『悔恨の日』発売

2018-02

『アイアマンガー三部作 肺都』エドワード・ケアリー - 2018.02.18 Sun

ケアリー,エドワード
肺都
『アイアマンガー三部作 肺都』エドワード・ケアリー(東京創元社)

穢れの町は炎に包まれ、堆塵館は崩壊した。生き延びたアイアマンガー一族は館の地下から汽車に乗り、命からがらロンドンに逃れる。だが、そのロンドンは闇に侵食され、人々のあいだには奇怪な感染症が蔓延していた。この町にいったいなにが起きているのか? そしてアイアマンガー一族のおそるべき野望とは? 一族に反発するクロッド、瓦礫のなかから脱出したルーシー……。物語はいかなる想像をも凌駕する驚天動地の結末を迎える。アイアマンガー三部作堂々完結。(本書あらすじより)

2016年9月にシリーズ第1作が刊行された〈アイアマンガー三部作〉。ファンタジーとして、冒険小説として、ボーイミーツガールとして、読者をワクワクさせ続けてきたこの三部作も、ついに完結です。
これまでの3作の中で、一番ストーリーがかっ飛ばしていたかもしれません。結構分厚いのですが、長さが全く気になりません。星5文句なし。いやぁもう、実に良いシリーズでした。

あらすじは省略。以下は1作目、2作目を読み終わっている方向けの感想です。1、2作目が未読の方は、ネタバレになるので要注意!

穢れの町が焼失し、ロンドンに移住してきたアイアマンガー一族。指名手配となっている彼らは、ロンドンである計画を企てていました。物を動かす力をついに得たクロッドは、一族に反発しようとしますが、屋敷に閉じ込められたままです。一方、生き埋めの危機にあったルーシーは、穢れの町の子供たちを連れてロンドンに脱出しようとするところ。果たして彼らの運命は?
という、初っ端から大変な盛り上がりとなっております。

とにかく、国会議事堂に行くまでのところがもう文句なしに面白いんですよね。複数の場面を複数の視点から描くのが上手いとは思っていましたが、どの章も絶妙なところで終わらせてくるのでたまりません。いつも以上にふんだんな挿絵は、今回は人より物の絵が多かった気がしますが、これがまた効果的なんだよなぁ。
エレナーとのキスがうんたらかんたらでルーシーが嫉妬する場面なんかも、1作目のボーイミーツガール物感をぐっと出していてね……良いんですよね……。名作ファンタジーとしてぜひ残ってほしいです。というか、もっと児童向けに宣伝されてほしいなぁ。
クロッドを見張るリピット・アイアマンガーが、いったいどういう役割を果たしているのかがよく分かりません。が、それを言い始めたらもういろいろよく分からないし、最後のぐちゃぐちゃな場面とかは、もはや収拾ついていないわけですが、そういうところに文句を言うのはヤボでしかないのです。そう断言できる、ダントツの良さが、このシリーズにはあるのです。

『堆塵館』を読んだ時にも言いましたが、このシリーズを好きな理由って、『バーティミアス』とか『ネシャン・サーガ』とか『サークル・オブ・マジック』とかを読んでいた、子供の頃のワクワク感を、今になって感じさせてくれるところなんです。ブアイラン・ジェイクスとか好きだったな……。ファンタジーって、明らかにある時からそんなにハマれなくなったのですが、そのブランクを吹き飛ばしてくれたのが、『堆塵館』であり、エドワード・ケアリーだったのです。そういう意味で、作者と訳者には感謝しかありません。

というわけで、未読の方、ぜひ1作目からどうぞ。まずは手に取って見てください、読みたくなること間違いなし。

原 題:The Iremonger Trilogy Book 3 : Lungdon(2015)
書 名:アイアマンガー三部作 肺都
著 者:エドワード・ケアリー Edward Carey
訳 者:古屋美登里
出版社:東京創元社
出版年:2017.12.22 初版

評価★★★★★
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『タイタニック号の殺人』マックス・アラン・コリンズ - 2018.01.24 Wed

コリンズ,マックス・アラン
タイタニック号の殺人
『タイタニック号の殺人』マックス・アラン・コリンズ(扶桑社ミステリー)

1912年4月10日。出航したタイタニック号の船上には、多くの著名人にまじって推理作家フットレルとその妻の姿もあった。華やかに繰り広げられる社交の影で暗躍する謎の男。やがて勃発する殺人事件。汽船会社社長と船長の要請を受けて、フットレルは航海中に事件を解決すべく、調査に乗り出すが……。フットレルの娘が語る、歴史のはざまに秘められた驚くべき事件の真相とは? 「運命の日」前夜の船上を舞台に、登場人物全員が実在の乗員乗客という離れ業に挑む、巨匠の野心作。(本書あらすじより)

マックス・アラン・コリンズは結構手広くいろいろなものを書いている作家なのですが、その中でも「大惨事」シリーズと呼ばれる、歴史上の事件を舞台に、実在の人間を探偵役にして描いたシリーズがあります。その第1作がこちら。邦訳は第2作『ヒンデンブルク号の殺人』(レスリー・チャータリスが登場)で止まっていますが、以降本国では『真珠湾の殺人』(エドガー・ライス・バローズが登場)、『ルシタニア号の殺人』(S・S・ヴァン・ダインが登場)、『ロンドン大空襲(ブリッツ)の殺人』(アガサ・クリスティーが登場)、『ラジオドラマ「宇宙戦争」の殺人』(オーソン・ウェルズが登場)と、6作出ているようです。ヴァン・ダインとかクリスティーとか訳されて欲しかった……。
もちろん、『タイタニック号の殺人』では、思考機械シリーズの作者ジャック・フットレルが探偵役となります。タイタニック号の乗客であった彼は、奥さんを救命ボートに乗せ、自らは思考機械の新作原稿と共に海の底に沈んだ……というのは有名な話ですが、実は航海中に殺人事件が発生しており、フットレルがそれを解決していた、という設定です。

被害者も容疑者も実在の人物(主として名士たち)という、名誉毀損すれすれな作品を書いた、という点は大いに評価できます(笑)。フットレルだけでなく、作中の登場人物は全て実在した人間なのです。また、タイタニック号を舞台にしているにもかかわらず、安易にパニック物にしなかったのも良いですね。……というか、読む前はてっきり、沈みゆく船の中で殺人と謎解きがあるのかと思っていたのですが、よくよく考えたらあの数時間にそんな余裕があるわけなかった……。
黄金時代風の舞台設定(映画『タイタニック』と違って終始一等船客が中心なので、とりあえず色々豪華)のわりに、謎解きはかなりストレートと言うか、まぁないようなものですが、ジャック・フットレルの名探偵無双っぷりは楽しめるので良しとします。「元新聞記者であるため、話している相手が嘘をついていたら分かる」と豪語するジャック・フットレル、強い。

Wikipediaでタイタニック号の項目を見ると、著名な乗客一覧に乗っているような人がぞろぞろ登場し、かつ彼らのプロフィールに忠実に物語を作り上げています(偽名で乗船している二等船客が登場するのですが、これも実話だったことにはびっくりしました)。あくまで実話だ、と見せようとする作者の試みとしては、かなり成功している部類ではないでしょうか。ただ、次々に登場する大富豪たちの描き分けは、ちょっとつらいかなと思います。ある程度読者が知っていることを前提にしているのかもしれません。

結局のところ、歴史上の事件を舞台にしたエンタメ、という点では無難な出来なのですが、タイタニック号を舞台にしている時点で、もうずるいのです。なにしろ、登場人物が「アメリカに着いたら○○するんだ!」とか言っているだけで感慨深いものが生まれちゃうんですよ! せこいだろうが!!(褒めてる) 読み物としてまぁまぁ楽しめるため、謎解きとしてではなく、あくまでタイタニック号の1つの物語として評価したい作品です。

原 題:The Titanic Murders(1999)
書 名:タイタニック号の殺人
著 者:マックス・アラン・コリンズ Max Allan Collins
訳 者:羽地和世
出版社:扶桑社
     扶桑社ミステリー コ-1-2
出版年:2007.04.30 1刷

評価★★★★☆

『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕』ジョン・ル・カレ - 2018.01.12 Fri

キャリスン,ブライアン
ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ
『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕』ジョン・ル・カレ(ハヤカワ文庫NV)

英国情報部“サーカス”の中枢に潜むソ連の二重スパイを探せ。引退生活から呼び戻された元情報部員スマイリーは、困難な任務を託された。二重スパイはかつての仇敵、ソ連情報部のカーラが操っているという。スマイリーは膨大な記録を調べ、関係者の証言を集めて核心に迫る。やがて明かされる裏切者の正体は? スマイリーとカーラの宿命の対決を描き、スパイ小説の頂点を極めた三部作の第一弾。著者の序文を付した新訳版。(本書あらすじより)

12月にジョン・ル・カレ御大の最新作『スパイたちの遺産』が発売されましたが、なんとこれが『寒い国から帰ってきたスパイ』『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の続編だと言うじゃないですか。『寒い国』は読んでいたので、いざ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』に挑戦する日が来たわけなのです。
『ティンカー、~』と言えば、とにかく分かりにくい読みにくい本で有名です(映画版『裏切りのサーカス』を先に観ろ、という意見もよく聞くし)。新訳版の方が圧倒的に分かりやすいということなので、当然新訳版を手に取ったわけなのですが……いくら忘年会などで忙しい時期とは言え、なんと、読み終わるのに11日もかかってしまいました。つ、疲れた。
で、まぁ、『寒い国』の方が、圧倒的に読みやすいし分かりやすいんですよね……。英国読了後モヤモヤ小説が苦手な自分としては、例えばレジナルド・ヒル『骨と沈黙』なんかと同じく、すごいけど全然ハマれない……というタイプの作品になりました。

英国情報部内の裏切り者を見つけ出すべく、既に引退している元スパイ、ジョージ・スマイリーが密かに上層部を調べる、というのが大まかなあらすじです。おぉ、冷戦時代のスパイ小説の王道っぽい。そしてそこに、ル・カレらしい、スパイの悲哀、正義とは、主義とは、みたいなテーマなどが絡むわけです。というわけで、一見非常に単純な話のように見えるのですが。

話の筋は理解できるのですが、どうしても描写が頭に入って来にくいのです。だから、なかなか進まないし、基本的にはじっくり型の地味地味捜査小説なので、最後以外盛り上がりもないし、いったいこの取っ掛かりのない山にどう取り組めばよいのかが難しいんですよ。自分は地味な捜査小説が好きなんだとこれまで思っていたのですが……ち、違ったのかな……。
また、作者も当然のように不親切。何しろ、容疑者4人(本当は5人)にそれぞれ「ティンカー」「テイラー」「ソルジャー」「プアマン」というあだ名が付けられる、というのは知っていたのですが、そのコードネームが出てくるのが400ページくらいのところですからね。入り組んだ陰謀がすこーしずつ語られていきますが、誰も整理してくれないので、やっぱり読者が頑張るしかない、という。
ちなみに、「このタイトルじゃ4人目がスパイって分かるじゃないかバカなの」と今までは思っていましたが、要するに童謡で sailor のところに spy を入れただけだ(つまりレン・デイトンの『トゥインクル・トゥインクル・リトル・スパイ』と同じ)ということが分かりました。そりゃそうか。

もちろん、ストーリーは見事に仕上がっていますし、かなりの長さの割には全く退屈しませんでしたから、読ませる力は相当なものです。ただ、個人的な感想としては「のれなかった」につきます。メンデル元警部がめっちゃ好きなので、その他のキャラクターを見るためにも、スマイリー三部作とか『スパイたちの遺産』にも取り組んでみたいとは思いますが……とりあえず、連続でジョン・ル・カレはしんどい……。キャッチーさ、分かりやすさ、単純な面白さから見れば、『寒い国から帰ってきたスパイ』がまず代表作としてあげられるのも当然かな、と思います。

原 題:Tinker, Tailor, Soldier, Spy(1974)
書 名:ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕
著 者:ジョン・ル・カレ John le Carré
訳 者:村上博基
出版社:早川書房
     ハヤカワ文庫NV 1253
訳 者:2012.03.25 1刷

評価★★★☆☆

『無頼船長トラップ』ブライアン・キャリスン - 2018.01.09 Tue

キャリスン,ブライアン
無頼船長トラップ
『無頼船長トラップ』ブライアン・キャリスン(ハヤカワ文庫NV)

1942年夏、ドイツ軍に包囲された地中海のマルタ島で、英国海軍が秘密作戦を立案した。戦争そっちのけで密輸稼業に精を出す英国人船長徒らぷ――彼の老朽貨物船カロンを偽装船に改造し、ロンメル軍団の補給路遮断に一役買わせようというのだ。トラップは金につられて任務を受諾。無理やり副長に任命されたミラー大尉の嘆きをよそに、危険な海域へ勇んで出撃した! 型破りな海の男が暴れまくる痛快無比の海洋冒険小説!(本書あらすじより)

良い……良さしかない……。
こういう、ドタバタした、高尚さのない、痛快冒険活劇、ってな作品をNV文庫で読んだことがなかったので、なかなかに新鮮な読書体験になりました。海洋冒険小説ではあるけど、海軍物でも何でもなく、はっきり言って海賊物ですからね。だがそれがいい、っていう。

荒くれ者トラップは、第二次世界大戦中にどこの国にも属さず、海賊行為を働いていた。トラップの乗っていた船・カロン号は、浮いていることが奇跡と思われるレベルのボロ船だったため、これまで各国海軍に気付かれなかったのだ。しかし、英国海軍に捕まり、その海賊行為についに終わりが訪れる。一方海軍は、ボロ船カロン号を偽装船に改造し、ドイツ海軍をこっそり沈めまくるという作戦を提示してきた。愛国心はないが金は好きなトラップは、金のためにこの作戦に乗っかり、屁でもないイギリスのために、ドイツとドンパチやることになるのだが……。

トラップはどう考えても最低の金儲け野郎なのに、最後には何だか好きになってしまうんですよね。Twitterで、トラップは海洋小説版ドーヴァー警部だ、とおっしゃっている人がいましたが、まさに言いえて妙。
英国海軍と、トラップ一味である無国籍多国籍のならず者集団が、今にも沈みそうな船をぎりぎり沈まない程度に改造した偽装船に乗って、ドイツの船を沈めまくるのです。もちろんこれは第二次世界大戦、そんなに何でもかんでも上手くいくわけがなく……。
痛快さの中に、非情さと、戦争の不毛さが垣間見える……俺はね、そんな雑な教訓しか与えてくれないような冒険小説が好きなんです。特に、途中からトラップと協力関係を結ぶ、ドイツの軍人が良い味を出していますよね。戦争の勝ち負けより、まず自分の金だ、という、「愛国心」とはかけ離れた行動を取る彼らの気持ちも分かるのです。ハチャメチャ、ドタバタ、ユーモラス、けどしっかり冒険小説、という、なかなか捨てがたい作品ではないでしょうか。

こうなると、普通にシリーズ2作目、3作目(4作目以降は未訳)も読んでみたいです。まぁウィキであらすじを見る限り、年齢とか無視して時事ネタを放り込むメチャクチャな話っぽくありますが。まぁ、NV文庫の小鼠シリーズみたいなもんだと思えば、妙に納得というか……。

原 題:Trapp's War(1974)
書 名:無頼船長トラップ
著 者:ブライアン・キャリスン Brian Callison
訳 者:三木鮎郎
出版社:早川書房
     ハヤカワ文庫NV 300
出版年:1982.11.30 1刷
     1992.10.31 6刷

評価★★★★☆

『囁く影』ジョン・ディクスン・カー - 2017.12.31 Sun

カー,ジョン・ディクスン(ディクスン,カーター)
囁く影
『囁く影』ジョン・ディクスン・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

パリ郊外の古塔で奇妙な事件が起きた。だれもいないはずの塔の頂で、土地の富豪が刺殺死体で発見されたのだ。警察は自殺と断定したが、世間は吸血鬼の仕業と噂した。数年後、ロンドンで当の事件を調査していた歴史学者の妹が何者かに襲われ、瀕死の状態に陥った。なにかが”囁く”と呟きながら。霧の街に跳梁するのは血に飢えた吸血鬼か、狡猾な殺人鬼か? 吸血鬼伝説と不可能犯罪が織りなす巨匠得意の怪奇篇。改訳決定版(本書あらすじより)

11月30日はカーの誕生日。ということで、それに合わせて未読のものを1冊本棚から引っ張り出してきました。フェル博士ものの中では比較的代表作に近いものではないでしょうか。
なんか落ち着きのないわっちゃわっちゃした話だなぁと思っていたら、最後にめちゃくちゃきれいにまとまったので、大いに感心しました。ただ、フェル博士シリーズよりはユーモアたっぷりなHM卿のシリーズの方が雰囲気的には好きですね、やっぱり。

時は1945年。主人公マイルズ・ハモンドは、第二次世界大戦終結によりイギリスに帰ってきたところだった。友人フェル博士に招待された〈殺人クラブ〉で、彼はフランスのリゴー教授から、数年前にフランスの塔で発生した不可能状況の下での殺人事件と、容疑者と目された女性フェイ・シートンの話を聞く。殺人事件に、そして何よりフェイ・シートンに興味を持ったハモンドは、実際にフェイ・シートンを司書として雇うことにする。しかし、そんな彼らのいる屋敷の中で、悲鳴が鳴り響き……。

例によって全然怖くないのに作中人物だけがビビり倒している吸血鬼伝説、みんなが駆け回っているせいで落ち着きのない(むしろサスペンス味の強い)展開、主人公が二人のヒロインのうちどっちとくっつくのか分からない謎ラブコメ、と、とにかくカーさんがやりたいことやってんなぁ!という感じの作品です。とはいえ、吸血鬼云々についてはそこまで前面に出ていません。むしろ、身近なところで事件が起きてしまう、という恐怖の方を(珍しく)きちんと描いているという印象です。

なんか、カーのガチ本格ミステリって、わりかし舞台設定がカッチリしている印象だったので、こうずっとみんなが移動し続けている上に、そもそもどういう事件なのかすら掴みにくい殺人&非殺人、というのは結構意外でした。焦点となるのも、現在の事件よりは、数年前の塔での不可能殺人であり、証言などから過去の事件を再構成しよう、というものです。カーの純粋な本格ミステリの中では、設定がちょっと凝っている方かもしれません。
第二の事件(現在)は解けそうにもないものですが(不可能っぽい雰囲気は何だったのか)、第一の事件(過去)は証言頼みの事件が二転三転し(登場人物の主観によって大きく左右されるあたりがクリスティーっぽい)、さらに物証ごりごりで謎解き、という流れがとても楽しかったです。特に手紙云々が上手いですね……こういう手がかりめっちゃ好き。

あと、ラストが色々な意味で衝撃ではあります。カーさん、コメのないラブコメも書けるのね……(それはラブコメではないのでは)。終始サスペンス色を出している作品なだけに、なかなか味わい深い終わり方だと思います。

というわけで、最初ちょっとのりにくいなと思ったのですが、読み終わってみればやはり良カーでした。心理的な仕掛けと物理トリックゴリゴリを併せ持つカーに隙はないのです。

原 題:He Who Whispers(1946)
書 名:囁く影
著 者:ジョン・ディクスン・カー John Dickson Carr
訳 者:斎藤数衛
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 5-8
出版年:1981.06.30 1刷
     2000.11.15 3刷

評価★★★★☆

『捕虜収容所の死』マイケル・ギルバート - 2017.12.23 Sat

ギルバート,マイケル
捕虜収容所の死
『捕虜収容所の死』マイケル・ギルバート(創元推理文庫)

なんだかクラシックな気分が続いているので、マイケル・ギルバートを読んでみました。5冊も積んでいるのに1冊も読んだことのない作家。『捕虜収容所の死』は、このミス・本ミス・文春ミスで2位を独占した作品ですので、日本における代表作といってよいでしょう。
……いやぁ、これ、めちゃくちゃすごいですね。傑作すぎてぐうの音も出ません。14年前に訳されたそこそこ名の知れた作品を今更語るのも恥ずかしいのですが、でも本当にこれは傑作です。
いや分かりますよ、終盤が腰砕けだってんでしょ。なんかもっと感動させる真相の明かし方も出来たはずなのに上手く決まらなかったってんでしょ。おまけに脱走からの逃走の冒険小説部分が、ちょっと長くてテイスト変わりすぎだってんでしょ。いやその通りですよ、その通りですけど、いいじゃないですかこれだけの話を読ませてもらえれば。

基本的には、第二次世界大戦中、1943年のイタリアの捕虜収容所。枢軸国が微妙な戦局を迎える中、この収容所では大掛かりな脱走計画が企てられていた。しかし、その脱走のトンネルの中からなぜか死体が発見されてしまう。捕虜たちは、イタリア側に気付かれないように工作を行うが、事態は妙な展開に……。

細切れに場面が切り替わる中、群像劇のように語られていく捕虜収容所の様子。膨大な登場人物数が無駄にならない、真相に至る伏線の手数の多さ。WWⅡ真っ只中の収容所の殺人というシチュエーションをこの上なく活かしきったプロットの巧みさ。……うーん、なんて素晴らしいんだ。
殺人→フーダニット、というわけではありません。あくまで脱獄物としてのスリラー、サスペンス。ところが、その中で仕掛けられた本格ミステリ部分が超一級。それぞれ完璧な出来栄えの2ジャンルが見事に融合しているのが、この『捕虜収容所の死』なのです(そういう点がちょっと『13・67』っぽいかも)。だから、裏切り者のスパイ探し、殺人の真相、その他諸々の不可解な事象全てに説明をつける怒涛の推理が、「一見不可能と思われる状況だからこそ、納得のいく説明がひとつでもあればそれが正解である可能性は高い」という言葉に表されている通りの、見事な謎解きを生み出しているんです。新しく来た人が速攻移された云々の手がかりとか、めちゃくちゃ上手くないですかね……すげぇわ。

というか、普通に収容所ミステリとしてただただ面白いってのがたまりません。べらぼうにストーリーが走っており、収容所という空間の中での小説としてそもそも最高なのです。だから、脱走後の展開と謎解きにはそんなに思い入れはないのですが、まぁゆーて30ページですからね(許す)。

というわけで、まだまだこれだけの傑作があるんだなという感動すら感じました。マイケル・ギルバートという作家は、活動期間が長い上に、出版社もポケミスとか角川文庫とか文春文庫とか集英社文庫などとまとまって紹介されていないせいで、作品紹介の上でも作風の上でもつかみにくいのですよね。本格ミステリとスリラー・サスペンスを融合させた作家だ、と聞いているので、まずは積ん読からじゃんじゃか読んでいきたいものです。


原 題:Death in Captivity(1952)
書 名:捕虜収容所の死
著 者:マイケル・ギルバート Michael Gilbert
訳 者:石田善彦
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mキ-3-1
出版年:2003.05.16 初版
     2003.12.19 4版

評価★★★★★

『キリング・ゲーム』ジャック・カーリイ - 2017.11.13 Mon

カーリイ,ジャック
キリング・ゲーム
『キリング・ゲーム』ジャック・カーリイ(文春文庫)

連続殺人の被害者の共通点は何か。ルーマニアで心理実験の実験台になった犯人の心の闇に大胆な罠を仕込んだシリーズ屈指の驚愕作。(本書あらすじより)

いまだに自分とカーリイの仲が良いのか悪いのかすら分かっていないのですが、やっぱり相性悪いのかな……。今回に関してはもはやどこに驚けば良いのか……。

連続殺人事件が発生。被害者は無作為に選ばれているとしか思えず、さらに連続殺人犯はカーソン刑事への挑発を繰り返す。手がかりが一切ない中で、カーソンは犯人を見つけることが出来るのか?

カーソン刑事の捜査の合間合間に、犯人の視点が挿入されます。さらに被害者のつながりが分からないミッシング・リンクもの……ということは、これはアガサ・クリスティー『ABC殺人事件』へのオマージュでしょうか。もちろん内容は大きく異なりますが。
テンポよく事件が進むため、読んでいて結構面白いのです。今まで読んだカーリイの中では一番中盤までを楽しめているかも。ところが、絶対何かどんでん返しがあるはずなのに、どう見ても見た通りの事件でしかないのです。明らかに怪しい登場人物がいるし、こいつが犯人なのか、それとも何か仕掛けられているのかと思ったら……あ、そういう……。
なんかこう、普通に解決したなぁ(というか解決間に合わなかったなぁ)という感じ。色々あったサブ筋も一切関係なかったし、作品全体への感想が、こう、特にないんですよね。面白いとかつまらないとかじゃんくて、無というか、普通というか……。

とりあえず、カーリイは新刊よりも初期作をまず読むべきかなぁ。『百番目の男』『デス・コレクターズ』あたり。それまではカーリイの判断は引き続き保留ということで。

原 題:The Killing Game(2013)
書 名:キリング・ゲーム
著 者:ジャック・カーリイ Jack Kerley
訳 者:三角和代
出版社:文藝春秋
     文春文庫 カ-10-7
出版年:2017.10.10 1刷

評価★★★☆☆

『ダーク・マター』ブレイク・クラウチ - 2017.11.10 Fri

クラウチ,ブレイク
ダーク・マター
『ダーク・マター』ブレイク・クラウチ(ハヤカワ文庫NV)

二流大学で量子力学を教えるジェイソンは、愛妻と息子と幸せな日々を過ごしていた。だが、謎の能面男に暴行され、気絶してから人生が一変、わが家はなくなり、人気科学者としてもてはやされる身に……。これまでの人生はどこへ?(本書あらすじより)

あの、『パインズ』という傑作(あえて言いましょう、傑作です)を書いたブレイク・クラウチによる、ノンシリーズ作品。あらすじがほぼ『パインズ』なんだけど、おいおい大丈夫なのか……と思ったら、うーんあんまり大丈夫じゃなかったんだぜ。

愛する妻・息子と共に暮らしていたジェイソンは、突然何者かに連れ去られてしまう。目が覚めると、彼の人生は一変していた。元の人生に戻るべく、彼は病院から逃走するが……。

『パインズ』が、明らかに説明できないことが続けざまに起こった後、ラストにある種納得な合理的な説明がつけられ読者をぶっ飛ばす話だったのに対し、こちらははっきりSFだと言って良いと思います。そういう意味では全然タイプが違うのですが、冒頭100ぺージまでの展開がほぼ同じ、というのが笑えます。相変わらず1文1段落だからひっじょーに読みやすいし。
例によってむちゃくちゃな話を豪快に読ませる小説なので、ある程度面白いことは面白いしジェットコースターではあるのですが、ちょっと間延びしてるかなぁ。中盤までには何が起きているか分かってしまい、そこからは作者の放り込んだネタを楽しむためのシーンが続くのですが、やや単調かなと思います。とはいえ、一体どういう決着を着けるのかが気になるわけで、ラスト100ページでまた話がぶっ飛び面白くなってきます。

ところがそのあげくの解決がこれかいなーっていう。さすがにぶん投げ過ぎであまり好みではなかったなぁ。人生の選択、そして家族の物語、ということで強引にまとめちゃいましたー、アイデアを思いついたはいいけど収拾つける方法が作者自身にすら見つかりませんでしたー、ってな具合かなと思ってしまいます(いやそんなことはないんだけど)。でも、この手のぶん投げ方は、よくよく考えたらこの作者のやりそうなことではあったな……。

まぎれもなく『パインズ』の作者による『パインズ』らしい作品ではありましたが、かなり攻め方は異なるかなと思います。とりあえず、『パインズ』シリーズが好きな人は読んでみてはいかがでしょうか。

原 題:Dark Matter(2016)
書 名:ダーク・マター
著 者:ブレイク・クラウチ Blake Crouch
訳 者:東野さやか
出版社:早川書房
     ハヤカワ文庫NV 1419
出版年:2017.10.15 1刷

評価★★★☆☆

『スカイジャック』トニー・ケンリック - 2017.10.14 Sat

ケンリック,トニー
スカイジャック
『スカイジャック』トニー・ケンリック(角川文庫)

360人の乗客を乗せてサンフランシスコを飛びたったジャンボ機が、ふっつりと消息を絶ってしまった。事故なのか? そうではなかった。間もなく、機体ならびに乗客の安全と引きかえに、2千5百万ドル相当のダイヤモンドを要求する手紙が舞いこんだのである! 州警察とFBIの懸命の捜索にもかかわらず、なんの手がかりもつかめなかった。しかし犯人は、あの巨大な機体と満載した乗客をいったいどこに隠したのか? 偶然この事件を耳にした弁護士ベレッカーと秘書アニーは、報奨金目当てに、この謎に敢然と挑戦したのだが……。(本書あらすじより)

以前読んだ『バーニーよ銃をとれ』がむちゃくちゃ面白いユーモアミステリだったので、新刊の息抜きに代表作『スカイジャック』を読んでみました。なんか今回はマジメなケンリックだなぁ、と思って読んでいたら、突然本筋と関係のなさすぎるカスタード・ゾロアスター教が登場したので、やっぱりケンリックでした。

乗客360人を乗せたジャンボジェット機が忽然と消失し、身代金を要求する手紙が届いた。犯人の目的は、そしていかにしてジャンボジェット機は消えたのか? 売れない弁護士べレッカーと、秘書兼元妻アニーは、報奨金目当てに事件に挑戦してみることにするが……。

残り100ページになって、ようやくこれが犯罪小説(ハイジャックする側の小説)ではなく、捜査小説(ハイジャックを調べる側の小説)であることに気付きました。言うなれば、エドワード・D・ホック「ジャンボジェットと乗客360人を盗め」的な話を、(イチャイチャしている)捜査側から描いた物語なのです。合間合間に犯人側の視点の章もあるとはいえ。
だから基本的に地味〜に調べていくだけの話なのですが、エキセントリックな宗教団体にとっ捕まるわ、客室乗務員に成り切るわ、とにかくパンチの効いたコメディが炸裂するので全く飽きさせません(オチなんかもう、素晴らしいですよね、これぞコメディ)。

肝であるジャンボジェット誘拐トリックもお見事。これだけの大がかりな上ネタを、犯人側からの視点で描かず、最後にダッシュで真相を描くだけって、すごく贅沢な気がします。身代金受け渡しトリックもさり気なく良くできていて、これは褒めざるを得ません。

ケンリックのユーモアにぶっ飛びトリックが乗っかった、満足度100%な作品でしょう。訳者あとがきも良かったですね(新装版では内藤陳解説らしくて、そちらも良いと聞きます)。最も重版している代表作ですので、気になる方はぜひ。
しかしまぁ、個人的な好みで言えば、良い意味でよりバカバカしい『バーニーよ銃をとれ』の方が好きだったり。『バーニー』と違って本格ミステリ的な大トリックがあるので、代表作扱いされやすいんでしょうね。

原 題:A Tough One to Lose(1972)
書 名:スカイジャック
著 者:トニー・ケンリック Tony Kenrick
訳 者:上田公子
出版社:角川書店
     角川文庫 赤531-1
出版年:1974.09.20 初版
     1985.06.30 13版

評価★★★★☆

『約束』ロバート・クレイス - 2017.10.07 Sat

クレイス,ロバート
約束
『約束』ロバート・クレイス(創元推理文庫)

ロス市警警察犬隊スコット・ジェイムズ巡査と相棒の雌のシェパード、マギーは、逃亡中の殺人犯を捜索していた。マギーが発見した家の中には、容疑者らしい男が倒れており、さらに大量の爆発物が。同ころ、同じ住宅街で私立探偵のエルヴィス・コールは失踪した会社の同僚を探す女性の依頼を受けて調査をしていた。幾重にも重なる偽りの下に真実はあるのか。スコット&マギーとコール&パイク、固い絆で結ばれたふた組の相棒の物語。(本書あらすじより)

アメリカ、ルイジアナ州出身。テレビドラマの脚本家としてキャリアをスタートし、1987年、『モンキーズ・レインコート』で小説家デビュー。同作でアンソニー賞及び、マカヴィティ賞を受賞する。以降私立探偵エルヴィス・コールを主人公としたシリーズ、相棒のジョー・パイクを主人公としたシリーズを多数書いている。2010年には、PWAより生涯功労賞を贈られている。(本書あらすじより)

んほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ良い。すごく良いです。良さしかありません。
私立探偵小説のシリーズで知られるロバート・クレイスですが、3年前にノンシリーズ『容疑者』が出て話題になりました。警察犬と刑事のコンビによる泣かせる物語。こんなこと言うのもなんですが、『容疑者』はまぁ、結局半分くらいは犬視点の可愛さで読ませる作品だったわけですよ(めちゃ面白いけど)。
ところが『約束』は、あくまで私立探偵小説に警察犬をゲスト出演させるという、神がかり的なハイブリッドを成し遂げているので、もうとにかくストーリーが強いのです。『容疑者』の続編というよりは、『容疑者』に登場したマギーとスコットが私立探偵エルヴィス・コールシリーズにゲスト出演した、という感じ。ハードボイルド、警察小説、アクション、犬という、互いの良さをとにかく活かしまくった最高のエンターテインメントだと思います。

犯罪者を束ねるロリンズ氏。彼の行うある取引の場である家に、捜査で現れたのがスコット・ジェイムズ巡査と警察犬マギー。さらに私立探偵エルヴィス・コールは、別件の捜査でその家を訪れようとしていた。複数の思惑がまじりあう中、果たして事件の行方は、そして真相は?

人探しから始まる私立探偵小説に、警察犬マギーを率いる刑事スコットパートで警察側の動きを描きつつ、時折アクションが入るという、まったくダレないし飽きさせない完璧な構成です。私立探偵はもちろん軽口大好きエルヴィス・コールなので異様に読みやすく、540ページが水のように流れていきます。
金より義理と人情で動き、正義を追求する主人公たちのかっこよさはまさしくアメリカンなハードボイルド(アルカイダの名前が出るあたりもそう)。端役も含め誰もが生き生きと動いていて、クレイスは本当に上手いなぁと感心します。エルヴィス・コールの相棒であるジョー・パイク成分が物足りないのですが、新キャラの元兵士ジョン・ストーンが見事に補っており、アクション要素にも事欠きません。
ロリンズ氏が最初から悪役として登場しており、ラスボスは明確です。このロリンズ氏がいかにもインテリ犯罪者っぽくて良いのです。とはいえ、終盤ある人物の正体が明かされるなど、読者をあっと言わせるツイストもお見事。意外性の点でも読者の期待を裏切りません。

私立探偵小説のマイナスポイントのひとつに、延々と続く聞き込みにより中盤ダレることがあげられると思います。もうこれはどうしようもないのですが、その欠点を完全に克服したのが『約束』なんですよね。何しろ視点は頻繁に変わるし、犯罪者の行動は描かれるし、警察犬も出るし、巡査と警察犬はロリンズ氏から何度も命を狙われるしで、ダレるどころではありません。

3年前に読んだ『容疑者』の内容を全く覚えていなくても問題なかったし、私立探偵小説が苦手な人でもむしろその欠点を克服した内容とも言えるので、初クレイスにもピッタリかもしれません。自分はとりあえずエルヴィス・コールとジョー・パイクのシリーズをもっと読まねば……。今年の新刊ランキングでも上位に来ること間違いなし、一切隙のないおすすめの傑作です。

原 題:The Promise(2015)
書 名:約束
著 者:ロバート・クレイス Robert Crais
訳 者:高橋恭美子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mク-23-2
出版年:2017.05.12 初版

評価★★★★★

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Author:ヨッシー
クリスティ、デクスター、グライムズ、ディヴァインが好きな、ヨッシーことTYこと吉井富房を名乗る遅読の新社会人が、日々読み散らかした海外ミステリ(古典と現代が半々くらい)を紹介する趣味のブログです。ブログ開始から7年になりました。ちなみにブログ名は、某テンドーのカラフル怪獣とは全く関係ありません。
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