緋文字
『緋文字』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

探偵小説家ローレンスと女流演出家のマーサは、誰もが羨む幸福な夫婦だった。しかし、結婚三年目から二人の仲が悪くなり、やがて凄じいトラブルが毎日起こるようになった。エラリイと秘書のニッキーは何度か仲裁に入っては、諦めて手を引こうとしているうちに”緋文字殺人事件”とよばれる姦通事件に巻き込まれていった。死者の残したダイイング・メッセージ、XYの謎とは? ホーソーンの同名小説に因んだ中期の代表作。(本書あらすじより)

久々に後期クイーンを読みたくなってこれを。いま『緋文字』を「中期」の「代表作」という人はあまりいないと思いますが、ハヤカワ・ミステリ文庫に2番目に入ったクイーンがこいつなんですよね。
さて、やっぱり自分は国名シリーズよりも後期クイーンが好きなんだなぁと感じさせられた一冊でした。正直途中ちょっと飽きてたし、最後までこの不倫話だけなのかー何にも捻りがないなーなんかしょぼいなーと思って読んでましたよ、えぇ。と思ったらラストでぶん投げられました。『ギリシア棺』の時にも思いましたが、クイーンはきれいにはまると見事に騙されます。これは、いい”法廷小説”でしょう。

奥さんの浮気をやたらと疑う情緒不安定男と、その浮気してるかも?な妻、およびその浮気相手?のジゴロが主要登場人物。これだけです。てっきりこういう見せかけの小説かと思ったら、本当にこれだけなことに途中でびっくりしてしまいました。いやもうただの恋愛ドラマじゃないですか。なんじゃこの悲劇まっしぐら感は、っていう。
エラリイは奥さんから頼まれて情緒不安定男を何とかしようとするのですが、エラリイはエラリイでイライラさせまくることしか言わないわ頭かきむしってばかりだわで何にもしませんし、秘書のニッキーはニッキーで最初は親友のために頑張るぞだったのに後半やっぱりどうしようしか言ってないし。いやほんと地味な作品なのです。ある程度しょぼいとすら言えます。殺人事件も何も起きませんし、何かが起きているのだけれどもそれが分からない、いわゆるホワットダニットのみで8割押し切っているわけですから、異色作と言っていいかもしれません。

ところが、そう、これ以上言えないのですが、ラストでこの小説の見かけがガラッと変わってしまうのです。いやーこれはすごい仕込みだったなぁと。やっぱり地味は地味ですが、この取り組みというか小説自体はちゃんと評価してあげなきゃなと思います。プロットと仕掛けのために物語をある程度犠牲にしているのは仕方ないのです(たぶん)。
解説にクイーンとクリスティーの関わりが書かれているんですが(『そして誰もいなくなった』を読んで、トリックを先にやられてしまい、クイーンが書きかけていた小説案をボツにした、という話は知りませんでした)、確かに『緋文字』はすごくクリスティーっぽいと思います。っていうかありますよねこれ、似たようなのが。

というわけで、上位に来る面白さでは決してありませんが、後期クイーンの層の厚さを感じさせてくれる一冊でした。作家クイーンはチャレンジングなミステリ作家だったんですね。
ちなみに、作中でエラリイがアメリカ探偵作家クラブに出席したり、「バーナビイ・ロス」なる偽名を使ったり、さらには《エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン》のために郵送されて来た原稿類を整理したりしているんですが、つまり作中のクイーンは現実の作家エラリイ・クイーンとほぼ同一人物扱いなんでしょうか。現実のクイーンは2人ですけどね。

原 題:The Scarlet Letters(1953)
書 名:緋文字
作 者:エラリイ・クイーン Ellery Queen
訳 者:青田勝
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 2-2
出版年:1976.04.30 1刷
     1997.12.15 22刷

評価★★★★☆
スポンサーサイト
ギリシャ棺の秘密
『ギリシャ棺の秘密』エラリー・クイーン(角川文庫)

盲目の大富豪・ハルキス氏の死が全てのはじまりだった―。葬儀は厳かに進行し、遺体は墓地の地下埋葬室に安置された。だが直後、壁金庫から氏の遺言状が消えていることが発覚する。警察の捜索の甲斐なく、手掛かりさえも見つからない中、大学を卒業してまもないエラリーは、棺を掘り返すよう提案する。しかし、そこから出たのは第二の死体で…。天才的犯人との息づまる頭脳戦!最高傑作の誉れ高い“国名シリーズ”第4弾。(本書あらすじより)

なんと、まだあの『ギリシャ棺』を読んでいなかったのです。1932年組の『X』も『Y』も『エジプト十字架』は読んだというのに。クイーンはもう12冊くらいは読んでいるというのに。いやもう最近国名シリーズというか初期クイーンを読む気力がわかなくて。論理ロンリーだし。後期クイーンの圧倒的ストーリー力を見ちゃうとねぇ。
とはいえここは避けては通れぬ道。読みやすいと噂の角川新訳版で挑戦です。というか角川新訳クイーンすらまだ読んだことなかったぞ。
というわけで、クイーン1932年4大傑作の1つ。正統派で堅実堅牢な本格ミステリ。読者にどこまで先を読ませ、どこまでを読ませないか、そこらへん作者がしっかりと計算しているためか、どんでん返しが非常に上手い作品となっています。なるほど、これは代表作。ところでエラリーの失敗譚とよく聞くけど嘘じゃないですかーやだー。

事件は、大富豪の死→葬儀の時に不可能状況での金庫の紛失→棺を掘り返すと新たな死体が……という具合で、基本的に1つの屋敷内が舞台となります。ヴァン・ダインみたい。エジプト十字架が広域的で連続殺人感が強く、いくぶん冒険小説的なところもあるのに対し、ギリシャ棺はより館的で、密室感があり、単体の殺人事件の捜査小説としての趣が強いですね。そのためストーリー性には欠ける代わりに、論理パズルとしての側面を濃厚に楽しめるようになっています。

そんでもって犯人vs探偵という構図で600ページ近く持たせているんです。ひたすら偽の手がかりをばらまく犯人! それに騙されたり見破ったりしながら犯人を追うエラリー! ぶっちゃけ犯人がなぜそこまで凝らなきゃいけないのか大いに疑問ではありますが(相手の思考の裏の裏の裏を読むのって超非リアル感があるし上手くいかなそう)、この点については犯人のあるポイントによって、無理感をある程度抑えているのがよく出来ています。さらにこれを別の方向から使ってミスディレクションに生かしているのもすごい。見事に騙されちゃいました(なんだこの分かりやすすぎる犯人は難易度ひっく、と思って読んでたら完璧に間違ってた)。だらだら捜査して推理してで600ページかけているようで、ラストまでが相当入念に組み立てられているのです。

欲を言えば、もう少し登場人物の掘り下げに分量を割いて欲しかったかなと。ハルキス一族とその関係者が、いずれも親族やら職業やらを割り振られているだけで、出て来るのは一堂に会しているところばかりなので、容疑者としての怪しさのバランスが弱い気がします。これはクイーンさん書くのさぼったのでは……。
クイーンってクリスティーとかと違って容疑者を一同に会させ、みんなに色々言わせて尋問を進め、個別尋問はあんまりやらない印象があります。ヴァン・ダインもそうか。アメリカの特徴なのかな。

というわけで、新訳版ということもあるのでしょうが、思ったよりすらすらと楽しく読むことが出来ました。やはりこの手の代表作は手にとっておかないと……。

書 名:ギリシャ棺の秘密(1932)
著 者:エラリー・クイーン
訳 者:越前敏弥、北田絵里子
出版社:角川書店
     角川文庫 ク-19-8
出版年:2013.06.20 初版

評価★★★★☆
第八の日
『第八の日』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ハリウッドからの帰途一軒の店に立ち寄ったエラリイは、奇妙な風体の老人と若者を見かけるが、その老人の高貴な風貌にはなぜか人の心を惹くものがあった。再び車を駆る彼はネバダ砂漠のとある村落に迷い込んでしまった。そこは、先刻出逢った老人を教師とし、聖書さながらの生活を営む一団の人々の共同体であった。あらゆる文明社会から隔絶し、犯罪という概念すら持ち合わせないこの社会でエラリイは奇妙な殺人に出くわした。自分の生活圏とはまったく異なる世界で起きた数奇な犯罪に、エラリイは単身挑んで行く。中期の異色力作!(本書あらすじより)

解説には書いていませんが、これはアヴラム・デイヴィッドスン代作と言われているものです。とはいえ、フレデリック・ダネイがプロットを考えて、デイヴィッドスンがマンフレッド・リーの代わりに執筆した、ということなので、あまり大きな意味は無いのかもしれませんが……でもまぁ、ちょっとSFっぽい舞台設定だよなぁと思ってしまうんですけどね(笑)

それにしても……いやはや、こりゃあすごい作品ですよ。読み終わってモーレツに感動してしまいました、わたし。クイーンやばい。後期クイーンを読めば読むほど面白さにのめり込んでいくんですけど。もう国名シリーズとか悲劇シリーズとかどうでもいいね(ちゃんと読んでいない人)。

さて、ストーリーは大まかにあらすじの通りです。戦争中、ハリウッドで仕事をさせられていたエラリイは、酷使されまくったあげく倒れてしまい、朦朧とした頭で帰途につきます(この部分がさっそく幻想的というか妄想的な記述でいきなりいつもと違うなという感じ)。途中、なんやかんやあって外界には全く知られていない閉鎖的な村にエラリイはたどり着きます。原始的な共同生活を送る彼らのほとんどは外界に一度も出たことが無く、奇妙に発達した言語を用いて実に古代的で旧約聖書的な生活を送っているのです(ほらさっそくおかしいでしょ)。
なぜか「我々が長い間待ち望んでいた方が来た!」という扱いを受けたエラリイは、この村への興味から滞在を続けることになります。「犯罪」という概念すらない平和的な村ですが、しかしある日殺人事件が発生してしまいます。せっかくの共同生活を壊したくない彼は、外部の者を呼ばず、内密で事件を解決しようとしますが……。

そしてまぁ、神のごとき名探偵ぶりを発揮するエラリイは、犯人に気付き、犯罪捜査というものを知らない村人に対して(やや上から目線で)悩みながらも犯人を指摘するのです……が、あまりに楽勝な推理なので、こりゃあエラリイ間違ってるっしょ、後期クイーンだし、と読者の大半は分かるでしょうね。でまぁ言っちゃうと、実際間違っている訳です(こいつ本当に進歩ないな)。そのことからとんでもない悲劇が生まれ、エラリイは村を後にすることになります。

本格ミステリとしては、はっきり言って全然大したことはありません。展開も、ここで遠慮なくあらすじを長めに書いてしまうくらいには予想の範囲内。しかしこの閉ざされた、奇妙で、キリスト教の教えに満ちた集落の雰囲気がまずたまらなく良く、全編謎の幻想感にあふれた様は何とも言えません。『第八の日』というタイトルは、神が七日で世界を創造したことにちなんでおり、八日間、エラリイは村に滞在するのですが、この設定がまた強烈な感動を読者に与えます。第八の日に描かれる実に皮肉な真相と描かれない作品のその後の強烈な印象ったらないですね……。そもそもエラリイはシリーズ探偵で、当然またこの村を出なきゃ行けませんし、さらにこれは第二次世界大戦中なので言わば過去譚であることを考えると、作者はずいぶん思い切ったことをしたなぁと思ってしまいます。

キリスト教徒とか興味ないしよく知らない、探偵とは何かみたいな後期クイーン問題も興味ない、という自分ですが、それでもこれだけ楽しめたので、とにかく妙に惹き付ける何かを持つ作品だとは言えるでしょうね(そもそも自分は『まるで天使のような』みたいな閉ざされた非現実的な集落物が好きということもありますが)。決して万人にオススメ出来るほどクオリティの高い作品ではありませんが、この独特の雰囲気をぜひ味わってもらいたいところ。薄いのですぐ読めますしぜひぜひ。

書 名:第八の日(1964)
著 者:エラリイ・クイーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 2-6
出版年:1976.6.30 初版
    1989.11.30 10刷

評価★★★★★
ガラスの村
『ガラスの村』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

〈シンの辻〉と呼ばれるニュー・イングランド北部の一寒村。 独立記念日の翌日そこに住む老女流画家が無残にも撲殺された。が、犯行時刻ごろ、村人が彼女の家へ入った一人の男を目撃していた。事件はあっけなく終わるかに見えた。ところが、逮捕された男金を盗んだ事実は認めても、殺人の件は頑強に否定。女流画家の家へ行ったのは薪割りを頼まれたからだという。だが、証拠となるはずの薪は、煙のように消え失せていた!巨匠エラリイ・クイーンが展開する、精緻な論理、読者への挑戦、意外な結末!1954年発表の問題作。(本書あらすじより)


傑作!!!!!いやぁ、今まで読んだクイーンの中で、一番楽しめたかもしれません。今年は『災厄の町』以後のクイーン作品ばっかり読んでいるわけですが、どう考えても初期作より面白いですね。その中でも『ガラスの村』の単純な”面白さ”は一つ抜けているような気がします。

外界との接触がほとんどない閉鎖的な村で、誰からも好かれているおばあさんが殺害されます。その家から出てきたところを見られていたポーランド人が、村人から犯人だと決めつけられ捕まえられ、ほぼリンチまがいの扱いまで受けてしまいます(「ガイジン」というだけで差別するような村ですよ)。その村の住人は、とある過去の事件のせいで、外の世界の連中を全く信用していないのです。村人の中で唯一理性的な老判事、およびたまたまそこを訪れていた従兄弟のジョニー・シン(主人公)は、何とか真犯人を見つけ、ポーランド人を助け出そうとするのですが……。

……というあらすじからも分かる通り、話としてはやや暗めです。が、こういってはなんですが所詮はクイーンなので、陰湿さなんてものはなく、そのへんは心配ご無用。作者はマッカーシズム批判の意味合いを込めて書いたらしい(本当に執筆したかはともかく)ですが、まぁそんな政治的云々なんてものはどうでもいいのです。
偏見の塊みたいなリンチ大好き村人軍団vs理性派常識人法律組、という構成がまず燃えますよね(登場人物一覧はかなりこれに意識的で、作った人はそうとうセンスがいいです)。キチガイ裁判(ある種の笑い所)を経て明かされる意外な真相。この裁判が、物語の中で実に上手く使われていてとっても良いのです。本格ミステリとしては十二分の出来でしょう。一部では、本格ミステリとしての出来に不満足(そうか?)で、この作品を好まないクイーン信者もいるらしいですが……そりゃ構成こそ破格ですが、これだけの出来に文句をつけるのはどうかと思いますよ。

とにかくストーリーがものっそい読ませるので、文句の付けようがありません。今回、名探偵エラリイ君は不在ですが、正直この作品にシリーズ主人公なんて邪魔なだけです。ジョニー・シンという新たな人物が探偵役であることで、ある種の緊張感と深みが生まれています。クイーンはもっとノンシリーズを書きゃ良かったのに……。
強いて言うならオチをもっと捻って欲しかった気もしますが、クイーンはあくまでガチ本格作家なわけで、これはこれで構わないというか、しょうがないんじゃないですかね。良い物を読めたので実に満足。これは強くオススメできます。久々に星5つつけちゃえ。

クイーンのノンシリーズ長編って、あと『孤独の島』というのがあるらしいですね……な、名前すら知らなかったんですけど。あらすじ見たら、だいぶぶっ飛んでて面白そう。気楽に探してみます。

書 名:ガラスの村(1954)
著 者:エラリイ・クイーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 2-8
出版年:1976.8.31 1刷
    2002.4.15 16刷

評価★★★★★
十日間の不思議
『十日間の不思議』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

血まみれの姿でクイーンのもとを訪れた旧友のハワードは家を出てから十九日間、完全に記憶を失っていたという。無意識のうちに殺人を犯したかもしれないので、ライツヴィルへ同行してほしいと彼はエラリイに懇願した。しかしエラリイが着くのも待たず、不吉な事件は幕をあけた。正体不明の男から二万五千ドルでハワードの秘密を買えという脅迫電話がかかってきたのだ! 三たびライツヴィルで起こった怪事件の真相とは?(本書あらすじより)

〈クイーン強化月間〉第4弾、かつ最終回です。ライツヴィルシリーズとしては第3弾ですね。普段は年1冊ペースでしかクイーンを読まないTYとしては、なかなか濃密な2ヶ月でした、んむ。

で、『十日間の不思議』です。EQアンケートやEQFC選クイーン作品ランキングでは、『災厄の町』より下で、『靴に棲む老婆』より上、という評価を受けています。ふむふむ、なるほど、ということは結構期待できるということじゃないですか。

で、読んだ感想ですが――結論からバシッと言うと、非常に面白かったです。読んでいてグイグイ引きこまれました。その一方で、いくつか首をかしげざるを得ないというか、ちょっと思うところもあるんですが。

本作の特徴として、登場人物数が非常に少ないことがあります。作者クイーンが、いわゆる「フーダニット」としての要素を、本書においては完全に捨て去ったこと意味するように思います。また、出てくる人間の数が少ない分、それぞれの心理描写・性格描写に筆が多く割かれることになります。彼らが何を考え、どういう行動を取ることになるのか、という興味こそがこの物語を読ませる推進力となるのであり、そしてその点では大いに成功していると言って良いのではないでしょうか。ドロドロした人間関係、地味なゆすりといった、ある意味些細な事柄のみによって4分の3近く話を引っ張るのですから、まぁこれはたいしたもんですね。初期クイーンにはおそらく書き得なかった作品でしょう。

以上のことにより、作品は最終的にエラリイ・クイーンvs真犯人、という構図を大々的に打ち出していくことになります。事件に深くのめり込みすぎたクイーンが、いかに犯人との決着をつけるか、というのが終盤最大の見どころであり、またそれこそが本書がかなり評価されている理由でもあるでしょう。


……で、そこなんですね、妙に気に入らないのが。端的に言ってしまえば結末です。
ちょっと話はそれますが、この本を読んでいた時に、猛烈に思いだしたのがアガサ・クリスティの某作品です(両方読んだことある人ならたぶん分かる……はず。ネタバレではないですが、まぁちょっとアレなので、タイトルは追記に伏せ字で)。両作品は同じ路線である一方、ある意味対極的な終わり方を迎える……というのは、なかなか興味深いですね。いや、そんなことより。

何が気にいらないかというと、この結末、あまりに犯人にとって罰が軽すぎる、ということなんです。これ以上書くとネタバレなので書きませんが、この手の解決法は、読者が納得出来る状況でなければ使うべきではない、と思います。その点、セイヤーズの某作品に関しては自分は結構気に入っているわけですが。


とは言え、総合的にはやはり傑作です。後期クイーン問題をこれだけ前面に出してきたわけですから、次作でクイーンがどのような決断を下すのか、非常に気になるところです。『九尾の猫』は一部でカオス的な人気みたいですし。
『災厄の町』以降の4作品を読み終わり、とりあえず順位を付けてみると、
1、『災厄の町』 2、『靴に棲む老婆』 3、『十日間の不思議』 4、『フォックス家の殺人』
でしょうか。『靴に~』は個人的に結構好きなんですよね、うん。

蛇足1:解説(何となく気のない解説のような気がする)で、鮎川哲也が壮絶なネタバレをしています。自分は、まったくもって運のいいことに、ネタバレ1行前で解説を読むのを止めました。うーん……やっぱり、解説は最後に読むべきです。

蛇足2:A・A・ミルンの『四日間の不思議』とタイトルが似ていて紛らわしいです……あくまで個人的には。

書 名:十日間の不思議(1948)
著 者:エラリイ・クイーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 2-1
出版年:1976.4.30 1刷
    2005.6.15 25刷

評価★★★★☆


【※注意!!以下、伏せ字にてネタバレあり!!】
... 続きを読む
フォックス家の殺人
『フォックス家の殺人』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

デイヴィー・フォックス大尉は華々しい戦果をあげライツヴィルに凱旋したにもかかわらず、神経を冒されていた。ある夜、彼は無意識のうちに妻の首を絞めようとまでした。戦争の異常体験が12年前に起こった忌まわしい事件の記憶を呼び覚ましたのか?思いあまった大尉と妻はエラリイ・クイーンを訪ね、大尉の父が母を毒殺したという過去の事件の再調査を依頼した。今は刑に服している父が無実となれば、大尉の病も癒えるはずだ。エラリイは事件を再現し、大胆きわまる推理を展開していったが……!本格の魅力を堪能させる意欲作。(本書あらすじより)

〈クイーン強化月間〉第3弾。ライツヴィルシリーズ第2弾です。
まず最初に言っておきますが、TYはこの作品、嫌いじゃないです。とっても読んでいて面白かったです。また、シリーズ物としてのツボも押さえているというか。『災厄の町』に登場したライツヴィルの名脇役たちが再登場するとか、もう熱いじゃないですか。デイキン署長とかやっぱいいなぁ。この人ニューヨークのヴェリーさんなんかよか絶対かしこいよね、うん。事件が何となく『災厄の町』の焼き直し感(毒殺、飲み物、夫が疑われる、云々)があるのに最初気になっていたんですが、途中からどうでもよくなりました。ライツヴィルシリーズということで、わざとやったのでしょうか。また、何となく予想できるとはいえ、この前向きなラストには素直に感動できます。

……ですが、作品として評価するとイマイチかなぁと。少なくとも、『災厄の町』『靴に棲む老婆』よりは数段落ちると思います。それはなぜなのか?


1つ目の大きな理由は、「回想の殺人」物として成功していないこと、でしょうか。
「回想の殺人」というのは、要するに、過去の事件の再構築です。証拠もほとんど残っていない中、当事者たちの記憶を主たる証拠としながら、探偵が新たな結論を導き出すのです。この手法の第一人者はおそらくアガサ・クリスティでしょう。彼女は中期以降このテーマを何度も作品で扱っています。傑作『五匹の子豚』が発表されたのが1943年だというのは興味深いですね。『フォックス家』は1945年です。

さて、この点から見て『フォックス家の殺人』は何がまずいのか。まず、この本のテーマが「回想の殺人」だと分かるのが遅すぎるという問題があります。あらすじを読まないで手に取った人は(自分もそうですが)、86ページにデイヴィーのセリフがあるまで、ただただ宙ぶらりんな状況に置かれることになります。これはねぇ……まぁ、ダメとは言いませんが、良くはないです。「回想の殺人」というのはミステリにおいてちょっと変則的かつ扱いにくいテーマですから、出来れば最初から前面に出して欲しいなぁと。
ただ、そんなことより問題なのは、結局のところ、事件を当時の証拠品を元にあっさり解決してしまうところです。つまり、単なる再捜査。捜査不足だったというだけであり、12年前じゃなくて半年前だとしても全然構わないわけじゃないですか。12年という年月にはあまりに意味がありません。個人的な好みを言えば、「回想の殺人」というのは、証言の集積に基づき解決する、いわば究極の安楽椅子探偵ものであって欲しいんです。証拠を吟味して、む、これはまさか!ではダメなんです。ま、あくまで好みではありますが、この点は結構不満です。ちなみにこの証拠がまた最後の方でひょっこり出てきて、一気に解決、というのも気に食わない。さらには殺人の真相として、読者を勘違いさせようとあるポイントだけすっ飛ばしているのに、証言中誰も突っ込まないというのもやっぱり気に食わない。


……と文句を言うと、たぶん、こういう人がいます。「『フォックス家の殺人』は、ミステリとしてはアレだけど、そこを楽しむべきじゃない。人物描写や人間関係の妙こそが肝なのだ」みたいな。それがダメ出しの2つ目の理由です。
『災厄の町』が傑作たるゆえんは、この言葉は安易なので嫌なんですが、要するに「人間が描けているから」です。クイーンはミステリとしての出来栄えを犠牲にしてまで、割合普通の人々の心理描写・人物描写を重視し、結果としてそれが大成功したわけです。確かに『災厄の町』は文句なしの傑作です。
では、『フォックス家の殺人』は果たして「人間が描けて」いないのでしょうか……というと、もちろんそんなことはありません。問題は、その描写とやらを全部最後に詰め込んでしまったことにあります。
『災厄の町』では、クイーンは裁判の進行と共に、人々の心情の変化を無理なく見事に描き切りました。被告人を全力で弁護しようと一致団結する際の複雑な心境とか、やはり秀逸ですよね。つまり、事件の進行と容疑者たちの心情の移り行く様が、ごく自然に、一体となって描かれているんです。

対する『フォックス家』。証言シーンでちょっとした告白はあっても、大した心情の変化はありません。というか、なぁなぁで流れた感すらあります。中盤のアルヴィン・ケインのエピソードは、後で何か意味を成すのかと思いきや、文字通り全く意味のない話です。ぶっちゃけなくてもいいくらい。そして最後突発的にある証拠から事件が一気に解決と相成り、登場人物たちはみなハッピーになる。
……と、それだけなんです。ベイアードに対する感情がもっと激しく描かれるかと思いきや、やはりそうではない。何と言うか、ミステリとしての側面も人物描写としての側面も全部最後に押し込んでしまった、という印象を受けます。もっとじっくり書いていれば話は別なんですけど。ですから、80ページくらいまではある意味非常に良かったんです。若い夫婦の心理関係がそれはそれはねちっこく描写されていて。ところが、さっきも書きましたが、これが「回想の殺人」だった!と分かると同時に、「人間を描く」ことがなくなってしまうんです。


……と、珍しくけちょんけちょんに書いてしまいました。ごめんなさい。つまらなくはないんですけど、いや面白かったんですが、何とも中途半端な完成度。全体的に、プロットが未熟であるという印象があります。結構評判良いみたいなんですけどねぇ、うぅむ、どうしたことか。


あんまり長々とダラダラ書いたので、ちょっとだけ補足。
『災厄の町』を読んだ時も思いましたが、訳された青田勝さん、かなり上手いですね。2012年3月号のミステリ・マガジンは逆転裁判特集でしたが、巧舟(タクシュー)さんがインタビューで「青田勝さんの翻訳に影響を受けた」みたいなことを言っていました。なるほど、よく分かります。
この事件では、タンブラーと水差しとグラスが極めて重要になります……って、これが結局よく分かんなかったのです。いや、何度も読んで最終的には何とか分かりましたが(つまりタンブラー=グラス……なんだよね、たぶん)。海外ミステリを読んでいてやたらと出てくる「水差し」とは何なのか、長年の疑問を解消すべく、ついにgoogle画像検索で調べたら、ふむふむなるほど、要するにピッチャーやね(ってか英語でpitcherだった)。ちなみに「ピッチャー」は、大学に入って飲み会で初めて知りました。親に聞いたら、「水差し」という単語は別に普通に使う……使わなくても意味は分かる単語らしいです。ぐぁっ。不勉強ですみません……。

書 名:フォックス家の殺人(1945)
著 者:エラリイ・クイーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 2-32
出版年:1981.5.31 1刷
    1999.9.15 11刷

評価★★★☆☆
靴に棲む老婆
『靴に棲む老婆』エラリー・クイーン(創元推理文庫)

靴作りで巨億の財をなして《靴の家》に住む、老婆と六人の子供たち。この一家に時代錯誤な決闘騒ぎが勃発、エラリーらの策も虚しく、不可解な殺人劇へと発展する。”むかし、ばあさんおったとさ、靴のお家に住んでいた”――マザー・グースの童謡そのままに展開する異様な物語。狡猾な犯人の正体は?ナンセンスな着想と精妙な論理が輝く、風変わりな名作!(「生者と死者と」改題)(本書あらすじより)

〈クイーン強化月間〉第2弾。読んでいる途中に読書スランプに突入したせいで、1週間もかかってしまいました。前回読んだ『災厄の町』には勝てませんが……いや、どうなのかなぁ、こっちの方がマトモなミステリではあるし。とにかく、佳作と言うか、予想以上に面白い作品でした。とはいえ、べた褒めしているわけではないというのが、自分とクイーンの微妙な距離感なのではないかと(笑)

クイーンの傑作群の中では、取り立てて有名な作品と言うわけではありません。中期の作品も、『災厄の町』『フォックス家』『十日間』とかがまず名前が出てくるのが普通……のような気がしますが。エラリー・クイーン・ファンクラブのランキングでは10位だということですが、1~9位に比べてどうにもインパクトが弱いようです。つまり、所詮10位。

で、なぜなのかなぁと考えると、やっぱりこの作品が初期クイーンらしい作風でありながら、ロジック・推理の面では到底初期クイーンには勝てていないから、なのでしょうねぇ。偏屈なババアの支配するキチガイ家族、マザー・グースなど、題材自体はまさに『Yの悲劇』、というよりはヴァン・ダインの『僧正殺人事件』にそっくりです。前作『災厄の町』で見せたような心理描写は抑えめで、あくまでフーダニットに徹しているとい感じ(そのせいかキャラクターも結構ステレオタイプ的というか、単に1つの属性を与えられたのみ、という感じ)。とはいえ推理自体はそれほどでもなく、やはり一般に言われる傑作と比べて見劣りするというのも分からないではありません。

が、しかしこの作品、そんなに中途半端でしょうか。まず読んで思うのが、圧倒的な読みやすさです。とにかく物語としての面白さ。この点、やはりクイーンは上手くなったんだなぁと。国名シリーズや『X』『Y』の単調さと比べて、この作品は実にファンタスティック、どことなくおとぎ話めいた世界に読者は引き込まれるのです(これを出来なかったことが『僧正』の最大の弱点かな)。
さらに、確かに推理自体はちょっとなし崩し的なところがあり、最後も土壇場で証拠を出すってどうよ、という気もしますが、決め手となる証拠、これはなかなかいい点をついているのではないでしょうか。少なくとも自分は、ほぇ~、っと感心しました。これしかないじゃんと言われるとそれまでですが(例えばピストルの件とかはやっぱりいい加減だし)、そこは上記の物語的面白さがカバーしているということで。
その物語的面白さを支えるのが、二重三重と繰り返すどんでん返しでしょう。残りページの分量からまさかこれで終わらないだろうと分かってしまうと言えば、えぇもうそれまでですけど(笑)この点も初期クイーンからの進化と言えるのではないでしょうか。単に事件を起こして、ロジックからただ解く、というだけではなく、ストーリーとしての厚みを持たせるために、読者の興味を飽きさせない仕掛けを入れる、ということです。

と、ここまで、クイーンにしては珍しくべた褒めです。いや、最初の80ページくらいまではちょっとしんどかったんですよ。出たなキチガイ家族、出たなキャラが濃い割に深みのない登場人物たち、出たなマザーグース、あぁもうやだこの展開→スランプ、というわけです。が、読み終わってみると、うぅむ、結構良いんじゃないか、これ。

というわけで、もしミステリ初読者に何か古典本格を勧めるという場合、クイーンに関して言えば、例えば『エジプト』よりも『靴に棲む老婆』の方が、読みやすさの点からいって良いのではないかなぁと思いました。現実問題として自分はクイーンよりクリスティを勧めると思いますが(笑)

なお、この本はNさんからお借りしました。ありがとう!

書 名:靴に棲む老婆(1943)
著 者:エラリー・クイーン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-1-12
出版年:1959.9.25 初版
    2002.12.20 54版

評価★★★★☆
災厄の町
『災厄の町』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

結婚式の前日に姿を消したジムが三年ぶりに突然戻ってきた。彼の帰りを待ちわびた許婚のノーラと結婚し、二人は幸福な夫婦となった。そんなある日、ノーラは夫の奇妙な手紙を発見した。そこには病状の悪化した妻の死を知らせる文面が……これはわたしを殺害するための計画か?美しい三人の娘を持つ旧家に起こった不思議な毒殺事件。架空の町ライツヴィルを舞台に、錯綜する謎と巧妙な奸計に挑戦するクイーンの名推理!(本書あらすじより)

めちゃくちゃ今さら感強いですが、『災厄の町』です。いいんです、これから1ヶ月はライツヴィル月間なんですから。1冊おきにクイーンでいきます。たぶん。

で、『災厄の町』です。素直な感想を言いますと、まず感心しました。今まで国名シリーズと『X』『Y』しか読んでいなかった身としては、こんなにストーリーが面白いミステリをクイーンが書けたのか!という驚きでまずいっぱいです。例えば『エジプト』とか、確かに自分の中では星5つレベルの面白さでしたが、じゃあ大好きかと言われると、うーん、なんですよ。理由はシンプル、何か退屈。これです。ロジックはグレイト、ヨードチンキなんかグレイトォォォ、でも何か退屈。だからある意味、ミステリとしてはアレでも『シャム双生児』が面白いわけで。

んがっ、ここで自分が声を大にして言わなくったってみんな知ってることですが、『災厄の町』は明らかに退屈のタの字もない。これは、延々と語られる人間関係でただただ読ませる物語なのです。話の筋としては、ある計画が明らかに→ある人物が死ぬ→ある人物が疑われる、だけ、という非常にシンプルなものなのですが、これがとにかく面白い。だいたい人が死ぬのが100ページ以上という時点で、謎解きオンリーミステリから逸脱しているわけです。

ミステリとしての観点、つまり犯人の意外性という点では、確かに少々物足りない嫌いはあります。というのも、誰かが疑われている場合、読者の思考としては、
①そいつは実際に犯人だけど、何らかの隠された理由によって黙っているに違いない
②ってか犯人じゃない
しかないわけで、そして読者の期待を裏切るのがミステリだ、という方向性で考えると、これはもう犯人が分かっちゃう可能性大です。ただ、そもそもそういう観点から読むこと自体がちょっと違ってきているわけですよね。また、動機の面ではある程度巧妙であり、そして『災厄の町』は、トリックなんかではなくその動機を描くためにのみ大半が費やされているわけですから、これはもう文句を付けるわけにはいかないでしょう。
この作品が、人間を描いたクイーンの最高傑作だ、と言われるのと、そりゃないだろう、もっと上は目指せるはず、とは思います。例えばサブのキャラクター達の書き込みがちょっと甘いかな、とか。ただ、ある意味一本しか道筋のない単調な物語を、人間感情を細かくえぐりだすことでこれだけ魅力的に語ることのできるクイーンは、やっぱり凄いですよね。傑作だと思います。

なお、エラリイ・クイーンは、真相を語るのに悩み苦しむ、従来の神懸かった探偵ではなくなった、なんて感想をよく見かけます。まぁ、その通りだとは思いますが、その点については特に何も思わず読了してしまいましたね……。というのも、真相を語ってはいけない場合に語らない、というのは、ある意味当然じゃないですか。そもそもそういう方針の、何て言うんですか、悩める探偵が書かれたミステリはそれまでにもいっぱいあるはずです。えぇっと、何があったかな、パッと思いつくのでは、古典的大大大傑作、E・C・ベントリー『トレント最後の事件』(1913)とか。そもそもクイーンの作品の中で数少ない自分が読んだものの中でも、『Y』とかそうじゃないですか。あまりその点を騒ぐ必要はないと思うんですが……。

書 名:災厄の町(1942)
著 者:エラリイ・クイーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 2-12
出版年:1977.1.31 1刷
    1998.10.15 26刷

評価★★★★☆
シャム双生児の秘密
『シャム双生児の秘密』エラリー・クイーン(新潮文庫)

旅行先のアロー山中で山火事に追われたクイーン父子は、山頂にある著名な外科医ザヴィア博士の山荘に辿りつく。無気味な一夜が明けると、博士は何者かの手によって殺され、続いて第二の殺人が起こる……。地獄の業火のような山火事にとりかこまれた家の中で、二枚にちぎられたトランプのカードを手がかりに、エラリーと父親のクイーン警部が奇怪な事件の真相を追究する。(本書あらすじより)

国名シリーズ第7作。又の名を『ハムソーセージの秘密』……あ、あ、エラリストの皆さん怒んないで。

本作は国名シリーズの中では異色作と言われますし、そもそも作者自身が冒頭でJ・J・マック氏にそのように言わせていますが、全く持ってその通りでしょうね。山頂から逃れられず、山火事が刻一刻が迫り来る中で、山頂の館(!)で起きた殺人事件をクイーン父子が解く、と……なんかいかにもな設定ですけど、こういういかにもな設定は、海外物の中では意外と少数派です。

ではなぜこんな設定を作者は設けたのか?というと、実は事件が結構しょうもないからなのです。エラリーの論理にもキレがありませんし、大したことのない事件を、やったらとこねくりまわして長編に仕上げた、という印象すらあります。クイーン父子の推理がやったらと誤爆したり、本当は簡単なのにそれをやったらとこねくり回して長編にしてしまう、というやり方はなんとなくコリン・デクスターを思い出させます。最後の謎解きの場面だって、証拠が全然ないためか、かなりセコい手で犯人を特定しています。動機だって微妙です。犯人の最後の行動はやっぱりずるいと思います。というわけで、事件自体はぶっちゃけ微妙なのです。

しかし!推理こそ微妙ではありますが、読んでいる側としてはかなり楽しめるのではないでしょうか。これは火事のおかげと言えるかもしれませんが、実は3分の2くらいまでは、火事がそこまで近付いてこないためそこまで危機感がありません。物語を主として引っ張っているのは、登場人物の個性や行動の不可解さ、そして事件の謎ではないでしょうか。というかですね、露骨なクローズドサークルが苦手なTYとしては、あんまり火事火事言ってたら読みづらかったと思うんですよね。
そして結末が近付くにつれ、炎も近付いてくるのです。逃れられない山頂で生き残ろうと必死であがく人達の様子が、作者の手で鮮やかに描かれます。この一連の描写があるからこそ、最後の一文が美しい余韻をもたらして終わるのです。

という中で、クイーン父子の捜査は、正直ださいのです。かっこ悪いです。クイーン警視(警部と訳してあるけど、Inspectorの誤訳ではないかと。イギリスでは警部でいいんですが)なんか何回ミスったら気が済むのかと。しかしながら、彼らは火事に向かうと(つまり終盤)俄然かっこ良くなるのです。世の中にエラリー萌えしているエラリアンがぞろぞろいるのもうなずけます。


ちなみに、ついこの間読まされた有栖川有栖『月光ゲーム』では、作中人物により何度も『シャム双生児の秘密』との類似性が指摘されていますが、確かに似てます。副題を「Yの悲劇'88」なんかより「シャム双生児の秘密'88」にした方がいいんじゃないかってくらい。謎解きのタイミングまで似てるじゃないですか。活火山は露骨に悲壮感が漂うので自分は好かんのですけど。


以上まとめると、まぁ国名シリーズ好きにはやはり欠かせない一冊ではないかと。ミステリ面が弱いのは否めませんが、エンターテイメント性も含め、これも一種の傑作ではないのかなと思うのです。


書 名:シャム双生児の秘密(1933)
著 者:エラリー・クイーン
出版社:新潮社
    新潮文庫 ク-2-5
出版年:1960.1.30 初版
    1989.1.30 29刷

評価★★★★☆
エジプト十字架の謎
『エジプト十字架の謎』エラリー・クイーン(創元推理文庫)

ウェスト・ヴァージニアの田舎町アロヨで発生した殺人事件は、不気味なTに満ちていた。死体発見現場はT字路。T字形の道標にはりつけにされた、首なし死体の外貌もT……。興味を抱いたエラリーは父とともにアロヨへ赴き、検視審問に出席したが、真相は杳としてしれない。そこに、類似の殺人を知らせる恩師からの電報がエラリーのもとへ届く。第一の事件から遠くはなれた現場へ駆けつけたエラリーが見たものは、トーテム・ポールにはりつけにされた首なし死体であった。エラリーの精緻な推理が明かす、驚天動地の真相とは?スリリングな犯人追跡劇も名高き、本格ミステリの金字塔。(本書あらすじより)

クイーンは5つ目。今までに読んだ「国名」シリーズは、『ローマ』と『オランダ』の2つのみ。ドルリー・レーンものは、『X』と『Y』の2つ。てなわけで、海外ミステリ好きにも関わらず、クイーンは4つしか読んだことのなかったTYです。自分の未熟っぷりが痛いです、いやほんと……。

しかしなるへそ、評判通りの傑作です。解説にもありましたが、クイーンは大分エンターテイメント性を意識しているように思えます。何よりもそれがはっきりしているのは、最後にクイーン自身が言っているように、タイトルそのものかもしれませんが。いつもの論理ずくしな地味な作風(?)とは異なり、宗教的な不気味さとか(前半だけだけど)、三角関係とか、事件に関係があるのかないのか分からない要素がゴタゴタあります。こうしたものはまた、読者に真相を気付きにくくする役割も果たしているかもしれませんね。

さらに今までに読んだクイーン作品よりも、ちょっと笑えるところが多かったように思います。ヴォーン警視・アイシャム地方検事・ヤードリー教授といった、今作でのクイーンの協力者の立ち回りによるところが大きい気がします。特に、後半、島に一人で行ったヴォーン警視の下りは、何だか過度にヒロイックで面白かったです(笑)


謎解きについては、これまた証拠は大してないくせに、ひたすら理詰めで行くことで犯人が浮かび上がるという緻密さが良く出来ています。また、いつもほどエラリーが推理を出し惜しみしていないのも結構なことです。さらに、クイーン警視の代理役とも言えるヤードリー教授とエラリーが二人で推理していく様を頻繁に入れることで、常に事件を進行させていってくれるのがとってもいいですね。黄金時代のミステリを読んでいると、何と言うか、読者の推理が探偵やその周辺人物の推理を追い抜いてしまい、何をてめぇらグダグダしゃべっとんねん、みたいな興ざめ状態になることがあります。ところがヤードリー教授の推論がちゃんと読者レベルであるため、その点問題がないんですよね。ちなみに、アイシャム地方検事の、黄金時代的バカさ加減には、ちょいちょいイライラしました(笑)

トリック自体は、今となってはベタだと言う人もいるかもしれませんが、個人的にはかなりいい点をあげたいところ。犯人の意外性も十分でしょう。さらにそのトリックを明かすエラリーの理論もさすがです。これ、いくつ事件が起きるかを話すのはあんまり良くないと思うんですが、とにかくエラリーが最後の事件で犯人を特定するのに用いたあの証拠品は、単純ながらかなり上手いと思います。

ちなみに何と、細かい点までは推理出来ませんでしたが(特にさっき言った証拠品とか)、読者への挑戦より前に、TYはかなり確信を持って犯人を当てることが出来ました。エラリーが推理では言っていなかった点ですが、第一の事件と第二の事件をじっくり考えれば、犯人は分かると思うんですけどねぇ。犯人が分かる読者は、意外に多いのかもしれません。もちろん、犯人が分からない方が、面白いに決まっています。せっかく犯人分かったんだから、追記の形でネタバレ付き自慢しちゃうぞ(笑)ついでにちょびっとネタバレのところに不満も書いておきます。ちょびっとね。


というわけで、かなり満足出来る一冊でした。本格ファンなら、後半は手から本が離れなくなること間違いなし。「国名」シリーズを読み始めるなら、『ローマ』から読むより、有名所から押さえた方がいいかもしれませんね。

書 名:エジプト十字架の謎(1932)
著 者:エラリー・クイーン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-1-9
出版日:1959.9.25 初版
    2006.9.15 70版
  新版 2009.1.9 初版

評価★★★★★


【※以下ネタバレあり!最大限の注意を払うこと】
... 続きを読む