高慢と偏見 上 高慢と偏見 下
『高慢と偏見』ジェイン・オースティン(光文社古典新訳文庫)

溌剌とした知性を持つエリザベスと温和な姉ジェインは、近所に越してきた裕福で朗らかな青年紳士ビングリーとその友人ダーシーと知り合いになる。エリザベスは、ダーシーの高慢な態度に反感を抱き、彼が幼なじみにひどい仕打ちをしたと聞き及び、彼への嫌悪感を募らせるが……。(上巻あらすじより)

映画『高慢と偏見とゾンビ』が面白そうですねー。原作が翻訳された時にも大いに話題になっていましたが、そもそも『高慢と偏見』すら読んでいない自分は完璧にその波に乗り遅れていました。
というわけでようやく読んでみましたよ、この古典的エンタメ作品を。19世紀なのは知っていましたが、ヴィクトリア朝より前だったんですね。出版されたのが1813年、最初にオースティンが書いたのは1796~1797年ということなので、フランス革命やらナポレオンやらでヨーロッパが非常にゴタゴタしていた、まさに貴族の尊厳が脅かされていた時期なわけですが、それを感じさせない、お気楽な地主階級の社会における恋の騒動が描かれています。前半が主に「高慢」の話、ダーシーから手紙をもらった後からが「偏見」の話、と考えるとすっきりするのかな(適当)。

いやとにかく、恋愛小説のスタンダードって200年間変わらないんだなってつくづく感じました。ほんとにもう期待を裏切らない展開が続いていてすごいのです。キャラクターからフラグの立て方まで全部イメージ通り。
例えばここに、理知的理性的で当時の女性としてはかなりはっきりと物を言い、けどあまり恋愛とは縁のない主人公の女性がいます。そしてそこに、超金持ちなんだけど、高慢ちきでずけずけと物を言う鼻持ちならないイケメンが現れます。イケメンは初めて主人公に会ったパーティで、本人が聞こえるところで、「あんなブスと踊るわけねーだろ」と言います。主人公はこのセリフを機にイケメンを全力で嫌うようになります。ところがイケメンはこのはっきりとした態度をとる主人公に次第に好感を持つようになります。しかし同じ地主階級とはいえ、AクラスのイケメンとBかCクラスの主人公は、ちょっとした身分差もあるのです。

……すごいよ! めっちゃベタだよ! 無数の恋愛小説とか少女漫画とかラブコメとかで見たよ! 
そしてこれがビックリするほど面白いのです。上巻なんて何にも起きないくらいなんだけど、しかし皮肉とユーモアたっぷりの辛辣な文章や、約束された結末に向けて進む安定の展開から目が離せず、こりゃ誰が読んでも面白かろうという作品。お堅いどころか、むしろ当時の上流階級をちょっと斜に構えて笑い飛ばすかのような語りが最高です。タイトルから勝手に高尚なイメージを持っていたけど、全然違うじゃんと。そりゃ二次創作も出るよと。『高慢と偏見、そして殺人』とか『高慢と偏見とゾンビ』が書かれるよと。

ちなみになんですが、三女メアリ(引きこもりで非社交的で知識ひけらかしな読書好き)は五姉妹の中で最も登場しない上に、末の妹二人と合わせてバカ扱いされているんですが、メアリを主人公にした二次創作本が絶対にあると思います。本好きはみんなメアリが好き、間違いない。

というわけで、19世紀の英国文学ってやっぱ面白いですねー。古典クラスも毎年ちょっとずつ読み進めたいです。

原 題:Pride and Prejudice(1813)
書 名:高慢と偏見
著 者:ジェイン・オースティン Jane Austen
訳 者:小尾芙佐
出版社:光文社
     光文社古典新訳文庫 KAオ-1-1,2
出版年:2011.11.20 初版(上下巻同じ)

評価★★★★☆
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日の名残り
『日の名残り』カズオ・イシグロ(ハヤカワepi文庫)

品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々――過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。(本書あらすじより)

周りからおすすめされたので、今さらながらの名作を読んでみました。初カズオ・イシグロです。今年10年ぶりの新作が出たことで話題になりましたね。
で、これ、未読のミステリ読みの方がいればぜひおすすめしたいです。ミステリですよこれ。いやミステリじゃないんですけど、なんていうかなぁ、アガサ・クリスティー『春にして君を離れ』にかなり近いと思うんですが、一種の「信頼できない語り手」ものに近いと思います。

話の内容は、第二次世界大戦後の英国において、長年執事を務めていたスティーブンスが初めての長期休暇を得て、旅行に行く話です。本当にそれだけ。
この執事のスティーブンスさん、自分の信じる「品格」というものを非常に大事にしているのです。田園風景をひたすら旅しながら、戦時中に仕えていた尊敬するダーリントン卿を懐かしく思い出したり、仕事の模範として尊敬していた父親を思い出したり、有能だった女中頭を思い出したりするわけです。

……ところが、読者には薄々分かってくるのですが、このダーリントン卿は実は戦時中対独協力をした疑いを持たれている人で、あまり評判がよくありません(スティーブンスはそれを承知の上で世間の評価が間違っていると言っています)。父親は晩年は病気でガタガタでしたが、仕事第一であるスティーブンスの父親への対応はあまりに無情だったようにも見えます。女中頭はスティーブンスについてどうにも不可解な行動をよくとっていたように見えますが、これだってどうもスティーブンスの勘違いが含まれているようにも見えます。
要するに、一人称の語り手である完璧な執事スティーブンスの回想が、どうにも信用しがたくなってくるのです。この男、仕事ガチガチ人間で、人間としてはめっちゃひどい奴なんじゃないか? その自覚すらないんじゃないか? と疑いたくなります。
そして最後、スティーブンスは旅の目的地である、仕事をやめてしまった女中頭と再会します。彼がそこで悟った思いとはなんだったのでしょうか……。

と、ここでめっちゃ感動しました。うわぁすごい。その後続けてスティーブンスが通りすがりの元執事と会話する場面がまたすごい。「品格」という自らに課した枷にとらわれたまま全てを失っていったことにすら気付かなかったスティーブンスが、ようやく枷の外に脱します。そしてタイトルである「日の名残り」が、いい意味で読者の心にグッと迫るのです。
読んでいる間はちょっとこのスティーブンスさんが嫌いになりかけていたんですが、最後まで読むと、結局まぁダメなおじさんではあるんですけど、でも自分の生き方に対して愚直なまでに真っ直ぐなものを貫き通した人でもあるわけですよね。というわけで最後には結構好きになりました。前向きなラストでよかったです、いやほんと。

上のスティーブンスの紹介だけ見ていると読んでいてしんどそうな小説にも見えますが、実際はイギリスののどかな風景や過去がゆっくりと、のんびりと描かれる、カズオ・イシグロによるイギリス大好き小説なので、イギリス好きはぜひ読まれればいいと思います。土屋政雄さんの翻訳がこれまた素晴らしいですし。いやー面白いわ。めちゃくちゃ技巧派じゃないですかイシグロさん。
というわけで今度はSF(らしい)『わたしを離さないで』を読んでみるつもり。また楽しそうな作家を見つけてしまいました。

書 名:日の名残り(1989)
著 者:カズオ・イシグロ
訳 者:土屋政雄
出版社:早川書房
     ハヤカワepi文庫 3
出版年:2001.05.31 1刷
     2001.12.15 2刷

評価★★★★☆
オイディプス王
『オイディプス王』ソポクレス(岩波文庫)


吉井富房「というわけで、今日は『オイディプス王』はミステリや否や、という話をしたいと思います」
ヨッシー「あら、久々にこんなきちんとした作品――それもギリシア悲劇を読むなんて。どうせサークルの読書会で課題本だったとかそんなところでしょうに」
吉「……」
ヨ「で、ミステリや否やというのは何なのかしら」
吉「あぁ、実は中の人がついこの間読んだ『デュレンマット傑作選』――光文社古典新訳文庫から出ているやつだね――を読んだんだけど、その中に『オイディプス王』……というよりはオイディプス王伝説をベースとして作られたミステリがあってね。中の人はたまたま『オイディプス王』読了後だったから、割と理解しやすかったらしいんだけど。とにかく、そういったミステリの題材になるような要素が、果たして原作『オイディプス王』にも含まれているのかを検証するのは、なかなか有意義なことだと思うんだ」
ヨ「なるほどねぇ。やって損はないかもしれないわね」
吉「というわけで、今回は『オイディプス王』のミステリ解釈についてです」

ヨ「言わずと知れた有名作だから、あらすじは説明しなくていいわよね」
吉「そんなインテリぶったこと言うのはやめなって……。さて、ではオイディプス王伝説について簡単に紹介しよう。むかしむかし、テーバイの王ライオスは、妻イオカステとの間に男児を設けた。その子供が後のオイディプスなわけだけど。そんな王にくだされた信託が、〈その子供は後に父親を殺し、さらに母親と交わり子を作ることになるだろう〉という、無茶苦茶なものだった。ライオスはその予言を恐れて、子供を殺すよう臣下に命じる。ところがその臣下は勝手に哀れみを感じて、殺さずに山の中に放置、子供は結局隣国コリントスの者に拾われ、オイディプスはコリントス王の実子として育つことになる」
ヨ「ところがオイディプスが何不自由なく成長した後、コリントス内でウワサが立つのね。オイディプスはコリントス王の子供ではないんじゃないか、と。不安に思ったオイディプスがデルポイの信託を受けに行くと、〈その通り、実の親ではない。あんたは父親を殺して母親と子を作ることになるよ〉と、まぁ言われてしまうのね。とりあえずオイディプスはコリントスを離れ、テーバイを目指し、ついでにテーバイの人々を苦しめていたスフィンクスの謎を解き、見事テーバイの英雄となるのよ」
吉「……スフィンクスの件が適当すぎない?」
ヨ「大して話に関係ないからいらないわよ。興味があったら『デュレンマット傑作選』を読むなりググるなりしなさい」
吉「……えーと、で、その頃テーバイは、ライオス王が出先で強盗か何かに殺されてしまったため、国王不在の状況だったんだ。救世者オイディプスは当然のように国王の座に着くことができ、さらには先王ライオスの妻イオカステと結婚した」
ヨ「で、『オイディプス王』はここから話が始まるのよね」
吉「今までのは全部知っとけ、ってことらしいな。でだ。しばらく後、テーバイ国は不作と疫病に見舞われる。オイディプスは解決策を探すべく、デルポイの信託を求めることになる」
ヨ「すると信託は、先王ライオスを殺したクソ野郎をひっとらえれば国は再び平穏に戻るだろう、と言うわけね。オイディプス王は先王ライオス殺害犯を見つけ出そうと様々な人物の証言を聞いていくんだけど、その過程でだんだんと自分の素性が明らかにされていくの。そしてついに、昔くだされた予言の真実にたどり着いてしまうのよ」

吉「こんな感じかな」
ヨ「ぶっちゃけ読者の想像通り、予言が合ってたわけで、オイディプスはライオスを殺していたんだけどね。たまたま適当に」
吉「ぶっちゃけたな」
ヨ「ギリシア悲劇は、ストーリーを知っていたほうが楽しめるの。とにかく、これがフロイト先生が大好きなエディプス・コンプレックスの元ネタよ」
吉「さて、とりあえずミステリかどうかとかどうでもいいから、『オイディプス王』は必読の傑作であることは言っておきたいよね。最後の破局に向けてキリリと引き絞られていくような緊張感がたまらない。これはすごいよ」
ヨ「今までこういう傑作文学作品をいかに読んでこなかったかがバレかねない発言ね」
吉「うるさいな」
ヨ「ソフォクレスのギリシア悲劇は、構成に無駄のない完璧さで有名よ。主人公は、神の定めた見えざる運命を一歩一歩進まされ、破滅へと至らされるわけ……作者の手のひらの上でね」
吉「あ、参考文献として『ギリシア・ローマ古典文学案内』を用いています」
ヨ「余計なこと言わないの」
吉「はい」
ヨ「ちなみに、私が読んだのは岩波文庫版の藤沢令夫訳なんだけど、これが非常にいいのよ。厳かで堅い文章でありながらも、とっても読みやすいわ。翻訳家の栗原百代さんは『格調の高さと読み易さのマリアージュ最高』と言っていたわ。Twitterで」
吉「うまいこと言うなぁ。無断引用だけど」

吉「さて、『オイディプス王』ミステリ論についてだけど」
ヨ「せっかく語ろうとしているところ申し訳ないんだけど、大体の点については岩波文庫の解説を読めば〈ミステリっぽい〉と思ってもらえるんじゃないかしら」
吉「え?そうなの?」
ヨ「解説にアリストテレスの悲劇解釈が載っているのよ。悲劇とはこういうもので、こうあるべし、こう作るべし、みたいな。その内容が、ここでいちいち述べはしないけど、推理小説の作法そのままなのよ。例えば、伏線はちゃんと張れ、とか。で、アリストテレスは、ソフォクレスこそ、その作法にもっとも忠実で完成度が高い、と主張しているわ」
吉「なるほど」
ヨ「つまり、もう言うことはないわね。帰るわよ」
吉「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。もうちょっと論じたいんだけどな僕としては」
ヨ「ならさっさと言いなさい。中の人が文章を書くのに早くも飽き始めているわ」
吉「……。えぇと、ソフォクレスの用いた構成で特に注目したいのが、オイディプスは真相を知るために様々な人物の証言を聞いていく、ということだ。証言する人物やその内容は実に多様だね。例えば、大して重要なことではないことを語る……が、部分部分に真相のヒントが見え隠れしているような発言をする人がいる。また、オイディプスに真実を語るまい、嘘を突き通そうとするも、オイディプスに問い詰められてしぶしぶ真相を明かす証言者もいる。そして最後には、オイディプスは証言を総合して真実に到達する。これって、私立探偵の聞き込みに他ならないと思わないかい?」
ヨ「私立探偵が関係者を訪ねるのとは違って、王は関係者を呼びつけるんだけどね。王だから」
吉「さらに、全ての人物の行動が綿密な計算の下作られていることにも注目したいな。例えばオイディプスはやたら執拗に真相を追い求めるんだけど、これにだって立派な動機付けはなされている。スフィンクスの話をそこに上手く絡ませたりもしてね。証言を語る人、語らない人、なんの気なしに重要なことを言う人がいるけど、これらもきちんとしたキャラ付けがなされ、各々必要十分な動機と理由を持っている」
ヨ「確かに、この証言の順番は見事と言うほかないわね。読者(この場合は観客かしら?)の興味を引きつつ行う、真相のちらつかせ方、ちょっとずつ薄皮を剥くように真実を暴いていくやり方は、プロのミステリ作家そのものだわ」
吉「そして探偵=犯人という構図……ほら、ミステリっぽいだろ」
ヨ「ちょっとこじつけ臭いけどね。けどこの構図は、悲劇が悲劇を呼ぶという、悲劇の根本となる仕掛けには最適なのよね」
吉「そしてこれは推測に過ぎないけど、ソポクレスは『犯罪を暴く』『探偵が謎を解く』『伏線を回収して真実を推理する』などといった点に、相当自覚的だったと思うんだ。そうでなければ、ここまで〈ミステリらしい〉作品は書けない。《探偵》という職業がなかった以上王が主人公を務めることになってはいるけど、基本的にこれはミステリであると言って構わないと思うな」
ヨ「……まぁ、『オイディプス王』をミステリとすることにはそもそも誰も異論がないし、多くの人が言っていることだけどね」
吉「え、えー……それ言っちゃうんだ……」

ヨ「ひとつだけ言い足しておこうかしら。これはあくまでも演劇なのよ。観客という見せる相手が存在するの。確かに観客は真相を最初から知っているわ――オイディプスこそ犯人である、ということをね。けど、ソポクレスの想定する探偵役には、彼ら観客、真相の暴かれる過程を見せ付けられる存在も含まれていたと思うの。だからこそ、こうしたミステリらしい作品になったのではないかと思うわ」
吉「なるほど、一種のミステリ劇というわけか。観客はオイディプスの推理過程に無理がないかチェックしているということだね」
ヨ「以上、中途半端ではあるけど、『オイディプス王』ミステリ論でしたー。最後まで付き合っていただき、ありがとうございました」
吉「なんか最後持って行かれた……」


書 名:オイディプス王(前427)
著 者:ソポクレス
出版社:岩波書店
    岩波文庫 赤105-2
出版年:1967.9.16 1刷
    1989.7.15 34刷

評価★★★★★
サイダーハウス・ルール(上) サイダーハウス・ルール(下)
『サイダーハウス・ルール』ジョン・アーヴィング(文春文庫)

セント・クラウズの孤児院で、望まれざる存在として生を享けたホーマー・ウェルズ。孤児院の創設者で医師でもあるラーチは、彼にルールを教えこむ。「人の役に立つ存在になれ」と。だが堕胎に自分を役立てることに反発を感じたホーマーは、ある決断をする――。堕胎を描くことで人間の生と社会を捉えたアーヴィングの傑作長篇。(本書あらすじより)

アーヴィングは初めてですが、まずはユーモアあふれる彼の文章のかっこよさに惚れ込んでしまいました。この人の、何というかグダグダした、なおかつグイグイ引っ張る文章には、物語を読ませる力があります。必要そうな描写をすっ飛ばし(ちゅうちょなく歳月を飛ばす)、どうでもいいことに文章を割いてるんだからワケがわかりません(笑)また、( )とかダッシュとかを多用するかなり翻訳物らしい文体ですが、それがまた良いんですよね。ちなみにこの表現は良いなと思ったのがこれ。


「ううん」とメロニィは言い、するとミセス・グロウガンはいつものため息をついた――ほとんどうめき声(グローン)に近かった。それは彼女の綽名(あだな)になっていて、ミセス・グローンと呼ばれていた。彼女の威光は、女の子たちに、当人やお互いを傷つけるような真似をすれば、彼女を苦しめることになると思わせる能力にかかっていた。(上、p139)


さて、あらすじを見るかぎりでは、何だか「孤児」とか「堕胎」とか、重そうなテーマの本に見えるかもしれません。表紙を見るかぎりでは、何やらヘビだかウミヘビだかが出てくる、ちょっと気味の悪そうな話に見えるかもしれません(というか自分は思ってた)。
しかし、結論から言えば、この本、ものっすごく読みやすいです。小難しく考えてこの本を手に取る必要は全くありません。素直に物語を楽しみ、最後の大団円でほっこりする。そうした読書の喜びを与えてくれる傑作だと思います。ちなみにヘビは一度も出て来ません……この表紙は何なんだ?

孤児院とリンゴ農園という2つの舞台を中心に、登場人物が極めてごちゃごちゃと交わりあいながら話が進んでいくのですが、これが非常に面白いんですよ。伏線の張り方も、何だか読んでいて嬉しくなるようなものです。登場人物が全体的に良い人ばかりで、ただし何か妙に変な人なんですけど、こうしたキャラ付けも含め、アーヴィングの多重的な話の描き方はとっても上手いと思います。

タイトルがどういう意味か、つまり、ルールとは何たるかについて作者はいかに考えているのかということに関する真面目な議論は、訳者あらすじに書いてあるのでそちらをご覧ください。ただ訳者さんもおっしゃっている通り、あんまりね、余計なこと考えて読まなくて良いんだと思います。チャールズ・ディケンズを読むのに似ているかもしれません。小説というのは物語ありき、なんですよ。


ま、この話についてはグダグダ書くことはやめましょう。最後のちょっとご都合主義的な終わり方も含め、嫌な気分になることなしに終始おはなしを楽しめる一冊です。青春小説……と言っていいのかな?近いうちにまたアーヴィングの作品を読んでみたいと思います。あ、映画版も見てみないと。

書 名:サイダーハウス・ルール(1985)
著 者:ジョン・アーヴィング
出版社:文藝春秋
    文春文庫 ア-7-1
出版年:上 1996.7.10 1刷
       2000.5.10 3刷
     下 1996.7.10 1刷
       2000.4.10 2刷

評価★★★★★
不思議を売る男
『不思議を売る男』ジェラルディン・マコーリアン(偕成社)

エイルサが図書館で出会ったその男は翌日から、エイルサの母親の古道具店ではたらくことになった。はじめは不審に思っていたエイルサ親子も、その男の商売のうまさに魅せられていく。というもの、男は、まことしやかにそれぞれの古道具の由来を客に語ってきかせ、客をその品物に夢中にさせるのだ。エイルサ親子も、客同様、その謎の男の話にひきこまれていく……。(本書あらすじより)

(2012.8.14 追記を書きました。読書感想文課題図書らしいですね笑)


この間「大人にもオススメな児童書」企画で紹介記事を書いて、急にまた読みたくなって、結局図書館から借りてきてしまいました。まぁ読みたくなった最大の原因は、本棚の偕成社文庫を整理していて、佐竹美保さんの挿絵を見て思い出したからですが。

それはともかく、ひっさびさに読みましたが、やっぱりこれ、めちゃくちゃ面白いですね!まさに現代のアラビアン・ナイト!(読んだことないけど)万人にオススメの、読書を楽しめる一冊です。
……というのはもちろんなんですが、やっぱり、子供の頃の方がワクワクして読めた気がします。見え見えの展開にも心を躍らせていたあの頃。うーん。
全体として見ると、やはり良く出来た作品だと思います。まだ本をそこまで読んでいない子供にとって、『不思議を売る男』は未知の世界を見せてくれるでしょうし、すれた大人にとっても、珠玉の一話一話を心から楽しめるのではないでしょうか。毎話、導入部分を飽きないように工夫を凝らしているのもいいですね。

今回特に感心したのは、一話毎に語り口を大きく変えているという点です。まぁこれは訳者さんの問題にもなってくるのかもしれませんが。例えば中国の昔話なら、いかにもな昔話風味の文章だし、海賊ものなら、やはりいかにもな海賊物風味で文章が綴られているんです。
それと、作者さんは、自分が書いている作品に浸って書いているなという印象を受けました。細かい描写がいちいちそれらしいんですよね。まるで、登場人物が体験している様子がそのまま読者に伝わってくるかのような。文章を書くのがとっても上手い人なんでしょう。

この面白さを2倍にも3倍にもしているのが、佐竹美保さんの挿絵です。佐竹さんの版画っぽい絵の持ち味が最大限に生かされていると思います。日本人にはなじみのない家具の絵を付けてくれるという必要もあるんでしょうけどね(ハープシコードとロールトップデスクが何かということを、確かこの本で知ったんだよなぁ)。個人的には、93ページのお皿の絵、「テーブル」の話の詩に付けられた一連の絵、137ページの船長の演奏の絵、172ページの橋の絵、189ページの女の子、207ページの渋すぎる警部さん、217ページの登場人物の顔(特にネビル・コスティック)、11章の表紙、「ベッド」の表紙を含めた挿絵全部(なんとホラーチックな感じが合ってることか!)などなど、いい感じのがたくさんありますが、何より素晴らしいのはもちろん!287ページの絵ですね。何このチャールズ叔父さんかっこよすぎるぅぅぅ!(アホか)

唯一ちょっと納得がいかないのが、結末でしょうか。あのー、当時小学生だった自分はこれが理解出来たはずなんですが、今読んでみると何だかよく分からないんです。結局、MMCとは何者だったのか?という疑問に対する答えが自分の頭の中でいまだ決着がついていません。きっとこうだぜ、という解釈をお持ちの方、ぜひ教えてくださいな。


以下、どうせなので、それぞれの短編の感想をのせます。

大時計[迷信の話]
最初のお話にして、作者の持ち味を出し切ったいい短編です。フィンバーの心情描写が読んでる側に直に伝わってくるようです。

寄せ木細工の文具箱[嘘つきの話]
当時はこれ、めちゃくちゃ怖かったんですよね。良く出来ていると思います。
ミステリ的にちょっと解説してみると、これはまさに「奇妙な味」物であるでしょう。まぁ、この作品の中の短篇って奇妙な味ばっかりな気もしますが、これは特にそれっぽいです。最後に擬音語を入れるというのが秀逸。この話は、苦手だけど結構好きです。

中国のお皿[大切なものの話]
中国昔話風。語り口調やセリフも何だか説話っぽいです。ありふれた展開ですが、こういう昔話にはありふれた感じこそが最大の魅力ですからね。

テーブル[大食漢の話]
詩。全然怖い内容じゃないのに、小学校の時に読んで死ぬほど怖かった、非常に思い入れのある話です。挿絵をふんだんに用いているのが良いですね。めちゃくちゃしょうもない詩ではありますが、読んでいて妙に惹かれるものがあります。

ハープシコード[誇りと信頼の話]
あぁこれ懐かしいなぁ!海賊物です。ブルーム船長がね、もうね、かっこよすぎ。ブルーム船長を本国へ連れ帰る船長も、ほんのチョイ役ですが、良い味を出しています。この手の話に子供は弱い。全体的に渋い雰囲気の漂う良作です。

傘立て[かんしゃくもちの話]
これも当時は怖かったな……。結局この田舎者はどうなったんでしょうか。いまいち明示されていないんですよね。死んだような気もするけど、捕まったような様子もあるし、そもそも突き落としたわけじゃないみたいだし。電車の中の様子を考えると、この人には同情せざるを得ない気もします。

鏡[虚栄心の話]
これまた当時は怖かったな……って、怖いのばっかり。サイコ物のようです。ユースタシアって名前がとってもいいですね。最後に母親のセリフを入れるところが、この話のミソでしょう。複雑な余韻を残す作品です。まぁ、お客さんを考えると、こういう感じに締めるべきなんですが。

ロールトップ・デスク[犯人探しの話]
本格ミステリですが、ユーモア風味強め。これを読んで楽しかったことから、自分がいかに幼い時からミステリに目覚める素質を持っていたかが分かります。まぁミステリとして評価すると、誰だって犯人が分かってしまうんですが。巡査部長との掛け合いがひたすら笑いを誘うユーモアミステリです。話が終わった後の警官の「いかにも捜査課にありそうな話だな。」というセリフがこれまた面白いです。

木彫りのチェスト[いつわりの話]
キリスト教話&恋愛ものです。この本の中で唯一微妙かな、という短編。まぁ、キリスト教文化圏にいない我々ジャパニースにはなかなか理解しにくい話なのかもしれません。ただそれを差し引いても、展開が雑かなという気がします。おまけに、お客さんとの関連もちょっといい加減なんですよね。どうも全体的に手抜き感を感じます。

鉛の兵隊[誇りの話]
傑作!!!
読み終わって目頭が熱くなりますよ、これは。しかもこの話、感動ものではないというところがポイント。あくまで、そう、「誇りの話」なんです。父子どちらも、自らの信念に従ったのであり、間違ってはいないというところも深みを感じます。最後の方は心情描写を一切排除しているのも素晴らしい。いやーこれいいなぁ。
挿絵のチャールズ叔父さんが、ダンディでかっこよすぎ(笑)

ベッド[口にするのも恐ろしい話]
ホラー……ですけどね、ギャグですよこれは。何でこれ読んで昔は怖かったのかなぁ。挿絵のせいかなぁ。だって最後山から○○が出てくるんですよ。どんな展開だ。ま、これがある意味B級ホラーっぽくて良いのかもしれませんが。


というわけで、「木彫りのチェスト」以外はどれも面白いですよ。一番は何と言っても「鉛の兵隊」。この話だけ抜き出してどっかの短編集に収録するべきじゃないでしょうか。「ハープシコード」「寄せ木細工の文具箱」「鏡」「傘立て」あたりも良作。「テーブル」はある意味怪作です。

まぁぜひ、読んでみてくださいな。読書って楽しいんだよ!というMMCの想いが伝わる一冊です。

書 名:不思議を売る男(1988)
著 者:ジェラルディン・マコーリアン
出版社:偕成社
出版年:1998.6 1刷
    2001.9 8刷(日付は未記入)

評価★★★★☆




[追記]
ここ数日、『不思議を売る男』で検索してこのブログに来られる方が妙に多いので、気になって調べたら、なんと今年(平成24年)の読書感想文の課題図書になってたのですね。ははぁ。
個人的には、様々な種類のお話が収録されているため、感想文として非常に書きやすい作品だと思います。特に何かを感じた短編だけ取り上げりゃいいわけですし、また全体を通じて考察する要素も多いため、書きがいがあるのでは。小学校高学年らしいですが、その年齢も調度良いですね。あ、このページからコピペして良いですよ(笑)
って他の課題図書は読んでないんですけどね。この機会にぜひ読んでみて下さいな。
嵐が丘(上) 嵐が丘(下)
『嵐が丘』エミリー・ブロンテ(岩波文庫)

作者の故郷イギリス北部ヨークシャー州の荒涼たる自然を背景とした、二つの家族の三代にわたる愛憎の悲劇。主人公ヒースクリフの悪魔的な性格造形が圧倒的な迫力を持つ、ブロンテ姉妹のひとりエミリー(一八一八‐四八)の残した唯一の長篇。新訳。(本書あらすじより)

というわけでついに読みました、名作『嵐が丘』です。ヒースクリフです。キャサリンです。
初めてこの作品の存在を知ったのは……『ガラスの仮面』を読んだ小学生の時でしょうかね。北島マヤが成人前のキャサリン役をやって、ヒースクリフを真島良が演じて、二人の熱演に、成人キャサリン・ヒースクリフ役の俳優さんたちが「あの子たち何なの……」みたいなセリフを吐き、真島良はマヤに(むしろキャサリンに)惚れ、真島良の彼女(だったはず)の絵川由紀はかわいそうなことになり……いかん、どんどん話がそれていく。

というわけわからんイメージのもと読みだしましたが、いやはや、これは名作と言われるだけはありますね。とんでもなく面白いです。次から次へと何かが持ち上がり、意外にスピーディーな作品でした。
話の内容としては、正直なところTYの嫌いな感じなんですよ。何しろどいつもこいつも嫌な連中で、自己中の権化のようなやつばっかり(というか全員)。明るい場面なんかどこにもなく、ただただヒースクリフが幼少時に悲惨な目にあい、成人後に悪魔になる、というだけですから。ヒロインのはずのキャサリンはヒースクリフ以上に嫌なやつで、てめぇの身勝手さで何人身を滅ぼしてるんだね、え?と何度思ったことか。語り手のネリーも良い人ではありますが、話をややこしくしている張本人であることもまた事実。成人後のエドガーだけですよ、ちゃんとしてるのは。やつだって坊ちゃんだったころはつまらん人間ですが。

にもかかわらず、先が気になってしょうがない。この鬱な空気もだんだんツボに入ってくるし、不幸な展開になればなるほどのめりこんでいくのです。これはいろいろ理由があるとは思いますが、やはりエミリー・ブロンテが天才的に文才に優れた人だというのがあるでしょうね。彼女の文体は、暗い場面を描きつつも、ある種のすがすがしさにあふれています。じめじめとした雰囲気があまりないんですよね。まぁ何しろ嵐が丘は、風の吹きすさぶ荒野ですから、湿っぽいわけがないんですが。
エミリー・ブロンテの書き方で特に感心したのは、冒頭に現在の「嵐が丘」の様子を描いていることです。このボロクソな現状を読まされた後、家政婦のディーン夫人の回想の形で過去の「嵐が丘」にさかのぼるわけですが、読んでいる側としては、おいおい、一体何がどうなったらこの裕福な2つの家がぶっつぶれてこんなんになっちゃうのさ、と気になってしょうがないわけですね。話がだんだん現在に近づくにつれ、おぉ、人数が減ってきたぞぉ、と盛り上がるわけです。「これは1年前のことですが」何て言われるともうたまりません。いわゆる「結末」から読ませるという手法が非常に効果的です。

そして何といっても人物描写が群を抜いて上手いです。もうどいうつもこいつもヒステリックに叫ぶわ身勝手だわですが、それぞれの二面性をうまーく書き分けていると思いますね。ヒースクリフなんかはほとんど描写されていないにもかかわらず、嫌な奴でありながら、憎みきれない人間になっているような気がします。というか、この説明不足なためにこっちの想像力がいい具合にかきたてられるわけですね。特に二面性が上手く書けているのはヘアトンでしょうか。彼はいいねぇ。ひねくれたところもありますが、かなりまともだと思いますよ。
読み終わってみると、どいつもこいつも嫌なやつだったはずなのに、どこか嫌いになれないのはなぜなんでしょうね。この後味ひかない読後感が何とも言えません。
誰かがネット上で、ヒースクリフの名前を、ジョンとかにしてたら、名作にはならなかっただろう、なんて書いてました。なるほど、一理あります。

唯一残念だなぁと思ったのは、よりによって結末――というか、最後の方ですね。ここまで悲劇を延々と読まされてきた読者としては、この終わり方には何だかもやっとした感じを抱いてしまうというか、肩すかしを食らう気がします。読んでいて失速したのもここ。もっと壮絶な終わり方をして欲しかったなぁという気がしないでもないです。


というわけで、『嵐が丘』、大変面白かったですよ。この岩波文庫版もかなり読みやすい訳だと思います。未読の方はぜひ、暑いこの夏、涼しげなムーアに浸ってみてはいかがでしょう。

書 名:嵐が丘 上下(1847)
著 者:エミリー・ブロンテ
出版社:岩波書店
    岩波文庫 (上)赤233-1 (下)赤233-2
出版年:(上)2004.2.17 1刷 (下)2004.3.16 1刷

評価★★★★☆
吉井富房「というわけで始まりました!『大人にもオススメな児童書』、さっそく第1弾は……」
ハーヴァード博士「ちょ……ちょっと待ってくれ」
吉井「何、自己紹介ですか?」
博士「いや、そーいうわけじゃなくてだな。何なんだ、この唐突に始まったワケのわからん企画は」
吉井「あぁ。何でも、このブログ書いてる人が、夏休みに入って更新するようなことも特になくってヒマだなぁ、と思って始めた企画なんだそうです。いっつもここって、ミステリの読書感想文しか書いてないわけでしょ。でもまぁミステリ読まない人にはどうでもいいわけじゃないですか。そこで、じゃあ万人にオススメの本を紹介してやるぜ、と思い立っちゃったらしいです。なにせ『読書の夏休み』ですから」
博士「……で、何で児童書なんだ?」
吉井「いやー、この文章の作者さんはろくでもない読書遍歴を歩んでますからねぇ。高校以来ミステリしか読んでないから、ミステリ以外の紹介が全然出来ないんです。そこで、小学校中学校の時に読んだ、子供が読んだら絶対面白い、子供じゃなくてもぜひとも読んで欲しい本を紹介したらどうだろう、と考えたわけですね。と言っても、中学校のときだってミステリしか読んでないから、そもそも紹介する本が最初からネタ切れになりそうなんですが」
博士「対話形式なのは?」
吉井「『逆転裁判』のタクシューの記事を読んで以来、一度やってみたかったんだそうです」
博士「我々の名前は?」
吉井「適当」
博士「…………」
吉井「というわけで気を取り直して、第1弾はこの本です!」

不思議を売る男
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カシタンカ・ねむい
『カシタンカ・ねむい 他七篇』チェーホフ(岩波文庫)

チェーホフの短編集。訳は、名訳者であり、チェーホフ研究家でもある神西清。いや、実際訳は本当に上手いです。感心しました。
収録作は以下の通り。各話のあらすじはちょっと省きます。

「嫁入り支度」(1883)
「かき」(1884)
「小波瀾」(1886)
「富籤」(1887)
「少年たち」(1887)
「カシタンカ」(1887)
「ねむい」(1888)
「大ヴォローヂャと小ヴォローヂャ」(1893)
「アリアドナ」(1895)

おまけとして、神西清による「チェーホフの短篇について」(1936.5)、「チェーホフ序説」(1948.11)が100ページほど、娘の神西敦子が父を語る「父と翻訳」(2008.4)、川端香男里による神西清論「美しい日本語を求めて」(2008.4)が収録されています。

チェーホフを読むのは小学校の教科書で「カメレオン」を読んで以来ですねー。あれは面白かったです。いまだに登場人物名とか覚えてますからね、ウラジーミル・イワーヌイチとか。

一番面白かった……というか、衝撃的だったのは「嫁入り支度」で、次が「小波瀾」でしょうか。「嫁入り支度」は、何とも言えないわびしさの中に悲劇的な様相、ないしは、それが逆に喜劇的な様相をかもし出しつつ、何だかわからないあやふやな感じで話を進め、最後あのように終わらせるというのは、なかなか後味深いです。「小波瀾」は、そんなに評判の高い作品ではないのではと思いますが、少年の心の衝撃・恐怖の描き方が非常に秀逸だと思います。
「アリアドナ」はちょっとした中編ですが、何だかあまりのめりこめませんでしたね。「ねむい」は、ちょっと予想できてしまうとはいえかなりの衝撃。「大ヴォローヂャと小ヴォローヂャ」と「カシタンカ」にはこれといった感想がありません。「富籤」は、何だかいつぞや読んだフリッツ・ライバー「冬の蠅」に似ていると思いました。なんとなくですが。「少年たち」は、おそらく作者が楽しんで描いた作品じゃないかと思います。

いずれの作品にせよ、人間感情を取り扱っていますが、後期に行くほどより大人の味になると言うのか、よく分からん作品が増えているように感じます。

……が、なかなかに読み応えがありながら読みやすく、チェーホフその人について極限まで迫ったと思われる名評論「チェーホフ序説」を読むと、結局のところ、チェーホフの作品には「非情」しかなく、それがただ様々に解釈されているだけだ、とあります。これはなかなか面白いですね。一通り読み終わった後、この評論を読めば、なかなか楽しめると思います(「チェーホフの短篇について」はちょっと退屈だったけど)。なんにせよ、神西清というのは大した人ですね。

一般的にチェーホフの有名作品とされているものが入っているわけではないのですが、まぁなかなか面白い作品集でした。人それぞれ、感じるところはあるのでしょう。海外文学の中では、チェーホフというのはかなり「日本的」なものに近いそうです。まぁ分かりませんが。個人的に日本文学はあまり好きではありませんが、チェーホフはかなり好きそうですね。

書 名:カシタンカ・ねむい 他七篇(1883~1895)
著 者:チェーホフ
出版社:岩波書房
    岩波文庫 赤623-5
出版年:2008.5.16 1刷
    2010.1.6 3刷

評価★★★☆☆
ボートの三人男
『ボートの三人男』ジェローム・K・ジェローム(中公文庫)

気鬱にとりつかれた三人の紳士が犬をお伴に、テムズ河をボートで漕ぎだした。歴史を秘めた町や村、城や森をたどりつつ、抱腹絶倒の珍事続出、愉快で滑稽、皮肉で珍妙な河の旅がつづく。イギリス独特の深い味わいをもつ、代表的な傑作ユーモア小説。(本書あらすじより)

イギリスユーモア小説の傑作。万人受けするでしょう面白さです。訳者の丸谷才一がまた上手いので、翻訳物が苦手な人にもオススメ。

とにかく、延々と小ネタが続きます。くっだらない話ばっかりなんですが、爆笑はしなくてもクスリと笑えるものばかり。ボートに乗っている三人というのが、どいつもこいつも怠け者で、なおかつ自分が一番いろいろな面で優れていると思っているんです。が、何だか愛すべき存在です。こういう自分の失敗を認められない人っているよなあ、とついつい思ってしまうんです。小ネタは数あれど、特に良かったのはP187のモンモランシーvs黒猫の場面と、P190・238のスチームランチに関する2つの場面でしょうか。

解説にもありますが、もともとはテムズ河観光案内的なものを書いていたのであり、ユーモア小説のつもりは全くなかったそうです。ですから、場面場面にその土地の特徴や歴史、景観が描かれるわけです(さすがに現代とは異なるでしょうが)。しかし、このユーモアを意識しなかったことが逆に良かったんじゃないでしょうか。大まじめに語るギャグが面白いのと、非常に似てますね。

1889年刊ですが、当時の世相をそんなに描かないためか、読んでてあまり古い出来事のようには感じませんでした。時代を越えても通じるユーモアなんですね。お見事。

書 名:ボートの三人男(1889)
著 者:ジェローム・K・ジェローム
出版社:中公文庫
出版年:1976.7.10 初版
    1992.6.15 15版

評価★★★★★(最近、評価の付け方が日々甘くなることに気付いた笑)