パコを憶えているか
『パコを憶えているか』シャルル・エクスブライヤ(ハヤカワ・ミステリ)

ある酒場で人殺しがあり、現場で喧嘩していた不良青年パコ・ボルスが、ミゲル・リューヒ主任刑事のもとに連行された。取調べをしながら、ミゲルはパコの話に心うたれた。パコはまだ完全に堕落していなかった。根っからの不良ではなかったパコは、ミゲル刑事を信頼しきって、洗いざらい真実を打ち明けた。彼は無実だった。かくして二人は、不思議な絆で結ばれていった。
やがてミゲルは、民間人を公務に巻き込んではならないと思いながらも、不良じみたパコに頼んで、彼をやくざの大親分イグナシオ・ビラールの巣窟であるキャバレーに侵入させた。平巡査だった父親をビラールに殺されたミゲルは、彼に復讐したい一心から警官の道を選んだようなものだったが、パコの助けを借りて、今ようやくビラールの悪事の証拠を握ることができるような気がした……が、キャバレーのボーイになって乗り込んだのも束の間、パコは、プツリと消息を絶ってしまったのだ。ミゲルはパコをむざむざ犬死させてしまった自分の愚行を呪った。……が、パコの失踪を嘆き悲しんだのは、ミゲルひとりではなかった。やがて、誰からか〈パコを憶えているか〉という脅迫状が流されるようになり、その後、奇怪な殺人事件が相次いで起き始めたのだ!
待望の本格ミステリ巨篇、ついに邦訳成る!(本書あらすじより)


ついに、ついにパコですよ。あのポケミスの中でも最もレアいと言われるパコを読んじゃいましたよ。例の古本神からお借りしましたよ。
入手難易度の高い作品ほどえてして期待を裏切ってくることが多いものです。が、珍しくこれは本当に面白く読めました。フランス物らしい愛の物語に、復讐に駆り立てられる刑事ものとしてのノワール要素と、連続殺人の犯人当てというフーダニットの要素が見事に合わさっています。あらすじに「本格ミステリ」とあるのもあながち間違っていません。これはおすすめです。

バルセロナのやくざ、ビラール一味の経営するキャバレーに潜入していた青年パコが行方不明になった。彼を送り込んだことに責任を感じているリューヒ刑事は、ビラール一味の壊滅へと次第に偏執的にのめりこむ。やがて事件は何者かが一味を次々と殺害していくという連続殺人へと発展してしまうのだが……。

前半はややスロースタート(最初の最初に登場人物が一気に紹介されるくだりが超下手くそで混乱しますが、気にしなくてよいです)。やくざ vs ノワール刑事という、まぁよくありそうな感じですし、ビラール一味内部の争いもこれといって目立ったところがあるわけではなく、何と言ったらいいのか、比較的普通です。
ところがビラール一味が、〈パコを憶えているか〉というメッセージと共に何者かによって次々と殺されるにあたり一気に様相が変わってきます。紛らわしい叙述や疑わしい状況のせいで、これどうせ復讐に燃えるリューヒ刑事が犯人なんだろと思いきやどうもそうでもありません。となると犯人は誰なのか、ビラール一味の中にいるのか、パコと親しい関係にあったものたちなのか、それともやはりリューヒ刑事なのか、はたまリューヒ刑事の上司のマルチン警部なのか……? ここらへん、作者のミスディレクションが大変効いています。完全に犯人当てとして読ませる作品で、実際非常に面白かったです。

ますます偏執的・狂気的になるリューヒ刑事が暴走し、次々とビラール一味が減っていく中で、ついに事件は決着を迎え、真犯人も明らかになります。いやー、これ、すごく上手くないですか。友情ものとしても恋愛ものとしてもしっかりしているし、終盤の畳み方と見せ方もお見事。正直なぜ文庫化していないのかさっぱり分からない、イロモノとしてではなく、純粋に良くできた推理小説です。
容疑者がどえらい勢いで減っていくので真犯人候補がある程度限定されてしまうきらいはありますが、意外性は損なわれていませんし、隠されていた事実がさりげない伏線の上に成り立っているので唐突さも抑えられています。全要素が無駄なく絡んだ終盤からして、これは技巧的な作品でしょう。

というわけで、いやーとっても良かったです。ミスマガの「私の好きなポケミスBEST3」であげている人が多かったのも納得ですし、これはぜひ復刊して欲しかったかな。エクスブライヤの作風としては『死体をどうぞ』などとはかなり違うシリアス方向の作品なので、出来れば両方まとめて読み比べてほしいところ(個人的には『死体をどうぞ』の方がより好きですが、『パコを憶えているか』も文句なしに面白いのです)。
フレッド・カサック『日曜日は埋葬しない』などもレア・フランス・ミステリ・ポケミスですが、あちらと比べると正攻法なだけに、古びていないので、もっと人気出るんじゃないかなぁ。頑張ってくださいよ早川さん。

原 題:Vous souvenez-vous de Paco?(1958)
書 名:パコを憶えているか
著 者:シャルル・エクスブライヤ Charles Exbrayat
訳 者:小島俊明
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 995
出版年:1967.08.15 1刷

評価★★★★★
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キャンティとコカコーラ
『キャンティとコカコーラ』シャルル・エクスブラヤ(ミステリ・ボックス)

「すべての犯罪の動機は愛である。」 これがヴェローナ警察警部ロメオ・タルキーニの持論である。家族を愛し、正義と名誉を重んじるが、想像力が過剰な男ロメオ。そんなロメオが、心配のあまり愛娘ジュリエッタの嫁ぎ先に出かけたからさあ大変。ボストンの上流社会で起こった殺人事件に首をつっこんだロメオの活躍とともにアメリカ文化をアイロニカルに描くユーモア・ミステリ。(本書あらすじより)

ヴェローナの警部ロメオ・タルキニーニのシリーズ第3作。第1作で結婚した娘を訪ねてボストンのWASP社会へ訪れます。あっさり読めてしまうドタバタユーモアミステリですが、ロメオの“イタリア人らしい”魅力が次々とアメリカ人を落としていく様が実に痛快でハートフルでした。

ロメオ警部はいちいち大げさ想像力過多で、決め台詞は「すべての犯罪の動機は愛である」(これをマジで何回も言う)。アメリカのコカコーラを嫌い、プロテスタント的な高尚さも嫌い、何でもはっきりと口に出して批判するので、当然ボストン上流社会で波乱が巻き起こります。おまけにヴェローナのよさをアメリカで連呼するので、一見自分の文化を押しつけるいやな人っぽいのです。
ところが実は、ロメオ警部はストレートに気持ちを表現するだけのすげぇいい人なので読んでいてイヤミが全くありません。お酒なんて飲んだことのなかったお堅いプロテスタントおばちゃんが、キャンティにどまはりするのとか楽しすぎます。

そうこうする内に殺人事件が勃発し、無実の罪で逮捕された友人を救うべくタルキニーニ警部は暴走します。型破りな捜査と「愛」を叫びまくる奇人っぷりにアメリカ警察は冷たい目を向けます(というかドン引く)が、その過程で警部の人柄がアメリカ社会で爆発するのが読んでいて超楽しいのです。

まぁお決まりの大団円だし、真相もまぁこんなもんでしょって感じですが、ロメオ・タルキニーニの楽しさとなぜか漂うかっこよさが巻き起こす騒動がハートフルすぎて読み終わってほっこりします。いいねぇ、好きだよこういうの。なんだか見ていて羨ましくなってしまうし。
エクスブライヤ(教養文庫のみエクスブラヤ)は何といっても傑作『死体をどうぞ』をまず読むべきですが、こういうこじんまりとしたユーモアミステリもいいなぁと思います。

原 題:Chianti et Coca-Cola(1966)
書 名:キャンティとコカコーラ
著 者:シャルル・エクスブラヤ Charles Exbrayat
訳 者:藤田真利子
出版社:社会思想社
     現代教養文庫 ミステリ・ボックス 3042
出版年:1994.05.30 初版

評価★★★★☆
死体をどうぞ
『死体をどうぞ』シャルル・エクスブライヤ(ハヤカワ・ミステリ文庫)

イタリアの寒村ストラモレットでは、村がファシスト派と反ファシスト派に分かれ、ことあるごとにいがみあっていた。1943年も末、この山奥にも砲声が轟くようになると、村人たちはお互いに勝利を信じ、ますます対立する一方だった……そんな折も折、ファシスト派の金貸しルチアーノの惨殺体が路上で発見された。ファシスト派民軍のブタフォキ警部は、ここが腕の見せ所と馳せ参じたが、意外や、死体は跡形もなく消えていた! この消えた死体をめぐり、村は上を下への大騒動。軽妙なタッチで描く、フランス・ユーモア・ミステリの傑作!(本書あらすじより)

引き続きフランスミステリ固め読み。『死体はどうぞ』は『死体はどうぞ』でも、セイヤーズではありません(あっちも未読)。
これはもうあれです、傑作です。ブラックなドタバタコメディ風のようで、第二次世界大戦中というシリアスな舞台がそれを適度に引き締め、かつ感動ヒューマンドラマとちょっとだけ泣けるどんでん返しが色を添えているのです。何もかもが魅力的。素晴らしい、言うことがありません。大好き。

第二次世界大戦中、イタリアの片田舎がファシスト派と反ファシスト派でもめる中、ファシスト派のうざ男が死体となって発見されてしまいます。もろもろあってファシストの警察が村にやって来たため、村人たちは必死になって事件と死体を隠そうとするのですが……という話で、謎解きに奔走するというよりは村人悲喜こもごもって感じですね。村人総協力で死体をあっちに隠しこっちに隠し、と警察を翻弄する様はまさしくユーモア・ミステリ、というかスラップスティック。
でも、ここが大事なのですが、コメディっぽくはないのです。戦争という極限状態のさなかの人間の性格のおかしさ、優柔不断っぷり、争い保身に走るところ、そして愛を大切にするところ、そういったところを上手く取り上げてユーモアにしている作品なんですよ、これは。反ファシスト派はファシストの警察に突然媚を売ったりするし、村人同士が互いに告発したりもするし、そして戦争中だろうが警察が来ていようが恋もするのです。変に意地悪でも皮肉でもなく、むしろ清々しいというか。暗いのに爽やかというか。

そういった風なので、登場人物の描き方も、いかにも小説らしいキャラクターでありながら、妙にリアリティがあります。中央から事件の捜査に来る、ファシスト政権下につきながらどこか懐かしい田舎の雰囲気に感化されていく何だかんだ人情味のある警部、いまだにイタリア統一戦争の時代に生きる老人、過去の残酷な出来事から何に対しても無関心で中立的な立場を崩さない村の若い警官、と登場人物も個性的でついつい感情移入。うまいよねぇ。

意外性があるというよりはちょっと物悲しい結末により、何ともいえない温かさを感じさせながら物語は幕を下ろします。泣きそうです。こういうミステリを、殺伐とした21世紀でもっと評価していこうじゃありませんか、いや本当に。
というわけですから、マジ傑作なので見つけたら買いましょう。エクスブライヤ、今後もがんがん読んでいく所存です。他のはまた作風が違うようなので、期待しておきましょう。

書 名:死体をどうぞ(1961)
著 者:シャルル・エクスブライヤ
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 44-1
出版年:1977.03.15 1刷

評価★★★★★