ラビとの対話
『ラビとの対話』ハリイ・ケメルマン(早川書房)

避暑地のホテルで休暇を楽しむラビ・スモールの部屋に、ある夜一人の若い女性が訪れてきた。ジョーンという名のその女性は、ユダヤ人の青年アロンと結婚する前にユダヤ教へ改宗させてほしいと頼みにきたのだった。もともと宗教にはそれほど関心がなさそうで、ユダヤ教もキリスト教の一分派程度としか考えていないジョーンに対し、ラビはユダヤ教の内容を分かり易く説明し始めた。次の夜からはアロンも加わり、ラビが解き明かすユダヤの叡知、その驚くべき合理性に魅入られたように耳を傾け始めた……
二千年に渡って世界各地に離散し、数数の迫害を受けてきたユダヤ人たちが、実業界をはじめ様々な方面で頭角を現わし、四面楚歌の中でイスラエルを再建した驚異的な力の秘密は何だったのか? この民族の強固な信念、徹底した合理主義を理解するためには、ユダヤ教という特異な宗教を知るのが欠かせない条件であろう。
ラビ・シリーズ七作で数々の難事件を解決した、ラビ・デイヴィッド・スモールの明晰な頭脳が、門外漢の若者の疑問に答えつつユダヤ教の本質を明かす本書は、格好の”ユダヤ人入門”の書である。(本書あらすじより)

ハリイ・ケメルマンの創り出した名探偵といえば、『九マイルは遠すぎる』のニッキー・ウェルト、および『金曜日ラビは寝坊した』に始まるラビ・スモールの2人がいるわけです。そしてラビシリーズは、日本では金曜日から始まり木曜日までの7冊が翻訳されています(未訳は、木曜日よりあとの4作品)。
そのラビシリーズの番外編として書かれたのがこちらの『ラビとの対話』。発表年としては木曜日と、未訳の Someday The Rabbi Will Leave の間になります。ミステリではなく、シリーズ主人公であるラビ・デイヴィッド・スモールが、ラビ(ユダヤ教の宗教的指導者兼学者のような存在)として、ユダヤ教・ユダヤ人の説明をしていくという体裁。一応小説仕立てにもなっていて、休暇中のラビのもとに、キリスト教徒の若い女性ジョーンが、ユダヤ人の青年アロンと結婚したいので改宗してほしいと頼みに来たことをきっかけに、若い2人に対してユダヤとは何かを教えていく……という話になっています。長いこと積んでいたんですが、いまユダヤ教の勉強をするはめになっていて、こういう機会でもないと読まないしというわけで頑張って読み通しました。ちなみに二段組みですが、ページは230ページと短めです。短いわりに濃いので時間かかりました。

まぁ小説仕立てとは言っても、230ページ中200ページは、会話調ではありますが、ラビがユダヤ教の教義や考え方や歴史をひたすら語って教えるというだけの内容です。キリスト教と比較しながら説明されることが多く、当然ですがちょっとユダヤ教ひいき目の見方。ユダヤ教徒の生活が分かるというより、キリスト教と比較しながらユダヤ教・ユダヤ人の神の考え方、男女の捉え方、法の考え方、などを説明していくというもので、概説書としては悪くないと思います。会話文なので基本は読みやすく、ざっくり勉強してみたい、という人には最適なのではないでしょうか。ラビ視点ということもあり、かなり説明が偏っている上に、説明される内容まで変なところをつついたものばかりなので、面白いと思います。
……とは言っても、メインの曜日シリーズも十分ユダヤの勉強になるんですけどね。あっちの方がミステリだしむしろ楽しく勉強できるんじゃないのかな、ひょっとして。

ただ面白いのはですね、この本のラストには、なんと驚くべきことに“どんでん返し”があるのですよ。ラビが教えてきた内容が地味に伏線となっちゃったりもするのですよ。いやそういうの期待して読まれちゃうと困るのですが、ちゃんと小説としても最後仕上げたんだなぁと笑っちゃいました。
というわけで、一般的な概説書とは違った角度から勉強できる、大変貴重な本でした。でもこの後ラビシリーズの翻訳止まっちゃったのってやっぱりこういう本出したりしてたからなんじゃないのかな……。

原 題:Conversations with Rabbi Small(1981)
書 名:ラビとの対話
著 者:ハリイ・ケメルマン Harry Kemelman
訳 者:皆藤幸蔵
出版社:早川書房
出版年:1982.12.31 初版

評価★★★☆☆
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土曜日ラビは空腹だった
『土曜日ラビは空腹だった』ハリイ・ケメルマン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ユダヤ人にとって最も神聖な贖罪日の前夜、車の中で発見された死体は、礼拝に行かなかった科学者アイザック・ハーシュのものだった。警察は泥酔のうえの一酸化炭素中毒と判断。ラビはハーシュの妻から教会墓地への埋葬を頼まれた。が、非教会員の埋葬を許可したラビに教会幹部の非難が集中し、自殺者の埋葬は墓地を汚すとしてラビ失墜が謀られた。かくて、自らの立場を守るため、ラビはハーシュの死の解明に乗り出してゆく! 《素晴しい、正確な意味での謎解きミステリ》と絶賛された、純度高い推理と深い人間味を湛えるケメルマンの世界。(本書あらすじより)

『九マイルは遠すぎる』で有名なケメルマンの、ユダヤ教のラビ・デイヴィッド・スモールを主人公にしたシリーズの2作目。
『金曜日ラビは寝坊した』も真っ当な本格ミステリとして面白い作品でしたが、今作もケメルマンの論理はキレッキレです。さらにユダヤ人社会とラビの関係もしっかり盛り込み、若きラビの成長譚としても楽しめるのです。読んでて純粋に楽しくていいですね、このシリーズは。今作もおすすめ。

死んだユダヤ人が自殺だったかどうかをめぐりラビの辞職も絡むレベルで大問題が発生。譲らぬラビと譲ってほしいラビの妻(出産日間近)。何だかんだありラビも捜査に乗り出し、お得意の論理を振りかざし事件を解決に導き、ついでに共同体に起きた問題もばっさり解決。というお話となっております。

事故死or自殺とみなされていた事件が殺人事件だったことを導く論理にまずはしびれますよね。これぞ『九マイル』の作者。また犯人当てよりも、その動機をなかなか論理的に導き出せているのが非常に良いです。読者が気付きそうなところをうまい具合に拾っていくこの感じ。ガチガチ論理ではないけど、別に頭使うミステリが好きなわけではない自分にはこれくらいがちょうど良いのかも。
それ以上に感心したのが、事件をユダヤ人社会と結び付けて、ちょっとしたごたごたや人間関係と絡めながら最後に上手く解決に持っていくプロットの練り込み具合です。さらっとやっているようで、最後のオチに至るまでの流れが本当にきれいだと思います。ケメルマンさん、長編作るのめちゃくちゃ得意じゃないですか。

というわけで、『九マイルは遠すぎる』が面白かった人は、『金曜日』もいいけど『土曜日』もぜひ読んでみましょう。ラビシリーズ、あと水曜日と木曜日を探しているんですけど、なかなか見ないんですよね、これが。困っちゃうな。

書 名:土曜日ラビは空腹だった(1966)
著 者:ハリイ・ケメルマン
訳 者:青木久恵
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 19-3
出版年:1976.10.31 1刷

評価★★★★☆
金曜日ラビは寝坊した
『金曜日ラビは寝坊した』ハリイ・ケメルマン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

新任の若いラビ、デイヴィッド・スモールの評判はかんばしくなかった。無頓着な服装と理屈っぽい説教に、教会の古い信者たちは眉をひそめていた。 そんな時、教会の庭に置いてあったラビの車のそばで女の絞殺死体が発見された。手がかりはラビの車に残された女のバッグだけ。苦境に立ったラビは、驚くべき論理性に貫かれた推理を駆使して反撃を開始した。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞に輝くラビ・シリーズ第一弾。(本書あらすじより)

「ラビが主人公で宗教臭くて読みにくそう」「と思いきや全くそんなことはない」という前評判を聞いて臨んだら、ミステリとユダヤ教社会の合わせバランスが実に適度な読みやすく良質な本格ミステリでした。ちゃんと長編書けるんじゃないですかケメルマンさん。このシリーズが絶版なのはもったいないですよ。

まず宗教面ですが、ユダヤ教における司祭的ポジションであるラビとはなんぞやということは作品中でおいおい語られ、ユダヤ教の理念や社会を特に押し付けがましくなく読ませていくのはさすがです。この作品に関してはラビが中心というだけで、ユダヤ教自体はあんまり事件とは関係ないんですけどね(被害者ユダヤ人じゃないし)。ところどころで語られる宗教説明も楽しく読めます。ユダヤ教のよい入門書かもしれません(というかケメルマンは『ラビとの対話』なんていうこのシリーズのキャラクターによるユダヤ教解説書なんてものも書いてます)。

さて事件です。教会前で死体が見つかり、ラビが容疑者として浮上……という導入から濡れ衣晴らし奔走系かと思いきや、深刻に疑われるのは序盤だけです。良かった良かった。とはいえラビが捜査に乗り出す動機付けをかなりしっかりと描いている部分には感心。学者肌の新任ラビとかいらねぇよとなるラビ解雇問題と事件の絡み方も安易ではなく上手いです。
本格ミステリとしては地方都市(?)住人まぐわい系で英国物っぽさを感じます。犯人は意外でも何でもないですけどね。ただ、そんな無理に証拠作らなくてもいいだろってとこまで伏線張ってくるあたりに『九マイル』根性が垣間見えます。古き良き本格としては良作でしょう。

というわけで、かなり楽しめました。このシリーズは二作目の『土曜日』が本格としてよく出来てるとか、『火曜日』『水曜日』が面白いとか色々聞くので、順番に読んでいきたいところです。というかまず『日曜日』と『月曜日』の文庫が欲しいです。だれか買ってください。

書 名:金曜日ラビは寝坊した(1964)
著 者:ハリイ・ケメルマン
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 19-1
出版年:1976.04.30 初版

評価★★★★☆