遙かなる星
『遙かなる星』ヤン・デ・ハートック(角川文庫)

第二次世界大戦直後、ナチス強制収容所から解放されたユダヤ人の少女アンナは、未だ見ぬ約束の地パレスチナへ行き、祖国のために働きたいと願っていた。しかしナチスの人体実験でその体は極度に衰弱、結核におかされていた。その上イスラエルをめぐる国際情勢の不安定のなかでパレスチナへ帰るには密入国しか手段はなかった。アムステルダム警察のユングマン警部は彼女を助け、数々の困難に堪えオランダから、イギリス、フランスをへて遂に少女を祖国へ送り届ける。苦難と悲哀に満ちた一大叙事詩。(本書あらすじより)

マケプレオーバー2000月間、9冊目はオランダの作家ヤン・デ・ハートックによる作品です。日本における筆者の知名度は超低いと思いますが、この作品自体は逢坂剛氏が自らのマイベストに選んだということで名前が上がります。っていうかそれ以外で名前が上がっているのを見たことないんですけど。
ミステリ……にぎりぎり入るのかなぁ。非常にセンチメンタルな冒険小説なのですが……あのですね、もしこの作品を読める機会があれば、ぜひ読んでください。もうすんごい地味なんですが、とにかく読めてよかった、と心から思える作品です。

時代は戦後すぐのオランダ。オランダ警察の冴えないおっさん警部ユングマンが、死ぬまでにパレスチナに行きたいと願うユダヤ人の娘に出会います。当時のイスラエルは厳しい入国制限を行っており、彼女が行く方法は密入国しかありません。
突如崇高な目的を果たそう思い立ち、彼女をイスラエルに密入国させようと警部は決意します。とはいえ密入国は不法行為。奥さんからは色ボケ爺が駆け落ちしようとしていると思われるし、勤め先の警察からはクビを言い渡されるしでお先真っ暗。それでも彼は、なぜか抗いがたい使命感のもと、彼女と共にイスラエルへの道を懸命に探すのです。

このような筋の中で、ナチスの行ったユダヤ人迫害(収容所での人体実験)への弾劾を交えつつ、ユダヤ人とヨーロッパの人々の関係をこの上なく細やかに、丁寧に、読者に提示してくるのです。一切のオチがないのに感動せざるを得ません。なんかね、すごいんですよ、文章が。読ませるとかじゃなくて、一文一文が詩のような、ちょっとありえない小説なんです。
最初はおっさんのメルヘンチックな物語なのかなと思っていたのですが、後半にはそういうことですらなくなります。これユダヤ人の役が若い女の子じゃなかったら結局既婚おっさん警部は崇高な使命感を持たなかったんじゃないの?みたいなヤボな疑問が、途中から何の意味もなくなるのです。後半に入ると女の子はもう病気で死にかけなのですが、警部は憑かれたようにパレスチナを目指し続けます。警部はユダヤ人でも何でもないので、この設定はどう考えてもおかしいんですが、読んでいるともうそれしかないっていう話なんですよ。

いやとにかく、これまでに読んだことのないタイプの小説でした。ロードノベルとして、ユダヤ人小説として、一生心に残るような印象を読者に与えるはずです。いま復刊したらすごく話題になることは間違いないだろうなぁ。

原 題:The Inspector(1960)
書 名:遙かなる星
著 者:ヤン・デ・ハートック Jan de Hartog
訳 者:安達昭雄
出版社:角川書店
     角川文庫 赤378-1
出版年:1974.08.30 初版

評価★★★★☆
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