もう過去はいらない
『もう過去はいらない』ダニエル・フリードマン(創元推理文庫)

88歳のメンフィス署の元殺人課刑事バック・シャッツ。歩行器を手放せない日常にいらだちを募らせる彼のもとを、因縁浅からぬ銀行強盗イライジャが訪ねてきた。何者かに命を狙われていて、助けてほしいという。やつは確実になにかをたくらんでいる。それはなんだ。88歳の伝説の名刑事vs.78歳の史上最強の大泥棒。『もう年はとれない』を超える、最高に格好いいヒーローの活躍! 解説:川出正樹(本書あらすじより)

去年『もう年はとれない』で鮮烈な日本デビューを果たしたダニエル・フリードマンのバック・シャッツ元刑事シリーズ第2作です。ジジイを美化せず、殴れば腕が折れ、かなり荒っぽく口も悪い元刑事、という強烈なキャラクターでした。
前作からさらに年をとり88歳となったバック・シャッツ。より年老いたため前作ほどの動きを見せない一方で、事件そのものが複雑になりました。今作では宿敵である老齢の大泥棒イライジャとの対立、それに介入する第三者、という事件の全貌が分からないまま進行する現在パートと、バックとイライジャの過去パートの2つがカットバックで描かれます。
イライジャの立てた計画に感心するし、人種問題などを絡めるやり方も見事なのですが……ただ、バック・シャッツのかっこよさって、こういうのでしたっけ? 前作よりは落ちる出来かなと感じます。以下その理由についてつらつらと。

今回のバックは前作のケガもあり、歩行器の助けがなければ動けず老人ホームに閉じ込められています。というわけで自分から捜査に歩き回ることも出来ないのです。そこで作者は、回想により過去の大捕り物でバックを動かしつつ、バックの息子や妻との関係を描くことで現在のバックというキャラクターを作り上げています。
ただそこで現れたのは、自分の思う正義を貫き通そうとするゆえに、息子の理解を得られず、妻からもなじられる男、なんですよ。いや息子との関係はいいんです、バックはあくまで信念があってやってるんだから。でも奥さんについては、バックの考えが甘すぎると思うんですけど。全然かっこよくないんです。
だから、ラストのイライジャとの対峙で、バックの正義が魅力的に見えてこなかったんです。アンチヒーローらしさを今回は前作以上に強調しており、かなりえぐいこともバックはやっているんですが、それがノワールみたいなかっこよさになっていません。ただのクソジジイじゃないですか、これじゃ。むしろ78歳にしてゲームを楽しもうとする大泥棒イライジャの方が、ヒーローっぽいんです。

そこらへんの気持ち悪さもあって、全体的に読んでいてのめり込めませんでした。バックという強烈なキャラクターが今作はマイナスに出てしまって、彼に拒絶されてしまうんです。うーん、こんなに読んでて楽しくないんだったっけ。次作ではどうやってこのクソジジイっぷりを魅せるかがポイントになるのかなー。

書 名:もう過去はいらない(2014)
著 者:ダニエル・フリードマン
訳 者:野口百合子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mフ-29-2
出版年:2015.08.28初版

評価★★★☆☆
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もう年はとれない
『もう年はとれない』ダニエル・フリードマン(創元推理文庫)

捕虜収容所でユダヤ人のあんたに親切とはいえなかったナチスの将校が生きているかもしれない──臨終の床にある戦友からそう告白された、87歳の元殺人課刑事バック・シャッツ。その将校が金の延べ棒を山ほど持っていたことが知られ、周囲がそれを狙いはじめる。そしてついにわたしも、孫とともに宿敵と黄金を追うことになる……。武器は357マグナムと痛烈な皮肉、敵は老い。最高に格好いいヒーローを生み出した、鮮烈なデビュー作!(本書あらすじより)

ちょっと話題になっていた今年の創元推理文庫です。あらすじの通り、よぼよぼの老人が主人公。どれくらいよぼよぼかというと、パンチを打つと自分の方がけがをするくらいにはよぼよぼです。この手の老人ものってコミカルなものが多いですが、むしろこれは辛辣な皮肉をまき散らしながら、淡々と老いの苦しみ・身体の限界を描きつつ、黙々と捜査していく、というもので、設定はかなり個性的。クソジジイのクソジジイっぷりを何の躊躇もなく前面に押し出し、それでいて孤高のハードボイルドさを演出させるとは、なんとまぁ心憎いのでしょう。

ナチの逃亡犯の金塊を探すストーリーだとか金塊をめぐる連続殺人事件だとかいうのが主軸ではありますが、ぶっちゃけ普通で、ここだけ抜き出すと何も面白くありません。ありきたりなハードボイルド的展開もいいところです。ところがバック・シャッツを主人公に置き、出しゃばりだけどバックのことを大切に思っているバックの孫を物語に投入することで、途端に面白みが増していきます。この2人の掛け合いも当然いいんですが、そもそも移動すらやっとという感じの人が主役なわけですから、捜査していくだけで話になるんですよ。老人について特集するテレビ番組など、バックの皮肉な目線を際立たせる小道具もなかなか上手いです。
孫とは異なり、バックは捜査に乗り気ではない、というのが、この作品のいいところ。そんな数十年前のナチスの敵だとか、恨みこそあれど探しに行く方が大変だ、というわけ。ただ、奥さんが転倒事故を起こしてこの先老人ホームに行かなければならなくなる、みたいのが出て来てからバックは金塊探しに乗り出しますし、孫に殺人の疑いがかかってからはさらに積極的に行動を開始します。などなど、きちんとジジイの動機付けをしているのもグッド。ナチスとか大きな社会派みたいな展開には持っていかず、あくまでバック・シャッツというジジイ個人を中心に据えた展開には好感が持てます。

それでまぁ、ほどほどの意外な犯人とガツンとした締め方が、これまたまぁありそうな感じなんだけど、これもバックだから許されるし、意味があるのかなと。そのあと上手くいったのは都合いいかなというか流したなと思いますけどね。設定の個性的なところと比べてストーリーが模範的すぎるのは、個人的には少し惜しいかな。もっとぶっ飛んでもいいのに。
ただ、突き抜けた傑作感はないけど、これは非常に良い創元推理文庫というか、ハードボイルドだと思います。あらすじ・設定にひかれた人は読んで損はないと思いますよ。

書 名:もう年はとれない(2012)
著 者:ダニエル・フリードマン
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mフ-29-1
出版年:2014.08.22 初版

評価★★★★☆