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2019-12

『「古き沈黙」亭のさても面妖』マーサ・グライムズ - 2019.11.19 Tue

グライムズ,マーサ
「古き沈黙」亭のさても面妖
『「古き沈黙」亭のさても面妖』マーサ・グライムズ(文春文庫)

ふさぎの虫にとりつかれたジュリー警視、休暇で訪れたヨークシャーのパブで、人品いやしからぬ婦人がいきなり夫を射殺するのを目にした。単純明快な事件のはずだが何か気にかかる。(本書あらすじより)

月一マーサ・グライムズ、第10弾。今作はいきなり600ページ超えですが、これが以前読んだ時はめちゃくちゃ面白かったはずなのです。
というわけで、6日かけてゆっくり再読。正直初読時より評価を落としてしまった感は否めないのですが、そんなことより、俺の記憶していた場面が出てこなかったのはどういうこと? 何かと混ざってる?

650ページという長さではありますが、そこまではっきりとしたストーリーはないですし、ぐいぐい読ませるような工夫があるわけでもありません。わらわらとまとまりのない登場人物たちをゆっくり描きつつ、ジュリー警視の目の前で起きた妻による夫射殺事件というあまりに明確な殺人に隠された真実がじっくりあぶり出されていきます。

手がかりが正直乏しいのですが(せめて動機の手がかりをもうちょい置いてほしい)、過去の少年二人誘拐事件の真相や、そこから引き起こされた事件の顛末、というミステリ部分は比較的好きなんですよね。物語の核となる、退廃的で、厭世的で、悪人ではないけどクセの強い一族のそろった貴族一家には、まさしく「血は水よりも濃い」を体現しているかのような互いをかばいあう人々が集まっています。本作のミステリ部分は「血は水よりも濃い」という言葉に真っ向から向き合ったかのような事件であり、そしてそれが実際かなり上手く描き出されています。
そして、本作のテーマであり全編を覆う「ロック」という音楽の影がまたすごく良いんです。終始登場人物たちは何かしらの音楽を聞き、何かしらの音楽について語っています。この部分、必要か不必要で言えば不必要なんですが、でもそれが事件を構成する一要素としてたまらなく魅力的であるのも事実。これを読んだせいで、ルー・リードを聴いてみたくなりましたからね、自分は。

650ページはやっぱり長く、作者が(良い意味でも悪い意味でも)ダラダラと書いてしまった感はありますが、でもこの長さは、音楽要素も含め、今作の雰囲気を形作る上での必要悪であり、そしてこの気だるげな雰囲気はやっぱ魅力的なんですよね……と思えたら、たぶんこの本はハマるんでしょう。っていうかグライムズにハマるんでしょう。ちなみに自分はハマっています。そういうことです。

原 題:The Old Silent (1989)
書 名:「古き沈黙」亭のさても面妖
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-9
出版年:1992.03.10 1刷

評価★★★★☆
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『「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁』マーサ・グライムズ - 2019.10.18 Fri

グライムズ,マーサ
「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁
『「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁』マーサ・グライムズ(文春文庫)

休暇中に遭遇した奇妙な殺人事件の被害者の妻と、テムズ川で見つかった女性の死体の顔は驚くほど似ていた。ただの偶然とは思えない二人の関係を、ジュリー警視が追う。(本書あらすじより)

9月の月一マーサ・グライムズです。シリーズ第1作『「禍の荷を負う男」亭の殺人』の舞台であり、ダブル主人公の片割れである元貴族メルローズ・プラントが住む村、ロング・ピドルトンが舞台となっています。
好き嫌いが非常に分かれそうな作品。トリック面を評価するか、このエンディングを認めるか、あるいは放置プレイになっている様々な要素を問題視するか。極端な話、これは「名探偵が解決できないミステリ」なのです。

メルローズ・プラントの友人である古道具屋トルーブラッドが仕入れたばかりの家具から死体が発見された。状況から考えて、犯人はこの家具を売り払ったばかりの、死んだ男の妻ではないかと思われるが、ジュリー警視はすんなりその結論に納得できず……。

いわば「綺麗な解決」「ハッピーエンド」を時として好まないのがグライムズという作家なんですが、その特性が過去作にない形で現れたのがこの『「五つの骨と貝殻骨」亭』なんだと思います。それを成立させるためのトリックと、事件が、まさにこれ、という。
明確に「トリック」があるタイプのミステリであり、そんなに上手くいくかなぁと思ってしまうような真相ではあります。が、「上手くいってしまった」ということを全面に押し出すことでそれを解決するという、ある意味ずるい描き方であるため、そこまで違和感はありません。

とはいえ核となる人物の描写が、いつものグライムズだったらもっとみっちりやっているだろうに、意外とさらっとしているせいでやや味気ないのも事実。なぜ書き込みが足りないのかというと、偽の手がかりが多く作りすぎたから、と言う他ないのですが、問題はこの偽の手がかりたちが、読んでいる分にはかなり楽しくても、あれもこれもほったらかしで終わってしまっているところ。下手に容疑者を増やすくらいなら、もっと狭いコミュニティにして、短めの話で仕上げた方が良かったのかも。
そういうわけなので、シリーズ1作目の舞台と同じにしてシリーズキャラクターをぞろぞろ出す必要はなかったんじゃないのかな、とか、まぁ色々考えるわけですよ(作者が書きたかったから、あとはファンサービスが理由かなぁとは思いますが)。割と好きではあるけど、完成度としてはマイナスポイントが目立つ作品だと思います。

これで今年9作再読を終えたわけですが、マーサ・グライムズ、再読した何作品かに関しては、初読時に感じたシリーズとしての楽しさよりも、個々の作品の完成度が気になってしまうので、結果的にやや評価を落としている感が否めません。悲しいなぁ……。

原 題:The Five Bells and Bladebone (1987)
書 名:「五つの鐘と貝殻骨」亭の奇縁
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:吉野美恵子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-8
出版年:1991.03.10 1刷

評価★★★★☆

『「独り残った先駆け馬丁」の密会』マーサ・グライムズ - 2019.09.13 Fri

グライムズ,マーサ
「独り残った先駆け馬丁」亭の密会
『「独り残った先駆け馬丁」の密会』マーサ・グライムズ(文春文庫)

雨にけむるデヴォンの森で、若い女の絞殺死体が見つかった。ほぼ一年後、同じ手口で再び若い美女が殺される。二つの事件の関連は? おなじみ警視ジュリーの執念の捜査が始まる。(本書あらすじより)

はい、感想を書くのが遅れているので、今頃8月の月一マーサ・グライムズ再読です。
10年前の高3だった頃に自分がこの本について書いた感想読んだら、思いっきり間違っていて恥ずかしくなりました。そうだ、これ最後がよく理解できなかったんだよね……最後誰が死んだかすら、当時よく分かってなかった感があります。
一種の「家庭の悲劇」的な事件としてはめちゃくちゃ面白いし、シリアスな雰囲気もピッタリ。ただ、謎解きミステリとしての面白さを完全に捨ててしまっているのが残念。また、各種シリーズキャラクターも生かせないまま終わってしまったように思えます。

自分の巻いていたスカーフで若い女性が絞殺されるという事件が発生。婚約者の男性が疑われるが、その男性の友人の女性は無実を信じ、元貴族メルローズ・プラントを通じてジュリー警視に捜査を依頼する。一方、一年前にも同様の事件が起きており、『「悶える者を救え」亭』でジュリーと共同捜査を行ったマキャルヴィ方面部長が執拗に真相を追っていた。果たして2つの事件の関係とは?

雰囲気は最高なんです。被害者の婚約者がその一員である、没落しつつある浮世離れした貴族一家の奇妙なつながり・結びつきの描き方とか超うまいし。また、初登場の星占い屋〈スターダスト〉は、またもグライムズは名キャラクター名店を生み出してしまったな、と思わせる素敵空間です。前作から登場しているジュリー警視の隣人、キャロル=アン・パルーツキーがここで大いに活躍することになるわけですね。
とはいえ、謎解きに深みがなく、というか進展も終盤までほぼなく(終盤は面白いけど、終盤までがつまらない)、中盤までは割と「なんでこれ読んでるんだ?」みたいな気分になっちゃうのです。読み物としては失敗かなぁ。

と思ってしまう理由は何かというと、謎解き面もありますが、登場人物を使いきれていないことが一番の原因ではないかなと。このシリーズはロンドン警視庁のジュリー警視、およびその友人である元貴族メルローズ・プラントのダブル主人公であり、彼らが別々に捜査していくことが見どころなわけですが、今作のプラントがまずもう全然使われていないのです。また、『「悶える者~」』で登場した名キャラクターであるマキャルヴィ方面部長も、強烈なキャラクターが上手く生かされず、正直出さなくて良かったかなという気もするし……。

比較的短めの悲劇系統の物語ということで、『「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑』『「独り残った先駆け馬丁」の密会』と続いてきたわけですが、出来栄えは前者が圧倒的かなぁ。さて、次からは(記憶通りなら)傑作が3連続続くはず。

原 題:I Am the Only Running Footman (1986)
書 名:「独り残った先駆け馬丁」亭の密会
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-7
発 行:1990.6.10 1刷

評価★★★☆☆

『「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑』マーサ・グライムズ - 2019.08.04 Sun

グライムズ,マーサ
「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑
『「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑』マーサ・グライムズ(文春文庫)

ポリー・プレイド、といえば『「鎮痛磁気ネックレス」亭―』でおなじみの女誘推理作家。取材で訪れた小村アッシュダウン・ディーンで村人のペットが次々と殺されるという忌わしい噂を耳にしたとたん、愛猫が行方不明、大慌てで電話ボックスに駆けこむと、そこには老女の死体があった。――かくして、警視ジュリーの登場となる。(本書あらすじより)

月一マーサ・グライムズ再読、7月はシリーズ7作目のこちら。以前読んだ高2の頃はこういう救いのない悲劇的な話が苦手だったのに、いま読むとめちゃくちゃ刺さるというね……『「悶える者を救え」亭の復讐』より、はるかにこっちの方が好きかも。やや歪なところもあり100点はあげられないのですが、確実に本ブログの読者の何人かには刺さるであろう作品です。

動物を愛し、保護し、大人への抵抗をやめず、村の男爵夫人のもとで暮らす身寄りのない15歳の少女キャリー・フリートが、実質的に主人公。事故を装い村の住人のペットが次々と死んでいく中、ついに住人たちも一見事故に思える状況で死んでいきます。この連続殺人と渦中の少女キャリーの関係は何なのでしょうか。

自分がこのシリーズで一番好きなキャラクター、キャロル=アン・パルーツキー初登場作……という点はいったん置いておくとして。
犯人がかなりヤバい人なので、動機はあるにせよやってることが極端すぎますし、犯人特定の手がかりもほぼ1つしかありません。終盤のクリスティーばりのミスディレクションは(ベタとは言え)かなりうまいと思いますし、心臓発作など病死・事故死に見せかけた連続殺人物としてはかなりキッチリ作られてはいるのですが、いかんせんいわゆる謎解きミステリとしてのみで評価しようとすると、悪くはないけどそこまで……な内容ではあります。

しかしこれは、殺人事件ではありますが、それ以前に15歳の少女である「キャリーの物語」であり、そう考えると満点としか言いようがない内容だと思うのです。理不尽だし、別にそうならなくてもよくね、とか言いたくなる人を黙らせるかのような、大人を信じず、動物を保護し、大人と戦う少女のキャラ造形にぐうの音も出ません。何しろ登場シーンからして、少年に銃を突き付けているわけですよ。キャリーと、その保護者である男爵夫人の出会いのシーンとか、めっちゃ良いですよね……。シリーズ1作目から作中に子供を登場させてきたグライムズの生み出すのキャラクターとしては、1つの集大成なのではないでしょうか。
そしてキャリーを中心として構成されているからこそ、いわば「家庭の悲劇」に当たるかのような本書の事件に、説得力というか凄味が出ているのです。連続ペット殺しという不穏な幕開け、事故死に見せかけた悪意ある殺人という、平和な村に似つかない事件が、動物を保護するという使命感を持ち行動するキャリーという少女の存在によって際立ったものになっています。「子供」「動物」「田舎」という要素だけ見ればコージーなのに、中身は全然コージーじゃないというこのアンバランスさを、キャリーというキャラクターそのものが象徴しているようにも思えます。

難点をあげるなら、本作のジュリー警視がモテすぎるということですかね……話の流れがやや悪くなるくらい、モテるのです(必要ではあるんだけど)。新キャラである、ジュリーのアパートの新住人キャロル=アン・パルーツキー(女優志望の若いド美人で、ジュリー警視大好きという倫理的にどうかと思うキャラクター)の登場は、グライムズの好きであろうコメディタッチの部分に良い彩りを付け加えてはいるのですが、作品全体の雰囲気が重めなので、箸休めにはなるけどぶっちゃけ合わないかなぁと思ってしまいました。

とはいえ『「跳ね鹿」亭』、再読ではっきりしましたが、これはシリーズの中でもかなりオススメすべき作品でしょう。つまりは、ロスマクなんですよ。

原 題:The Deer Leap (1985)
書 名:「跳ね鹿」亭のひそかな誘惑
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-6
出版年:1989.12.10 1刷

評価★★★★☆

『「悶える者を救え」亭の復讐」』マーサ・グライムズ - 2019.06.30 Sun

グライムズ,マーサ
「悶える者を救え」亭の復讐
『「悶える者を救え」亭の復讐」』マーサ・グライムズ(文春文庫)

『バスカーヴィル家の犬』の舞台ともなった、荒涼たるダートムアで、三人の子どもが次々とむごたらしく殺された。現地にとんだジュリー警視が出会ったのは、地元警察のサム・スペード気取りのハードボイルド刑事。何かと張り合いながら、二人の視線は旧家アッシュクロフト家の10歳の女相続人ジェシカをめぐって火花を散らす。(本書あらすじより)

月イチ再読マーサ・グライムズ、6月の6作目は、傑作だったという記憶が強烈な『「悶える者を救え」亭の復讐』です。シリーズ屈指の名キャラクター、ブライアン・マキャルヴィ主任警視初登場作。
この作品、シリーズの中でもかなりの変則パターンだということに再読して初めて気付きました。記憶どおりの面白さでしたが、強烈な新キャラ・マキャルヴィにより、主人公含め他のシリーズキャラクターたちがかすみまくっているので、あまりシリーズ初読者向きではない作品だったな……と、以前この作品をすすめまくったことをやや反省しました。

バラバラな場所に住む無関係な少年少女連続殺人という、グライムズらしからぬ派手めな事件として物語はスタート。捜査に赴いたジュリー警視とウィギンズ刑事が出会ったのは、アメリカかぶれのハードボイルド刑事、部下から恐れられているマキャルヴィ主任警視だった。次の標的は、名家の女相続人となった少女ジェシカなのか? ジュリー警視は、友人である元貴族メルローズ・プラントの力を借りて捜査を進めるが……。

結局途中からいつもの感じになるというアンバランスさだったり、初登場マキャルヴィが実質的に主人公であったりと、かなりバタバタとした作品。なぜこの内容で300ページとかなり短めにまとめてしまったのかは結構謎です。
見どころはやはりマキャルヴィ本人でしょう。デヴォン・コーンウォール方面本部長というまぁまぁ偉い地方の警察官で、やることなすこと無茶苦茶で乱暴、上司としてはクソ野郎ですが、刑事としては超優秀。基本的に友達付き合い出来なそうな人間ですが、なぜかジュリー警視とは意気投合。そしてウィギンズ部長刑事との相性が何故かバツグンです。過去に解決できなかった昔の事件に振り回されており、それが今回の連続殺人にも絡むわけで、言ってみれば今作はマキャルヴィ自身の物語なわけです。

無関係な少年少女が殺される、というミッシングリンクものとしてはかなり面白いだけに、犯人の正体の唐突感が本格ミステリ的にはやや減点ではあります。もうちょい長めの作品にしておけば、ミステリとしての完成度はもっと上がったでしょう。ただ、この事件の悲劇性を前にすると、犯人登場の唐突感がむしろベストな気もします。
ってかそうなんです、このいかんともしがたい動機と、犯人と、ラストシーンを見ると、ご都合主義とか謎解きとかどうでもよくなっちゃうんですよね。そこにマキャルヴィの物語が、こう、きれいに結び付いて、めっちゃ良い話に仕上がっているわけですよ。物語の進行が他作品と比べて変則的ではありますが、もはやコージーの面影などみじんもない、シリーズ中期の代表作と言って良いのではないでしょうか。

というわけで、総合的な完成度は『「エルサレム」亭』の方が断然上ですが、『「悶える者を救え」』亭はやはりおすすめ。何作かシリーズ作品を読んだ上で、ハードボイルド、ノワール好きなんかにこそ読んで欲しい作品です。

原 題:Help the Poor Struggler (1985)
書 名:「悶える者を救え」亭の復讐
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-4
出版年:1987.11.10 1刷

評価★★★★☆

『「エルサレム」亭の静かな対決』マーサ・グライムズ - 2019.06.15 Sat

グライムズ,マーサ
「エルサレム」亭の静かな対決
『「エルサレム」亭の静かな対決』マーサ・グライムズ(文春文庫)

クリスマスの5日前、警視リチャード・ジュリーは雪に覆われた墓地で会った女性に恋をしてしまう。4日前、謎めいた神父に出会う。3日前、元貴族メルローズ・プラントが到着する。事件の解決に欠かせぬ人物だ。2日前、「エルサレム」亭にてジュリーとプラントが顔を合わせる。そしてクリスマス前日……“パブ・シリーズ”第5作。(本書あらすじより)

月一マーサ・グライムズ再読、今回はシリーズ5作目。5月中に全然感想を書かなかったので、もう6月ですが、5月に読んだ作品です。もう6作目も読み終わっているのに……。
さてこの『「エルサレム」亭』ですが、マーサ・グライムズ再読の中で、今のところ一番の収穫。何でこの傑作が高校生の頃の自分にはそれほど響かなかったのか……。初期5作品の中ではこれがベストの出来ではないでしょうか。

ロンドン警視庁のリチャード・ジュリー警視が、親戚の家に行く途中、田舎町の墓地でたまたま出会い知り合った女性。彼女はその翌日、殺されていた。偶然その死を知ったジュリーは、彼女の死を調べるため、独自の捜査を始めていくが……。

動機の見えない連続殺人、雪によって屋敷に(半ば)閉じ込められた上流階級の人々、貴族と庶民、ジュリー警視の一瞬の恋愛による個人的な捜査と元貴族メルローズ・プラントの別行動が最終的に結びつくという(捜査小説としての)見事なかみ合い方、そしてクリスマス・ストーリーとしての要素……全てが完璧です。
ジュリー警視の友人であるメルローズ・プラントは、今作はクリスマスということでとあるお屋敷に招かれているのですが、そこで年若くして貴族の爵位を継ぎ、窮屈な思いをしている少年に出会います。ここがめっちゃ良い……。ひょっとしてプラントの存在が初めて事件にちゃんと生かされているんじゃないの?
かつて伯爵という爵位を返上したプラントの立場と、被害者となった女性に恋をしていたジュリー警視、という二人の活かし方が素晴らしく上手いのです。ダブル主人公ここに極まれり。動機にそこまで意外性はないし、手がかりの提示が完全になされているわけでもありませんが、真相に徐々に近づいていく道筋は巧みだと思います。

そして、このラストの落とし方が、まさにこのシリーズの(中期以降の)良さを体現しているように思えます。そんなんでいいの?……いいんだよクリスマスなんだから、っていうあれです。コージーっぽさは完全に消え、陰鬱ではないけど哀愁ただよう、という独自の雰囲気も完成したのではないでしょうか。

シリーズキャラクターが雪だるま式に増えていくところが、このシリーズの良いところであり、途中の傑作をすすめにくくなる点で悪いところでもあるのですが、本書は本当に良作。1作目を読んだ方が絶対分かりやすいとは思いますが、面倒なのでいきなり『「エルサレム」亭の静かな対決』を手に取るのでもいいんじゃないでしょうか。自信をもってオススメしたい作品です。

原 題:Jerusalem Inn (1984)
書 名:「エルサレム」亭の静かな対決
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-5
出版年:1988.12.10 1刷

評価★★★★★

『「酔いどれ家鴨」亭のかくも長き煩悶』マーサ・グライムズ - 2019.04.29 Mon

グライムズ,マーサ
「酔いどれ家鴨」亭のかくも長き煩悶
『「酔いどれ家鴨」亭のかくも長き煩悶』マーサ・グライムズ(文春文庫)

シェイクスピアゆかりの地ストラトフォード。「お気に召すまま」観劇のあと、女性観光客が喉を掻っ切られて死んでいた。劇場パンフに走り書きされたソネットの二行に謎が隠されて?(本書あらすじより)

毎月恒例、月イチ再読マーサ・グライムズ。シリーズ4作目なのになぜか訳されたのが11番目という謎の翻訳をされた(唯一飛ばされていた)上に、内容もあまり印象が良くない……というか悪い作品。
読み直してみたら思ったより悪くはありませんでしたが、やっぱり良くもありませんでした。この作品がシリーズ中かなり微妙なところにあるのは間違いないと思います。

舞台はシェイクスピアにまつわる町、ストラトフォード・アポン・エイヴォン。アメリカからの観光ツアーの一人が殺され、休暇で当地を訪れていたジュリー警視は元貴族メルローズ・プラントと共に事件に巻き込まれる。

謎解きミステリとしては、明らかにバレバレの犯人→露骨なトリック、の部類。ストラトフォード・アポン・エイヴォンを訪れたアメリカ人ツアー観光客たちも、容疑者としてまんべんなく描けていません。ただし一点、叙述とまでは言わないまでも、なかなか面白い種明かしがあること自体は評価できるかも。

コージーっぽい雰囲気の取り入れ方をミスっている感もあります。ジュリー警視の恋模様という、3作目から徐々に始まる要素を積極的に取り入れているのですが、どう見ても中途半端なのです。訳者あとがきに、悲劇ではない悲哀が本シリーズ(特に後期)の特徴だとあり、なかなか言い得て妙だと思うのですが、じゃあこの4作目がそうかと言うと、そんなに悲哀も感じないんだよなぁ……。コージーからの悲哀、の過渡期の作品であるだけに、どちらの要素も書き切れていないのです。
そもそも、犯人の陥っている状況、悲劇、復讐に、なにひとつしっくりこないのが致命的。最後の失速っぷりがなぁ……こんな理由で何人殺してるんだよこいつって感じだし……。

というわけで、再読してきた中でもやっぱり一番微妙でした。前から言っているのですが、観光客を扱ったミステリって、外れ率高くないですか……?

原 題:The Dirty Duck (1984)
書 名:「酔いどれ家鴨」亭のかくも長き煩悶
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:吉野美恵子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-12
出版年:1994.12.10 1刷

評価★★★☆☆

『「鎮痛磁気ネックレス」亭の明察』マーサ・グライムズ - 2019.03.26 Tue

グライムズ,マーサ
「鎮痛磁気ネックレス」亭の明察
『「鎮痛磁気ネックレス」亭の明察』マーサ・グライムズ(文春文庫)

ロンドンから40マイル、このところ首都のベッドタウンとして不動産業者の着目するところとなったリトルボーンの村は、しかし、たたずまいあくまでものどか、もちろんパブもある。村の森から犬が人間の指をくわえて現われたのが事件の発端、警視昇進に照れながら腰をあげたジュリーは、事件を追ってロンドンと村を行き来する。(本書あらすじより)

誰が楽しみにしているか分からない、しかし読んでいる当人は楽しくて仕方がない、マーサ・グライムズ月イチ再読、3作目はタイトルが印象的。
相変わらず面白かったけど、「確かすごく面白かった!」という期待が先行しすぎていたせいか、そんなでもありませんでした。謎解き物……というより、TRPGの絡んだ暗号物として印象に残る作品です。

片田舎リトルボーンで見つかった「指のない」死体、ロンドン地下鉄での通り魔事件、一年前の宝石強奪事件が関連し合い、警視に昇格したジュリーの捜査も地方とロンドンを行ったり来たりします。初期3作の中では一番凝った内容でしょう。

依然としてコージー味はありますが、終わり方にそろそろグライムズっぽさが出てきました。キャラクターの使い方なんかも、悲惨なもの、究極の貧しさと汚さが光る一家など、1作目とは大きく変わってきています。それ故に、話を広げ過ぎたせいで登場人物を活かしきれなかったことがもったいなく感じられます。あと、犯人の意外性が良いだけに、もうちょい伏線が欲しいところ。
とはいえ、ネロ・ウルフ賞を受賞するのも分かります。話の広がっていく様や、板についてきた感のあるユーモア、強気な子供の描写の楽しさが気持ち良いのです。相変わらず子供と動物の使い方がずるいんだよなぁ……。メインとなる暗号はイギリス人向けですが、よく考えたらアメリカ人がアメリカ人向けに書いているミステリなので日本人が分からなくても何の問題もないですね、うん。

この再読、今のところ、期待低→記憶より面白い、期待高→記憶ほど面白くない、になっていますが、残念ながら次作は思い出補正とかそういうレベルではなくただただ微妙な作品であったという確信があるのでした。4月になったら読みます。ちなみに、再読の本命は6月なのです。

原 題:The Anodyne Necklace (1983)
書 名:「鎮痛磁気ネックレス」亭の明察
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:吉野美恵子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 275-31
出版年:1986.12.10 1刷

評価★★★★☆

『化かされた古狐」亭の憂鬱』マーサ・グライムズ - 2019.02.23 Sat

グライムズ,マーサ
「化かされた古狐」亭の憂鬱
『化かされた古狐」亭の憂鬱』マーサ・グライムズ(文春文庫)

警部は真冬のヨークシャーへと重い腰を上げた。北海の霧につつまれた小漁村で若い美女が殺されたのだ。滋味横溢の情景描写と魅力的な人物造形、アメリカ産の英国風ミステリー。(本書あらすじより)

月イチでマーサ・グライムズのジュリー警視シリーズを再読しよう、のコーナーです。今回は2月なので、シリーズ2作目。初読時はあんまり印象に残らず、出来もそこそこ、という印象でしたが果たして。
読み返してみると、本格ミステリとしての出来は並ですが、1作目よりはるかに良い……というか好みです。以前読んだ時は印象がかなり薄かっただけに、あれこんなに面白かったんだっけ?とびっくりしてしまいました。1作目のような、パブに奇妙な死体が置かれている、といった派手さこそなく、地味ではありますが、格段に上手くなっていると思います。

海辺の田舎町ラックムアで仮装をした死体が発見され、例によってロンドンからジュリー警部が派遣されてくる。折しも、ラックムアに住む準男爵のもとに訪れていた元貴族メルローズ・プラントはジュリー警部と再会し、二人は準男爵一家の相続をめぐる多くの死の謎に向き合うことになるが……。

本格ミステリとしては、証言を集めるのに手一杯なせいで得体のしれない凶器の謎が放置されてるとか、母親不在の少年バーティのプロットの部分の浮きっぷりとか、関係者をほぼ一巡しかしていないせいでほったらかしの登場人物が多いとか(地元警部ももったいない)、色々ダメなところもあるにはあります。トリックも定番だし。
ただ、グライムズの持ち味が明らかに出てきていて、いわゆるコージーではあるんですが、こうなんでしょう、人間の悲哀とキャラクターで読ませよう、みたいな部分が明らかに増してるんですよ。前作ではほぼキャラなしだった、相棒のウィギンズ部長刑事も大いに本領発揮し、元貴族プラントの素人探偵っぷりも極まっています。

また、現在の殺人の他に、行方不明の娘、事故死した準男爵の妻と息子、料理人の自殺、帰還した娘はそっくりさんor本物なのかの謎、などなどメインの事件の複雑さを、なんだかんだきれいにまとめられているのも好感が持てます。このあたり、素人探偵としてのプラントの使い方が地味に上手いんですよね。プラントにジュリー警部と別の捜査を勝手に行わせ、事件を複雑にしつつ、プラントとジュリーの捜査を結び付けることですっきり見せられる、というわけです。

とはいえ、この頃はまだコージーとしてのグライムズ、であるのも事実。これがこの後どう変化してくのか……来月読むのがもう楽しみ。なんていい企画なんだ、これ。

原 題:The Old Fox Deceiv'd (1982)
書 名:「化かされた古狐」亭の憂鬱
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:青木久惠
出版社:文藝春秋
     文春文庫 275-30
出版年:1985.11.25 1刷

評価★★★★☆

『「禍いの荷を負う男」亭の殺人』マーサ・グライムズ - 2019.01.28 Mon

グライムズ,マーサ
「禍いの荷を負う男」亭の殺人
『「禍いの荷を負う男」亭の殺人』マーサ・グライムズ(文春文庫)

クリスマスを控えたイギリスの小さな村で奇妙な連続殺人が。一人はビヤ樽に首をつっこんで、もう一人はパブの看板の人形の代わりにさらしものになって死んでいた。暇を持て余す元貴族メルローズとアガサ叔母が素人探偵を買って出る一方、ロンドン警視庁のジュリー警部が謎に挑む。元祖コージーミステリ。(本書あらすじより)

マーサ・グライムズが好きなんですよ。グライムズ好きすぎて、以前シリーズまるごと紹介する記事とかもブログで書いてますし。
で、1月に入ってから、Twitterでマーサ・グライムズが話題になっていたので、その時に【ジュリー警視シリーズはこれを読もう】と題していくつかTwitterでシリーズおすすめ作を紹介をしました。そんなことをしているうちに、再読したいなぁ……となったのです。というか、長年再読したいと思っていたのですが、これはチャンスではないかと。今読んでも面白いのか、確かめてやろうと。
というわけで、今月から毎月1冊ずつ読んでいくことにしました。13冊あるしね。果たしてどうなるか、よろしくお付き合いください。

というわけで、ジュリー警視シリーズ1冊目(この頃は警部)、『「禍いの荷を負う男」亭の殺人」』です。2014年に海外ミステリ復刊企画の第4弾で出直したので、表紙が和田誠ではなくなっています。
いやまぁ、シリーズ全体で言えば1作目はそんなに面白くはないんです。そこだけは誤解して欲しくないんですが……もう、読んでいる間楽しくって楽しくって。高校1年の頃に読んでいた時の楽しさが蘇るわけですよ。

イギリスの片田舎、ロング・ピドルトンのパブで、死体が発見された。これで二件目。ロンドン警視庁のジュリー警部は、地方警察からの要望で捜査に赴き、ロング・ピドルトンに住む元貴族メルローズ・プラントと共に事件に挑む。だが、次から次へと殺人は続き……。

まだ鬱々としていない、真っ当にコージーだった頃のマーサ・グライムズ(読書メーターの感想を見てもそんな感じですね)。レギュラーメンバーも固まっていませんが、個性的な登場人物で楽しく読ませる、という点では変わりません。
本シリーズは、ジュリー警部と元貴族メルローズ・プラントのダブル主人公。舞台がプラントの住む村ロング・ピドルトンで、2人の出会いを描いた作品でもあるんですよね。2人と、お邪魔虫であるメルローズの意地悪な伯母アガサとの軽快な会話がとにかく楽しいです。その代わり、ジュリー警部の上司とか、部下のウィギンズ部長刑事とか、同じアパートに住んでいるワッサーマン夫人とかはまだキャラが薄かったんですね。彼らが後々めちゃ楽しくなるのに……。

謎解きものとしては、クラシック英国ミステリを意識したガッツリ感はあります(二日に一人のペースで死人も出るし)。パブの地下で樽に突っ込まれていた死体、パブの入り口に人形代わりに飾られていた死体、と結構派手め。ただ、正直意外性はなく、犯人を隠そうという雰囲気もないのが意外でした。このへんもまだ未成熟。

というわけで、シリーズ第1作として大事ではありますが、まだそこまでおすすめするほどでもないかなぁ……というくらいの作品でした。シリーズ全体を知った後で読むと、むしろこんなコージーコージーしてる雰囲気だったのか、と思ってしまいます。来月以降も、順番に再読してみるつもり。

原 題:The Man With a Load of Mischief (1981)
書 名:「禍いの荷を負う男」亭の殺人
著 者:マーサ・グライムズ Martha Grimes
訳 者:山本俊子
出版社:文藝春秋
     文春文庫 ク-1-15
出版年:2014.10.10 1刷

評価★★★☆☆

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ヨッシー

Author:ヨッシー
クリスティ、デクスター、グライムズ、ディヴァインが好きな、ヨッシーことTYこと吉井富房を名乗る遅読の社会人3年目が、日々読み散らかした海外ミステリ(古典と現代が半々くらい)を紹介する趣味のブログです。ブログ開始から9年になりました。ちなみにブログ名は、某テンドーのカラフル怪獣とは全く関係ありません。
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