過ぎ去りし世界
『過ぎ去りし世界』デニス・ルヘイン(ハヤカワ・ミステリ)

第二次世界大戦下のフロリダ州タンパ。抗争のさなかで愛する妻を失って以来、元ボスのジョー・コグリンは、ギャング稼業から表向きは足を洗い、一人息子を育ててきた。だが、そんな彼を狙う暗殺計画の情報がもたらされる。いったい誰が、何の目的で? 組織を託した旧友のディオンや、子飼いのリコらが探っても、その真偽すらつかめない。時を同じくして新たな抗争が勃発し、かろうじて平和を保っていたタンパの裏社会は大きく揺れ動く……変わりゆく社会の裏で必死に生き残ろうと足掻く男たちの熾烈な攻防を力強く描く。『運命の日』『夜に生きる』に続く三部作完結篇!(本書あらすじより)

『運命の日』を読まないままこれを読んでしまいましたが、何の問題もありません。本書は『夜に生きる』の続編にあたります(なお『夜に生きる』の内容もほぼ忘れていたけど何とかなった)。
何度も言っていますが、どうしても自分は禁酒法時代のギャング物というのが好きになれないのです。『夜に生きる』は、主人公であるチンピラ、若きジョー・コグリンが、成長しのし上がっていく過程を描いた作品でしたが、そもそもそういう話が好きじゃないということもあり、世評ほど楽しめなかったというのが正直なところです(だって、のし上がっていく過程ってさ、絶対つらいことあるじゃん……)。
一方今回の『過ぎ去りし世界』ですが、自分でもびっくりするくらい最初から最後まで大いに楽しんで読みました。前作より圧倒的に好きです(禁酒法時代じゃなくて第二次世界大戦中だからというのもある)。ラストとかめちゃくちゃつっらいんですけど、でも好きです。傑作でしょう。

既にギャングの大ボス格(表向きは引退して相談役的ポジション)であるジョー・コグリンは、自らの暗殺計画の噂を耳にします。誰にとっても利益を生み出す存在であり、殺される理由など思いもつかないジョーですが、自分の息子が一人残される不安を思うと噂を冗談と切って捨てることもできません。さらにジョーの一味と他の一味の間で抗争が勃発し、彼は否応もなくそれに巻き込まれていきます。

本書を貫くテーマは「親子」なのですが、とにかくこのモチーフの使い方がキレッキレ。殺し殺されたり、裏切ったりする中でも、ギャングには相手の家族を巻き込まないという鉄則があります。彼らは自分の家庭を、家族を、特に子供を守るため命がけで戦うし、また相手に子供がいることを理解していても必要であれば殺さなければならないのです。
そういった親子が、何組も何組も登場するのです。情はあるけど無情な「親子」の行く末がどんどこ描かれ、ルヘインによる完璧な構図を、読者はなすすべもなく「あぁぁぁぁルヘインそっちいかないでぇぇぇぇぇぇぇ」みたいな気持ちで眺める本なのです。つらい。黒人を束ねるボスであるモントゥース・ディックスがかっこよすぎる……。

また今作は、主人公のギャングとしての在り方が試される話でもあります。ジョーの掲げる「自分は悪い人ではない」という考えが、次第に独善的なものとして揺さぶられ、それでも息子のためにあろうとする生き様がすさまじいのです。自分の犯す殺人は意味があるもので、自分は悪いギャングではないと自らに言い聞かせながらも、親友であるディオンのやり方に疑問を感じてしまうジョー。つらい……。

以上のようなギャング小説としてずば抜けた構成に加え、誰が、なぜ、ジョーを暗殺するのか?という謎が核となっています。そのためか、ギャング小説としては地味なのに非常に読みやすく、謎を軸にした意外な展開で最後までとにかく読ませる作品になっています。300ページという長さもぴったり。やっぱりデニス・ルヘインの筆力と構成力にはずば抜けたものがあります。これはもう褒めるしかないんだぜ。
ちなみに今のところ長編3冊、短編集1冊を読んでおり、『ザ・ドロップ』が一番好きなんですが、なんとまだデニス・“レ”ヘインを読んでいないんですよ。とりあえずシリーズは手を付けないと……。

原 題:World Gone By(2015)
書 名:過ぎ去りし世界
著 者:デニス・ルヘイン Dennis Lehane
訳 者:加賀山卓朗
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1906
出版年:2016.04.15 1刷

評価★★★★★
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ザ・ドロップ
『ザ・ドロップ』デニス・ルヘイン(ハヤカワ・ミステリ)

バーテンダーのボブがその子犬を拾ったのはクリスマスの二日後のことだった。仕事からの帰り道、たまたま通りかかった歩道の横のゴミ容器から、弱々しい泣き声が聞こえたのだ。子犬を抱き上げ、近くのアパートからナディアが姿を見せた時、孤独な負け犬だったボブの人生は変わった。殻から抜け出し、人生に希望が見えたのだ。だが、組織が所有する彼の勤め先のバーに強盗が押し入ったことから彼にも火の粉が降りかかってきた……ボストンの裏町に生きる人々の姿を巨匠がムード充分に描き、映画化された傑作ドラマ。(本書あらすじより)

パトリック&アンジーシリーズをひとつも読んでいないのに、気付けばルヘイン3冊目。近年のポケミスの中では断トツで薄く、200ページを切っています。後書きに詳しいですが、ルヘインの短編「アニマル・レスキュー」(ミステリマガジン2012年1月号に翻訳あり)が『ザ・ドロップ』のタイトルで映画化され、ルヘイン自身が映画を小説化したものなのです。だから長編というより中編サイズに近いのでしょう。
それはともかく、現時点での今期ポケミスベストです。いやー素晴らしいですよこれ。一見いかにもなベタな犯罪小説と泣きの話なんですが、それを190ページという短さに圧倒的濃度で凝縮し、ぴりっとした文体で締め、ラストにちらっと無情さをほのめかす……(おまけに犬がかわいい)。もう言うことがありません。

趣味も持たず、友人もいないボブは長年しがないバーテンダー。そんなある日、彼はゴミ箱に捨てられた犬を見つけ、一大決心、その場で知り合ったナディアの助言のもと飼うことにする。しかしバーに強盗が入ったことで、裏社会のきな臭い出来事にボブは巻き込まれるのだが……。

孤独で、だがどこか秘めたる意志を持ち、危うさも持っているように見えるボブという男の造形が見事です。愚直でさえない彼が、犬を飼い始めて知り合った女の子と一緒に犬の散歩に出かけるのです。そして物語が進む中で、ボブは少しずつ変化していくのですが……とここだけ見るとただの孤独な男の物語なんですが、これで終わらないところがいいのです(読んでのお楽しみ)。ボブが子犬を手にして人生最大の幸福を味わったとか言うんだよ……超かわいいよね子犬が……それなのにああいうラストっていうのがさぁ……。
他にも、バーの持ち主であるカズン・マーヴ、店の真の持ち主であるチェチェン人マフィア・チョフカ、出世欲の強い刑事トーレス、そして子犬を返せと迫る正体不明の危険人物エリック・ディーズなどなど(彼の得体のしれない感じがすごく好き)。こうしたアクの強い登場人物が本当にキレッキレでぐいぐい来ます。190ページなのに、めちゃくちゃ濃密なせいでさらっと流し読みできません。

彼らが混然一体となりボストンの裏社会が描かれ、ちょっとした驚きを交え、ラストにどこか諦念漂うパラグラフが盛り込まれます。つまるところ、これは犯罪小説の見本みたいなものなんじゃないでしょうか。無駄なく、けど少し感傷的な文章により、とにかく密度が高い一冊。最高です。個人的には『夜に生きる』よりもこういう路線のルヘインを読みたいかなー。

書 名:ザ・ドロップ(2014)
著 者:デニス・ルヘイン
訳 者:加賀山卓朗
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1893
出版年:2015.03.15 1刷

評価★★★★☆
夜に生きる
『夜に生きる』デニス・ルヘイン(ハヤカワポケミス)

禁酒法時代末期のボストン。市警幹部の息子ながら、今はギャングの手下になっていたジョーは、強盗に入った賭博場でエマと出会う。二人はたちまち恋に落ちるが、彼女は対立組織のボスの情婦だった。やがて起きる抗争。その渦中、エマに惚れていたがためにジョーの運命は大きく狂っていった……街の無法者から刑務所の囚人へ、そしてそこから再びのし上がらんとする若者を待つ運命とは?激動の時代を腕一本で乗り切ろうとするギャングたちの生きざま。(本書あらすじより)

今日から新刊の感想が多めです。
ルへインってまだ短編集しか読んでいなかったはず……『コーパスへの道』か。非常にアメリカ人作家らしい作風だなぁと思ったような気がします。というわけで初長編。『運命の日』の続編的位置づけらしいです(主人公が兄弟なんだよね)が、ほとんど接点はないんじゃないでしょうか。たぶんこれから読んでも問題ありません。あとテイストも全く違うようだし。

禁酒法時代を舞台にしたギャング物。ストーリー自体はかなりベタというか、王道っぽいんですが、やっぱり王道は読ませるし面白いですね。ルヘインの乾いた文章も話にあっていて、一介のチンピラだったジョーという一人の無法者が大物のギャングとなっていく過程、彼の人生がある地点まで描き込まれ、強烈な余韻とともに物語が終了します。
ジョーを中心に多数の登場人物と多数の地域が出て来る大河的なストーリーで、あぁ俺やっぱり登場人物が多くて使いまわす感じの小説が好きなんだなぁとつくづく感じました。大河ものの魅力の一つは端役だと思いますが、各キャラ地味ながら個性が際立っていて良いですね。”夜に生きる”ことから逃れられない人々の生き様が、読者の予想を裏切らず丹念に容赦なく語られていくのです。

……という感じで大いに堪能したんですが、じゃあどれほどの話かと聞かれるとそれほどの話でもない気がするし、いったいどの程度自分がこの本を推したいのかがイマイチよく分からない、というのが本音で……。あと一歩が欲しいんです、が、自分にとって何が欠けているのかがピンと来ません。うぅむ、難しい。たぶん、物語の「波」がちょっとはまらなかったんだろうなぁ(具体的に何と聞かれると困るけど)。

とTwitterで呟いたところ、このようなコメントをいただきました。
「大河小説をダイジェストで紹介された感も受けました。色々出てくる人物やそれらと主人公との関係性が熟成されないまま断片的に使い捨てられていって、大きな物語として立ち上がりきらない感じで。」
おぅ、なるほど、それですよ。大きな物語として立ち上がりきらない。登場人物が固定される前に出入りするのは、ギャングの生き様を描きたい作者の狙い通りなのかもしれませんが、読者からすると物語に入り込みにくく、やや突き放されたように思えてしまうんです、と自分は感じたんです、たぶん。

ま、しかし、ルへインの魅力が分かる一冊でしたね。今まであんまり興味のわかなかった作家なんですが、代表作くらいは当たってみようかなぁ。

書 名:夜に生きる(2012)
著 者:デニス・ルヘイン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1869
出版年:2013.3.15 1刷

評価★★★★☆
コーパスへの道
『コーパスへの道』デニス・ルヘイン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ハヤカワ文庫では「現代短編の名手たち」と題うって、ちょこちょこと誰かの作家の短編集を組んで出していくようです。『コーパスへの道』はそれの第一回。次回以降の配本はというと、マイクル・Z・リューインとか、ドナルド・E・ウェストレイク、ジョー・R・ランズデール、ローレンス・ブロック、エドワード・D・ホック、ピーター・ラヴゼイなどなど、となっているようです。この『コーパスへの道』はなかなか評判になっていたので、書店で買ってみましたが……。

いわゆるミステリというより、犯罪小説に近いジャンルのものばかりです。犯罪小説といっても、事件が出てこないこともあるし、なんだかよくわからないのもあるし、しかし読んでて面白いこと間違いないでしょう。筆致が見事で、文章構成がうますぎます。たいしたドラマがなくても、微妙に出てくるサスペンスもいい味が出ていて、一話毎綿密な構成が練られていることがわかります。以下収録作品感想。

「犬を撃つ」
サスペンス的風味の強めの作品。性格のややおかしい男と、それを危なっかしいと思いつつ見ている男の話。1ページごとに微妙に高まっていく緊迫感が素晴らしいですね。結末に、数ページほど補足的な説明がありますが、これが作品を一気にまとめる感じがあり、全体的に引き締まった良作になっています。

「ICU」
なんだかよくわからないけど、とりあえず過去になんかやったらしく追われている男の話。ミステリもくそでもないですが、ICU(集中治療室)を舞台にする、マイケルの位置づけなどなど、なかなか面白い作品だと思います。この話のいいところは、結局何に追われているのか書かなかったことと、それにより普遍的な明日への希望を最後に持たせていることですね。

「コーパスへの道」
もはやミステリなのかよとまでもいいたくなる表題作。アメフトでミスした友達に復讐しようと家に押しかける少年たちの話。ラーリーンのキャラクターが生き生きしています。そのほかのキャラはちょっとおざなりになっているかな、という印象。最後までなんだかはっきりしないままですが、つまりは権力とは何とやらを描き、この世界では私事のもめごとなんてなんの意味もない、といいたいのではないかと。

「マッシュルーム」
タイトル意味なし。男に復讐しようとする女と男の話。憎しみの連鎖は怖い。そういうことです。

「グウェンに会うまで」
一番ミステリっぽい作品。ろくでもない卑怯なおやじと、刑務所から出てきた記憶喪失の息子、アンドダイヤモンドの話。綿密な構成とすぐれた表現力が見事としか言いようがありません。次の作品「コロナド」を読む前に「グウェンに会うまで」を読んでいることを意識して作っているのかもしれません。

「コロナド――二幕劇」
「グウェンに会うまで」を戯曲化したもの、でしょうか。新たに2組のカップル(っぽい)ものを出しており、この三組の関連性が話の最後に行くにつれだんだんと明らかになっていくのには読んでてしびれます。個人的に感心したのは、3組のカップルの登場の順です。順番に出しているようで、実はかなり考えて出していますよね、これは。ルヘインの技量にはあっぱれです。

「失われしものの名」
感染症の男と女を探す男の話。日本版のボートラだそうです。シンプルな出来なだけに、よくまとまった作品だと思います。読み終わった妙な余韻がたまりません。

読んでる時はまぁまぁだったんですが、感想書いてたらやっぱり面白かったんだなぁと思いなおしました。「奇妙な味」とか、そういう短編でもないし、犯罪小説とも言い切れない、シリアスながらもほのぼのとした空気の良作ぞろいの短編集です。やっぱり「グウェンに会うまで」「コロナド」がいいですね。現代通り短編集名を『コロナド』にしてもいいと思いますが、やっぱりタイトル的にパンチがないからでしょうか。あと、文句を言えというのなら、妙に本が縦に大きくて、ブックカバーに入らんこと(笑)

書 名:現代短編の名手たち1 コーパスへの道
著 者:デニス・ルヘイン
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 362-1
出版年:2009.7.25 初版

評価★★★★☆