『逆向誘拐』文善 - 2018.06.09 Sat

『逆向誘拐』文善(文藝春秋)
国際投資銀行A&Bから機密データが“誘拐”された。データが公開されれば新たな金融危機が起こりかねない。データにアクセスできたのは、大手ソフトウエア開発会社クインタス担当のアナリストたちのみ。とばっちりでアナリストたちと一緒に軟禁状態にされた情報システム部の植嶝仁は、一歩間違えば父親が率いる財閥までが巻き添えを食うと知り、“誘拐犯”の正体を暴こうとするが……。(本書あらすじより)
中国語の作品を対象としたミステリ新人賞である島田荘司推理小説賞。第1回受賞作が寵物先生『虚擬街頭漂流記』、第2回受賞作が陳浩基『世界を売った男』、第3回受賞作が胡傑『ぼくは漫画大王』と文善『逆向誘拐』でした。ザ・新本格、みたいな作品が受賞するこの賞、デビュー作は訳されてもその後が続かないよなーと思っていましたが、昨年陳浩基の『13・67』が日本で超評価されまくったわけで、まだまだ展開が期待できそうです。
さて、このうち第3回はクラウドファンディングにより日本での発売が目指され、2016年5月に『ぼくは漫画大王』が先に出版されたわけですが、2017年8月にようやく『逆向誘拐』も翻訳出版されました。ちなみに自分もこのクラウドファンディングに参加し、その際『逆向誘拐』を希望していたので、去年の秋ごろにちゃんと到着しました……実家に。お正月に回収してきて、ようやく読めたわけです。
で、送ってもらったのにこんな感想を言うのもマジでアレなんですけど、いやこれは微妙だ……。ネタは本当に良いだけに、他が全部ダメすぎなのがつらいです。
本書のテーマはいわば「データ誘拐」。ばらされたら困るデータを盗まれた会社は、誘拐犯の指示に従わざるを得なくなる、という状況を描いたものです。主人公は事件にたまたま巻き込まれた、冷静沈着極まりない、情報システム部の植嶝仁。また、捜査官である唐輔警部の視点になることも多いですね。情報漏洩を防ぐためカンヅメ状態が続くなか、主人公らは誘拐犯の狙いを見破ろうとします。
誘拐物で、警察が無能だったり、サスペンス味が(データ誘拐物だとは言え)ゼロだったりすると、いろいろ致命的なんだなというのがよく分かる作品でした。特に前者がひどいですね……警察視点が結構多いだけに、警察が無能なのはストレスでしかないっていう……。また後者についても、軟禁状態でも黙々と仕事を行う登場人物たちを見ていては、誘拐があった雰囲気すら感じられません。
そもそも、小説そのものがあんまり上手くないんだろうなぁ、と思ってしまうんです。だからサスペンスも書けないし、登場人物を上手く動かしきれてないし、本筋と関係ないサイドストーリーも上手く絡められないし、エンディングも締まらないという。誘拐の目的というか、誘拐ネタそのものはすごく好きなんですが、何より欠点が多すぎます。まぁ、それが新本格だって言われれば、そうかとしか言いようがないんですけど……(新本格に対する偏見)。
これ、この賞の受賞作決定方法が、中国語を読めない島田荘司が、各作品の梗概だけ読んで決めるせいなんじゃないかな、って思っちゃうんですよ。だからネタしか評価できないような作品が出てきちゃうという。最終候補作がそもそも少ないせいもあるかもしれませんが。
というわけで、感想もこのくらいで。第3回受賞作を比べるなら、『ぼくは漫画大王』の圧勝かな、と思います。
評価★★☆☆☆
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