月の夜は暗く
『月の夜は暗く』アンドレアス・グルーバー(創元推理文庫)

「母さんが誘拐された」ミュンヘン市警の捜査官ザビーネは、父から知らせを受ける。母親は見つかった。大聖堂で、パイプオルガンの脚にくくりつけられて。遺体の脇にはインクの缶。口にはホース、その先には漏斗が。処刑か、なにかの見立てか。ザビーネは連邦刑事局の腕利き変人分析官と共に犯人を追う。そして浮かび上がったのは、別々の都市で奇妙な殺され方をした女性たちの事件だった。『夏を殺す少女』の著者が童謡殺人に挑む。(本書あらすじより)

アンドレアス・グルーバー、好きなんですよ。現代らしい正統派サスペンスで攻めて、(そこそこちゃんとした)謎解きとどんでん返しもあり、という具合で、紹介されているドイツ・ミステリ作家の中でも結構応援しています。他の作家と比べて本格ミステリマインドを解しているのでは、という予感があるのですが。今回で翻訳は3作目。なんと童謡殺人に挑戦です。すごいぞグルーバー。
……と紹介したくなるのですが、残念なことに「童謡殺人」と聞いて期待するようなものではありません。頭のおかしい殺人犯が童謡になぞらえて片っ端から女性を殺し、それを心理学の観点を取り入れて変人捜査官たちが追う、という、ある意味ごくごく真っ当なサスペンス。いつもと違って謎解きの意外性がなく、最初から見せている通りに終わってしまった、という印象が強いです。相変わらず面白いんですけどね、でもあと100ページ短い方がいいかも。

ドイツではメジャーだという童謡を見立てとした連続殺人、というアイデア自体は悪くありません。この童謡の知名度はおそらく日本では皆無に等しいと思いますが、訳者によって巻末に全文が載せられていますし、そもそもこの童謡はあくまで殺害方法(の残虐さ)を示すだけで、ぶっちゃけ捜査にはさほど関係しません。これもやや残念なポイントかも。
『夏を殺す少女』と同様に、今回もドイツとオーストリアの事件が結びついていきます。これを捜査するのが、連邦刑事局の超変人捜査官。さらに被害者の娘である刑事がこれに協力していきます。このコンビでシリーズも続いていくようですが、キャラクターなどは良いですね。とにかく変人がこう実に変人で、無礼ではあるんですが不快ではないというか。恨みを持つチェーン書店にじわじわ攻撃したり(笑)、飲み物にこだわったり、あと無礼だったりですが、おそろしく優秀ですし、目的に向かって突進するところに好感が持てます。今後に期待。

ただやはり事件自体にひねりがなさすぎで、そのわりに分量が多いのが全体としてはマイナスかなぁと。犯人(と思われる人物)のカウンセリングの章が随所に挿入されるのですが、これも作者の趣味にとどまっている気がします。ある人物の名前で驚かせるところとかはすごく良かったんだけど、これ中盤なんだよなー。
安定して面白いのですが、この人にはもっと複雑なプロットを書いてほしいんですよ。グルーバー未読の方は、まずは『夏を殺す少女』を読みましょう、こちらは非常におすすめなので。

原 題:Todesfrist(2012)
書 名:月の夜は暗く
書 名:アンドレアス・グルーバー Andreas Gruber
訳 者:酒寄進一
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mク-16-3
出版年:2016.02.26 初版

評価★★★★☆
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黒のクイーン
『黒のクイーン』アンドレアス・グルーバー(創元推理文庫)

険調査専門探偵ホガートは顧客からある依頼を受けた。プラハの展覧会に貸し出した絵画が焼失、調査に派遣した絵画専門の調査員は行方不明になった。調査員の安否と保険詐欺のことを調べて欲しいというのだ。プラハに飛んだホガートは、そこで猟奇連続殺人事件に巻きこまれる。首と手を切りおとしビロードにくるんだ死体の謎。『夏を殺す少女』で衝撃のデビューを飾った、オーストリア・ミステリの名手が仕掛ける巧妙な罠とは?(本書あらすじより)

去年読んだ『夏を殺す少女』が予想以上に面白かったこともあり、グルーバーさんは今期待の新人なのです、自分的に(新人じゃないけど)。話の展開はベッタベタなんですが、どうもこの人は謎解きのツボというのを分かっているフシがあって、情報の出し方とかが上手いのです。あとベッタベタなだけあってストーリーがまず普通に面白いし。年末ベストなんかでは活躍しそうなタイプですが。

というわけで今年も出てくれましたよグルーバーさん、去年訳者の酒寄さんの紹介を聞いてからずっと楽しみにしていたのです。だってあなた、ちょっとネタバレちっくだけど言っちゃいますけどね、なんとプラハをチェス盤に見立てて犯人は毎月一日に死体を置くわけですよ! なんでだよ! 古典本格でもない現代ミステリだからどうせロジカルなアレとかじゃなくてしょうもない理由しかないくせに! でも熱いよ、熱いよグルーバーさん!
と期待して読んだら、やっぱグルーバーは面白いな、と無事再認識しました。大したことないサスペンスなんですけどね、今回も。でも読者を惹きつける謎の提示から解決まで一気に持っていくエンタメっぷりが見事です。重厚さも綿密さもないけど、こういうストレートな面白さの作品は積極的に評価したいです、わたし。

絵画消失を調査していた女性探偵1の失踪を調べにプラハに来たウィーンの探偵は、プラハを騒がす毎月一日に首を切断して死体を放棄する連続無差別殺人を調査する女性探偵2に出会う。彼を邪魔するプラハを牛耳る暗黒街のボスの登場。突然命を狙われた2人(ウィーンの探偵と女性探偵2)。果たして真相は……とてんこ盛り。350ページしかないのに。いいぞいいぞ。おまけにさっき言った見立てとかなにとかもうとにかく詰め込んでラストは殺人犯と対峙してドンパチやるんですよ(鉄壁死亡フラグ「俺に任せて、お前らは先に行け」まで登場)。うーん、グルーバーさん、なんてベタが好きなんだ。

正直なところ、ベタが好きなだけあって展開は予定調和の域をはみ出るものではないし、色々詰め込んだ割にプロットはとっちらかってます。けど、シンプルなだましを入れて来るあたりはさすがだし、何よりこの立て続けの事件だけで引っ張っていこうという姿勢に好感が持てるじゃないですか。
傑作なんてものじゃないし、年間ベストに載ることも絶対ないし、どこか飛び抜けて優れた部分があるってわけでもないんですが、こういうエンタメが自分にはちょうどいいし、読んでいて楽しいんですよね。グルーバーの翻訳が続くことを期待してここは褒めまくっておきますよ……評価は星4つだけどな!

書 名:黒のクイーン(2007)
著 者:アンドレアス・グルーバー
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mク-19-2
出版年:2014.01.31 初版

評価★★★★☆
夏を殺す少女
『夏を殺す少女』アンドレアス・グルーバー(創元推理文庫)

酔った元小児科医がマンホールにはまり死亡。市議会議員がエアバッグの作動で運転をあやまり死亡。一見無関係な事件の奥に潜むただならぬ気配に、弁護士エヴェリーンは次第に深入りしていく。一方ライプツィヒ警察の刑事ヴァルターは、病院での少女の不審死を調べていた。オーストリアの弁護士とドイツの刑事、ふたりの軌跡が出会うとき、事件がその恐るべき真の姿を現し始める。ドイツでセンセーションを巻き起こした、衝撃作登場。(本書あらすじより)

こういう、ストーリーを追っていくのをガシガシ楽しめるようなミステリって大好きですねー。2つの事件の関係という謎や、ノンストップの捜査で暴き出される恐るべき真相、終盤のサスペンスなど、グイグイ読ませ、そしてめっちゃ面白い作品。素晴らしかったです。今年のミステリの中ではかなりお気に入り。

連続おっさん殺しを追う若(くもな)い女性弁護士と、少女殺しを追うおっさん刑事。対照的なだけに、交互に描かれるそれぞれの事件が実に魅力的です。両主人公の設定は、過去にめんどくさいことがあったとかなかったとかそういうのがベタっちゃベタなんですけど、それ言ったらこの本ベタだらけなわけですし、そのベタっぷりが何より面白いんだからいいじゃないですか、と。
この2つの事件が、オーストリアとドイツという2つの国を越えて結びつくところがとっても良いんです。徹夜で延々事件を追ってきた2人が邂逅するシーンとか、それだけでも十分熱いのに、その上ちょっと意外なこととかもあって激アツですよ、えぇ。そこからはまさに怒涛の展開。という名の一気読み。
怒涛の展開自体は極めて大人しく収束するんですが、このベタっぷり(またか)がたまらなく好きなんですよ、わたし。ラストの洒落たあざとい終わり方も良いですよねー。いや、これはかなり当たりだと思います。大変面白うございました。

傑作、という感じはないんですが、80点くらいの調度良い満足さを与えてくれる良作、といったところでしょうか。今度オーストリアに行くときにグルーバーの本を買ってこようかなぁ……。訳者の酒寄さんによると、グルーバーの翻訳は次も予定されているとのこと。その内容がまた面白そうなので、期待して待ちたいと思います。

書 名:夏を殺す少女(2010)
著 者:アンドレアス・グルーバー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-19-1
出版年:2013.2.22 初版

評価★★★★★