-9
出版年:1992.03.10 1刷

評価★★★★☆

『「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁』マーサ・グライムズ - 2019.10.18 Fri

グライムズ,マーサ
「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁
『「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁』マーサ・グライムズ(文春文庫)

休暇中に遭遇した奇妙な殺人事件の被害者の妻と、テムズ川で見つかった女性の死体の顔は驚くほど似ていた。ただの偶然とは思えない二人の関係を、ジュリー警視が追う。(本書あらすじより)

9月の月一マーサ・グライムズです。シリーズ第1作『「禍の荷を負う男」亭の殺人』の舞台であり、ダブル主人公の片割れである元貴族メルローズ・プラントが住む村、ロング・ピドルトンが舞台となっています。
好き嫌いが非常に分かれそうな作品。トリック面を評価するか、このエンディングを認めるか、あるいは放置プレイになっている様々な要素を問題視するか。極端な話、これは「名探偵が解決できないミステリ」なのです。

メルローズ・プラントの友人である古道具屋トルーブラッドが仕入れたばかりの家具から死体が発見された。状況から考えて、犯人はこの家具を売り払ったばかりの、死んだ男の妻ではないかと思われるが、ジュリー警視はすんなりその結論に納得できず……。

いわば「綺麗な解決」「ハッピーエンド」を時として好まないのがグライムズという作家なんですが、その特性が過去作にない形で現れたのがこの『「五つの骨と貝殻骨」亭』なんだと思います。それを成立させるためのトリックと、事件が、まさにこれ、という。
明確に「トリック」があるタイプのミステリであり、そんなに上手くいくかなぁと思ってしまうような真相ではあります。が、「上手くいってしまった」ということを全面に押し出すことでそれを解決するという、ある意味ずるい描き方であるため、そこまで違和感はありません。

とはいえ核となる人物の描写が、いつものグライムズだったらもっとみっちりやっているだろうに、意外とさらっとしているせいでやや味気ないのも事実。なぜ書き込みが足りないのかというと、偽の手がかりが多く作りすぎたから、と言う他ないのですが、問題はこの偽の手がかりたちが、読んでいる分にはかなり楽しくても、あれもこれもほったらかしで終わってしまっているところ。下手に容疑者を増やすくらいなら、もっと狭いコミュニティにして、短めの話で仕上げた方が良かったのかも。
そういうわけなので、シリーズ1作目の舞台と同じにしてシリーズキャラクターをぞろぞろ出す必要はなかったんじゃないのかな、とか、まぁ色々考えるわけですよ(作者が書きたかったから、あとはファンサービスが理由かなぁとは思いますが)。割と好きではあるけど、完成度としてはマイナスポイントが目立つ作品だと思います。

これで今年9作再読を終えたわけですが、マーサ・グライムズ、再読した何作品かに関しては、初読時に感じたシリーズとしての楽しさよりも、個々の作品の完成度が気になってしまうので、結果的にやや評価を落としている感が否めません。悲しいなぁ……。

原 題:The Five Bells and Bladebone (1987)
書 名:「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:吉野美恵子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-8
出版年:1991.03.10 1刷

評価★★★★☆

『死者の国』ジャン=クリストフ・グランジェ - 2019.09.23 Mon

グランジェ,ジャン=クリストフ
死者の国
『死者の国』ジャン=クリストフ・グランジェ(ハヤカワ・ミステリ)

パリの路地裏でストリッパーの惨殺遺体が発見される。パリ警視庁警視のステファン・コルソはこの猟奇殺人事件の捜査を進めるが、ほどなくして第二の犠牲者も出てしまう。被害者二人の共通点は、同じストリップ劇場で働いていたこと、そして二人とも、元服役囚の画家、ソビエスキと恋人関係であったこと。コルソはソビエスキを容疑者と考え、彼を追い詰めるが……『クリムゾン・リバー』の著者グランジェが放つ、戦慄と慟哭のサスペンス。(本書あらすじより)

ポケミス最長&最厚の作品が登場です。グランジェはかつて創元推理文庫から何作か出たっきりの、向こうでの人気と比べると日本ではそれほど……なフランス・ミステリ作家。ところが、昨年聞いたことのない出版社(失礼)から突如『通過者』が出て(TAC出版から700ページ超えの上下二段単行本が出ました)、そして今年はポケミスから、と、なぜか急にまた翻訳が続いています。去年は読みたいと思いつつ読み逃してしまったのですが、何と言っても今回はポケミスなので、分厚さにめげずに取り組んでみました。
なんでしょうね、色々な意味でこの本を消化しきれていない気がします。正直なところ、この厚さを気にせず読んで欲しい!とオススメできるかというと、微妙な作品です。

パリでストリッパーが惨殺される。時に強引な捜査を行ってしまうことで知られるコルソ警視は懸命に犯人を追うが、やがて二人目の犠牲者が。捜査の中で浮かび上がってきたのは、ストリッパーと付き合っていたという、世間で話題の初老の画家であった。犯人は彼だと狙いをつけて、コルソは執拗に調べを続けるが……。

絶対こいつが犯人でしょ、という謎の確信を抱いて読み進めていたのですが、とりあえず全然当たっていませんでした。
それはともかく、誤解を恐れつつ言うと、なぜ760ページもあるのかが分からない、というのが正直なところ。もっと短くできるでしょとかそういう意味ではなく(それもあるけど)、なんでたったこれだけのストーリーでポケミス最長になってしまっているのかが分からないのです。めちゃめちゃ読みやすいのは間違いないんですが……。
ややグロめの事件だったり、性癖オンパレードのアブノーマルセックス描写まみれだったり、陰鬱な真相だったり、という内容であるにもかかわらず、薄っぺらいとは言わないけど妙に、こう、「軽い」んですよ。そこに違和感があります。ストーリーはそれほどでもないけど、雰囲気などの色々な味付けで760ページになった……とかなら分かるんですが。いらない展開やら大したことない描写やらで長くなっちゃってるんだろうなぁ。

主人公のコルソ警視が、とにかく読者の共感を得られなそうな直感型突っ走り証拠なし逮捕暴力刑事なのは、ある意味ストーリー上の必要があるので、まぁいいとしましょう。ただ、そんな彼が、思い込みが激しい割に都合の良いところで急に考えをコロコロ変えるのにも違和感。ラスト、そりゃそうなるんでしょうが、お前色々カッタい考え方のくせになんでそんなあっさり思い切れるのかなぁ、とか。
あとは作者の書き方でしょうか。どんでん返しを仕込んでいるかのようなストーリーなのに、偽の真相らしきものに対して、はいこれは真相ではないっすよー!みたいな書き方をして読者の期待をへし折るのは何でですか、マジで。それと、連載小説みたいに前の章の内容をたまに説明しているのも何でですか。

決してつまらない、ってほどでもない、のがまた難しい……いやこうなるとつまらないのかもしれないけど……。どういう経緯でポケミスから出そうってなったのかも気になります(いやポケミス向きの話ではありますが)。グランジェの面白さを理解できたかと言うと微妙なので、とりあえず、復刊した『クリムゾン・リバー』とかを読んでみないとなぁ。

原 題:La Terre des morts (2018)
書 名:死者の国
著 者:ジャン=クリストフ・グランジェ Jean-Christophe Grangé
訳 者:高野優、伊禮規与美
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1944
出版年:2019.06.15 1刷

評価★★★☆☆

『指名手配』ロバート・クレイス - 2019.09.14 Sat

クレイス,ロバート
指名手配
『指名手配』ロバート・クレイス(創元推理文庫)

私立探偵エルヴィス・コールは、最近妙に金回りがいい息子タイソンのことを調査して欲しいという、母親からの依頼を受ける。どうやら少年は仲間と裕福な家からの窃盗を繰り返しているらしい。警察に捕まる前に逃亡中のタイソンを確保し、なんとか自首させたいという母親。だが、コールの先回りをするかのように、何者かが少年の仲間を殺していた。そしてタイソンの身も危険が……。大評判となった『容疑者』『約束』に続く第3弾登場。(本書あらすじより)

『容疑者』『約束』に続く創元ロバート・クレイス。『容疑者』は警察官スコットと警察犬マギーが主人公、『約束』はクレイスの主要シリーズであるコール&パイクシリーズにスコット&マギーが登場するという作品でしたが、今作『指名手配』は純粋なコール&パイク物です。従って犬は出ません。
単純に、コール&パイクシリーズは楽しい、という感想に尽きます。軽口&頭担当とバトル担当という私立探偵コンビに、キャラ立ちし過ぎ超有能殺し屋コンビをぶつけたら、そりゃあもう面白いに決まっているじゃないですか、っていう。

連続空き巣強盗事件の犯人である非行少年たちが、やばい物品を盗んでしまったため、命を狙われることに。私立探偵エルヴィス・コールは、少年の母親に依頼され、差し向けられた殺し屋たちから少年たちを守ろうとするのですが……という、ある意味ひねりのないストレートな話。読者には最初からヤバい二人組の殺し屋の存在が明かされている中で、じわじわとコールが確信に迫りつつ、追うものと追われるもののサスペンスが展開されます。

殺し屋コンビがいいんですよ、本当に。徐々に二人の関係性が明かされ、唐突に過去エピソードが語られ(だがそれがいい)、無情なんだけどただただ有能で意外と繊細なキャラクターが、それはそれは魅力的に描かれていきます。脇役・端役に至るまで個性的なのは、クレイスの本領発揮、といったところでしょうか。
また、アクション要素も重要です。最新機器と頭脳を駆使し、死体をあちらこちらに転がしつつ、探偵と殺し屋が全力で潰し合う……果たして決着は?という話の時点で正直もう超楽しいじゃないですか。コールとパイクの無敵感・全能感ハンパないのに、きちんとサスペンスとして危機感が出ているのも良いです。

ただ……あくまでこれは個人的な意見ですが、すらすら読めるし、厚さは一切感じないし、最初から最後まで面白かった一方で、もう少し話が広がってもいいのに、とは思いました。『約束』と比べると『約束』の方が断然好きとは言っておきます(『指名手配』がつまらないとかではないですよ、誤解なきよう)。
やっぱりコール&パイクシリーズは素晴らしいので、全部読みたいなぁと思うのですが、新潮文庫のやつにしろ扶桑社ミステリーのやつにしろ、どんどんレアになっちゃってて半分くらいしか買えていないんですよね……どうしろっちゅうの。

原 題:The Wanted (2017)
書 名:指名手配
作者:ロバート・クレイス Robert Crais
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 ク-23-3
出版年:2019年5月10日 初版

評価★★★★☆

『「独り残った先駆け馬丁」の密会』マーサ・グライムズ - 2019.09.13 Fri

グライムズ,マーサ
「独り残った先駆け馬丁」亭の密会
『「独り残った先駆け馬丁」の密会』マーサ・グライムズ(文春文庫)

雨にけむるデヴォンの森で、若い女の絞殺死体が見つかった。ほぼ一年後、同じ手口で再び若い美女が殺される。二つの事件の関連は? おなじみ警視ジュリーの執念の捜査が始まる。(本書あらすじより)

はい、感想を書くのが遅れているので、今頃8月の月一マーサ・グライムズ再読です。
10年前の高3だった頃に自分がこの本について書いた感想読んだら、思いっきり間違っていて恥ずかしくなりました。そうだ、これ最後がよく理解できなかったんだよね……最後誰が死んだかすら、当時よく分かってなかった感があります。
一種の「家庭の悲劇」的な事件としてはめちゃくちゃ面白いし、シリアスな雰囲気もピッタリ。ただ、謎解きミステリとしての面白さを完全に捨ててしまっているのが残念。また、各種シリーズキャラクターも生かせないまま終わってしまったように思えます。

自分の巻いていたスカーフで若い女性が絞殺されるという事件が発生。婚約者の男性が疑われるが、その男性の友人の女性は無実を信じ、元貴族メルローズ・プラントを通じてジュリー警視に捜査を依頼する。一方、一年前にも同様の事件が起きており、『「悶える者を救え」亭』でジュリーと共同捜査を行ったマキャルヴィ方面部長が執拗に真相を追っていた。果たして2つの事件の関係とは?

雰囲気は最高なんです。被害者の婚約者がその一員である、没落しつつある浮世離れした貴族一家の奇妙なつながり・結びつきの描き方とか超うまいし。また、初登場の星占い屋〈スターダスト〉は、またもグライムズは名キャラクター名店を生み出してしまったな、と思わせる素敵空間です。前作から登場しているジュリー警視の隣人、キャロル=アン・パルーツキーがここで大いに活躍することになるわけですね。
とはいえ、謎解きに深みがなく、というか進展も終盤までほぼなく(終盤は面白いけど、終盤までがつまらない)、中盤までは割と「なんでこれ読んでるんだ?」みたいな気分になっちゃうのです。読み物としては失敗かなぁ。

と思ってしまう理由は何かというと、謎解き面もありますが、登場人物を使いきれていないことが一番の原因ではないかなと。このシリーズはロンドン警視庁のジュリー警視、およびその友人である元貴族メルローズ・プラントのダブル主人公であり、彼らが別々に捜査していくことが見どころなわけですが、今作のプラントがまずもう全然使われていないのです。また、『「悶える者~」』で登場した名キャラクターであるマキャルヴィ方面部長も、強烈なキャラクターが上手く生かされず、正直出さなくて良かったかなという気もするし……。

比較的短めの悲劇系統の物語ということで、『「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑』『「独り残った先駆け馬丁」の密会』と続いてきたわけですが、出来栄えは前者が圧倒的かなぁ。さて、次からは(記憶通りなら)傑作が3連続続くはず。

原 題:I Am the Only Running Footman (1986)
書 名:「独り残った先駆け馬丁」亭の密会
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-7
発 行:1990.6.10 1刷

評価★★★☆☆

『おしゃべり時計の秘密』フランク・グルーバー - 2019.08.13 Tue

グルーバー,フランク
おしゃべり時計の秘密
『おしゃべり時計の秘密』フランク・グルーバー(論創海外ミステリ)

ジョニーとサムが殺しの容疑をかけられた! 災難続きの二人の運命やいかに! おしゃべり時計をめぐる謎に迷探偵が挑む。懐かしのユーモア・ミステリ再び。(本書あらすじより)

論創海外ミステリによる、ジョニー&サムシリーズ未訳全作紹介も、順調に2作目です(シリーズで言うと5作目)。まぁいつも通りと言えばいつも通りではあるのですが、それにしても今回のジョニー&サムはかなり出来が良いのではないでしょうか。めっちゃ面白かったんですよ。少なくとも、論創グルーバー3作品の中では、一番だと思います。

ミネソタ州のど田舎で、一文なしになり、浮浪者と化したため牢屋にぶち込まれた実演セールスマンのジョニー&サム。同じ部屋に放り込まれていた青年がなぜかジョニーにこっそりと質札を渡してくるが、翌朝、青年は殺害された状態で発見される。犯人と目されるもう一人の同房者を追い、ジョニーとサムは牢屋から飛び出す。
その後、警察に追われつつ、ほうほうの体でおなじみニューヨークに戻った二人は、殺された青年が時計業界で名を馳せたクイゼンベリー家の富豪の孫であったことを知る。二人は、亡くなった富豪の持つ時計「おしゃべり時計」をめぐる事件に巻き込まれていく、というか巻き込まれにいくのだが……。

250ページ、とにかく常に何かが起き続け、誰かと誰かが手を組み、死体が転がり、そしてジョニー(頭脳担当)とサム(肉体担当)は食うための金を工面すべく駆け回り続けます。今回の二人はかつてないレベルでの(経済的)ピンチにあるのですが、そんな中でジョニーがいつものように殺人事件に興味を示しまくり、サムがいやいやそれについていく、というのはいつもの流れ。ただし、ジョニーが途中から金目当てだけではなく、死んだ青年のため、と言って殺人事件を解き明かそうと八面六臂の活躍を見せ続けます。これがとにかくかっけぇのです。義理と人情にアツいジョニー……最っ高。
伏線こそきちんとは置かれないものの、ジョニーは紛れもなく名探偵ですし、今回のこんがらがった事件を最短距離でまっすぐ解決に持っていく手法はさすがとしか言いようがありません。ネロ・ウルフやペリイ・メイスンと同系統の、「もめ事処理人」としての名探偵の活躍を楽しむのがこのシリーズの見どころかなと思いますが、本作は特にジョニー&サムの面白さ・楽しさがしっかり出ている良作ではないかと思います。

ところで創元から出ているシリーズ2作品、実はまだ読んでいないんですよね……次の論創が出る前に、手を付けられたら良いなとは思っているのですが。

原 題:The Talking Clock (1941)
書 名:おしゃべり時計の秘密
著 者:フランク・グルーバー Frank Gruber
訳 者:白須清美
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 233
出版年:2019.05.30 初版

評価★★★★☆

『「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑』マーサ・グライムズ - 2019.08.04 Sun

グライムズ,マーサ
「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑
『「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑』マーサ・グライムズ(文春文庫)

ポリー・プレイド、といえば『「鎮痛磁気ネックレス」亭―』でおなじみの女誘推理作家。取材で訪れた小村アッシュダウン・ディーンで村人のペットが次々と殺されるという忌わしい噂を耳にしたとたん、愛猫が行方不明、大慌てで電話ボックスに駆けこむと、そこには老女の死体があった。――かくして、警視ジュリーの登場となる。(本書あらすじより)

月一マーサ・グライムズ再読、7月はシリーズ7作目のこちら。以前読んだ高2の頃はこういう救いのない悲劇的な話が苦手だったのに、いま読むとめちゃくちゃ刺さるというね……『「悶える者を救え」亭の復讐』より、はるかにこっちの方が好きかも。やや歪なところもあり100点はあげられないのですが、確実に本ブログの読者の何人かには刺さるであろう作品です。

動物を愛し、保護し、大人への抵抗をやめず、村の男爵夫人のもとで暮らす身寄りのない15歳の少女キャリー・フリートが、実質的に主人公。事故を装い村の住人のペットが次々と死んでいく中、ついに住人たちも一見事故に思える状況で死んでいきます。この連続殺人と渦中の少女キャリーの関係は何なのでしょうか。

自分がこのシリーズで一番好きなキャラクター、キャロル=アン・パルーツキー初登場作……という点はいったん置いておくとして。
犯人がかなりヤバい人なので、動機はあるにせよやってることが極端すぎますし、犯人特定の手がかりもほぼ1つしかありません。終盤のクリスティーばりのミスディレクションは(ベタとは言え)かなりうまいと思いますし、心臓発作など病死・事故死に見せかけた連続殺人物としてはかなりキッチリ作られてはいるのですが、いかんせんいわゆる謎解きミステリとしてのみで評価しようとすると、悪くはないけどそこまで……な内容ではあります。

しかしこれは、殺人事件ではありますが、それ以前に15歳の少女である「キャリーの物語」であり、そう考えると満点としか言いようがない内容だと思うのです。理不尽だし、別にそうならなくてもよくね、とか言いたくなる人を黙らせるかのような、大人を信じず、動物を保護し、大人と戦う少女のキャラ造形にぐうの音も出ません。何しろ登場シーンからして、少年に銃を突き付けているわけですよ。キャリーと、その保護者である男爵夫人の出会いのシーンとか、めっちゃ良いですよね……。シリーズ1作目から作中に子供を登場させてきたグライムズの生み出すのキャラクターとしては、1つの集大成なのではないでしょうか。
そしてキャリーを中心として構成されているからこそ、いわば「家庭の悲劇」に当たるかのような本書の事件に、説得力というか凄味が出ているのです。連続ペット殺しという不穏な幕開け、事故死に見せかけた悪意ある殺人という、平和な村に似つかない事件が、動物を保護するという使命感を持ち行動するキャリーという少女の存在によって際立ったものになっています。「子供」「動物」「田舎」という要素だけ見ればコージーなのに、中身は全然コージーじゃないというこのアンバランスさを、キャリーというキャラクターそのものが象徴しているようにも思えます。

難点をあげるなら、本作のジュリー警視がモテすぎるということですかね……話の流れがやや悪くなるくらい、モテるのです(必要ではあるんだけど)。新キャラである、ジュリーのアパートの新住人キャロル=アン・パルーツキー(女優志望の若いド美人で、ジュリー警視大好きという倫理的にどうかと思うキャラクター)の登場は、グライムズの好きであろうコメディタッチの部分に良い彩りを付け加えてはいるのですが、作品全体の雰囲気が重めなので、箸休めにはなるけどぶっちゃけ合わないかなぁと思ってしまいました。

とはいえ『「跳ね鹿」亭』、再読ではっきりしましたが、これはシリーズの中でもかなりオススメすべき作品でしょう。つまりは、ロスマクなんですよ。

原 題:The Deer Leap (1985)
書 名:「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-6
出版年:1989.12.10 1刷

評価★★★★☆

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クリスティ、デクスター、グライムズ、ディヴァインが好きな、ヨッシーことTYこと吉井富房を名乗る遅読の社会人3年目が、日々読み散らかした海外ミステリ(古典と現代が半々くらい)を紹介する趣味のブログです。ブログ開始から9年になりました。ちなみにブログ名は、某テンドーのカラフル怪獣とは全く関係ありません。
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