オーディンの末裔
『オーディンの末裔』ハラルト・ギルバース(集英社文庫)

1945年、敗戦の色が濃くなるベルリン。ユダヤ人の元刑事オッペンハイマーは、アーリア人の妻と別居し、身分を偽って潜伏していた。そんな折、ナチ親衛隊の首なし死体が発見される。殺人容疑をかけられた友人ヒルデを救うため、オッペンハイマーは決死の行動に出るのだった。しかし、オッペンハイマーが追う手掛かりを、怪しげな秘密結社「オーディンの末裔」も狙っていた……。ドイツ・ミステリー界の至宝、渾身の作!(本書あらすじより)

び、びっみょぉ……。
ハラルト・ギルバースによる『ゲルマニア』に続く戦時下ベルリンを舞台にしたシリーズ第2作。てっきり3部作かと思っていましたが、ひとまずこれで終わるようです。
『ゲルマニア』は、ユダヤ人ということで警察をやめさせられた元敏腕刑事オッペンハイマーが、ナチスの将校と協力して捜査を行うという異色のバディ物でした。正直そこまで楽しめたわけではないですが、この大筋が魅力的ですし、そこそこ人気があったのはまぁ分かります。
で、『オーディンの末裔』では、オッペンハイマーが今度は身分を隠して、友人ヒルデにかけられた殺人容疑を晴らすべく奔走します。終戦間際、いよいよ警察機能どころか法機能すらマトモに機能していないナチスドイツの裁判にオッペンハイマーは立ち向かえるのか、ヒルデは助かるのか、そしてこの事件の影で暗躍している秘密組織「オーディンの末裔」とは何なのか?……っていう話なんですけど。

まーーーーーこれが面白くないんですよ。びっくり。
一番は、自分は1945年のドイツが舞台のミステリを読みたいんであって、1945年のドイツの人々の暮らしや戦況を読みたいわけじゃないということです。作者ギルバースさんは、確かに当時のベルリンの様子をそりゃあ克明に描いているんですよ、ですけど、だからってストーリーもやっぱりちゃんと面白くしてほしいわけです。
「オーディンの末裔」という秘密組織のイマイチ上手く使われなさ、どんでん返しのあまりのベタさ、前作とは異なり圧力がない中で比較的のびのびと捜査するオッペンハイマー元刑事の緊張感のなさ。しかも長い。っていうか解説で北上氏が、前作が傑作すぎたと断りをいれつつ前作を超えるものではないって言っちゃってるじゃん……『ゲルマニア』をそこまで大好きでもない俺はどうしろと……。
やっぱりギルバースさんがそんなに書きっぷりが上手くないんだと思います。キャラクターはとりあえず属性を与えられました、という感じなのは前作と変わらないし、主人公オッペンハイマーなんかもう何なのっていう(妻であるリザへの態度がどうしても取ってつけたようなものにしか見えないんですけど)。章の最初に時間軸を変に前後させるのも気になるし、小説として全体的に描写が薄いのも気になります。

というわけで、もし3作目が出たとしても、読むか迷うなぁ。1945年のドイツに興味がある人には、空襲の様子や当時の緊張感などが分かって楽しめるとは思いますが、正直それほどでも……という感じです。

原 題:Odins Söhne(2015)
書 名:オーディンの末裔
著 者:ハラルト・ギルバース Harald Gilbers
訳 者:酒寄進一
出版社:集英社
     集英社文庫 キ-15-2
出版年:2016.09.25 1刷

評価★★☆☆☆
スポンサーサイト
ゲルマニア
『ゲルマニア』ハラルト・ギルバース(集英社文庫)

1944年ベルリン。ユダヤ人の元敏腕刑事オッペンハイマーは突然ナチス親衛隊に連行され、女性の猟奇殺人事件の捜査を命じられる。断れば即ち死、だがもし事件を解決したとしても命の保証はない。これは賭けだ。彼は決意を胸に、捜査へ乗り出した…。連日の空襲、ナチの恐怖政治。すべてが異常なこの街で、オッペンハイマーは生き延びる道を見つけられるのか?ドイツ推理作家協会賞新人賞受賞作。(本書あらすじより)

いやーほんと今年は集英社文庫をよく読んでいる……。
というわけで、集英社文庫の今年のいちおしドイツミステリです。翻訳ミステリー大賞シンジケートの大賞授賞式で行われた出版社対抗ビブリオバトルで優勝したんでしたね。ユダヤ人元刑事がナチスの命令のもと捜査をさせられるという、非常にアツいあらすじなだけに、期待が高まるのですが果たして。
読んでみたところ、設定は面白いのに、中身がついていっていないという、めちゃくちゃ残念な作品でした。いやほんともう少し頑張れば傑作だったのに。本当にもったいないよ。

あらすじにもある通り、1944年というドイツの敗戦色濃厚な時期が舞台となっています。そんな状況で、猟奇的な連続殺人事件が発生し、捜査能力の面では穴だらけの機構しか持っていないナチスはユダヤ人元刑事のオッペンハイマーに助けを依頼します。オッペンハイマーはほぼ強制されながら、ヒトラーに心酔するナチスの若き親衛隊員フォーグラーと共に捜査を開始します。と、この時点では非常に面白そうなのです。
そして時代考証・時代背景・歴史上の人物の盛り込み方は完璧なんですよ。歴史ミステリとしては文句なしだと言えるでしょう。ノルマンディー上陸作戦などもある中で、ドイツ国民がどのような生活を送っていたのかがリアルに、かつ説得力を持って語られます。すごく勉強になりますし、これについては読んでいてとっても面白かったです。

ただ……一番の問題はですね、作者のハラルト・ギルバースさんが、こういう魅力的な設定の物語を書き始めたにもかかわらず、「キャラ萌え」という概念を理解していないことにあるのではないか、と思うのですよ。
だってまずそこそこ年のいったユダヤ人元刑事と、ナチスの若き親衛隊員フォーグラーが共同捜査をはじめ、徐々に親衛隊員がオッペンハイマーの捜査の手腕を尊敬していく、っていう流れになるんですから、ある程度このふたりの対立と友情みたいのを魅力的に書かなきゃだめだと思うんですよ。ところがフォーグラーの心理描写がほとんどないせいで何を考えているのかもよく分からなく、二人の年齢差も性格もなにひとつ生かせていないのです。あぁもったいない。
いや、そりゃまぁ、別にいいんですよ、キャラクターが魅力的じゃなくても。でも、このラストの対峙を書くのであれば、やっぱりそこらへんクリアしていただかないと燃えません。だったらこういうラストにしちゃだめです。
他のキャラクターもそうです。夫に親衛隊員を持ちながら密かにレジスタンス活動を行うというキャラの濃すぎる女性ヒルデなんかも、心理描写が中途半端だし、設定だけ与えられて動かし切れていない、という印象を持ちました。ヒルデと夫が頻繁に会っていることに何がしかの感情を抱いているらしきオッペンハイマーの奥さんも中途半端。ユダヤ人アパートの住人もみんなすごく面白そうな題材なのに、退場の仕方とかが妙にあっさり。全体的に設定を与えられているだけにとどまっているのです。

さらに、時代考証や時代背景描写は完璧なのですが、それが事件とうまいことシンクロしていないのがまた問題です。敗戦色濃厚なこの時期だからこそ危機感を抱かせる事件であり、実際犯人の動機などもそれにそこそこ絡みはするのですが、結局それ以上の絡み方はないんですよね。ミステリとしての意外性などもほとんどなく、想定される通りに進行するだけ。タイトルの「ゲルマニア」も思わせぶりなわりには全然関係なかったし。ゲッベルスなど有名人も登場しますが、登場するだけという感じ。

というわけで、これだけ設定が魅力的なだけに、小説として様々な面で惜しさを感じてしまいました。めちゃくちゃ調べて書かれたであろうだけに残念。次作でどれだけステップアップ出来るかに期待したいところです。とりあえずギルバースさんはぜひ、『エニグマ奇襲指令』などを読み込んでキャラ萌えについて勉強すればいいんじゃないでしょうか(なんでこんな偉そうなんだ)。

書 名:ゲルマニア(2013)
著 者:ハラルト・ギルバース
訳 者:酒寄進一
出版社:集英社
     集英社文庫キ-15-1 2015
出版年:2015.06.30 1刷

評価★★★☆☆