女王陛下のユリシーズ号
『女王陛下のユリシーズ号』アリステア・マクリーン(ハヤカワ文庫NV)

援ソ物資を積んで北極海をゆく連合軍輸送船団。その護送にあたる英国巡洋艦ユリシーズ号は、先の二度の航海で疲弊しきっていた。だが、病いをおして艦橋に立つヴァレリー艦長以下、疲労困憊の乗組員七百数十名に対し、厳冬の海は仮借ない猛威をふるう。しかも前途に待ち受けるのは、空前の大暴風雨、そしてUボート群と爆撃機だった……鋼鉄の意志を持つ男たちの姿を、克明な自然描写で描破した海洋冒険小説の不朽の名作。(本書あらすじより)

未読の名作というのは案外減らないもので、目先の新刊だとかマニアックな積ん読だとかを追っていると、どうしても後回しになってしまいがちです。いつでも読めるし、的な感じで。まぁ確かに、いずれ読むんだろうけど。
というわけで、今年の頭の時点で、さすがに早いとこ読もうぜ、と決めた名作群がこちらでした。

『赤毛のレドメイン家』『鷲は舞い降りた』『深夜プラス1』『女王陛下のユリシーズ号』『死の接吻』『さむけ』『興奮』『利腕』『ロウフィールド館の惨劇』

……全て、一昨年の頭にも目標にあげたはずなんですけどね。去年は全然名作系を読まなかったからなぁ。
そして今年は既に『深夜プラス1』『興奮』を片付けており、今度は『女王陛下のユリシーズ号』となったわけです。マクリーンを読むのは『ナヴァロンの要塞』に続いて2冊目。『ささやかな手記』のヘビーさに殴られたばかりの自分です。そろそろスカッとする冒険小説でも読みたいぜ、という気持ちで手に取ったのですが……。

実を言うと、前半はほとんど乗れませんでした。船も海戦もよく分からないし、登場人物も多すぎるのに一覧ないからよく分からないし、ぼっこぼこにやられる(おまけにミスもある)ばかりで何も楽しくないし。
ところが後半くらいから、こちらの気持ちが変わったのです。内容や展開は前半と全く変わらないのに(むしろつらさが増すばかり)、気付けばなぜか涙ぐみながら読んでいました。読み終わった瞬間、「うわぁ……すっげぇ……」とため息が出ちゃうほど。傑作というより名作、という感じの作品でしょう。


第二次世界大戦中、北極海におけるユリシーズ号とドイツ海軍の戦いを描いた作品です。ひたすらヘビーです。
というのも、ユリシーズ号が現在行っている任務は、管理側によって強いられた無茶なものなのです。ヴァレリー艦長以下ユリシーズ号の乗務員は現場側。結局命令に従わざるを得ず、既に限界に達している状態から航海を始めることになります。折しもドイツ海軍は最強軍艦を差し向けたとの噂。乗組員も限界なら艦長は死にかけ(文字通り)。お先真っ暗なのであります。

というシチュエーションに加え、専門用語の連発・やたらと大勢いる乗組員(登場人物表なし)と、読書を阻む要素が多すぎるのです。なるほど、この逆境の中苦しみ戦い続ける乗組員のかっこよさに男汁出しまくりながら読めばいいんだな、と思いきや、確かにプロフェッショナルの話なのですが、老害司令官やらダメ兵の活躍もあり、正直状況は深刻になるばかり、かっこよさどころかかっこ悪い。おまけにドイツ海軍との戦いとは言っても、こっちは逃げてばかり、沈んでばかり。一体何なんだこれは、と。どこが面白いんじゃ、と。まぁ思うわけですよ。
ところが後半くらいから、極限に追い詰められたあたりから、まずユリシーズ側のミスが消えます(というかミスする人が消えます)。さらに、病で死にかけながら依然乗務員たちの支えとなり続けるヴァレリー艦長がここぞとばかりにかっこよさを見せつけ、乗組員のアツいドラマも展開し、命を燃やし尽くそうとするユリシーズ号の全てから目が離せなくなります。これは一大悲劇なんでしょうね。娯楽作・エンタメ作ではあるんですが、それよりも古典的名作としての品格が印象的な作品でした。ヴァレリー艦長がね……かっこいいんだよ、本当に。
ただし一つだけ言うと、エピローグは苦手です。必要なのは分かるし、小説としての格調もぐんと上がるんだろうけど、やっぱり苦手です。これはもう仕方ない、そういう好みなので。

話としては『ナヴァロンの要塞』の方が圧倒的に好きだし、っていうか選べって言われたら躊躇なくナヴァロンを選ぶのですが、それでも『女王陛下のユリシーズ号』にはこうなんか、最終的にはとんでもない、凄味を感じました。マクリーンはすごい。初期作を中心にこれからも読んでいくつもりです。『北極基地/潜航作戦』を読みたいんだけど、全然見つからないんだよなぁ。
というわけでこれで、「知名度がずば抜けている気がする冒険小説トップ5」 も残すところあと1作、『鷲は舞い降りた』だけとなりました。ちなみに残り4作は『女王陛下のユリシーズ号』『ジャッカルの日』『高い砦』『深夜プラス1』です。選考基準とかないので聞かないでください。

原 題:H.M.S. Ulysses(1955)
書 名:女王陛下のユリシーズ号
著 者:アリステア・マクリーン Alistair MacLean
訳 者:村上博基
出版社:早川書房
     ハヤカワ文庫NV 7
出版年:1972.01.31 1刷
     1984.02.15 10刷

評価★★★★☆
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ナヴァロンの要塞
『ナヴァロンの要塞』アリステア・マクリーン(ハヤカワ文庫NV)

エーゲ海にそびえ立つ難攻不落のナチスの要塞、ナヴァロン。その巨砲のために連合軍が払った犠牲は測り知れない。折りしも、近隣の小島ケロスにとどまる1200名の連合軍将兵が、全滅の危機に瀕していた。だがナヴァロンのある限り、救出は不可能。遂に、世界的登山家のマロリー大尉ら精鋭5人に特命が下った─ナヴァロンの巨砲を破壊せよ! 知力、体力の限りを尽くして不可能に挑む男たちの姿を描く冒険小説の金字塔!(本書あらすじより)

初マクリーン。やーようやく読めました。この手の冒険小説とかスパイ小説、全然崩せていないんですよね。『女王陛下のユリシーズ号』とか、『鷲は舞いおりた』とか『深夜プラスワン』とか『寒い国から帰ってきたスパイ』とか。
というわけでまずは『ナヴァロンの要塞』ですよ。冒険小説の金字塔とも言うべき名作。勇敢な男たちがナチスドイツを相手にミッション・インポシブります。息もつかせぬまま一気に読ませ、物語としての貫禄は十分。……なんですけどねぇ、ちょっとだけ物足りないっちゃ物足りない気もします。

ミッションは無謀ながらも荒唐無稽ではなく、強靭ながらも超人ではない男たちによって、極めてリアルに遂行されます。単に敵地をぶっ壊すだけでなく、2000人のイギリス兵&善良な島民を救うという目的があり、分かりやすく入り込みやすいストーリーがむちゃくちゃ面白いです。
こういうプロ対プロっていいですよねー。ナチス側に尊敬に値する人間を置いて主人公と語らせるあたり作者分かってるじゃないですか(後半にも出してくれればいいのに)。ただ基本的に敵側のキャラクターはあんまり出て来ず、味方側の描写に終始しているので、個人的には誰か司令官っぽい人とかも欲しかったですね、少し。
味方側のメンバーについては、個性的なメンバーを多様に揃えたなぁという感じで、読んでいて実に面白く仕上がっています。ガサツなマッチョマンからストイック系技師まで、という感じ。これは良いです。こういう話で主人公サイドに足を引っ張る人を出すのは自分はでぇきらいで、スティーブンズなる若造にその兆候があっておっおっって思いながら読んでましたが、最終的にそんな足引っ張りでもなかったし、こいつに普通に泣かされてしまったので、主人公側5名に文句はありません(何を偉そうに)。

しかし読んでいて驚いたのが後半に出て来た突然の謎解き展開。なんですか伏線の山は! なんですかこの本格ミステリもびっくりな解決シーンは! いやそうじゃないかなとは考えていましたが、こんなにしっかりと手掛かりがあるとは思ってもみなかったので、心底感心してしまいました。これは良いミステリです。どこがと言ってしまうとネタバレになってしまうので、未読の方はぜひ読んで確かめてみてください。本格ミステリ好きの人なんかは結構楽しめるんじゃないでしょうか。

と大満足のはずなんですが……終盤がねぇ、思ったよりあっさりしてるのがちょっと拍子抜けだったかな。一番苦戦しそうな場面なのにあんまり苦戦しないんです。前半には不足の事態発生!みたいなのがあったのに、そういうのも全然ないし。手に汗握る作戦なだけに、淡々と進んでしまうのがもったいなかったです。

しかしとにかく楽しめました。これはやはり名作でしょう。『女王陛下のユリシーズ号』も読んでみないと。
ちなみに、Twitterで教えてもらったことですが、「謎解き志向がフルに発揮されたのが『北極基地/潜航作戦』。北極圏に浮かぶ氷塊の上に建設された観測基地で火災発生、救助に向かう原潜内で怪事件続発。そして殺人事件が! 謎解きと冒険活劇の完全結合体です」ということらしいので、こちらも読んでみるつもりです。

書 名:ナヴァロンの要塞(1957)
著 者:アリステア・マクリーン
出版社:早川書房
    ハヤカワ文庫NV 131
出版年:1977.2.15 1刷
    1988.5.31 10刷

評価★★★★☆