紙片は告発する
『紙片は告発する』D・M・ディヴァイン(創元推理文庫)

周囲から軽んじられているタイピストのルースは、職場で拾った奇妙な紙片のことを警察に話すつもりだと、町政庁舎(タウンホール)の同僚たちに漏らしてしまう。その夜、彼女は何者かに殺害された……! 現在の町は、町長選出をめぐって揺れており、少なからぬ数の人間が秘密をかかえている。発覚を恐れ、口を封じたのは誰か? 地方都市で起きた殺人事件とその謎解き、著者真骨頂の犯人当て!(本書あらすじより)

お久しぶりです、引っ越しと新しい仕事の準備でめちゃ忙しい吉井です。
さて、自分の好きな作家トップ5に入るかもしれないD・M・ディヴァインが新たに翻訳されたので、発売日に早速買ってきました。『災厄の紳士』の前年に書かれた後期の作品になります。もうあと未訳が2作しかない……つらい……。

ストーリーはあらすじを読んでの通り。誰からも相手にされていないような若干イヤな性格の女の子が、地方選挙に関わるある秘密を知ったことで殺されてしまうという、王道中の王道のような殺人です。かつ、ディヴァインが初期の頃からかなり関心を持っていたと思われる地方政治物でもありますね。

そもそもディヴァインは地味な英国ミステリ作家なわけですが、今作はずば抜けて地味 of 地味。狭いコミュニティの狭い職場の中で、とりたててエキセントリックな登場人物も出さなければ派手な事件も起こさずに、超丁寧に犯人当てをやろうとする、それだけなんです。まぁ、だからこそ俺はディヴァインが好きなんですけどね!!(伝われ) 実際のところ、この殺人2つだけでどうやって350ページも持たせられるのか、読み終わったにもかかわらずさっぱり分からないんですけど……これぞ熟練の技術……。
お得意の多視点を使わず、殺人が起きた後の視点は終始主人公ジェニファーに置かれています。これはジェニファーという有能で物事をよく見ている女性が、「有能な女性」というポジションへの偏見や妬みと戦う様を描きつつ、実は彼女にも見えていないものがあったということを少しずつ明らかにしたいからでしょう。ディヴァインは好感の持てる女性もイヤな女性もどちらも上手く書ける作家ですが、今回の主人公はいつもより「戦う女性」感が強いですね。

本格ミステリ的な側面ですが、はっきり言って難易度は低めです。ディヴァインを読むのはかれこれ10作目になりますが、初めて証拠(の一部)込みで犯人を完璧に指摘できました。今回ははっきりとしたミスディレクションもないですし、証拠に気付くシーンも結構直接的ですし、何より終盤に露骨なヒントがすごい勢いで出てくる上に「何か見落としている気がする……」を猛プッシュするのでさすがに分かります。もちっと頑張れたんじゃないですかディヴァインさん。

全体としては何の問題もなく面白かったとはいえ、他と比べると中……の下……か……?くらいかなぁ。他が良すぎるんですよ。とはいえこの手のド地味本格ミステリの書き手が今やほとんど紹介されていないこともありますし、もう出来が良かろうが悪かろうが喜んで読ませていただきたい所存であります、はい。
さて、前回作ったランキングをもし更新するとするなら……だいぶいい加減なランキングになってきましたが、とりあえずこんな感じで。
『悪魔はすぐそこに』>『五番目のコード』>『ロイストン事件』>『災厄の紳士』>『跡形なく沈む』>『紙片は告発する』>『そして医師も死す』>>『兄の殺人者』>『ウォリス家の殺人』>>『三本の緑の小壜』
『こわされた少年』はまだまだ大事に取っておきます。もったいなすぎるので。

原 題:Illegal Tender(1970)
書 名:紙片は告発する
著 者:D・M・ディヴァイン D.M. Devine
訳 者:中村有希
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mテ-7-9
出版年:2017.02.28 初版

評価★★★★☆
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そして医師も死す
『そして医師も死す』D・M・ディヴァイン(創元推理文庫)

診療所の共同経営者を襲った不慮の死は、じつは計画殺人ではないか──市長ハケットからそう言われた医師ターナーは、二ヵ月前に起きた事故の状況を回想する。その夜、故人の妻エリザベスから、何者かに命を狙われていると打ち明けられたこともあり、ターナーは個人的に事件を洗い直そうと試みるが……。英国本格黄金期の妙味を現代に甦らせた技巧派、ディヴァイン初期の意欲作。(本書あらすじより)

いえーいディヴァインの新作だー。
2作目、ということですので、『兄の殺人者』と『ロイストン事件』の中間ということになります。まだ型が出来る前の作品、とも言えるんですよね。ということで、ディヴァイン初心者にはあんまりおすすめしません。むしろ他にいくつか読んでいる人の方が別の驚きがあるかも。
事故とみなされた過去の事件を殺人と疑った主人公の医師があちこちに話を聞いて回る、という話しで、動きにはかなり欠けますが、そのかわり登場人物の関係やウザさで読ませています。ネタ自体はありふれてるけど堅実。ただディヴァインファンとしては少々物足りないかもしれません。

主人公のアランは亡くなった共同経営者であるハクストン医師の妻、エリザベスから様々な打ち明け話を聞くことで事件に巻き込まれることになります。エリザベスの話が真実かというところが肝になっていくのですが、このエリザベスがまー自己中で強迫観念でもあるのか、信用しづらいし感情移入しにくいキャラクター。
また一人称の主人公アランも、後先考えずしゃべっちゃうわイライラするわ婚約者と喧嘩するわと、どんどん孤立していくのですが、こいつもどうも気に入りません。どんどんこじれていく人間関係が推進力となって250ページくらいまで物語は進行します。うーんなんて不穏なんだ。このへんでぐいぐい読ませるあたり、やっぱりディヴァインは上手いです。

そして明かされる真相はベーシックなネタではあるけど、いつも通りよく出来てはいますし、一定の満足感は与えてくれます。ただ、本格ミステリとしては、これ、という決め手や気付きに欠けるかな。面白かったけど、カタルシスが足りないかもしれません。良くも悪くも地味すぎるような。

というわけで、まぁ中くらいの出来栄えですかねー。ほどほどに面白かったです。現時点でのディヴァインランキングを作るなら、

『悪魔はすぐそこに』>『五番目のコード』>『ロイストン事件』>『災厄の紳士』>『跡形なく沈む』>『そして医師も死す』>>『兄の殺人者』>『ウォリス家の殺人』>>『三本の緑の小壜』

ってな感じです。『兄の殺人者』は個人差が大きいですね。『五番目』は今読んだらもちょっと落とすかも。

書 名:そして医師も死す(1962)
著 者:D・M・ディヴァイン
訳 者:山田蘭
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mテ-7-8
出版年:2015.01.23 初版

評価★★★★☆
跡形なく沈む
『跡形なく沈む』D・M・ディヴァイン(創元推理文庫)

憎き母が死んだ。何一つ秘密を漏らさないまま――。父を知らずに育ったルース・ケラウェイは、母の遺品から手掛かりを得て小都市シルブリッジへ渡った。父親を捜す傍ら、なぜか数年前の協議会議員選挙の不正も探ろうとするルースの不可解な行動は、人々の不安を煽り、ついに殺人事件まで発生する。複雑な人間関係を操り、鮮やかなフーダニットを演出する円熟期の傑作。本邦初訳。(本書あらすじより)

いやぁ、相変わらずディヴァインは面白いですねー。というか、この作品、かなり出来が良いように思います。この間の『三本の緑の小壜』が個人的にもうダメダメだったのでもはや未訳作に大した作品は残っていないんじゃないかと思っていましたが、いやいやなかなかどうして、まだまだストックがあるじゃないですか、東京創元社さん。

いつも以上に地味な話ではあるんですが、なぜかグイグイ読ませる面白さ。ルースという(共感を呼びにくい)人物の企みの謎と、それによってかなり多くの人間が(否応なく)動かされていく様が楽しく、読者の関心が尽きません。ディヴァインはもともと人間心理を描いていくのが上手いと言われてきましたが、本作はその点はトップレベルではないでしょうか。……つまり本格ミステリとかどうでもいいってことなんですが(笑)
400ページという長さの中で、ディヴァインはシルブリッジという舞台となる町全体をいつも以上にじっくり描きたかったようです。で、結構成功しているんじゃないでしょうか。地味な登場人物が地味に生き生きとしているのはまさにディヴァインの本領。「町」の「過去」と「現在」を描いていくという部分から、『ロイストン事件』の延長戦上にある印象を受けます。ずばり人間模様、という感じ。

そちらに力を入れているせいか、フーダニット面、特に伏線はやや弱いし、決め手に欠けているところもあるんですが、正直どうでもいいというか。犯人が明かされる場面も結構凝っていて印象深いですしね(しかも犯人に気付いた人が結構多いらしいんですけど、自分は全然見当違いの人だと確信していて普通に驚けてしまったので、フーダニット面でははっきりいって文句言えません、はい)。丁寧な英国ミステリをしっかりと堪能出来ました。いやはや満足。

ちなみに、ディヴァインの作品を数作読めば気付くと思うのですが、彼の作品はほぼ全作に共通するオチというか、まぁそういう話の展開があります。そこを知って勘ぐると、例えば『ロイストン事件』とかでは(あくまでフーダニットとして)その共通のオチが欠点になるのですが、逆に今作ではプラスに働いているような気がしました……あくまで個人的にそう思うだけですが。

というわけで、安定のディヴァインでした。まだまだ未訳作は4作ありますからね、ばっちこい。自分は邦訳作品のうち未読は『こわされた少年』だけです……ちゃんと積んでいるので、年末くらいに読みたいところですねぇ。

書 名:跡形なく沈む(1978)
著 者:D・M・ディヴァイン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mテ-7-7
出版年:2013.2.28 初版

評価★★★★☆
災厄の紳士
『災厄の紳士』D・M・ディヴァイン(創元推理文庫)

根っからの怠け者で、現在ではジゴロ稼業で糊口を凌いでいるネヴィル・リチャードソンは、一攫千金の儲け話に乗り、婚約者に捨てられた美人令嬢のアルマに近づく。気の強いアルマにネヴィルは手を焼くが、計画を仕切る“共犯者”の指示により、着実にアルマを籠絡していく。しかしその先には思わぬ災厄が待ち受けていた……。名手が策を巡らす、精巧かつ大胆な本格ミステリの快作。(本書あらすじより)

今月(というか今日)ディヴァインの新刊(というか何というか)が出るので、それに合わせて大事にとってあった最後の積みディヴァインを崩したわけです。これで未読ディヴァインは『こわされた少年』のみ。うぅぅ、欲しい……誰かください……。

さて、本書はディヴァインの中では確実に異色作です。コン・ゲームとかね、ディヴァインが書いちゃうわけですよ、めちゃくちゃ不安じゃないですか。
ところが、前半のコン・ゲーム風から後半のガチ本格への移行が実にスムーズで、心配しただけ無駄でした。なおかつ前半のせいで誰が殺されるのかすら先が見えにくいという面白さがあります。少ない容疑者の中できちんと意外性をもって犯人を指摘出来ており、非常に出来が良いように思います。佳作でしょう。

さて、ディヴァインはたいてい最後に男と女がくっつくのがお決まりなのですが(ということを知ってしまうと容疑者が減る笑)、今作ではカップルではなく夫婦関係に目線を向けているのが面白いですね。後半に主役的ポジションとなるサラ(登場人物の心情セリフにより確実に犯人ではないっぽい)と夫の関係、捜査する警部とその妻の関係、などなど。
ディヴァインのキャラクターって、まぁ浅くはないんですが、ちょっと典型的で、いわゆる「人間を描く」(いやなフレーズ)のが抜群に上手い作家、というわけではないと個人的には思います(その評価の仕方で、たぶん『三本の緑の小壜』の評価も変わるんじゃないかな)。で、その点では、警部さんのエピソードが結構適当に流されてしまったのがちょっと残念ではあるし、もっと積極的にストーリーに絡ませても良かったのにとは思うのです。が、サラに関しては非常に良いですね。彼女の心情がかなりストレートに伝わってきており、それが物語を進める力として上手く作用しています。ラストも、このサラのおかげで、印象深いものになっています。

フーダニット面ですが、容疑者数は極めて少ないです。ぶっちゃけ手がかり・伏線もそれほど充実しているわけではありません。ですが、ミスディレクション、および犯人発覚時の場面の鮮やかさにより、読み手に強烈な印象を残すことに成功しています(ここもサラか)。『悪魔はすぐそこに』も似たような感じがありますね。こういうのを読むと、やっぱりディヴァインは技巧派だなぁとつくづく感じます。

というわけで、ディヴァインを数作読んだ人が読むと、ちょっと変化球的で良いんじゃないでしょうか。冒頭のらしくないコン・ゲーム展開の書き慣れていないっぷりに苦笑してディヴァインに萌えられるし(なんじゃそら)。オススメです。


ちなみに、『災厄の紳士』のあらすじ、裏表紙でも表紙裏でも、殺人に関してはかなりぼやけた書き方をしてくれているのですが、解説で遠慮呵責なく言っちゃうのはどうかなと思います(まぁ解説をいつ読むか論になっちゃうけど)。中盤以降までは読まないことをおすすめします。

現時点でざっくり面白い順に並べると、
『悪魔はすぐそこに』>『五番目のコード』>『ロイストン事件』>『災厄の紳士』>>『兄の殺人者』>『ウォリス家の殺人』>>『三本の緑の小壜』
といったところ。読む順番もこれで良いんじゃないかなぁ。『兄の殺人者』以下はちょっと劣るかな、という感じです。どれも(『三本の緑の小壜』以外は)十分面白いですけどね。
『ロイストン事件』という例外もあるにはあるのですが、基本的にディヴァインは一人称より三人称の方が上手い、というか三人称より一人称の方がつまらない、という印象があります。まぁ適当な印象なのであんまり気にしないで下さい。

書 名:災厄の紳士(1971)
著 者:D・M・ディヴァイン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mテ-7-3
出版年:2009.9.30 初版

評価★★★★☆
ロイストン事件
『ロイストン事件』D・M・ディヴァイン(現代教養文庫)

「至急助けが要る。きわめて重大なことがわかった。おまえの義弟は…」4年前に勘当されたマークは、突然父から呼び出され実家に戻ったのだが、その日の夜、父の死体が新聞社内で発見された。父は勘当の元になったロイストン事件の再調査をしていたようだ。それは教師をめぐるスキャンダルだったが、弁護士だったマークは父の意に逆らい、義弟を偽証と証拠隠滅で告発したのだった。父が見つけたものとは、いったい何だったのか?(あらすじ、大幅に改変)

世評的には、あんまり評判のよろしくない作品です。ディヴァインにしては……みたいな感想をどっかで読んだ気がします。ふむ、とはいえ、自分の大好きなディヴァインです、読んでみないことには何とも言えません。

――読みました。
だれだ、これつまんないとか言ったのは。むっちゃ面白いじゃないか!これぞまさしくディヴァイン!貸してくれたN君にマジ感謝!!

なんというか、いかにもディヴァインらしい作品です。もう地味。地味。地味なことこの上ない。主人公が事件に巻き込まれていく展開、他作品で見たことあるような気がしないでもない(にもかかわらず良く書きこまれ秀逸な)登場人物、そしてクソ真面目とすら言える純粋なまでの本格ミステリへのこだわりっぷり……全てディヴァイン臭プンプンです。おぉう。

なぜ、評価が低いのか……いえ、その答えはもちろん、ミステリとしての完成度が決して高いわけではないから、でしょう。確かに、犯人の意外性はそれほど高くはない、かもしれません。手掛かり・決め手となる証拠も、他のディヴァイン作品と比べると何だかなぁという感じ。

にもかかわらず。丹念に作り込まれたプロットとその細かい描写が相まって、読んでいてひたすら引きこまれます。もうグイグイ読まされます。例えば今回登場人物はやや多めですが、全員をバランス良く描き分けているため、ストーリーとしての面白さが見事に生まれているわけです。むむむ、この人はいったいどうなるのかしらん、という興味がつきないんですよ。
またミステリとしても、犯人を示すために置かれた無駄に多い伏線の数々にはやはり感心せざるを得ません。読み終わって、うぅむなるほど、となることは確実。先程キャラの描き分けが上手いと言いましたが、その描き分け・人物造形の巧みさが上手いからこそ成立する意外性もあるわけで、まさにディヴァインの本領発揮といったところです。つくづくクリスティに似た作家ですね、いやまったく。

なお、解説で真田啓介氏が素晴らしい解説を書いていますが、ディヴァインの用いたとあるミスディレクション(と言っていいのかどうか)について否定的なコメントを書いているのはどうかなぁと思いました。構成的にまとまりに欠けてしまう、というのは分かりますが、むしろこの設定により登場人物たちの関わりがそもそも発生していること、および前半から後半への事件のポイントのダイナミックな変化の面白さ、などから、むしろ評価すべき点ではないのかな、と思ったのですが。


というわけで、これが彼の最高傑作だというわけではもちろんないんですが、面白さは保証できます。まだ『こわされた少年』『災厄の紳士』は読んでいないんですが、個人的には3位に位置する完成度ではないかと。つまり、
1、『悪魔はすぐそこに』 2、『五番目のコード』 3、『ロイストン事件』
てな感じです(ちなみに、世評の高い『三本の緑の小壜』はどうも良さが分からん……)。『悪魔はすぐそこに』は、犯人の意外性という点で、ちょっとね、レベルが違います。『五番目のコード』は彼にしては派手な展開と、良く作り込まれた構成が素晴らしい傑作。本格ミステリ好きでディヴァインをまだ読んでいない人、およびクリスティが好きな人は、読まなきゃ損です。さぁ~東京創元社さん、今年もたのんます。

書 名:ロイストン事件(1964)
著 者:D・M・ディヴァイン
出版社:社会思想社
    現代教養文庫 3047 ミステリ・ボックス
出版年:1995.5.30 1刷

評価★★★★☆
三本の緑の小壜
『三本の緑の小壜』D・M・ディヴァイン(創元推理文庫)

英国北部のごく平凡な町で、13歳の少女ジャニスが姿を消した。捜索もむなしく、ジャニスはゴルフ場で全裸死体となって発見される。なぜほかの少女ではなく、ジャニスだけが毒牙にかかったのか?殺人鬼はこの町のどこに潜んでいるのか?町の診療所に勤める若き医師ケンダルが有力容疑者として浮上するが……。『厄災の紳士』『ウォリス家の殺人』などで各ミステリ・ベスト10を席巻した本格ミステリの巧手、期待の訳しおろし作!(本書あらすじより)

というわけで、東京創元社毎年恒例ディヴァインです。彼の長編は全部で13あり、その11番目にあたります。次に訳されるのは12番目らしい。この間訳された『災厄の紳士』は10番目、『ウォリス家の殺人』は没後出版で13番目です。後期の作品に集中しているのはなぜなんでしょ?

それはさておき、さてこの『三本の緑の小壜』、ぶっちゃけて言うと、今まで読んだ『悪魔はすぐそこに』『五番目のコード』『兄の殺人者』『ウォリス家の殺人』の中で、いっちばん微妙でした。えぇ、ホントに。決してつまらないわけではなく、読んでいる間は楽しくこれぞ本格!というべき作りであり、また非常に読みやすい一品です。どこぞのつまらん本格よかよっぽど良いです……が、相対的に、つまり彼の他の作品と比べると明らかに精彩を欠いています。まだ読んでいませんが、『ロイストン事件』『こわされた少年』『災厄の紳士』と比べてもそうなのではないでしょうか。それはなぜか?


最大の欠点は、ディヴァインの持ち味であるミスディレクションがほとんど機能していないことです。つまり、犯人が分かりやすいのですね。しかも動機も何だか予想がつきます。これは本格ミステリとしてはきついです。
もちろん、この作品を読んで、犯人が分からなかった、結末の悲しさにびっくりした、みたいな感想を持つ人も結構いるでしょうが、しかしまぁ、例えば『悪魔は』や『五番目』で見せた、これぞ本格ミステリ!というべき感動はここにはないのです。最後の最後まで別の人を犯人だとばかり読者は思い込み、犯人が明らかになる瞬間、ぬぉぉぉぉぉぉぉ!となる……あまり使いたい言葉ではありませんが、ディヴァインになら許せる、いわゆる「クリスティばり」の技巧こそ彼の持ち味ではないですか。

なお、それ以外の点については特に文句はありません。真相解明シーンまではグイグイ読ませます。登場人物は相変わらず魅力的ですね。特に13歳の少女アンは、あまり登場しませんが、何というかずるすぎるキャラクターです。どこか真っすぐでない、語り手の一人マンディは、この作品の大きな魅力の1つでしょう。ちなみにこの作品では、一人称で物語を進行させる人物が章ごとに変わります(シーリアの一人称はちときついかも)。前から思っているんですが、ディヴァインは三人称の方が向いていると思うんですけどねぇ……。
ディヴァインおなじみのラブロマンスも相変わらず。彼の作品では、最後の章で、必ず誰かと誰かがくっつきます。これはもう、確実と言っていいです(笑)


というわけで、個人的にディヴァインが大好きな作家であるだけに、ちと辛めの評価となってしまいました。とりあえず、ディヴァイン初読者は『悪魔は』『五番目』など、何でもいいですが、今作からとりかかるのは避けた方が無難でしょう。

書 名:三本の緑の小壜(1972)
著 者:D・M・ディヴァイン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mテ-7-6
出版年:2011.10.31 初版

評価★★★☆☆
ウォリス家の殺人
『ウォリス家の殺人』D・M・ディヴァイン(創元推理文庫)

人気作家ジョフリーの邸宅〈ガーストン館〉に招かれた幼馴染のモーリス。最近様子のおかしいジョフリーを心配する家族に懇願されての来訪だった。彼は兄ライオネルから半年にわたり脅迫を受けており、加えて自身の日記の出版計画が、館の複雑な人間関係に強い緊張をもたらしていた。そして憎み合う兄弟は、暴力の痕跡を残す部屋から忽然と姿を消した。英国本格の妙味溢れる佳品。(本書あらすじより)

とうとう読み終わりました、ウォリス家です。いや、別に読みにくいとかそういうんじゃなくて、なかなか読む時間がなかったというだけです。あいかわらずの見事な作品ですね。

冒頭から最後まで、なんでだよといいたげなほどピリピリした空気のウォリス家ですが、意外と重苦しくはなっておらず、非常に読みやすいですね。犯人はいつものディヴァインほどには(個人的には)意外じゃなかったですし、トリックもなくていいんじゃないか、って気がしないでもないですが、本格ミステリとして第一級の出来であるのは間違いないでしょうね。物語の展開、ミスディレションといい、本格を味わいたい人にオススメしたい一冊です。

ディヴァインの作品は全体的に似た空気があります。登場人物なんかになんとなく共通性が見られるとか、最後は必ず主人公が誰かと仲よくなる、とか。クリスティも登場人物が似ていますよね。『ウォリス家』もやはりクリスティらしい作品な気がします。なんとなく似ているせいか、続けて読むとちょっとめげるんですが、ストーリーの引っ張り方が上手なので、結局楽しめるんですよね。続きが続きがってんじゃないんですが、安定して読める、というか。

ただ、『悪魔はすぐそこに』『五番目のコード』の方が個人的には楽しめました。その理由はというと、一番大きいのは一人称であることだと思います。人物描写が、モーリスの目を通して描くせいで、限界があるんですよね。このモーリスというのも、たいした登場人物ではないので、なんとなく盛り上がりに欠けるかもしれません。まあ、昨今のミステリ大量生産のなかじゃあ、出来は良すぎるくらいですが(笑)

あと、原題『This Is Your Death』なんだから、もちっとタイトルがんばりましょう、創元さん(苦笑)

9月30日には、創元推理文庫から『災厄の紳士』(また訳してない……)が出るそうですね。やはりディヴァインの需要は高いようですね。楽しみに待ちたいと思います。

書 名:ウォリス家の殺人
著 者:D・M・ディヴァイン
出版社:東京創元社
   創元推理文庫 Mテ-7-2
出版日:2008.8.29 初版
   2009.1.9 4版

評価★★★★☆
『兄の殺人者』D・M・ディヴァイン(現代教養文庫)

「サイモン?……来てもらえるか?」 霧の夜に鳴った電話の声は確かに兄オリバーのものだった。しかしオフィスに行った弟が見たのは兄の死体。兄が恐喝していたと思われる証拠が出て、サイモンの知人が逮捕される。兄の名誉のため、知人のため、調査に乗り出すサイモン。
アガサ・クリスティーが「最後まで読んで楽しめた、極めて面白い犯罪小説」と称賛したディヴァインの処女作。(本書あらすじより)

ディヴァインのデビュー作です。デビューの経緯は有名な話ですが、なんでも大学教授対象のミステリ応募コンクールがあり(優秀作品は出版されるという豪華企画)、その中でこの『兄の殺人者』はクリスティの絶賛を受けたといいます。しかし、ディヴァインは大学の事務員だったため、受賞はされなかったとか。ただ、おかげで出版社の目に止まり、刊行されることとなったわけです。なんといううらやましい話。

肝心の内容ですが、いい作品だと思います。前半がややだれるんですが、本格的に犯人探しに取り組む後半になると、がぜん面白くなります。ミスディレクションが効果的で、犯人が暗示されているとおりではないんだろなぁとは思っていましたが、まさかあの人だとは思いませんでした。解説にもあるとおり、ディヴァインは「意外な犯人」がホント上手ですね(冷静に考えりゃ、コイツしかいないのに……)。ただ、××がサイモンの××なんだろな、ってのは気付けたんじゃないでしょうか。それにしても、なんとなくクリスティに通じるものがあります。60年代にこんな本格を書き始めた人がいるとは意外です。

しかし個人的には、『悪魔はすぐそこに』『五番目のコード』の方が面白いと思います。処女作ということで、まだ捜査の描き方が慣れていないというか、単純に容疑者宅をまわっていくという雰囲気があるのはおしいところです。しかし、ディヴァインの作品にしては低い、ってことであり、一般水準からみれば十分良質の作品だ、ってのはモチロンなんですけど。

書 名:兄の殺人者
著 者:D・M・ディヴァイン
出版社:社会思想社
    現代教養文庫 3041
出版日:1994.1.30 1刷
     1995.8.30 3刷

評価★★★★☆
『五番目のコード』D・M・ディヴァイン(現代教養文庫)

「八人がわたしの手にかかって死ぬだろう。」こう告白する殺人者。つぎつぎに起こる殺人。現場には葬儀社がだす棺の絵が描かれたカードが残され、棺には八つの取っ手(コード)の位置が書き込まれていた。カードの裏には番号が。才能を持ちながら過去にこだわりくすぶっていた地方紙の記者ジェレミーは、第一の事件から関わりを持ち、容疑者として疑われもしながら、殺人者を必死に割り出す。(本書あらすじより)

ディヴァインは本当に面白い。きちんとした語り口、展開の良さ、魅力的な謎、個性的な登場人物、意外な犯人などなど。本格ミステリの良さを満喫できます。最近創元推理文庫で訳が始まったようなので、未訳で作品がどんどん出てくることを願います。

この作品を、新潮社の『海外ミステリー辞典』ではディヴァインの一番の作品だと述べていますが、なるほど、確かにこれは傑作です。『五番目のコード』の良さは、何と言ってもストーリーですね。冒頭2ページの、殺人者の告白を読み、これは来たっ、と思いました。次々と人が殺されていき、高まるサスペンスも魅力的です。しかし、あまりどろどろした空気にもなっておらず、非常に読みやすい作品となっています。あらすじが、こういうモロに連続殺人っぽい話はあまり好きじゃないんですが、これは例外です。

また、一人一人登場人物が念入りに描き分けられているのはさすが、といったところでしょう。特に主人公でしょうか。人生の敗北者をかざした人物で、一歩書き間違えればただのウザいやつですが、不思議と読んでてイヤにならず、むしろ引き込まれていくというのは面白いですね。ひたすら挫折を繰り返しているジェレミーに、思わず共感してしまいました。

おしいのは、現在では入手がやや困難だということですね。社会思想社の教養文庫はすでに発刊されていないので、古本か、図書館か、といった本でしょう。ディヴァインの作品はおそらくどれも高い水準ですので、見つけ次第、読んでいくことをおすすめします。

書 名:五番目のコード
著 者:D・M・ディヴァイン
出版社:社会思想社
    現代教養文庫 3043
出版日:1994.9.30 1刷

評価★★★★★
『悪魔はすぐそこに』D・M・ディヴァイン(創元推理文庫)

ハードゲート大学の数学講師ピーターは、横領容疑で免職の危機にある亡父の友人ハクストンに助力を乞われた。だが審問の場でハクストンは、教授たちに脅迫めいた言葉を吐いたのち変死する。次いで図書館で殺人が起き、名誉学長暗殺をほのめかす手紙が舞い込む。相次ぐ事件は、ピーターの父を死に追いやった八年前の醜聞が原因なのだろうか?(本書あらすじより引用)

ディヴァイン初読です。一気に読める、非常によく出来た作品だと思います(読みにくいのは最初の2行だけ。あれはやや誤訳に近いんじゃないかと……)。ディヴァインはいわゆるパズルストーリーを書く人(他にはデクスターとかプランドとかかな?)ですので、構成が非常に先を読みたくなる――つまり、読みながら????だらけになるわけです。事件に派手さはないのですが、犯人が誰でもありえそうな展開に持ち込むのがコツみたいですね。

とにかく犯人が誰かがわかりません。ミスディレクションのうまいことうまいこと。その理由としては、いわゆる「探偵役」が何人もいるからだと思います(この設定が非常に生きていることに、読み終わったら気づくんですよね)。最初はピーターが主人公、探偵がラウドン教授だと思っていたのに、ルシールがいきなりあることに気づいたり、ピーターが活躍したり、何が何だかさっぱりです(笑)

また、こういったパズラーに忘れられがちな恋愛ものをしっかり取り入れていることもよかったと思います。主軸に沿うように2つの恋愛がかなり絡んできています。ディヴァインがどこまで計算したかはわかりませんが、読者が犯人を取り違うようにワザと作っているのは間違いないですね。

この作品、かなりの人気のようで、今月にさらに増版されたようです。ディヴァインの作品は、ここ数年創元推理文庫さんから出始めています。今まで紹介が遅れていただけに嬉しいです。今度の9月にも新訳が出るみたいですね。

書 名:悪魔はすぐそこに
著 者:D・M・ディヴァイン
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mテ-7-1
発 行:2007. 初版
     2007.12.7 2版

評価★★★★★