傷だらけのカミーユ
『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル(文春文庫)

カミーユ警部の恋人が強盗事件に巻き込まれ瀕死の重傷を。彼女を守るため警部は独断で犯人を追う。英国推理作家協会賞受賞作。(本書あらすじより)

今週、来週と地獄のように忙しいので、ブログ更新をあまり期待しないでください。せこいこと言うと、最近アクセス数が非常に良いし、何しろ今はランキング時期なのでがんがん感想あげていきたいんですけど。来週は鬼だぜぇ。

さて、年末ランキング関連の検索に媚びるかのごとく、『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』に続く、カミーユ・ヴェルーヴェン警部三部作の最終作『傷だらけのカミーユ』です。先に言っておきますが、このシリーズは基本的にシリーズ順で読むのがどう考えてもベストです。翻訳された順に『アレックス』→『イレーヌ』と読んだ人がいるかもしれないのは、まぁ仕方ないのです。が、一番よろしくないのは、大ヒットした『アレックス』を読んで、『イレーヌ』を読み逃したまま『カミーユ』が出ちゃって、じゃあとりあえず『カミーユ』読むかぁ、みたいになるパターンです。やめましょう。『イレーヌ』『『アレックス』両方を読んだ後に『カミーユ』だよ、約束だよ。

前置きが長くなりました。さていつもいつも女性を痛めつけることで定評のあるルメートルさん、今回の獲物はカミーユ警部の恋人であるアンヌさんです。強盗事件に巻き込まれた彼女は、何とか殺されずに済みましたが、なぜか必要に命を狙われ続けます。周囲にロクな説明もせず、連携もとらず、越権行為と違法行為に躊躇せず死に物狂いで強盗犯を追い、孤立していくカミーユ。果たして彼らの運命は……。

「『ほうれんそう』さえしっかりすれば窮地に陥らずに済む話」という、三部作の中では自分が一番苦手なタイプの作品です。ですが、個人的には本作が三部作の中でベスト。苦手な点が思ったより痛々しくクローズアップされなかったからというのもありますが、なにげに王道っぽいのと、でもちゃんと最後に全てをガラッと変えるどんでん返しがあるのと、どことなく古典的なクライムノベルっぽいところが良いのかなぁ。しっかり三部作としてまとめた作者の手腕を評価したいところ。

確かにどんでん返し度は、(今までよりは)大きくないかもしれません。ただそれは仕掛けがしょぼいからではなく、作者があまり隠していないからなんですよ。例えば視点人物をこのままにしたとしても、途中である名前さえ出さなければどんでん返しっぷりが倍増するはずなんです。ルメートルはそういうのはむしろ得意なはずですから、これはカミーユの内面に切り込むためにわざとやっているんじゃないかと。じわじわと追い詰められ、窮地に陥り、精神的に傷だらけになっていくカミーユの奮闘っぷりが印象的です。
そう、狙われる女という正統的な主題、ロマン・ノワールの主人公みたいなカミーユ警部、どんでん返し、という、非常にフランス・ミステリらしい作品なのです。『アレックス』と違い最初から最後まで一本筋に通しているのも良し。それに、ルメートルお得意の残虐描写、構図の反転を仕込んでいるので、面白いに決まっています。

というわけで、後期クイーン問題三部作ことヴェルーヴェン警部三部作を無事読み終えたわけですが、結果的には『カミーユ』>『イレーヌ』>『アレックス』かなー。好みはともかくルメートルが現フランスのトップミステリ作家であることは間違いないので、シリーズ外の作品も読んでみようか検討中です。

原 題:Sacrifices(2012)
書 名:傷だらけのカミーユ
著 者:ピエール・ルメートル Pierre Lemaitre
訳 者:橘明美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ル-6-4
出版年:2016.10.10 1刷

評価★★★★☆
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その女アレックス
『その女アレックス』ピエール・ルメートル(文春文庫)

おまえが死ぬのを見たい――男はそう言ってアレックスを監禁した。檻に幽閉され、衰弱した彼女は、死を目前に脱出を図るが……しかし、ここまでは序章にすぎない。孤独な女アレックスの壮絶なる秘密が明かされるや、物語は大逆転を繰り返し、最後に待ち受ける慟哭と驚愕へと突進するのだ。イギリス推理作家協会賞受賞作。(本書あらすじより)

去年翻訳ミステリ界どころか読書界に嵐を持ち込み、各種ミステリランキングを総嘗めにした、言わずと知れたピエール・ルメートルの日本デビュー作。発表順でいえば今年出た『悲しみのイレーヌ』の方が先になりますし、実際両方読める今となってはちゃんとシリーズ順で読んだ方がいいと思います。
で、これはもう流行ったからひがんでるだけじゃないのかとか言われそうで嫌なんですけど、ほんとねぇ、合わない作家ってたまにいるんですよ。例えばヘレン・マクロイとか、なぜかはまらない。で、どうもこのピエール・ルメートルさんも、まだ2作しか読んでいませんがそうなんじゃないかって気がしてきました。

もうこれだけ有名なのであちこちで感想など見られると思いますから、かなり簡潔に。
序盤はアレックスなる女性が誘拐・監禁され、死にかけ、そのタイムリミットまでにヴェルーヴェン警部は救えるのか、という話になります。中盤以降はどんでん返しというか、話のタイプが変わるので、あらすじで書けるのはここまででしょう。

読み終わってまず感じたのが、この作品の構造的な気持ち悪さです。要するに、第1部(個人的には一番面白かった)が、第2部、さらに第3部と完全に切り離されているのが気になったのです。
しかしよくよく考えると、この本が宣伝文句としていることばが「大逆転」「予想はすべて裏切られる」であることを考えると、この構造、つまり読者の、小説であればこういう展開になるだろう、という予想を裏切っていく話の運び方こそがたぶん『その女アレックス』の魅力なんだろうと思うのです。つまり、何でしょう、一般的に言う「どんでん返し」とはたぶん違うんですよね。だから最初に感じた気持ち悪さについてはまぁいいのかなと思います。

ただ、それでも、このパッチワークのようなミステリを好きになれるのかというと別の話で。
誘拐・監禁パートのタイムリミット的な面白さは当然まずあります。ちょっとグロかったり気持ち悪かったりするシーンがないでもないですが、自分もここ数年この手のをちょっとずつ読むようになってきたので大分慣れました。
ただ、第2部の内容はかなり普通のクライム・サスペンスなのです。ここまで読者をぐいぐい引っ張ってきたのに、突然今まで通りのミステリを読まされてしまう感じ。この落差がやっぱり好きになれません。
第3部は、単純に一番嫌いな小説のパターンだった、とだけ言っておきます。

というわけで、これだけ合わなかったのはかなり残念ですが、それでもフランス・ミステリへの関心がこの1作だけで一気に高まったのも事実ですから、感謝しないといけませんね。
というか思ったんですけど、自分が好きな「フランス」・ミステリってのは、結局おふらんすな小洒落た雰囲気と気取った文体に彩られたものだけで、自分はただのミーハーなのかも……うっつらい。

書 名:その女アレックス(2011)
著 者:ピエール・ルメートル
訳 者:橘明美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ル-6-1
出版年:2014.09.10 1刷
     2015.02.01 11刷

評価★★☆☆☆
悲しみのイレーヌ
『悲しみのイレーヌ』ピエール・ルメートル(文春文庫)

連続殺人の捜査に駆り出されたヴェルーヴェン警部。事件は異様な見立て殺人だと判明する……掟破りの大逆転が待つ鬼才のデビュー作。(本書あらすじより)

去年翻訳ミステリ界中の話題をひっさらい、各種ランキングをそうなめにした、ピエール・ルメートルの『その女アレックス』……を実はまだ読んでいなかったのです。なんてこったい。いや、なんかグロイと聞いていたので敬遠していたらこんなことに……。
そうこうしているうちに、『アレックス』の前作、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ第1作『悲しみのイレーヌ』が翻訳されました。聞くところによると、シリーズ順で『イレーヌ』を先に読む方がいいとのことですし(編集者さんが呟かれていました)、実際両方読んだあとで確信を持って言えるのですが、『イレーヌ』が先の方がいいです。個人的に面白さも『イレーヌ』の方が好きかなー。まぁ、『アレックス』の感想は1ヶ月ほどしたら記事を書きますので。

さて、前置きはこれくらいにして、とにかくヴェルーヴェン警部シリーズ第1作『悲しみのイレーヌ』ですが、なんと見立て連続殺人犯ものです(なんの見立てかは読んでのお楽しみ)。なかなかミステリ読みの心をくすぐり、非常に楽しいのですが、ある仕掛けが明らかになった後がどうしても好きになれませんでした。頑張って読んだ自分を否定されるみたいで。ってこの手のトリックを読むといつもそういう感想書いてますけどね、自分。

ネタバレ警戒してぼやかして言いますが、どうもこの手のトリックにも自分で受け入れられるやつと受け入れられないやつがあるようです(最近気付きました)。要するに場外ホームランの度合いが大きければ大きいほど苦手に思うみたいなのです。あくまで読者として作中に没入したいというのが正直なところ。
ですから『イレーヌ』について言えば、その仕掛けが分かるまでの連続殺人捜査パートはすごく好きです。見立て(これが海外ミステリ好きの心をくすぐるんですよ、いやほんと)が次々に明らかになる読者を飽きさせないこまめな情報開示なんか最高ですし、グロめの連続殺人事件もフランスミステリらしい文体の簡潔によって淡泊さを保っているのがいいですね。どぎつい殺人事件の内容とは対称的に、残酷でもなく非情でもない、シビアで程よく地味な捜査小説であるように見えます。
捜査陣も非常に個性的で実にフランスミステリらしくて良いのです。やっぱりフランスには変な警察官が似合います。仕掛けや猟奇性を抜いても、チームでの捜査、つまり警察小説としての面白さがまずしっかりしている点に好感が持てます。

ラストのラストについては……まぁ現代のミステリではこういうのもはや珍しくなくなってきましたからね、半ば諦めてます。でも、読後印象に残るのは、これよりも中盤までの捜査なんですよね、不思議。

というわけで……なんといえばいいのかな、ある意味で非常にフランスミステリらしい作品ですよね、トリックもキャラクターも。こういうミステリが海外ミステリ好き以外の層にまで届いてくれる、というのはすごく嬉しいことだと思います。いろいろ言いたいこともありますが、とりあえずそんな感じで。

書 名:悲しみのイレーヌ(2006)
著 者:ピエール・ルメートル
訳 者:橘明美
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ル-6-3
出版年:2015.10.10 1刷

評価★★★☆☆