パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない
『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』ジャン・ヴォートラン(<ロマン・ノワール>シリーズ)

パリ効外の団地で、結婚式をあげたばかりの花嫁が射殺される。純白のウエディングトレスの胸を真っ赤に染めた花嫁が握りしめていたのは一枚の紙切れ。そこにはこう書かれてあった。「ネエちゃん、おまえの命はもらったぜ」。シャポー刑事はその下に記された署名を見て愕然とする。ビリー・ズ・キック。それは彼が娘のために作った「おはなし」の主人公ではないか。続けてまた一人、女性が殺される。そして死体のそばにはビリー・ズ・キックの文字が……。スーパー刑事を夢見るシャポー、売春をするその妻、覗き魔の少女、精神分裂病の元教師。息のつまるような団地生活を呪う住人たちは、動機なき連続殺人に興奮するが、やがて事件は驚くべき展開を見せはじめ、衝撃的な結末へ向かって突き進んでゆく。(本書あらすじより)

ノワールの傑作という評判の、『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』をついに読みました。これがなんと、読んでみたら本当に素晴らしいのです。
冒頭40ページの間にもうありとあらゆる変人と変事が登場しているし、文章もキレッキレでやば面白いのです。なぜだか分からないけどずっと面白いのです。全ページ面白いと言っても過言ではないのです。俺がフランス・ミステリに求めている要素が全部入っている気すらするのです。これぞロマン・ノワールだぜみたいな。

とにかく変な登場人物しか出てきません。数ページごとに語り手がかわり、次々と衝撃的なことをしでかしていきます。その中で、刑事が娘に語るお話の登場人物であった「ビリー・ズ・キック」が現実に現れ、次々と殺人を重ねていく……というのが本筋。既にぶっ飛び具合がハンパじゃありません。
7歳の女の子はおちんちんとあそこマニアで団地中の人たちのを隠れて見ているし、おじいさんは団地を恨みまくって爆薬をしかけまくるし、団地の管理人はエレベーターに暴露話を書きまくるし、背の低い右翼刑事は厚底靴を履くだけで性格が変わるし、その上司の警視はトカゲと戦っています。おちんちんとあそこが好きな7歳の女の子の件が、伏線になっているとは誰も思わないじゃんよ……。

ビリー・ズ・キックの正体(これがまたすごい)が分かるまでは本当に見事。疾走感とヤバさのハイブリッド。その後はフランス・ミステリらしい包囲網になって、ちょっとおとなしくなるのですが、ラストの落とし方がまた良いんだよなぁ。
ノワールらしい問題意識も非常にはっきりしていて分かりやすいし、登場人物の行動それぞれに作者の皮肉がしっかりと効かせてあります。全体的に雰囲気は明るめでどろどろしていない中で、日常に狂気がにじみ出ている様を描くのが見事。非情さとか、暴力とか、そういったものが苦手な方も楽しめる、けれども正統派のノワールの傑作だと思います。

1974年の作品なので、ポケミスから出ていた可能性も十分にあった……と思うと面白いですね。同作者の『グルーム』は暗さが印象的でしたが、あちらよりはるかに『ビリー・ズ・キック』は好みでした。おすすめです。『鏡の中のブラッディ・マリー』も欲しいなぁ……。

原 題:Billy-Ze-Kick(1974)
書 名:パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない
著 者:ジャン・ヴォートラン Jean Vautrin
訳 者:高野優
出版社:草思社
     <ロマン・ノワール>シリーズ
出版年:1995.08.01 1刷

評価★★★★★
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グルーム
『グルーム』ジャン・ヴォートラン(文春文庫)

ハイムには自分だけの「世界」があった。歪んだ性と暴力の気配に満ちた世界が。社会に適応できず、母親と2人、ひきこもるように暮らすハイムの病んだ妄想。それがやがて現実を侵し、おぞましい事件を引き起こす……孤独な青年の狂気が爆発するさまを、ノワールの鬼才がひえびえとした筆致で描いた、戦慄必至の傑作暗黒小説。(本書あらすじより)

ブログに迷惑コメントがついてました。困ったもんですね……そもそもこのブログにその手のコメントがあったところで何の意味もない気もしますけど。

さて、月イチフランスミステリ、今回はがっつりノワールです。やっぱり意味不明な登場人物しか出て来ないフランスミステリは、ストーリーとか置いておいても変人キャラだけで読ませるから面白いですね……。
引きこもり童貞の妄想が現実とごっちゃになり、突然狂気が暴走し、ノワる、という、なんだか分かんないけど激ヤバな感じに満ち溢れた小説でした。奇人変人が入り乱れ理不尽に人が死ぬのです(いいぞ)。章が短いのでテンポ良く狂っており、妙に引き込まれてしまいます。中盤ちょっとだれましたが、後半盛り返しましたし、うん、面白かったですね。

明らかに頭のおかしい男、ハイムが、自分の世界に引きこもりつつ、色々とやる、というのがメインストーリーです。読み進めるとどうも時系列が複雑だなと思いきや、多分に妄想が含まれていて、いったいどこまでが現実なのかよく分からないのです。次第にハイムのどこまでが妄想なのかが分かっていき、それとともに妄想が現実を侵食し始めていきます。妄想の暴走で人が死ぬのです。理不尽でノワール。おまけにハイムさん抜け目無いときました。
ハイムだけでなく、登場人物全員がずれててひねくれてておかしいんですよね。ざ・フランスって感じです。ハイムを追う刑事すらどこかマトモじゃなく、ハイムの暴走による被害者の家族もかわいそうなのにコミカル。このキャラクターで特に中盤は話を引っ張ってる気がします(ガソリンスタンドが燃えるシーンとかめっちゃ好き)。

という妙に迫力のある文章とキャラで、作者はこの世界のクソっぷりを高らかに描くのですよ。ひねくれているようでこの狂気とストーリーは極めてストレートで、そのままラストに突っ込みます。ちょっと厚いけど読んでいる間異様なテンションでしたし、これは良い作品です。他のヴォートランは引き続き捜索中……『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』とか読みたいんですよ、えぇもう。

書 名:グルーム(1980)
著 者:ジャン・ヴォートラン
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ウ-14-1
出版年:2002.01.10 1刷

評価★★★★☆