かくてアドニスは殺された
『かくてアドニスは殺された』サラ・コードウェル(ハヤカワポケミス)

オックスフォード大学のテイマー教授にはとても信じられなかった。リンカーンズ・イン法曹学院きってのあわて者弁護士ジュリアが、たった一人でヴェネツィアに旅立ったとは。何しろ生まれ育ったロンドンで、二週間に一度は迷子になる子供のような女性なのだから。よくよく聞くと、彼女は重税に苦しめられ、気分転換にと海外ツアーに参加したらしい。同僚は、不安を抱きながら彼女を送り出していた。
数日後、その不安は現実のものとなった。ジュリアが留置されたというニュースがテレックスではいったのだ。ツアーの仲間、内国税局局員のネッドを、ホテルで刺殺した容疑がかかったらしい。一方で、はるかイタリアからジュリアののんびりした手紙が次々に届き始めた。彼女はネッドを女神アフロディーテに愛された美青年アドニスになぞらえ、彼に一目惚れした様子を書き綴っていた。いくら税金に悩んでいるとはいえ、収税吏だという理由で好きな男を殺すだろうか? 学究の徒テイマー教授は探偵に早変り、ジュリアの手紙を基に、真相追究を始めた。ミス・マープルや隅の老人の向こうを張って安楽椅子探偵となった教授の推理とは?
機智に富んだ会話、ギリシャ神話等を巧みに織り込んだ知的な文体、謎解きの妙味……英国ミステリらしい魅力に満ちた、才知溢れる女流新人の堂々たるデビュー作!(本書あらすじより)

さぁ、ついに最後のコードウェルになってしまいました。4作しかないとか非常過ぎます。うぅぅぅぅ、もっと読みたかったぜ。
読む順番としては最後になってしまいましたが、コードウェルのヒラリー・テイマー教授シリーズとしてはこれが第一作です。イタリアに旅行に出かけたジュリアが殺人容疑で捕まってしまい、送られてくる手紙をもとにテイマー教授が真相を推理する……という、二作目以降と全く同じ展開となっています。
相変わらずのふんだん(すぎる)英国ユーモアに乗せて英国本格ミステリが炸裂。いやはやめっちゃ笑えます。ミステリ部分も、そこまで凝ったものではないけどよく練られていますし、さらには読書しながらヴェネツィア観光も出来てしまうというお得な一冊です。これはおすすめ。

コードウェルは手紙の使い方がすぺさるに上手い作家で、伏線としても笑いどころとしてもバンバン手紙文を出してきます。読んでいてそれがめちゃくちゃ楽しいのですね。はっきり言って地の文より手紙の方が圧倒的に面白いとすら言えます。デビュー作ということで気合が入ったのか、ヒラリー・テイマー教授物4作のうち、もっとも笑える要素が多い作品なんじゃないですかね、これは。
というのも、本書の前半で手紙を書いているのがジュリアなのです。ジュリアは何かにぶつからずには歩けないというスーパー天然淫乱美女。『かくてアドニス~』を読んで彼女のファンにならない読者がいましょうか、いやいません。もうジュリアを知るために読めと言いたいくらいです(ちなみにジュリアファンには4作目の『女占い師はなぜ殺される』もおすすめですね)。
コードウェルの作品は手紙により事件の様相が現在進行的に語られていくのですが、それの何がいいって、容疑者の尋問だとかアリバイ調べだとか、そんな描写を一切入れずにすむ、ということでしょう。事件発生までが何よりも面白く楽しく読めてしまうのです(しかもさりげなく伏線込みで)。この面白さにはまったアナタは、病みつきになって4作全てを読んでしまうこと間違いなし。

真相はやや唐突かな、とも思いますが、まぁでもきちんと意外性があるし、その真相解明までがまた面白いので、本格ミステリとしても良いんじゃないでしょうか。だからつまり、クスクス笑いながらミステリ読みたい人はサラ・コードウェル読みましょうってことですよ。

あくまで個人的な印象で言うと、1年に1冊ペースで読んだからずいぶん胡散臭い印象ですが、『セイレーンは死の歌をうたう』≧『女占い師はなぜ死んでゆく』>『かくてアドニスは殺された』>『黄泉の国へまっしぐら』ですかねぇ。『女占い師』はまだ絶版になっていないので今のうちにぜひ。ゼロ年代本格ベストだか何だかにも選ばれていたはずです、たしか。

というわけで、これでヒラリー・テイマー教授シリーズはおしまい。名残惜しいです。あとは短編が1つくらい訳されていたはずなので、何とか探し出して読みたいものです。

書 名:かくてアドニスは殺された(1981)
書 名:サラ・コードウェル
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1441
出版年:1984.11.30 1刷

評価★★★★☆
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黄泉の国へまっしぐら
『黄泉の国へまっしぐら』サラ・コードウェル(ポケミス)

事件後ふた月もたっているのに、今ごろ殺人だなどと騒ぎ始めたのは、リンカーンズ・イン法曹学院きっての粗忽者、女弁護士のジュリアだった。事件とは、富豪レミントン=フィスク卿の孫の一人の転落死。ボートレース観戦のために一族が会したフラットから、真っ逆様に落ちたのだ。酔いによる事故、または理由不明の自殺と警察は結論を下していた。その数ヶ月前、法曹学院の弁護士達は卿の遺産相続に関わっていた。ジュリアが騒ぎ出したのは、来たことも忘れていた死んだ孫からの手紙を読んだからだった。内容は、興味深いことを発見したのでレース後に会いたい、と妙に秘密めいていた。かくて名探偵の誉高いテイマー教授出馬となったが……。女相続人達を次々と襲った”事故”の真相を探るテイマー教授の名推理とは?デビュー作『かくてアドニスは殺された』で好評を得た著者が満を持して贈る第二作。ギリシャ神話をとりこんだ巧緻な筋立てと軽妙洒脱な会話が冴える本格傑作!(本書あらすじより、一部改変)

よく考えたら、これまで第4作、第3作、第2作の順に読んでいたんですね。残すところあと1つ……うぅん、もったいない。

さて、この第2作ですが、やはり安定した面白さですね。英国風ユーモアとはかくあるべし。大まじめな文体がより一層クスクス笑いを誘います。テイマー教授の教え子であるリンカーンズ・インの5人のメンバーの掛け合いも、何と言うか、お上品なおちょくりあいでして、とにかく楽しいです。ジュリアファンが多いのに改めて納得。

ミステリとしては、水準以上ではあるものの、今まで読んだ『セイレーンは~』『女占い師は~』に劣るのではないかと思います。特に動機でしょうかねぇ。これはちょっと気付けないのでは。トリック自体は構いませんが、こういう構造的(?)なトリックはちょっと苦手です。もっとも、テイマー教授のある指摘には全くもって気付けませんでした。うぅぅぅぅ、これは悔しい。


この作品では、テイマー教授はわりあい活動的です。というわけで、必然的に地の文(テイマー教授の一人称)がやや多くなるのですが、やはりサラ・コードウェルの本領は手紙やレタックスを用いた文章においてこそ発揮されるのだと思います。今作の後半でもセリーナからの手紙がばんばん出ますが、やはりこちらの方が面白いのです。テイマー教授は安楽椅子探偵であるべきで、最後だけちょこっと動くべきなのでしょう。そういう見方から言えば、コードウェル初読者はこの作品以外から読んだ方がいいかもしれません。

とはいえ、やっぱりコードウェルは楽しいです。


書 名:黄泉の国へまっしぐら(1984)
著 者:サラ・コードウェル
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1470
出版年:1986.5.31 初版

評価★★★☆☆
セイレーンは死の歌をうたう
『セイレーンは死の歌をうたう』サラ・コードウェル(ハヤカワポケミス)

リンカーズ・イン法曹学院の弁護士カントリップは、あきれてものも言えなかった。信託の運用をまかされていた一流の受託人グループが、九百万ポンドもの信託財産の相続人の名前を紛失してしまうとは。問題の信託は税金対策のためチャネル諸島に設置されており、相続人の名前は五人の受託人のうち弁護士のグリンしか知らなかった。ところがグリンは、別の信託の会合でケイマン諸島を訪れたさい、謎めいた溺死をとげてしまったのである。あわてた受託人の面々はチャネル諸島で会合を開き、助言を求めてカントリップを招いた。だが、ロンドンに陣取ったテイマー教授と若手弁護士たちがカントリップの送ってくるテレックスで事態の推移を刻一刻と見守るなか、またしても事故が……。信託メンバーをつぎつぎと襲う不可解な死の謎を、テイマー教授がテレックスで送られてくる情報をもとに鮮やかに解き明かす。アンソニー賞最優秀長篇賞受賞作。(本書あらすじより)


うぅむ、これは買いっすな。前に読んだ『女占い師はなぜ死んでゆく』も最高でしたが、こいつは同レベルか、それ以上でしょう。自分も見つけ次第手元に置かないとなぁ。

この間も思いましたが、サラ・コードウェルは手紙文の使い方がめちゃめちゃ上手いんですよ。前半は逐一送られてくるテレックスを元にテイマー教授が推理していくわけですが、全く飽きさせない筆の運び方なんですよね。
で、後半は明らかに全てを把握しきれていない関係者間をテイマー教授が飛び回ります。この「知ってる」⇔「知らない」の関係者の線引きがまた上手。プロットの立て方とはかくあるべしというところ。

このプロットに加え、コードウェルお得意のユーモアが(文字通り)炸裂するわけです。真面目ぶった笑いもあれば、頭からバケツを被るといった文字通りのギャグまで種々雑多。いえ、別にコメディ小説なわけではありませんよ。


さらにミステリ部分が個人的にかなり感心しました。抜き出して見れば大したことない真相です(というか冒頭でテイマー教授自身が「出版に価するほどの重要性があるとは到底言い難い」と言ってますし、読み終わってみれば実にそうだなと感じるわけで)。しかし(冒頭で言っているように)論理性という面ではなかなかのものではないでしょうか。気付くかどうかはともかくヒントもしっかり書かれており、推理が非常に心地いいです。
個人的にぐぅと感じたのは、やはり決め手の証拠でしょうか。ややいきなり感があるとは言え、なるほどなと思いました。
……が、一番すっげぇと思ったのは、例のテイマー教授の深遠な推理なのでした(笑)ここまで持ってきて、言われて見ればその通りですよね(とか紹介されてみた人が読んでみると、期待し過ぎててそれほどに感じないことがままありますから、まぁみなさん期待しないで下さいな)。

誤解して欲しくないんですが、本書は伏線バリバリなぜ君は分からなかったざまぁみろミステリではありません(いや、そういうの大好きだけどさ)。興味を持った方はぜひどうぞ。少なくとも、ユーモア本格ミステリ好きなら問題ないはず……たぶん。

ちなみにややめんどくさい法律用語が出て来ますが、読み飛ばさない程度に軽くは理解しながら読むことをオススメします。分からないと困るというよりは、分かった方が楽しめるはずですので。



ところで、前2作の方がミステリとしての完成度が高いらしいじゃないですか。ぐぬぬぬぬ、来年待ってろ。



書 名:セイレーンは死の歌をうたう(1989)
著 者:サラ・コードウェル
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1575
出版年:1991.9.15 初版

評価★★★★★
女占い師はなぜ死んでゆく
『女占い師はなぜ死んでゆく』サラ・コードウェル(ハヤカワポケミス)

黒一色に装飾した居間で、彼女は死んでいた。死体を見守っていたのは、数羽の不気味なカラスだけ─静かな村の平和を破ったのは、突然引っ越してきた予言者イザベラだった。彼女の存在は村の人間関係に微妙な影を落とす。そんななか、老婦人レジャイナは彼女の予言をもとに株取引をするが、レジャイナの姪ジュリアはそれが悪質なインサイダー取引であることに気づいた。事件の臭いを嗅ぎつけたジュリアはテイマー教授に泣きつくが、推理を凝らす間もなくイザベラに不可解な死が……。名探偵テイマー教授、十年ぶりの華麗な推理!惜しくも世を去った女流本格、最後の作品(本書あらすじより)

サラ・コードウェル初読です。いやあ、これは面白かったですね。今年度読んだ中では、ベストテンは固いでしょう。あらすじに「インサイダー取引」なんて単語があるせいで、最初ちょっと躊躇したんですが、実際インサイダー取引はそれほど大事じゃなかったのね。

主人公ヒラリー・テイマー教授は、年齢はおろか、性別まで不明という珍しい探偵です。オックスフォードの教授をやっているようですが、あまり熱心とは思えませんねぇ。元教え子たち5人がが事件についてごちゃごちゃ言い、最終的にテイマー教授がばっさり真相を下す……というのがシリーズの流れらしいですね。

何が良かったかって、まず物語構成が非常に優れていることです。占い師の事件と、銀行の事件が、予想以上にうまく繋がっています。最初は簡単かも……と思っていたんですが、どうやらある程度まではわざと読者が気付くように作ってあるみたいで、見事に裏切られました。ややデクスターを彷彿とさせるような二転三転する推理がなかなか面白く、結局メインの真相も意外性抜群ですばらしいですね。

また、微妙なユーモアが常に感じられるんですが、これがまたセンスがいいんですね。原作が英語だけに訳し切れていない部分もあるようですが、そんなこと気にしちゃいけません。

今回、頻繁に手紙によるやり取りが行われます。というか、占い師関連の事件は全て手紙で話が進行しますが、こんなに手紙を上手く小説に取り入れているのはめったにないですね。非常に生き生きとした手紙文が読みやすく、なおかつ伏線がちりばめられているという高度なテクニックです。

登場人物も魅力的です。教え子5人がよく描かれており(特にジュリアがいい)、関係者もみな、キャラクター的に楽しい人物ばかりです。性別すら分からないわりには、意外と性格付けがきちんとしているテイマー教授も安楽椅子探偵としては調度いいでしょう。個人的には、女性なのかな、という印象を受けましたが。

日本ではコードウェルがあまり取り上げられないのが残念ですね。もっと有名になっていい方だと思います。

書 名:女占い師はなぜ死んでゆく
著 者:サラ・コードウェル
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ポケット・ミステリ1702
出発日:2001.5.15 初版

評価★★★★★