お楽しみの埋葬
『お楽しみの埋葬』エドマンド・クリスピン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

大学教授の素人探偵ジャーヴァス・フェン教授は筆休めのため突如下院議員に立候補することを思いついた。選挙区の農村に戻り、さて選挙運動に取りかかったが、折りしも平和な村には殺人事件の騒動が持ち上がっていた。名士夫人が毒入り菓子で殺され、フェンの友人である担当警部も捜査が軌道に乗り出した矢先、奥深い森の小屋で無残な死体となって発見されたのだ。二つの事件はどこかで密接に……選挙戦も投げうって、謎の犯人に挑む素人探偵フェンの腕の冴え! 生きた風物描写と洒落たストーリー展開で描くクリスピン流本格推理の代表作。(本書あらすじより)

マケプレオーバー2000月間、5冊目はエドマンド・クリスピン『お楽しみの埋葬』だったのですが……なんだこの傑作は。
クリスピン、短編集は3年前に読みましたが、長編を読むのは『消えた玩具屋』以来6年半ぶり。そして『消えた玩具屋』は、まぁ面白いことは面白いけど、ドタバタ感がやや上滑りしている感があって(ここらへん、いま読んだら前よりは楽しめそう)そんなにだったのですが、いやー桁外れに面白いじゃないですか。見直しちゃったよ。

大学教授という職がいやになって、突如田舎の村から選挙に出馬することを決意したフェン教授。さっそく選挙運動を開始したところ、その村では精神病院から狂人が脱走し、毒入り菓子による殺人事件まで発生していた。果たして村の平和は取り戻されるのか、そして選挙の行方は?

なんと、フェン教授が選挙に出るのがミステリに1ミリも関係ありません。作者が、主人公を(事件の起きる)田舎に行かせたい&シリーズ主人公を選挙に出馬させたいというだけ。なんだクリスピン先生、あなたは天才か。
そしてこれが出オチではなくて、まー良く出来ているんですよ。本格ミステリとしての要素と、ユーモア小説としての要素のバランス、配合が絶妙すぎるのです。読んでいてむちゃくちゃ楽しいし、きちんとバラまかれた伏線がしっかりと機能していて完成度が非常に高くなっています。「いかにして犯人は○○の行動を把握できたのか」「なぜ犯人は○○の命を狙うのか」といった疑問がキレイに解き明かされるのです。さらにゴクツブシの豚とか牧師館とか、もろもろ関係ない要素をぶち込んで笑わせつつ、要所要所でそれらをストーリーと絡めてくるのが上手すぎます。

意外な犯人(これ気付く人は気付くらしいんだけど、全然分からなかった……ちょっと序盤読み違えていた気もする)、納得の真相、安定のドタバタ逃走劇を経て、物語は大団円を迎えるのですが、これがまた笑っちゃうような結末で。個人的には『ナイン・テイラーズ』や『火焔の鎖』や『シャム双生児の秘密』や『自宅にて急逝』や『薔薇の名前』や『「悶える者を救え」亭の復讐』や『死の相続』系列の新パターンを得られたということで、異様な満足度があります。こういうさ、ラストにドーンってなるミステリが、好きなんですよ(伝わらない)。

しかも訳が本当にお見事。訳者の深井淳さんというのは英文学者の小池銈氏のペンネームだそうで、ミステリの訳書はこれ含めて2冊しかないのですが(もう1冊がセイヤーズ『忙しい蜜月旅行』)、軽さと教養のバランスがぴったりな、名調子の名訳です。現在では使えない訳語があるのでそのままの復刊は難しいだろうけど、どうにか頑張ってくれないかな……「現在では一般的に使われない差別的な表記・表現含まれていますが」みたいなやつつけて何とか……。

というわけで、うーむ実に素晴らしかったです。クリスピンの長編、まだまだ未読が転がっているので、今後は積極的に読んでいきます。

原 題:Buried for Pleasure(1948)
書 名:お楽しみの埋葬
著 者:エドマンド・クリスピン Edmund Crispin
訳 者:深井淳
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 55-2
出版年:1979.04.30 1刷

評価★★★★★
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列車に御用心
『列車に御用心』エドマンド・クリスピン(論創海外ミステリ)

人間消失、アリバイ偽装、密室の謎。名探偵フェン教授が難事件に挑む。「クイーンの定員」にも選ばれたロジカルな謎解き輝く傑作短編集。(本書あらすじより)

何て短い公式あらすじだ。
さて、論創社がツイッターでの希望をもとに出してしまったクリスピンの傑作短編集です。論創海外ミステリは一体誰を相手に商売しているんでしょう。いや本当に。あ、自分みたいな人か。
ちなみにクリスピンはまだ『消えた玩具屋』しか読んでいません。『お楽しみの埋葬』が欲しいよー……って言う前に絶版になっていない本を読むべきでした、はい。

全16編、粒ぞろいという感じで、とにかく1話1話のクオリティの高さに驚かされます。本格ミステリとしてのしっかりした出来もさることながら、どの話でも物語としての工夫がなされている点がしっかりと印象に残る理由なんでしょうね。満足満足、これはお腹一杯です。
フェン教授とハンブルビー警部の会話などはもう英国ユーモアに飾られまくっていて、どれも読みやすく、短編らしい軽妙さを堪能できるもの。短編集としてバラエティに富んでいるのも嬉しいところです。ただし犯人のバラエティは何だか妙に偏っているような気がするんですけど……うぅむ、なぜでしょう。
基本的にはパズル的なトリックが多いのですが、登場人物やシチュエーション、その解決方法によって多種多様に味付けしているため、某不可能犯罪大好き短編の巨匠的退屈さは微塵もありません。特にオチの付け方のこだわりようには執念すら感じます。フェアプレイに関しても作者が意識しまくっているところが面白いですね。個人的には名探偵コナンっぽいなぁと思うのですが、どうでしょう。

本格ミステリファン全てにおすすめ出来る好短編集だと思います。いやはや、良いものを読むことが出来ました、ありがとうございます。
以下、個別のコメントをちょこっと。どれも20ページくらいの長さしかないので、あらすじは省略。前情報なしに読んだほうが楽しめますしね。特に印象に残ったのは、「エドガー・フォーリーの水難」「すばしこい茶色の狐」「決め手」あたり。

「列車に御用心」
システマティックに解けるよう(そんな上手くいかないことを作者がネタにしつつ)作られた出来の良いパズラー。なるほど、よくあるクラシック不可能犯罪短編集とは一味違うっぽいな、と思わせてくれ、出だし好調。

「苦悩するハンブルビー」
これは結局どういうことなんだろうなぁ、って思わせた時点でクリスピンの勝ちなんでしょうね。フェン教授、ただただ意地の悪い人じゃないですか(そうです)。

「エドガー・フォーリーの水難」
素晴らしい。非常に単純な事件に、ひとひねり加えるだけで、こんなに面白くなってしまうとは。本短編集の前半に配置されているからこそ面白い、とも言えます(読了してから考えると、ですが)。

「人生に涙あり」
不可能犯罪物としてはまずまずの出来ですが、ややありふれている感はあるかな。過去語りの形で笑いを誘っているあたりに、ありふれた短編量産作家でないところが伺えます。

「門にいた人々」
んーむ、ちょっと専門知識過ぎるというか、小品過ぎるというか、まぁそれほどの話ではないですかね。

「三人の親族」
名探偵コナン(コナンです(めっちゃコナンです(コナンの3話解決の典型っぽいやつです)))。

「小さな部屋」
きっかけが少々しょぼい気もしますが、これは立派な日常の謎ですよ。こういう結末に、クリスピンは一筋縄ではいかないことがよく現れていると思います。

「高速発射」
かなり専門性の高い知識を要求されますが、謎解きとしては非常に鮮やかな好編です。

「ペンキ缶」
専門性はないですが、「高速発射」と同様、一点に気付けるかどうかがカギとなっているのですが、少々パズル的過ぎるように思えました。

「すばしこい茶色の狐」
非常に出来が良い作品。ダミー推理からひっくり返していく、ロジカルな展開が実によく練られています。ぶっちゃけ一箇所よく分からないところがあるんですが……まぁいいか。

「喪には黒」
読み始めた直後、去年出た某作品に妙によく似ているなぁと思ったのですが、実際かなり似ていてビックリしました。推理自体はやや簡単かなとも思いますが、この短編集の中でこの作品を読むと、フェン教授の犯罪に対する考えがどことなく見えてきて面白いです。

「窓の名前」
典型的密室トリックもの。偶然が重なりすぎている感はありますが、クリスピンがフェアプレイのためにはしょうがないでしょと開き直っているので、ま、しょうがないです。

「金の純度」
本格ミステリとしてはこの短編集の中では小粒過ぎると言わざるを得ませんが、物語性をしっかり加えているため単なるパズルに留まっていません。といって小粒なのですけどね。

「ここではないどこかで」
トリックは大したことありませんが、えげつすぎるブラックユーモアのせいで妙に印象に残る作品です。

「決め手」
notフェン物。こ洒落た雰囲気が非常に心地好く、こ洒落たオチも上手く決まっていて楽しい作品です。短編の名手の作品のようですね。ただ、この手がかりは分かりませんよねぇ、しょうがないですが。

「デッドロック」
クリスピン曰く、本短編集の中で唯一「未知なる物語との刹那の出逢い」ではなく「作品が醸しだす雰囲気を堪能すること」が魅力となっている短編。結局フェアプレイで非常にロジカルな本格ミステリでもあるのですが、確かにこれは16編の中では明らかに異色作でしょう。この人のこういうノンシリーズ作品をもっと読みたいと思わせられます。


全体的に、序盤の方が褒めてますね……。


書 名:列車に御用心(1953)
著 者:エドマンド・クリスピン
出版社:論創社
    論創海外ミステリ 103
出版年:2013.3.25 初版

評価★★★★☆
消えた玩具屋 moblog_2488d0f4.jpg
消えた玩具屋』エドマンド・クリスピン(ハヤカワポケミス283)

深夜、独身の詩人キャドガンは、オックスフォードの町を歩いていた。ふと小さな玩具屋に入った彼は、そこで死体を発見するが、頭に一撃をくらい意識を失ってしまう。翌朝意識を取り戻しキャドガンが警官と共にそこへ舞い戻ると、なんと昨夜まであったはずの玩具屋は死体もろとも消えてしまったのだ!解明を依頼されたフェン教授は、わずかな手がかりをもとに、学生たちと犯人捜査のためにオックスフォードの町を走り回るが……。(TY作成あらすじ)

写真は、ポケミス1600番台突破記念で再版された『消えた玩具屋』用に作られたケースです。希少価値高そう。箱入りだから、ビニールカバーがないんだよね。まあ、状態が新品並に信じられないほどキレイなんだけど。

初クリスピン。クリスピンはいわゆるイギリス準黄金時代に属す、1940年代に登場した方です。初版が1956年のため、裏に「1921年生まれの三十六才、現在まだ独身」とありますが、TYの持つやつは1993年の再版なんだから、せめてそこぐらい書き直しておいて欲しい(笑)
ちなみに250円で買いましたが、なぜか3ページに大量の付箋が貼られています(爆)

ちょっと思っていた内容とは違く、一夜にして死体のあった玩具屋が消えたという謎はそれほどメインじゃありませんでした。後半から、いきなり不可能犯罪的要素も出ますが(作者はカーが好きなんだよね)、これもメインとは言い難いし……。やはり中心はトリックというより、コードネームが付けられた5人や犯人を追う、主人公たちのドタバタ追跡を喜劇調に描くことなんでしょうね。きちんとした本格になる作品を、ブラックでない楽しいユーモアでテイストした感じです。そういやカーの『連続殺人事件』に似てる……か?

ちょっと残念なのは、ミステリもユーモアも中途半端になったことですね。肝心の真相が映えてこそ、ユーモアが生きる……はず。1946年の作品なので、60年代のジョイス・ポーターのようなものを期待するのは間違ってるのかもしれませんけどね。期待しすぎた作品だけに、ちょっとがっかりです。

またこれは私見ですが、主人公フェン教授は一人称「ぼく」が適当かと。「おれ」には最後まで慣れませんでした。彼は警察長官をこき使いつつも、全く警察に協力しない不届きな人物であります(笑)
あと、登場人物一覧、一人足りないよね?
さらに、再版の時、解説くらい付けて欲しかったなあ。

ところどころメタフィクション要素があります。「ぼくは推理小説で証人がなぜか警察に届け出ないのは常々おかしいと思ってるんだ」とか、作者のために主人公が章題を考えてあげようとしたりとか。そういうところはかなり面白かったです。もっとやれ。

ちなみに、メリーゴーランドの場面は、ヒッチコック監督が使用したとか。それはいいんですが、話の中ではなぜメリーゴーランドなんやねん、と突っ込まずにはいられません。吉本新喜劇も真っ青(爆)

書 名:消えた玩具屋(1946)
著 者:エドマンド・クリスピン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 283
出版年:1956.12.31 初版
    1993.9.15 再版

評価★★★☆☆