悪意の糸
『悪意の糸』マーガレット・ミラー(創元推理文庫)

不穏な空気をはらんだ夏の午後、医師シャーロットの診療所にやって来た若い女。ヴァイオレットと名乗るその娘は、夫ではない男の子どもを妊娠したという。彼女の“頼み”を一度は断ったシャーロットだが、混乱しきった様子が気に掛かり、その晩、ヴァイオレットの住まいへと足を向け……卓越した心理描写を武器に、他に類を見ないミステリを書き続けた鬼才による傑作、本邦初訳。(本書あらすじより)

今年読んだ本をなるべく今年中に記事書いちゃいたいのでダッシュで更新し続けてます。今日2回目です。しかしあと20冊あるので1日2回更新でも間に合いません。無理です。
さて、超久々に日本でマーガレット・ミラーが新訳で登場しました。ちなみに自分はまだ『まるで天使のような』しか読んだことなかったんですが、積んではいます、積んでは。
地方かどこかの町を舞台に女医と浮気相手とどこぞの女の子が混じり合ってどろどろどろどろするタイプのサスペンス。これ以上ないってくらいべったべたな展開とべったべたな結末だったけど、なんかこう、雰囲気がいいです。すごくいいです。これがミラー節か……。

夫がいる身でありながら一夜の浮気で子供が出来た女が女医の元に現れますが、女医は彼女を適当に相手して帰してしまいます。その後いなくなったり死体が出てきたりうさんくさい親戚が出てきたり女医が襲われたり云々。ある人物が実は、的なのは結構ほのめかされているのもありすぐ分かるでしょうし、犯人も意外性を考えると想定内ではあります。

ただ、これは登場人物の行動と心理描写で読ませるタイプのサスペンス。全員が身勝手で自分のことしか考えていないという状況で、いかなる結果が生じるのか、という点がとても面白いのです。主人公の女医さんだって一見普通だけど(解説でもそう書いてありますが)、めちゃくちゃ独占欲が強いしなんかメンヘラの気がないですかこの人、全然普通じゃないと思うんですけど。
特に面白いのがこの事件を捜査する刑事さん。彼、登場するなり自分にそっくりな女医さんを好きになった(らしい)みたいで、浮気はよくないとか忠告がましいこと言いながら私とくっつく方が幸せだとか何とか言いながら事件を勝手に捜査していくんですけどなんだこいつ。謎キャスティング。アグレッシブに告白しつつ謎を解く刑事ですか……新しい……。

そうしたあれこれがミラーの鬱々とした文章で語られていくんですよ。この寒々とした雰囲気がたまりません。小品ながら、短いこともあり気持ちよく読了。うーんいいクラシックサスペンス。現状、他のミラー作品がすべて品切れ(おまけに今回ミラーが訳されたことでなんか妙に高騰しています)なので、入門にはちょうどいいかもしれません。


書 名:悪意の糸(1950)
著 者:マーガレット・ミラー
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mミ-1-8
出版年:2014.08.29 初版

評価★★★★☆
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まるで天使のような
『まるで天使のような』マーガレット・ミラー(ハヤカワ・ミステリ文庫)

オゥゴーマンは五年前に死にました――ある宗教団体の尼僧から、オゥゴーマンという男の身辺調査を頼まれた私立探偵クインは、意外な言葉にぶつかった。事務員だった故人は、嵐の晩に車で出かけたまま戻らず、川に落ちた車だけが見つかったという。妙なのは事件だけではなかった。どうやら過去を暴かれたくない者がいるらしいのだ……多くの謎をはらむ事件の真相とは?心理サスペンスと私立探偵小説を融合させた代表作!(本書あらすじより)

えー、突然ですがちょっとドヤ顔したいのですけどね、2月16日(すでに2ヶ月前)、茨城のブックオフで『パリは眠らない』を、蒲生の某古書店で『緑のダイヤ』を購入した後、向かった渋谷のブックオフで、わたくしとんでもないものを目にしたのでありました。
ミラーなど
ハヤカワ・ミステリ文庫から出ているマーガレット・ミラー4作品が全て105円コーナーに並んでいるではないですかっ!!!!!!!!
というわけで、『鉄の門』が手に入ったんだぜ、げへへへへ(その時は『まるで天使のような』だってマケプレで1000円はしていたのにいつの間にか500円を切りやがって)。まぁこういう収穫があれば、今まで読んでこなかったミラーを読まなきゃいけないじゃないですか。というわけで、早速、非常に評判の良い『まるで天使のような』を読んでみたわけです。
ちなみにこの表紙(旧版のもの)ですが、どう見てもロード・オブ・ザ・リングに登場するナズグルではないかと……あ、修道士だったのね、これは失礼。


いやぁ堪能しました。こっれは素晴らしいです。現実社会と宗教共同体、理性と狂気の世界を行ったり来たりしながら、全貌の見えにくい事件がゆっくりと解きほぐされていきます。つかみの良い冒頭からラストまで一貫して漂う異様な雰囲気に引き込まれます。
体裁は真っ当な私立探偵小説で、主人公クインの行動によりもともと不安定だった関係者の心情が揺さぶられ、やがて状況が変化していく……というもの。「祝福尼の依頼」がきっかけとなり、一切無駄なく、なおかつ先行きの見えなさと意外性を保ちながら、粛々と物語が進んでいくのです。上手いなぁ。
新興宗教の信者たちが暮らす「天使の塔」と、それ以外の現実世界が交互に描かれていくのですが、それに伴い作品の空気が切り替わっていく様が実に見事ですね。特に「天使の塔」における、舞台・登場人物の幻想と狂気の描写は恐ろしいまでに秀逸。とは言え、どんなに奇妙でも、非現実的ではない……そのバランスが実に絶妙なのです。

ところで、本書を紹介する際にしばしばラストの意外性が云々とか言っているものを見かけるのですが……いやね、はっきり言って、そんなものは果てしなくどうでもよいのです(だいたい作者は隠す気ないでしょ、これ)。そんなものより、最後には、私立探偵目線から離れて、狂人の危うさが、必要最小限の言葉で語られるのです。最後まで読んできてコレですよ。これ以外にないという結末じゃないですか。


というわけで、初ミラーでした。読み始めて、「えっ、ミラーって旦那さんと同じく私立探偵物書く人だったの?!」と思い、解説を読んで「なんだ、これは異色作なのか……」と思ったりも。私立探偵物三部作、みたいなのがあるんですねぇ。まぁしかし、この作品を単なるハードボイルドとして片付けるのはあまりに狭い見方でしょうね(ってかそう思う人はあんまりいないでしょう)。傑作です。



「人間というのは、たしかに傑作だ!
……その行動はまるで天使のよう!
その知力はまさに神のようだ!
しかもなお、わたしにとって、この本質的に塵にすぎないものがなんだというのだ?
男はわたしを楽しませてくれない。
そうだ、女もだ……」――前書きに引用されている『ハムレット』より


書 名:まるで天使のような(1962)
著 者:マーガレット・ミラー
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 41-4
出版年:1983.4.30 1刷

評価★★★★★