拾った女
『拾った女』チャールズ・ウィルフォード(扶桑社ミステリー)

サンフランシスコ、夜。小柄でブロンドの美しい女がカフェに入ってきた。コーヒーを飲んだあと、自分は文無しのうえハンドバッグをどこかでなくしたという。店で働くハリーは、ヘレンと名乗る酔いどれの女を連れ出し、街のホテルに泊まらせてやる。翌日、金を返しにやって来たヘレンと再会したハリーは、衝動的に仕事をやめヘレンと夜の街へ。そのまま同棲を始めた二人だったが、彼らの胸中に常につきまとっていたのは、死への抗いがたい誘いだった。巨匠初期の傑作、遂に登場!(本書あらすじより)

刊行当初から話題になり、各種ランキングに怒涛の勢いで割り込んでいった、去年話題の『拾った女』です。まさか2010年代の日本でパルプ・ノワールが評価されまくるとはチャールズ・ウィルフォードも考えていなかったろう……と思ったけど、よく考えたらジム・トンプスン『ポップ1280』なんてこのミス1位取っているわけだし。何にせよ、扶桑社ミステリーから久々にこの路線の作品がガツンと紹介され(そもそもほぼ扶桑社のみから出ているウィルフォードの紹介自体が久々ですし)、きちんと話題になったというのは嬉しいことですね。

というわけで今さら読んでみましたが、あーだから話題になったのか!と納得しました。『ポップ1280』みたいな正統派ノワールとは全然違いますし、はっきり言ってどえらい変化球なのです。合う合わない、面白い面白くないはともかく、とりあえず読んでみぃよ、とすすめてみたい気持ちになります。めっちゃ読みやすいし。

主人公のハリーは、レストランのコックなどでほぼその日暮らしを送る下層階級の人間です。そんな彼がびっくりするほどの美人だがアル中であるヘレンと出会い、衝動的に仕事をやめ彼女との生活が始まるのですが……。

ノワールと聞かされてこの一人称の文章を読み始めたら、たいていの読者が思う話の筋道は大きく2パターンでしょう。すなわち、
①主人公の男が実はとんでもないサイコ野郎で、女が悲惨な目に会う
②女がとんでもない悪女(ファム・ファタール)で、主人公が悲惨な目に会う
どっちかと言えばこれは②の系統なのですが、ちょっとだけ①も入っており、しかもどちらでもない、というのがこの作品の正体です。主人公ハリーがひたすら刹那的・衝動的に生き、自殺願望すらあり、ちょっと叙述もフワフワしているのでいかにも①っぽいのですが、そこまでヤバそうにも見えません。またアル中にしてハリーに生き方を誤らせた女ヘレンも、まぁ迷惑をかけまくっていてどうかと思いますが、少なくとも自覚的な悪女ではありません。

というわけで、明確な悪意もないまま、何となく二人は破滅へ向かい、そして一応事件が起き、決着、となるのですが、またこれがモヤモヤする決着のつき方なんですよね。何も満たされず、何も為しえなかった男の話。
……と思っていると、どんでん返しが炸裂します。

258ページで発覚するある事実とか精神病院とかから、一人称ならではのエグいオチでも来るのかと思ったら、そういうのとは方向性が全然違いました。しかし確かに読後ガラッと様相が変わるのです。例えばセリフ全ての意味が変わりますし、この話全体によく登場するある要素の意味(例えば家主のフランシス・マッケイドや、それを言うならサンフランシスコという舞台もそう)も分かります。なるほど話題になるわけだよなー。
実は類似作品がありまして、しかもそれを去年読んでいたので、いやほんと良かったなという感じです。某作の方が伏線がうまいけど、この作品の方がエグさが強いかな? 隠し方的には、某作が先の方が両方楽しめる……かも。発表年を考えると……うーんすごい。ちなみに某国の某作も、このトリックを下敷きにしたオチでしたが、それも発表年があれでしたね(ネタバレを警戒しすぎて何も言えない)。

と自分は結構感心したのですが、読んだ友人は何に驚けばいいのか分からなかったそうです。
でも、これはある意味21世紀日本では当然のことです。1955年という背景を考えないとピンと来ないでしょうし、説明されては楽しみも半減してしまうでしょう。これだけ去年話題になったのにはちょっとビックリです。教養って大事だねぇ。

原 題:Pick-Up(1955)
書 名:拾った女
著 者:チャールズ・ウィルフォード Charles Willeford
訳 者:浜野アキオ
出版社:扶桑社
     扶桑社ミステリー ウ-3-6
出版年:2016.07.10 1刷

評価★★★★☆
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クリスマスの朝に
『クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿Ⅲ』マージェリー・アリンガム(創元推理文庫)

小学校時代の同級生が病死したという死亡欄を見たわたし、アルバート・キャンピオン。卑劣ないじめっ子だった豚野郎(ピッグ)の葬儀に出席して半年後、事件の捜査に協力を求められたわたしは、警察署で見た死体に驚愕した! 本邦初訳の傑作に、十数年後の同じ地域が舞台の忘れがたい名作と、クリスティによる著者への心温まる追悼文を併録。英国ミステリの女王の力量を存分にご堪能あれ。(本書あらすじより)

キャンピオン氏の事件簿第3弾です。3作全て面白かったのですが、1よりも2が、2よりも3の方が好きで、どんどん良くなっている気がする。っていうか今回は断トツで素晴らしいですね……。クラシックファン必読です。

「今は亡き豚野郎の事件」The Case of the Late Pig(1937)
本書の大半を占める中編ですが、とにかく最高。”豚野郎”ことR・I・ピーターズ(R.I.P.)は二度死ぬ(全然安らかに眠ってない)という謎を核とした連続殺人事件です。
キャンピオンの一人称によるユーモア、ちょっとした恋愛と学生時代の人間関係がミソとなる見事なオチというオシャレさもいいのですが、一番気に入ったのが話の作り方。英国にて同シリーズで出版された『第三の銃弾』とも共通しているのですが、毎章の引きが抜群に上手いのです。事件の不可解さが増したり(死んだはずの人がまた死んだり、死体が消えたり)、誰かが何かをしでかしたり、新たな証拠が発見されたり、というところで章を変え、それを17章繰り返している感じ。とにかく飽きさせないし、読んでいて何より「うわーミステリ楽しい!」みたいな気持ち。
トリックは初歩的なものですが、事件のたびに舞い込む匿名の手紙や別の殺人などにより盛り立てられているので、非常に満足度が高いです。本ミス頑張ってくれ……(そして第4弾刊行をもたらしてくれ)。

「クリスマスの朝に」On Christmas Day in the Morning(1950)
英国ミステリ作家お得意のクリスマスミステリ。ひき逃げ事件を扱ってはいるけど日常の謎に近いかもしれません。ほとんどショートショートに近いのですが、これはこれでとても良い作品です(真相のぴりっとしたところなんか特に)。「豚野郎」で警察本部長サー・レオのキャラクターを掴めているだけに、より味わい深くなるのがポイント。

アガサ・クリスティ「マージェリー・アリンガムを偲んで」A Tribute by Agatha Christie(1966)
アリンガムが亡くなった年に書かれた、クリスティによるアリンガム追悼文です。
とりあえず『手をやく捜査網』を読みたいという気分にさせられ、川出正樹氏による解説でさらに『手をやく捜査網』を読みたくなったんですが、六興キャンドル・ミステリーだもんな……む、むり……。

原 題:On Christmas Day in the Morning and Other Writings(1937~1966)
書 名:クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿Ⅲ
著 者:マージェリー・アリンガム Margery Allingham
訳 者:猪俣美江子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mア-12-4
出版年:2016.11.30 初版

評価★★★★☆
ある詩人への挽歌
『ある詩人への挽歌』マイクル・イネス(ミステリ・ボックス)

ラナルド・ガスリーはものすごく変わっていたが、どれほど変わっていたかは、キンケイグ村の住人にもよく分かっていなかった……狂気に近いさもしさの持ち主、エルカニー城主ガスリーが胸壁から墜死した事件の顛末を荒涼とした冬のスコットランドを背景に描くマイクル・イネスの名作。江戸川乱歩は「非常に読みごたえのある重厚な作品」として1935年以後の世界ミステリのベスト5に挙げた。(本書あらすじより)

江戸川乱歩が「スコットランド方言が分からなくて序盤ほとんど読めなかったけど、マイべストに入る」と謎の激推しをしたことで有名なマイクル・イネスの作品です。翻訳不可能とすら言われていたらしいですが、さすがはミステリ・ボックス、何でも出せるんだぜ。
というわけで満を持して読んでみましたが、うわっこれ面白いですね。古典本格好きには間違いなくおすすめです。

田舎の城主ラナルド・ガスリーの墜死事件を、複数人の手記形式で明らかにする、というのが大まかな話です。それぞれ手記であるということを意識して書いており(アプルビイ警部だけ違う気もする)、ウィルキー・コリンズ『月長石』以上に手記形式ミステリとして完成されていると思います。
で、その中で展開されるミステリなんですが、単純に作り方が上手いんですよ。靴直し職人、古典引用大好きな青年、さり気なくお茶目な老弁護士、警部……とそれぞれかなりクセが強く読んでいて楽しい面々による文章(特に乱歩が読むのに苦戦したという靴直し職人イーワン・ベルの語りがすごく良い)の中で、部分的に真相を少しずつ示していく手法がかなり技巧的。スコットランドの寒々しいど田舎っぽさがにじみ出る語り(書き手に村の住人もいれば外部の人もいるので余計にそれが伝わります)の中で、みんなが好き勝手に素人推理を言いつつ、さりげなく伏線がずんどこばらまかれていくんだからもう最高。よくよく考えたら、この形式でかなり際どいことやっているんですよね、イネスすごい。

ちなみに終盤の氷のあたりでめっちゃ興奮しました。こっこれは俺が大好きな『ナイン・テイラーズ』とか『自宅にて急逝』みたいなパターンでは! 最後にどーん的な!と思っていたら、なんかあのシーンはいろいろ目まぐるしすぎてそれどころではなかったね……(作者が結構非情)。このへんにイネスの話作りのうまさが感じられてめっちゃ好きです。ベタなやつに見せかけて、ちゃんとどんでん返しもあるっていう見事さ。
人物によってガラッと語りを変えていく翻訳がすごく良かったので、桐藤ゆき子さんという方は他にどんなミステリを訳されているのかと思ったら『ジョン・ブラウンの死体』だけでした(村上実子名義でSFはいくつか訳されていますね)。残念だなぁ。

というわけで、良いもの読んだなぁという総じて満足度の高い一冊です。ミステリ・ボックスはまだまだ隠れた名作がありそうで、本当に読みがいがあります。良いラインナップなんだよな、いやまったく。

原 題:Lament for a Maker(1938)
書 名:ある詩人への挽歌
著 者:マイクル・イネス Michael Innes
訳 者:桐藤ゆき子
出版社:社会思想社
     現代教養文庫 3039 ミステリ・ボックス
出版年:1993.07.30 1刷
     1994.01.20 3刷

評価★★★★☆
ラスト・ウェイ・アウト
『ラスト・ウェイ・アウト』フェデリコ・アシャット(ハヤカワ・ミステリ文庫)

テッド・マッケイは自分の頭に向けて拳銃をかまえた。妻と娘が旅行中の今日、とうとう自殺を決行するのだ。引き金に指をかけたそのとき、玄関の扉が激しく叩かれた。リンチと名乗った突然の来訪者は、ある「組織」からテッドへ依頼を伝えに来たと語りはじめる。その内容はあまりにも常軌を逸したものだった……。迷宮のごとき物語の果てには何があるのか。異様なるイメージと予測不能の展開が連続する、南米発の“奇書”。(本書あらすじより)

去年の新刊の読み残し。アルゼンチン・ミステリなのですが、いやもう、めっちゃ面白かったです。新本格好きにも受けそうな、一気読み確実のどんでん返しミステリです。これを去年のうちに読まなかったのは痛い……。

自殺しようとしているテッド・マッケイのもとに、セールスマン風の男が現れます。死ぬ前に悪人を殺し、さらに別の自殺しようとしている人を殺せば、いずれあなたを殺しに誰かがやってきますよ、と。その提案を魅力的に感じた彼はその組織の活動に加担するのですが、何かがかみ合わずおかしいことに気付き……。

序盤、とにかく何を読まされているのか意味が分かりません。第一部第二部が特に変で、『赤い右手』とか怪作系の何かを感じます。何が起きているのかをつかもうと第一部を読んでいたら、そういうレベルじゃない意味不明の第二部に突き落とされるという。いやー、よく考えたよなぁ。こんなに伏線を張るのに適した設定がありましょうか。イメージ的には台湾の島荘賞を取りそうな作品。
第三部に入りようやく何が起きているのか読者が把握できるとともに、ハヤカワっぽいサスペンスが始まります。ここも十分面白いのですが、前半ほどじゃないか、第四部の過去パートも王道だよなぁ……と思っていたら、第一部と第二部を伏線にどんでん返しがぶっこまれるのです。うわそっちに来たか、と褒めざるを得ません。

第三部以降の話が切り離されているので、あれっ途中で雰囲気変わった?と落差を感じてしまうのはややマイナスポイントですが、ま、これは仕方ないかなぁ。妄想と現実をうまいことミックスして真相を叩き出すやり方はやっぱり楽しいものです。映画化も決まったそうですが、SF映画監督が担当すればすごいことになりそう。

というわけで、スペイン語圏ミステリとの新たな出会いでした。サマンサ・ヘイズ『ユー・アー・マイン』とか今回の『ラスト・ウェイ・アウト』とか、毎年ハヤカワ・ミステリ文庫は何かしら好きな作品を出しているんですよね。その中から面白いのを掘り出すのが大変なのですが……(で、今回みたいにある程度評判を聞いてから読むっていう)。

原 題:La última salida(2016)
書 名:ラスト・ウェイ・アウト
著 者:フェデリコ・アシャット Federico Axat
訳 者:村岡直子
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 438-1
出版年:2016.08.25 1刷

評価★★★★☆
小鼠 月世界を征服
『小鼠 月世界を征服』レナード・ウイバーリー(創元推理文庫)

北アルプス山中の小国グランド・フェンウィック大公国──この国の近代化を画す首相マウントジョーイ伯爵は、観光事業用の道路整備と城内の配管工事を施工するために、アメリカに援助借款を申し入れようともくろんだ。だが反対党の攻勢にあって思うようにいかない。そこで首相の考えついた口実は……またまた全世界を震撼させる、月世界有人飛行という大それた計画だった。折しも、コーキンツ博士は、大公国の誇る年代もののワインから強力な放射性元素を発見した! 米ソ両大国を向うにまわし、果たして大公国は月世界に一番乗りできるや否や?(本書あらすじより)

2016年最後に読んだ本です。ぱっと読み切れるものをと思って手に取りましたが……いやー、やっぱりこのシリーズ面白い! 荒唐無稽さという点で1作目の『ニューヨーク』に匹敵する(むしろ勝ってる)し、第3作の『ウォール街』よりこっちの方が好き。これはおすすめです。

ヨーロッパの超小国グランド・フェンウィック公国が、今度は宇宙開発に挑戦。再三にわたってロケットを飛ばすことを発表していたのに全く信用されないまま月日が経ち、ついにアメリカとソ連に先駆けてロケットを飛ばしてしまうのですが……。
全くもってむちゃくちゃですが、これがとにかく楽しいのです。グランド・フェンウィックの動向も面白いけど、それ以上にばたばたしているアメリカとソ連の描写についついニヤリとしてしまいます。ソ連なんてわざわざスパイを送り込んでくる始末。風刺・ユーモア小説として第1作以上に楽しい出来なんです。

終盤があっさりしているけど、それもそれでらしいし、何よりオチが最高に決まっているので文句なし。このシリーズは外れないねー。残る『小鼠 油田を掘りあてる』が楽しみです(絶対面白いでしょ)。


原 題:The Mouse on the Moon(1962)
書 名:小鼠 月世界を征服
著 者:レナード・ウイバーリー Leonard Wibberley
訳 者:清水政二
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Fウ-2-2
出版年:1977.05.13 初版
     1985.07.05 4版

評価★★★★☆
逃亡の顔
『悪党パーカー/逃亡の顔』リチャード・スターク(ハヤカワ・ミステリ)

包帯がとれたとき、パーカーは鏡に写っている見知らぬ男の顔をのぞきこんだ。それから、その顔に向かってうなずき、鏡の奥に写っている整形外科医の顔を見た。
パーカーがサナトリウムに来てから、すでに4週間といくばくかになっていた。来た当初は、パーカーの顔は鉛の弾を射ちこまれたがっている顔をしていたが、今では誰もわからない、まったく新しい顔になっていた。長くて細長い鼻、平べったい頬、唇の薄い大きな口、そして突き出た顎。ひびのはいった縞めのうに似た、冷たくて厳しい眼――その眼だけは見慣れたいつものやつだったが、それ以外はまったく別の顔になっていた。『人狩り』で悪の限りをつくしたパーカーは、整形して逃亡の顔をつくりあげたのである。
上出来だった。1万8千ドル近くかけただけあった。……パーカーはもう一度新しい顔に向かってうなずくと鏡から向き直り、包帯などを屑かごに捨てた。洋服もすっかり新しく着替えて、サナトリウムを出た。 それは逃亡の顔であるばかりでなく、悪の世界に生きる一匹オオカミ、パーカーの新しい冒険のための顔でもあったのだ……! 悪を悪で制する男、パーカー。ハードボイルド小説に新機軸をひらいた悪党パーカー・シリーズ第2弾!(本書あらすじより)


マケプレオーバー2000月間、4冊目は泣く子も黙る悪党パーカーシリーズ2冊目、『逃亡の顔』です。初期悪党パーカー6作品は基本的にポケミスから出ていたものも含めてハヤカワ・ミステリ文庫入りしているのですが(『死者の遺産』なんて文庫オリジナル)、なぜかこの『逃亡の顔』だけ文庫落ちしていないのです。角川文庫パーカーに並ぶレアですね、はい。

読んでみてまず思うのが、とりあえずなぜこの作品だけ文庫化しなかったのかが分かりません。特に差別的な表現があるとか内容が劣るとかいうことはないと思うんだけど……。
第1作『人狩り』で組織に歯向かい組織から追われることになったパーカーですが、今回は逃走用の顔を手に入れたところから始まります。現金輸送車強盗を仲間と共に企むも、仲間の一人の様子がおかしく……という話。

相変わらず淡々とした文体・描写や全然淡々としていないその内容がキレッキレです(話のクライマックスのひとつである現金輸送車強盗のシーンが、わずか4ページで片付くんだぞ)。ただ、『人狩り』ほどの熱がなくて、シリーズの繋ぎっぽさが感じられたのが残念。続編としての話(パーカーが顔を作る話)と、今回の強盗の話の嚙み合い方が、もうちょっと上手くいっていればよかったのに、という。
とはいえ、ウェストレイク先生ですからつまらないなんてことはもちろんないのですよ。タフさとか非情さとかはやっぱり『人狩り』には劣るかな……と思って読んでいたら、最後にぐわしっとなりましたしね、さすがだと。当時は「ハードボイルド小説の新機軸」と捉えられたようですが、今ならばノワールだよなぁ。

4部構成であり、部が変わるごとに時には大胆に話をがらっと変えてしまうのも『人狩り』と同じですが、今回は特に第3部が(ある意味)浮きまくっていて面白いですね。いわゆる「悪」側の人間なんだけど、プロというほどでもない、ぶっちゃけダメな男の追跡劇です。
なお、小鷹信光さんによる解説「人騒がせなスターク=パーカー・シリーズ」が、ポケミスの解説としては破格の12ページなのですが、これはおすすめ。1968年当時の悪党パーカーシリーズの受け取られ方がよく分かり大変興味深いです。

というわけで安定のパーカーという感じでしたが(そんなこと言っていてまだこのシリーズ2作しか読んでいないけど)、ううとりあえず3作目以降を読みたいぜ。このシリーズ、犯罪小説の中ではかなり面白いんだよな……。読んでいない人はとりあえず傑作『人狩り』を読むのです。

原 題:The Man With the Getaway Face(1963)
書 名:悪党パーカー/逃亡の顔
著 者:リチャード・スターク Richard Stark
訳 者:青木秀夫
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1021
出版年:1968.01.31 1刷

評価★★★★☆
名探偵ナポレオン
『名探偵ナポレオン』アーサー・アップフィールド(crime club)

都市部で続発する連続乳児誘拐事件。5件目にして、ついに母親が殺されてしまう。事件を助けるため呼ばれてきたのは、事件解決率100パーセントを誇るナポレオン・ボナパルト警部。保護地に住むアボリジニが事件に関わっているらしいと睨んだ警部は、アリス・マッゴル刑事と共に犯人を追うが……。(あらすじ作成)

マケプレオーバー2000月間、3冊目はヒラーマンからの流れでアーサー・アップフィールドです。アーサー・アップフィールドのナポレオン・ボナパルト警部シリーズといえば、白人とアボリジニの混血警部が、オーストラリアの広大な砂漠を舞台に、アボリジニ絡みの事件を解決する、みたいなのが黄金パターンというイメージが強くて、実際そうなんでしょうが、「そうでもないんだぞ?」というのがこの『名探偵ナポレオン』なのでした。ただ、うーんちょっとこれは厳しいぞ。
解説の植草甚一によれば、アップフィールドの第一系統の作品群がそのオーストラリア原野を背景に白人とアボリジニの人間関係に謎の解決を求めるもの、第二系統が都会を背景としたやや暗めな犯罪小説、そして第三系統がアボリジニの民間伝承を謎にしたもの、だそう。そしてこの『名探偵ナポレオン』は第三系統の作品になるのです。

舞台は都会の白人社会。連続赤ん坊誘拐事件が発生し、それを調べていくと、都会の上流階級の人々の企みに加えアボリジニの住む保護地が関係してくることが分かり……という話。書き方は全体として明るめ、ユーモアあり、という具合です。
ただこのアボリジニ要素がまームリヤリ絡めているので、全然意外でもなければ面白くもないのです。じゃあ白人社会の闇が上手く描けているかといえば、主人公たちがあちこちにワチャワチャ聞いて回るくせに最後が急ぎ過ぎなのでそうでもないし。だったら、例えば7年前に読んだ『ボニーと砂に消えた男』はかなり退屈でしたが個性的ではあったし、そういう第一系統の作品の方が読みたいのです。
ボニィことナポレオン・ボナパルト警部の傲慢さやユーモアもそれほどはまらないし、赤ん坊絡みの事件ということで駆り出された超有能なアリス・マッゴル刑事の活躍や描写も1950年代の限界って感じでややいらいらさせられます。アボリジニや女性に対する視点とか訳とかにも古さは否めないかなぁ。

こんなこと言うとあれですが、アーサー・アップフィールドはトニイ・ヒラーマンを知ってしまった我々にはもう限界なんじゃないかと。アップフィールドに影響されたヒラーマンが、完全に上位互換なのかなぁ。あと何作かアップフィールドを読んで、きちんと評価を考えたいですね。

原 題:Murder Must Wait(1953)
書 名:名探偵ナポレオン
著 者:アーサー・アップフィールド Arthur Upfield
訳 者:中川龍一
出版社:東京創元社
     crime club 9
出版年:1958.10.05 初版

評価★★☆☆☆
誕生パーティの17人
『誕生パーティの17人』ヤーン・エクストレム(創元推理文庫)

一族の長老エバ・レタンデルの90歳の誕生日を祝うパーティの夜、密室の中で発見された二つの死体。ドゥレル警部の捜査の結果、単純な事件と思われたものが、徐々に不可解な連続殺人の様相を呈してくる。だが、そうだとすると、一体誰が、何のために、どのように行なった犯行なのか? 「スウェーデンのカー」と言われる著者の、本邦初紹介作品!(本書あらすじより)

よく翻訳小説は苦手だという人の理由に「登場人物の名前が覚えられない」というのがあります。翻訳小説読みから言わせればそれは甘えということなんでしょうが、正直自分としては苦手な方の気持ちも分かります。ということをつくづく思わせたのが、スウェーデンのカーことヤーン・エクストレムの唯一の邦訳長編『誕生パーティの17人』なのでした。

一族の長老の誕生日を祝うために屋敷に集結した親族たち。遺産をめぐって険悪な空気漂う中、殺人事件と、密室での自殺と思われる事件が発生し……。
あらすじだけ見ると黄金時代ど真ん中で、総じて決して悪い作品ではありません。古き良き本格ミステリを模した、1975年のスウェーデン・ミステリとして読む価値はあります。密室トリックも、まぁ全体的にはぁん?って感じとは言え、評価できるポイントはあるし、一族の確執を利用したどろどろ遺産ミステリとして複雑な話をちゃんと作れているのも偉いのです。終盤で仕掛けられたトリックも、読者の頭の中にできている定型パターンをきれいに外しており面白いと思います。この作品の最大の評価ポイントはこのトリック(というか仕掛け)なんだろうなぁ。
複雑な家系図に基づく似たような名前ばかりの登場人物が17人という地獄のような設定も、なんだかんだ頭の中に入っては来るので必ずしもマイナスポイントでしかないというわけではありません。400ページ延々と家族に対する尋問だけなのにちゃんと読ませるのはさすがですね、こういうオーソドックスな一族物ミステリはやっぱり好きです。17人全員を描き切れていない故に、犯人当てとしては若干甘くなっているのがもったいないのですが。

しかし、しかしですよ。やっぱり17人は多すぎたんですよ……全員出し切れなかったんですよ……証拠も少なすぎてじゃあ17人誰が犯人でもいいじゃんってなるんですよ……つまりそういうことなんですよ……。
だって名前がエバ、エバ、エヴァ、エベ、エボーン、エリック、エレン、エバ-レナ、ヴィクトル、ヴェラ、ヴェローニカなんだもん、無理ですよ! 覚えるまで何回家系図見返したと思っているんですか! バカ!(逆ギレ)

密室トリックなども、悪くないけどこうもっと上手くやれたんじゃないかなと思いますし(開いてたのとか凶器とか)。期待していた割には、ちょっとパッとしない作品だったかなぁという印象です。ただ、シリーズ何作もある中でこれ1作しか翻訳が出ていないというのはさすがにもったいないなぁ……北欧ミステリへの関心が高い今なら、創元が上手いこと売り出せばまたシリーズを出せるんじゃないでしょうか。今なら原書から翻訳できる方、いっぱいいらっしゃるだろうし。

原 題:Ättestupan(1975)
書 名:誕生パーティの17人
著 者:ヤーン・エクストレム Jan Ekström
訳 者:後藤安彦
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mエ-1-1
出版年:1987.01.23 初版

評価★★★☆☆
犯罪は老人のたしなみ

新しいオーナーになって、ホームはすっかり変わってしまった。食事は冷凍食品、外出も厳しく制限される。こんな老後のはずではなかった。ならば自分たちの手で変えてみせるとばかり、七十九歳のメッタは一緒にホームに入った友人四人と、合計年齢三百九十二歳の素人犯罪チームを結成する。美術館の名画を誘拐して身代金を要求しようというのだ。老人ならではの知恵と手段を駆使して、誰も傷つけず大金を手にすることはできるのか?(本書あらすじより)

あらすじ読んだらめっちゃ面白そうだったんですよ。老人版ウェストレイクとかトニー・ケンリックみたいで(っていうかウェストレイクこういうの書いてそうだな)。ところがあらすじには重大な一文が抜けていたのです。すなわち、「テレビで刑務所の生活を見たメッタは、囚人たちの方がはるかに恵まれた環境で暮らしていることに気付いた。そこで犯罪を行い、あえて捕まることで、刑務所での夢の生活を目指すことに。」です。え、捕まるの?
結論から言うと、まぁケンリックが書いたら百倍面白くなったんだろうなーという感じ。少々ぐだついてしまったのが残念です。

老人ホームの老人たちが犯罪計画を立て、着々と盗みを働く序盤は最高に面白いです。老人たちがスマートな犯罪をする話を期待していたら、計画外の出来事やらミスやらで上手いこといかなくなってしまう話だったのですが、これはこれで悪くないし。っていうか犯罪者となるにはまず身体作りだと、ジムで鍛えだしたりするくらいにはみんな元気すぎですからね。歩行器途中から使わなくても歩けるし、体調の不満とか病気とか一切ないですしね。バック・シャッツが見たら殴るよ。
ただ、後半から徐々に失速していきます。悪人のやられっぷりが中途半端だったり、想定外の出来事の連鎖がいまいち面白くなかったりというのもありますが、一番の難点は長編としてばらけた感じかなぁ。もう少しメリハリをつけてくれないと単調です。せめてこっちの予想を大きく裏切るような展開でもあればいいんでしょうが、どんでん返しがあるというわけでもなく。

全体的には、まぁ無難にまとまりすぎで、もうちょっと頑張ってほしかったところ。シリーズ化しているそうなので、2作目以降に期待でしょうか。

原 題:Kaffe med Rån(2012)
書 名:犯罪は老人のたしなみ
著 者:カタリーナ・インゲルマン=スンドベリ Catharina Ingelman-Sundberg
訳 者:木村由利子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mイ-8-1
出版年:2016.09.09 初版

評価★★★☆☆
怪盗紳士モンモランシー
『怪盗紳士モンモランシー』エレナー・アップデール(創元推理文庫)

囚人493ことモンモランシー。警察から逃げる際瀕死の重傷を負ったが、運良く若き外科医ファーセットの治療の被験者となり、一命をとりとめた男。無事刑期を終えたモンモランシーは高級ホテルに滞在しながら、昼間は紳士、夜は泥棒、ふたつの顔を使い分け、次々とお宝を頂戴していく。だがある日暴れ馬を取り押さえたことで、彼の運命は大きく変わることに。痛快シリーズ第一弾。(本書あらすじより)

超簡潔に感想を書きます。じゃあ書かなきゃいいじゃないかと思うかもしれませんけど、書かなきゃ気が済まないのです。
おそらく今年度ワーストになるであろう、と読んでいる間から確信するレベルで、むちゃくちゃつまんなかったです。なぜだ、エレナー・アップデールよ。爆発1分前の周囲の人々の様子を秒単位で群像的に描く『最後の1分』はあんなに斬新で面白かったのに。

19世紀後半のロンドンで、こそ泥と紳士の二重生活を送る主人公の活躍を描くという面白そうなあらすじとは対象的に、テンポの悪さと語りの味気なさと展開のしょぼさが致命的です。これ全5巻のシリーズらしいんですが、1巻は要するに壮大なプロローグに過ぎないのねと。怪盗紳士とは何だったのかと。数少ない登場人物の動かし方も下手で、だったらもう読み切りマンガくらいにコンパクトにまとめればいいのにっていう。義賊感を出してくる主人公の気に入らなさもすごい。
短い章をつなぐやり方が本当に上手くいっていないんです。読みにくいし、分かりにくいし。だらだら説明してばかりで話も全然進まず、250ページないという薄さなのに異様に手強く。『最後の1分』はあんなにキレキレだったわけだし、多分モンモランシーから10年を経てかなり上手くなったんでしょう。

以上です。久々に本気でつまらなかったな……。

原 題:Montmorency(2003)
書 名:怪盗紳士モンモランシー
著 者:エレナー・アップデール Eleanor Updale
訳 者:杉田七重
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mア-17-1
出版年:2016.08.12 初版

評価★☆☆☆☆