血の極点
『血の極点』ジェイムズ・トンプソン(集英社文庫)

フィンランド警察特殊部隊を率いるカリ・ヴァーラ警部の家の窓に、脅迫文つきの煉瓦が投げ込まれた。誰かが命を狙っているのだ。そんな折、エストニア人の女性から、売春組織にさらわれた娘の捜索を頼まれる。カリは大富豪たちによる地下取引の現場に潜入するが……。闇組織と脅迫者から、少女と家族を守れるのか?彼がした最後の決断とは?作者急逝による、フィンランド警察ノワールシリーズ最終巻。(本書あらすじより)

アメリカ人でありながら、フィンランドに引っ越し、フィンランド人と結婚し、そしてフィンランド人である警部を主人公にしたシリーズを書いたジェイムズ・トンプソンによる、カリ・ヴァーラ警部シリーズ最終作です。なぜ最終作って以前にも書いたようにトンプソンが亡くなってしまったからでして、いや本当にね……残念なことこの上ない……。
シリーズとしては4作目になります(自分は1作目だけ読んでないんですけど、いまだに)。全体としてはややまとまりに欠ける分、『凍氷』『白の迷路』より劣るかなとは思います。ただこの熱量と破壊力はすさまじく、解説にもある通りまさしく“ジェイムズ・トンプソンにしか書けない"作品なのであって、それを読めたというだけでも感慨深い作品。

前作、フィンランドの様々な有力者の恨みを買うことになったカリ・ヴァーラ警部は、何者かに命を狙われ始める。一方ヴァーラ警部自身は、前作で心に傷を負った妻との関係を修復したいと思いつつ、非合法な捜査をためらいなく行えるようになってしまった自分の正しさを証明したいと感じていた。エストニア人の女性から娘が売春組織にさらわれた話を聞いた警部は、単独で組織の壊滅を目指しつつ、命を狙うものたちの正体をつかもうとするが……。

おそらくトンプソンの中では、この作品は2作目・3作目の流れを完結させる話であり、かつ5作目への橋渡しのつもりとなる作品だったのではないでしょうか。だからこの後の作品を読まずに『血の極点』を評価するというのはどうもね……悲しい……。
短いわりに、かなりたくさんの要素を詰め込み、かつ一区切りつけようとしている作品であり、そのため終盤はどうしても駆け足になってしまっています。売春組織の話がやや浮いている上にちょっと雑な解決で、ヴァーラ警部一味 vs 有力者の戦いも、えっこれで片付いちゃうんだ、という感じ(強引というか)。ラストにヴァーラ警部がどうなるか、その1点にたどり着くことがシリーズ的に重要だったのではないかと思います。
というわけでプロット的にはやや広がり過ぎなのですが、さすがはトンプソン、物語の密度はハンパじゃありません。というか毎作濃くなっているんです。2作目までは正義を求めるマトモな警官だった主人公も、3作目では病気により感情が一切なくなり非合法組織のリーダーとなり、今回の4作目でも少し感情が戻ったとは言っても真っ黒中の真っ黒。さらに警部の部下2人、パソコン系に強いミロと腕っぷしの強いスウィートネスの二人が、すでに警部の抑えられないところまで真っ黒に落ちています。すげぇ。すげぇよトンプソン。

正義とは何か?とかそんな甘っちょろいものではないのです。落ちるところまで落ちてしまった非合法部隊の3人組が、フィンランドの闇を暴きながら、いかに苦境を脱し、いかに自分の感情に折り合いをつけていくか、という物語なのです。外からの目線でフィンランドを描けるトンプソンにしか書けない物語がここにはあります。
というわけで、ぜひ、シリーズ順に読み、この作品までたどり着いて欲しいですね。後世に残ってほしい、唯一無二の作品群だと思います。

〔追記〕225~226ページの文章を一部引用したいと思います。3、4作目の作風が、そしてトンプソンの姿勢が最もよく表れていると思うので。

 俺はようやく、どうしてこんなことになったのかを理解した。それは驚くべき真実であり、それとともに避けられない結末も見えた。この世界には圧力に屈するのを拒み、たとえ何があろうとものごとを最後まで見届ける男たちがいる。そうした男たちは危険だとして世間から疎んじられ、権力者からおそれられる。そうした男たちはどうぞ殺してくれと言っているようなものだ。
 ミロ、スイートネス、俺の三人はそうした男なのだ。戦友。血の兄弟。俺たちは全員、こいつらだけは何があっても自分に刃を向けないという確信でたがいに結びついている。俺たちはあまりにも仕事をうまくやりすぎた。常識も、法律さえも顧みず、主人のためではなく正義のために働いた。それこそが――窃盗でも犯罪でも人殺しでもなく――俺たちが罰せられるべき違反行為だった。

原 題:Helsinki Blood(2013)
書 名:血の極点
著 者:ジェイムズ・トンプソン James Thompson
訳 者:高里ひろ
出版社:集英社
     集英社文庫 ト-10-4
出版年:2016.01.25 1刷

評価★★★☆☆
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白の迷路
『白の迷路』ジェイムズ・トンプソン(集英社文庫)

フィンランド国家捜査局で特殊部隊を指揮するカリ・ヴァーラ警部は、術後の後遺症にもめげず超法規的に麻薬を取締まる日々を送っていた。ある日、移民擁護派の政治家が殺害され、頭部が移民組織に届く事件が起こる。それを契機に報復殺人が続発。不穏な空気が急速にフィンランドを襲う。そんな中、謎の男がカリの前に現れた。果たして彼は敵か、それとも……? 北欧社会の闇を描く、極寒ミステリ第3弾!(本書あらすじより)

うっひゃあ、2作目からこんなにも変わってしまうとは。すごいすごい。完全にノワールじゃないですか。
作者急逝により4作で終わってしまったカリ・ヴァーラ警部シリーズの第3作です。作者はフィンランドに移り住んだアメリカ人で、主人公のヴァーラ警部はフィンランド人、奥さんがアメリカ人、という設定です。

前作はちょっとノワールでハードボイルドなところもある警察小説、ってな感じでした(傑作)。ところが前作のラスト、ヴァーラ警部はとある非合法の警察部隊の指揮を取ることを求められて終わっていたのです。ということで、今作はがっつり非合法に麻薬を取り締まるため、強盗殺人すらいとわない警官に。おいおいどうなってしまったのさ。
もちろん心優しきヴァーラ警部が突然変貌してしまったのにはワケがあるのです。彼は脳腫瘍が見つかったのですが、その術後、感情がほとんど湧かないという後遺症にかかってしまったのです。だーから悪を取り締まるために手段を選ばなくても心が痛まなくなっちゃったのですね。すげぇ、なんて都合のいい設定なんだ。しかしこんな設定をぶっこむからこそ、同じシリーズなのにまったく主人公が変わってしまうという荒業が実現したわけです。トンプソンさんすげぇ、あなたも手段選ばないじゃないですか。

ですからもうヴァーラ警部真っ黒ですよ。殺してしまったマフィアを酸で溶かすよう命じるヴァーラ警部。押収したお金で高級品を買うヴァーラ警部。いえ、ヴァーラ警部自体はある一線は越えていないという感じはあるんです。あくまで悪を取り締まることが目的であり、自分が楽しもうとするわけではないので。ただ、部下の2人(前作から引き続き登場)が、ヴァーラ警部にこの上なく心酔しているのがまたコワイ。もうこの3人の非合法部隊が危うくってしょうがないのです。こわいです。
そんな彼らが今回扱うのは、フィンランド内に流通する麻薬、および大富豪の娘・息子の誘拐殺人事件の捜査です。もう分かると思うんですけど捜査はかなり強引。そしてラストも非常に強引かつ悲惨。ヴァーラ警部の運命やいかに。感情ゼロ状態になったせいで前作までイチャラブだった奥さんケイトに愛情を感じなくなり、ついにケイトが事件に巻き込まれてしまったヴァーラ夫妻の運命やいかに。

……という感じで。作品としてのまとまり、完成度の高さで言えば前作の方がいいし、おすすめしやすいのですが、それでも『白の迷路』の持つ熱量には何かすごいものがありました。いやー、このあとどうなるんでしょうね。12月に刊行される(らしい)4作目が非常に待ち遠しいです。
ちなみにこのシリーズ、前作のネタバレをがんがんやっていくので、順番に読んだ方がよいです……ってまだ自分も1作目『極夜 カーモス』を読んでいないんですけどね、はっはっは(ダメじゃん)。『凍氷』からいきなり読む分には、まぁネタバレ食らいましたけど大丈夫ではありました。いきなり『白の迷路』はやめた方がいいでしょうねー。

書 名:白の迷路(2012)
著 者:ジェイムズ・トンプソン
訳 者:高里ひろ
出版社:集英社
     集英社文庫 ト-10-3
出版年:2014.12.25 1刷

評価★★★★☆
凍氷
『凍氷』ジェイムズ・トンプソン(集英社文庫)

フィンランドはユダヤ人虐殺に加担したか――歴史の極秘調査ともみ消しの指令を受けたカリ・ヴァーラ警部。ヘルシンキで起きたロシア人富豪妻の拷問死事件の捜査においても警察上層部から圧力がかかる。さらにカリを襲うのは原因不明の頭痛。妻のケイトは彼を心配するが、臨月を迎えた妻をこれ以上不安にさせることはできない……。激痛に耐えながら挑んだその結末とは? 好評極寒ミステリ第2弾!(本書あらすじより)

今のところ、今年の新刊の中では2位の面白さです(1位は設定でもう負けた感のある『地上最後の刑事』)。それぐらい面白かったです。やばいです。ふぉう!!!
まずこの作家についておさらいしておきますと、1950年代にアメリカで活躍したノワール作家、ジム・トンプスンとは何の関係もありません。アメリカ生まれですが、フィンランド人女性と結婚して、現在ヘルシンキに住んでいます。フィンランドを舞台にした警察小説『極夜 カーモス』が好評となり、この『凍氷』はそのカリ・ヴァーラ警部シリーズの第2作に当たります。ちなみに自分は『極夜』読んでませんが、まぁ何とかなります。
……という変わった経歴のミステリ作家なのですが、なんと2014年8月2日、急逝してしまったのです! そんなばかな! ちょうど『凍氷』を読み終えて感動に浸っていた私は叫んだのでした。悲しいことですね……。

えーと、前書きが長くなりましたが、とにかくアメリカ人作家によるフィンランド人警部が主人公のミステリなのです。ちなみに警部の奥さんはアメリカ人という設定。なるほど。
で、とにかくこの作品、素晴らしいのです。警察小説でハードボイルドでノワールでモジュラー型で北欧家族小説で北欧歴史小説。これを400ページにまとめているのがさらにいいんですよ。どこがどうとは言えませんが、読んでいて非常に面白かったし、強引な収束もお気に入り。いやぁ、いいね!

一人称の主人公カリ警部がまずいいですねー。一匹狼的な側面はハードボイルドらしく、時として無茶な行動に出るなど危うさをはらみつつ真相解明に奔走していくタイプ。地の文の一人称は俺で、冷めてるけど感情的。周囲に対しても基本シニカル。けど家庭をしっかりと顧みていて奥さんを大事にしていたり、なんだかんだ部下に気を配ったりと人間味もあるいい警部さん。

事件は、かなりお偉いさんの絡む殺人事件(というめちゃくちゃハードボイルドらしい事件)と、戦時中のフィンランドについての歴史調査の2つが主となり進行します。どちらもベタな展開とオチなのですが、しっかりとまとめてあって、おまけにこの2つをめちゃくちゃ強引に重ねるシーンがどうしようもなく好きなんですよ。まぁベタな面白さなんでしょうが、やっぱり読んでいて興奮しますよね、こういうのは。
このように捜査をしつつ、少々無鉄砲で自分の頭の良さを試したくてたまらない若い部下の刑事とか、アメリカからやってた奥さんの面倒な親戚(弟と妹)とかが登場することで話を盛り上げます。周囲のキャラ立ちが非常にはっきりしていて、上手く話に溶け込んでいるんですよね。弟なんかやたらと飲んで暴れて問題を起こすし、妹は多文化を認められないイライラさせるうぜぇアメリカ人女性なんですが、そんな周りがどうであろうとぶれずに警部と奥さんが愛し合っているのがすごくいいと思います(変に相手を疑ったりせず常に信頼し合っている感じがね)。ここまで家庭に問題がないっぽいのは北欧物にしては珍しい気がしますが、米人作家だからかなんでしょうか。

そして大団円と、ある意味びっくりなオチが待ち構えています。この急転直下感と、その扱い方・主人公の向き合い方が途方もなくカッコイイんです、いきなりハードでボイルド。もう大満足。
ぶっちゃけ、読んでいて1作目『極夜』のネタバレらしきものを食らいまくった気もしますが、『凍氷』の方が評判いいし、あんまり気にしなくても何とかなります。今から『極夜』も読まないといけませんね。このシリーズ、今後はどう展開していくのか、ラストがああなだけに気になるところ……。

書 名:凍氷(2011)
著 者:ジェイムズ・トンプソン
出版社:集英社
     集英社文庫 ト-10-2
出版年:2014.02.25 1刷

評価★★★★★