ベンスン殺人事件
『ベンスン殺人事件』ヴァン・ダイン(創元推理文庫)

ウォール街の悪徳株式仲買人アルヴィン・ベンスンの怪死をめぐり、多すぎる容疑者の中から独自の心理的探偵法によって真犯人を指摘する名探偵ファイロ・ヴァンス。本書はアメリカにおける本格推理長編の黄金時代の幕開けを告げた記念すべき作品であるとともに、美術評論家ウィラード・ハンティントン・ライトがヴァン・ダインの筆名の許に発表した全長編中の歴史的な第一作である。(本書あらすじより)

ヴァン・ダインを読むのがどれくらい久々かというと、この記事を書くために新しく「ヴァン・ダイン,S・S」のカテゴリを作らなくてはいけなかったほどなのですが、調べてみるとなんと2008年に『僧正殺人事件』を読んで以来でして、あとはそれより前に『グリーン家殺人事件』を読んだっきりで、ヴァン・ダインなんて古びた作家なんか知るかという感じだったのですけど、なんと今年『ベンスン殺人事件』が新訳で復刊されてしまい、そうなると積んでいる『ベンスン』が実にわびしいことになってしまうので、慌てて読んだのでした(前置き長い)。

いやもうなんというか、あらすじにある「歴史的な第一作」以上のものではないというか。
本当ならば新訳を読んでちゃんと評価すべきなんでしょうけど、でもまぁしかしこれは、はっきり言って凡作です。古典ミステリの良くないところが片っ端から出てしまっているのです。全体的に退屈で、これといったカタルシスもありません。もはや現代では厳しいでしょう。

『グリーン家』『僧正』は知能的な連続殺人犯vs天才ファイロ・ヴァンスという話ですが、『ベンスン』はあくまでヴァンスの名探偵ぶりを示すためにのみ書かれている作品です。彼の心理的・論理的な(と作者が言っている)推理が見所。故に警察はこの上なく無能(無個性ではない)にならざるを得ません。冒頭で「私」が語るように、ヴァンスの登場は警察の捜査をまるっきし変えることになったらしいのですが、つまりこの時点で警察はもうどうしようもなくアホで、ヴァンスにドヤ顔で「関係者のアリバイを調べてみたまえ」なんて言われちゃうし、ヴァンスは現場に入って即座に真相を見抜く(けど言わない)ようなムカつく探偵像になってしまうのです。
さらに、事件は警察が安易な結論に飛びつきやすいよう、平凡で単純でなければならず、連続殺人などもってのほか、ただただよくありそうな殺しが扱われることになってしまいます。ヴァンスの推理も、初歩的なものに留まるのですが、まぁしかし言われてもはぁそうですかとしか言えないようなつまらない事件とつまらない推理を延々と聞かされて読者は楽しいかといえばそんなこともなく。ダシール・ハメットは「ごく基本的な警察捜査の手順に従うことを許されれば、当局はすぐに謎を解き明かす事が出来ただろう」とヴァン・ダインの作品をこき下ろしたそうですが、『ベンスン』に関してはまさにその言葉がピッタリきすぎてつらいです。真相解明シーンも意外性をそもそも狙っておらず、あくまでヴァンスの頭の良さを示すように書かれているせいで、驚きはほとんどありません。どっちかというと人間ドラマ寄りに描かれているのかな(そこはまぁ面白いと思いますけど、でも不徹底だからねぇ)。

中島河太郎氏の解説によると、こうした描き方に限界が生じたため、3作目(『グリーン家』)以降作風が変化していくことになるらしいです。凡庸な事件を天才探偵が余裕で解くような話ばっか書いてもしょうがないということですね。ってことは『カナリヤ殺人事件』もこんな感じなのかしら(うぇぇぇぇ)。とにかく『ベンスン殺人事件』の新訳ではたしてこの作品の評価が変わるものなのか、なかなか興味の尽きないところではあります。
なお、『ベンスン殺人事件』は1926年。そしてヴァン・ダインと同時期にアメリカで書かれたE・D・ビガーズのチャーリー・チャンシリーズ第一作『鍵のない家』は1925年。ヴァン・ダインは、ビガーズみたいなのの対極を目指したかったんでしょうけど、個人的には謎解きにとどまらずプラスアルファ要素を楽しめるビガーズの方が圧倒的に面白いでしょ、と思ってしまいます。

書 名:ベンスン殺人事件(1926)
著 者:ヴァン・ダイン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 103-1(Mウ-1-1)
出版年:1959.5.5 初版
    1985.11.8 48版

評価★★☆☆☆☆
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