街への鍵
『街への鍵』ルース・レンデル(ハヤカワ・ミステリ)

メアリは白血病患者のために骨髄を提供した。だが、それが恋人の男の怒りをかう。彼女の美しい肌に傷がついたと、身勝手な理由で男はメアリを責め――暴力をふるった。家を出た彼女は、過去をふりきるように大胆な行動に出る。素性もよくわからぬ骨髄の提供相手に会うと決めたのだ。そこにいたのはレオという優しく繊細な男性。メアリは次第に彼に惹かれていくのだが、それが悲劇の始まりだった。その頃、街では路上生活者を狙った殺人が起き……不穏さを物語に練りに練り込んだ“サスペンスの女王”による傑作。(本書あらすじより)

今年5月にルース・レンデルが亡くなってしまい、そういえば去年11月にはP・D・ジェイムズが、2012年にはレジナルド・ヒルが亡くなっていたのであり、いよいよ英国「現代本格」作家と呼ばれていた面々がいいお年になっている昨今です。
と思ったら、8月のポケミスがなんとルース・レンデルだったのです。これはすごい。偉いぞ早川書房。まさかレンデル死去に合わせたとも思えないし(早すぎます)、もともと準備していたのかストックがあったのかは不明ですが、いやーこれは読まなきゃダメでしょう。調べたら2005年に光文社文庫から『虚栄は死なず』が出て以来のようです。
で、やっぱよりいものでした。多視点の登場人物を適度に交錯させながら「街」を描き上げていくタイプの小説、大好きなのです。しかもこのジコチューだらけの登場人物を上手く配置してこそ実現する、終盤の意外な展開もたまりません。さすがレンデルさん、プロです。

物語は、DVの彼氏から逃げてきた主人公メアリが、自らが骨髄を提供した患者に出会い恋をするパートと、街のホームレス連続殺人事件が並行して語られます。ひたすら不穏な雰囲気とサスペンス感が漂う作品ですが、結構ぐいぐい読めます。
多視点で複線的なプロットなんですが、一部交錯し、一部そのままつながらない、そのさじ加減がうまいのです。無数の人々で満ちあふれる「街」を示すには、全部つながらないくらいがちょうどいいんですよ。伏線の面白さと、ある程度独立した個々人の物語が、それぞれ別個に魅力を放っています。純粋な本格ミステリではありませんが、終盤の意外な展開はかなり上手いのでは?
登場人物で言えば、DVクソ野郎のアリステアを絶対悪として配置するのがそもそも仕掛けに貢献していますよね。元従僕ビーンはこの本のなかで一番タチが悪く視野が狭い。そしてホームレスの世界と非ホームレスの世界をつなぐ偽ホームレス(とも言えない)ローマンにより、周りしか見ていない登場人物たちの視点が「街」へと引き上げられます。

レンデル、『引き攣る肉』だけ読んでうわっえげつなっ系サスペンスの作家、というイメージだけだったのですが(いや実際いまでもそうなんだけど)、けど文学的試みというだけでは物足りない、本格ミステリテクニックに優れた作家だったのか、という点に今回一番感心しました。今年のポケミスの中でもかなり上位に来る面白さでしょう。自信を持ってオススメです。

書 名:街への鍵(1996)
著 者:ルース・レンデル
訳 者:山本やよい
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1898
出版年:2015.08.15 1刷

評価★★★★☆
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引き攣る肉
『引き攣る肉』ルース・レンデル(角川文庫)

ヴィクターには或る恐怖症があった。14年の刑期を終えて出所した今、彼はその恐怖の因となる’もの’をいずれ目にすることを予測していた。彼のもう一つの関心は、フリートウッドという元刑事のことだった。ヴィクターは女を襲って追われる途中、フリートウッドを銃で撃ち、逮捕されたのだ。彼は半身不随となったが、クレアという恋人と幸福に暮しているという。不思議な運命の糸に操られたかのように、ヴィクターは彼らと出会った。クレアを含む3人の間に生じた、奇妙で危険な関係、それがやがて恐るべき破局を生むことになるのだが……。CWA賞受賞の傑作。(本書あらすじより)

さて、1月は「角川文庫ミステリチャレンジ」を決行しました(もう終わったけど)。普段は早川創元漬けなので、たまには他の文庫も読もうぜという企画ですね。各文庫の代表的な作家と作品を読んでいこうという非常に贅沢な企画。何しろ読む本読む本傑作ですからね、なんと楽しいチャレンジなんでしょう。ちなみに2月は新潮文庫、2月は文春文庫を予定しています。
というわけで、まずは角川文庫です。ルース・レンデル、トニー・ケンリック、マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー、フレデリック・フォーサイス、トレヴェニアン、リチャード・ニーリィという豪華な面子で実行。なんと全員初読み作家ですよ(どんだけ角川文庫に縁がないんだ)。どの作品の感想がアップされるのかお楽しみに……といって基本的に代表作なんですけどね。

さて、というわけでルース・レンデルです。まぁたぶん代表作は『ロウフィールド館の惨劇』でしょうけど、『引き攣る肉』を積んでいたのでこっちに(ゴールド・ダガー賞とってるし)。
サスペンスというか普通小説というか、微妙なライン上の作品です。出所した元強姦魔にして殺人未遂犯、ヴィクターの破滅を描く物語。終盤までほとんど動きはなく地味なお話なのですが、心理描写が読ませるので案外面白いです。ただ、やや長くてちょっと中盤がだれたかな。

全編通してほとんどヴィクター目線なのですが、この男が中盤以降明らかに狂い始めていて、描写が全く客観的ではなくなるんですよね。ここから来る不安感が作品全体の雰囲気を支配していて、サスペンス的な高まりを与えてじっくりと読ませます。読者は破滅に向かうヴィクターをただ眺めるしかない、というわけ。この視点がなかなか食わせ物。つまり、ヴィクターが昔撃った元刑事であるフリートウッドの目線をレンデルはほとんど入れないのですが、この点が非常に秀逸です。読者は、何が正しくて何が正しくないのか、判断し難いことになります。
ヴィクターとフリートウッドの対立をどう落とすのかなと思って読んでいたら、なかなかヴィクターの壊れ方が予想以上で、ちょっとずらされた印象。そのせいか消化不良な感じがあるのですが、いやぁこういうのもオツなものです。レンデルさんうまいですねー。

ただ、ヴィクターの内面を延々と読まされるのは面白いんですが、途中ちっと飽きたのも確か。フリートウッドとの関係が出来たあとしばらくが、単調というか繰り返しっぽいんですよね。終盤の急展開に向けてもう少し階段を作ってくれても良かったんじゃないかなと思います。

というわけで角川文庫ミステリチャレンジ第一弾無事終了、初レンデルでした。いやーやっぱりこの作家さん、嫌な話を書きますね……。今度はウェクスフォード警部物かな。

書 名:引き攣る肉(1986)
著 者:ルース・レンデル
出版社:角川書店
    角川文庫 赤541-14
出版年:1988.04.10 初版

評価★★★☆☆