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シャーロット・アームストロング名言2

2019-09

『十三の謎と十三の被告』ジョルジュ・シムノン - 2019.02.06 Wed

シムノン,ジョルジュ
十三の謎と十三の被告
『十三の謎と十三の被告』ジョルジュ・シムノン(論創海外ミステリ)

〈クイーンの定員〉に選出された傑作短編。フロジェ判事が探偵役の「十三人の被告」と行動派刑事G7が活躍する「十三の謎」を収録! 至高のフレンチ・ミステリ!(本書あらすじより)

13シリーズは、各話が問題編・解答編に分けて雑誌に掲載された、各話10〜12ページほどのショート・ミステリ集。これまで完訳されたのは、第一弾である『13の秘密』(創元推理文庫)のみでした。こちらは素人安楽椅子探偵のルボルニュが主人公で、純粋なパズル物に過ぎず、ぶっちゃけ結構つまらないのです。
で、今回ついに、第二弾と第三弾である『十三の謎』および『十三の被告』が一冊にまとめて訳されました。端的に言うと、『十三の謎』は中途半端、『十三人の被告』はメグレファン必読。なんにせよ、シムノンの13シリーズ完訳はめでたいことです。

まず『十三の謎』は、主人公である行動派刑事G7が、フランス中を駆け巡りながら謎を解き明かすというもの。パズル的要素と人情要素のミックスがいまいちで、これは結構微妙です。まだパズルに振り切ってる『13の秘密』の方が良いかな……。

ところが『被告』、これがめっちゃ良いのです。主人公はフロジェ判事、目の前に連れてこられた容疑者から話を聞き、見事真相を探り当てます。職業こそ異なれど、フロジェ判事の中身と振る舞いはほぼメグレ警視。どの話でも、見かけとは異なる真相がほどほどの論理的推理で解き明かされ、そこにこれぞシムノン!なドラマが光ります。
『被告』が『秘密』『謎』と違うのは、コロンボ並に最初から容疑者がはっきりと定められているところだと思います。職業が判事なんだから、そりゃそうなります(目の前に連れてこられた被告とか)。つまり、メグレシリーズによくある対決物に近い構造なのです。またメグレ物と異なり、その容疑者が犯人であればきちんと証拠が最後に提示されるし、そうでなければ予想外の真相がきれいに示されます。反転がすごく上手いんですよ。
もちろんシムノンは長編の方がより味わい深い何かを描けるんでしょうが、むしろ12ページの中でこれだけドラマとパズルを見せられる『被告』はすごいと思います。想像以上に楽しめました。

まぁ難点は読みにくいところですよね……お得意のとりとめのない文章に加え、たった12ページで説明しなきゃならないせいで怒涛の事件説明が話の頭に詰め込まれるので、毎編分かりにくいことこの上ありません。
とは言え、新刊でシムノンが出ることがまずもうめでたいことですからね! 今後もちょっとずつ、シムノンの翻訳が出るといいなぁ。

原 題:Les 13 Énigmes et Les 13 Coupables (1929~1930)
書 名:十三の謎と十三の被告
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:松井百合子
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 219
出版年:2018.10.30 初版

評価★★★☆☆
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『メグレのバカンス』ジョルジュ・シムノン - 2019.01.14 Mon

シムノン,ジョルジュ
メグレのバカンス
『メグレのバカンス』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

バカンスをすごすために来た海辺の町サーブルで、メグレ夫人は虫垂炎にかかり、手術を受けるはめになる。夫人の病室を見舞うのがメグレの日課。15号室の患者に会ってやってほしいというメモが、いつの間にかメグレのポケットにしのばせてあり、彼は気がかりになる。だが翌日病院に出かけてみると、その患者はもう死んでいた。自動車から転落して重傷を負った若い娘で、意識はついに戻らなかったという。地元警察は問題にしていなかったが、メグレはこの事故に不審をいだき、事故のさい車を運転していた娘の義兄ベラミ医師に接近していく……。(本書あらすじより)

マケプレオーバー2000月間、8冊目は、いつものシリーズ順に読んでいるメグレ警視シリーズです。
第3期メグレを読むのは『激怒する』『ニューヨーク』に続いて3冊目ですが、なんでしょう、今のところすごく良いんですよね。しかも今回の『メグレのバカンス』は、ここに来て結構な力作だったのでびっくりしました。この熱の入りようは、初期作を思い起こさせます。
で、本作はメグレ警視シリーズで何作も書かれた、いわゆる「対決物」(命名自分)。犯人、もしくは犯人らしき人物と、終始対立し続けることが話の軸になっている作品です。犯人との関係は認め合っていたり憎み合っていたりと作品によってタイプは異なりますが、今回のメグレのライバルはシリーズ中最強クラスなのではないでしょうか。

バカンスで地方都市に来たメグレだが、妻が虫垂炎で入院してしまい、暇を持て余す毎日。そんな中、助けを求める手紙がメグレのポケットに入っており、翌日一人の少女が死亡する。何が起きているかを調べようとするメグレだが、続いて第二の事件が起きてしまい……。

メグレ夫人、たいていろくな目にあっていないし、警視との関係も妙にギクシャクしているし、基本的にどの作品でも不仲に見えてしまうのはなぜなんでしょうね、ほんと。メグレに家庭的な要素って実は皆無なんだよなぁ……。
今回のメグレは終始不機嫌。殺人に不慣れな地方都市の警察が休暇中のメグレに頼ろうとする、どこに行っても身バレしていてひっそり休暇を送れない、助けを求められたってどうしようもない、とひたすら不満を抱えています。
ただ、一つの殺人を止められなかったことで、メグレは暴走機関車の如く怒涛の捜査を開始するのです。ここからのメグレの必死さがかっこいいんですよ。初期作のような発端の大きな謎はないものの、得体のしれない事件の全貌をきれいに解き明かす謎解きはかなり良くできていると思います。

さらにすごいのが今回の敵役であるベラミ医師。色々な意味で隙がなく、有力者であるため手も出しにくく、何の証拠もあがらない、終始冷静で実にスマートな、メグレと互いを認め合う好人物なのであります。メグレが、自分がいいように操られている、とまで思うレベル。強い。
証拠がないのは正直いつものことですが、むしろそれを前面に出すことで、メグレシリーズの謎解きミステリとしての弱さを逆にカバー出来ているのが面白いところ。しかも、捜査過程がしっかり描かれているためか、非常に出来が良く感じられます。

というわけで、いやはや、普通に面白かったです。まさにメグレシリーズっぽい良作。2018年はメグレを3冊しか読めなかったので、2019年はもっと頑張りたいなぁ……。

原 題:Les vacances de Maigret (1947)
書 名:メグレのバカンス
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:矢野浩三郎
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 50
出版年:1980.08.05 初版

評価★★★★☆

『メグレ、ニューヨークへ行く』ジョルジュ・シムノン - 2018.08.06 Mon

シムノン,ジョルジュ
メグレ、ニューヨークへ行く
『メグレ、ニューヨークへ行く』ジョルジュ・シムノン(河出文庫)

定年退職して悠々自適の生活をしているメグレのところに、アメリカの大富豪の息子が訪ねてくる。最近父親の身に異変が起こったらしい、自分といっしょにニューヨークへ行ってほしい、というのだ。ところが、ニューヨークに着いたとたんに青年は姿を消し、父親の方はメグレを避けようとする。青年の口車に乗ってアメリカに来たことを悔みながらメグレの捜査は始まる。(本書あらすじより)

シリーズの中で、主人公が外国を舞台に活躍する話、たいてい面白くないじゃないですか。というわけであまり本書を読む気にはならなかったんですが、手持ちメグレは発表順に読むと決めたので、仕方なく手に取ったわけです。第3期メグレの第2作に当たります。
ところが、ニューヨークが舞台だというのに、まさかの完全普段通りのメグレで、普通に面白かったです。ブロードウェイにフランスみを感じるメグレが、意地でもフランスらしさを捨てないの、絶妙な安心感があります。

依頼人も事件もはっきりしない中で、英語が苦手なメグレが異国の地で捜査する、という設定とは裏腹に、フランス語を解す関係者とギリギリ通じる英語によってムリヤリ通常営業のメグレっぽさを演出するシムノンに笑ってしまいます。でも、いつも通りのようで、いつもとちょっと違う雰囲気が意外と楽しいのです。
あくまでアメリカは、「移民の国」が事件の性質上必要だったから舞台にしたに過ぎないんだろうと思います。ただ、これが結構存分に生かされていて良いのです。30年前、フランスから渡ってきた移民二人組はどういう関係だったのか?を謎の中心に起き、じっくり捜査を描いています。

また、何度も言っていますが、退職したメグレシリーズは私立探偵物としての面白さが強いのです。つまり、警察官としてではなく、私人として捜査し、かつ解明した全てをつまびらかにする義務がない、というポジション。その面白さが、異国を舞台にしたがゆえに、より際立っています。
パリと違い、ニューヨークでは誰もメグレのことを知らず、元同僚もいません。しがらみのないメグレに協力するのは、いつもの元部下リュカではなくて、アメリカのオブライエン警部とスミス警部なわけです。この両警部の対象的な感じも楽しいんですが、とにかく外国が舞台であるせいでメグレの私人性が強まっているんです(引退後の"元"部下リュカとの関係性も面白いんですけどね)。シムノン流の私立探偵小説の良さが存分に発揮されていると言えるのではないでしょうか。

とにかく、いつものメグレと同じ面白さを味わえる一冊です。安易に異邦人ネタとか外国ネタに走らず、通常営業をするのがシムノンの良いところです、マジで。明らかに変化球ではありますが、特に身構えなくてもちゃんと楽しめる、いつものメグレシリーズ。何冊かメグレを読んだ人には、ぜひオススメです。

原 題:Maigret à New-York (1946)
書 名:メグレ、ニューヨークへ行く
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:長島良三
出版社:河出書房新社
     河出文庫 シ-2-9
出版年:2001.03.20 初版

評価★★★★☆

『メグレ激怒する』ジョルジュ・シムノン - 2018.03.04 Sun

シムノン,ジョルジュ
メグレ激怒する
『メグレ激怒する』ジョルジュ・シムノン(河出文庫)

孫娘の不慮の死に疑念を抱いたアモレル老婦人は、田舎の別荘で引退生活を楽しんでいるメグレに調査を依頼する。アモレル家を訪れたメグレは、そこで意外な人物に出会う。中学時代の同級生マリクが老婦人の娘婿として、この大富豪の一族を支配しているのだ。しがない税務署員の息子マリクが……。彼は今の自分を誇示しながらも、一家の内情をメグレに知られることを極度に恐れている……。(本書あらすじより)

最近、ほぼ週一更新になりつつあるような……いや忙しくて……。でも本は読んでいるんですよ! ということで、とっくに先月の話ですが、シムノンの誕生日、2月13日にメグレを読み終わりました。
さて、去年、ようやく手持ちの初期メグレを全て読了したところです。いわゆる第1期ですね。『メグレ再出馬』を最後に、シムノンはメグレ物以外を中心に書くようになります。もちろん自分は第1期を全部読んだわけではなくて、『死んだギャレ氏』とか『オランダの犯罪』とかは未読なんですが……だってレアだし……。
あれから半年、そろそろ第2期メグレを読む時が来たか、と思いきや、何と手持ちのシムノン43冊の中に、第2期作品がほぼないのです。というのも、この時期のメグレは中短編が主なんですよね。中短編……おぉ、苦手で全然集めてないやつだ……。
というわけで、潔く第2期のことは忘れ、第3期に突入することになりました。まずは第3期初長編、『メグレ激怒する』です。

『メグレ再出馬』(1933)で既にメグレは引退していますが、今回の『メグレ激怒する』(1945)でも引き続き引退中。退職してから3年という設定です。そのメグレのもとに、高名な元警視に孫の事故死を捜査して欲しいと考える、強烈なおばあちゃんがやってきます。
これまで私的な依頼は全て断ってきたメグレですが、今回は何となく逃げられず、否応なく事件を捜査し始めることに。すると事件の中心人物は、メグレの同級生、高慢なエルネスト・マリクだったのでした。誰もが秘密を隠しているように見える一家を調べ始めたメグレは、疎まれながらも、一歩一歩真相に近付いていくのですが……。

『メグレ再出馬』と同じく、かなり私立探偵小説的な側面が強い作品。特に今回は身内からの頼みではなく、無関係な人から頼まれ、田舎に潜入捜査を始める、というくだりがそれっぽいです。捜査を開始してからは一切事件が起きないのですが、一人一人に話を聞いて回るなかで、こじれた人間関係を浮かび上がらせつつ、上流階級よりも召使いなどといる方が性に合うメグレの性格が気持ちよく描かれるのは楽しいですね。
真相は苦いもので、いわゆる家庭の悲劇タイプ。事件を追い求める過程で、内に閉じこもった少年の心を開かせようとメグレが努力する様が涙ぐましいのです。
しかし驚いたのが、今回の決着の付け方。確かにメグレシリーズにもこのパターンはあるけど……。元警官という、メグレの非公式の立場を生かしたやり方かもしれません。シムノンの描く人間が色々な意味で強いだけに、この結末はめちゃくちゃ上手くはまっています。キャラクター造形の巧みさゆえに、(ありがちだけど)許されるラストかなと思うのです。

あとは、久々にパリ警視庁に戻ったメグレが、リュカなどの元部下たちを使って捜査を行ったり、昔使っていた泥棒に頼んで一緒に不法侵入したりと、いかにも刑事ものっぽい要素も多数。これは良い意味で言うのですが、かなりエンタメに寄せてるなーと思いました。メグレもシムノンもみんな丸くなったなぁ……。
第3期を、本書と『モンマルトルのメグレ』『メグレ夫人と公園の女』だけ読んで受けた印象ですが、初期メグレと中後期メグレは、やっぱり読み味が全然違います。初期メグレの方が、言い方は悪いけど、もっと読者に不親切。一方、中後期はそれなりにストーリーがまず分かりやすく、内容もよりキャッチ―な印象。ただ、最初に提示される謎自体は、初期メグレの方が結構とがっていて魅力的です。
初期メグレはどうかと思うくらいクセが強いのも多くて、要するに鼻につくぐらいメグレ警視の独白やら心理描写やらがクドいんですが、これが好きな人はハマるし、逆に合わない人は中後期の方が向いていると思います。そこらへんの読み味を気にしながら、今後も第3期長編メグレを読み進めたいところですね。

とりあえず、『メグレ激怒する』は、無難に楽しめる良作です。が、全体的に小粒でちょっと印象に残りにくいのも事実。『モンマルトルのメグレ』みたいな傑作が出てくることを期待しましょう。

原 題:Maigret se fâche(1945)
書 名:メグレ激怒する
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:長島良三
出版社:河出書房新社
     河出文庫 504F
出版年:1988.08.04 初版

評価★★★★☆

『メグレ再出馬』ジョルジュ・シムノン - 2017.09.14 Thu

シムノン,ジョルジュ
メグレ再出馬
『メグレ再出馬』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

メグレの紹介で司法警察局にはいった夫人の甥のフィリップがへまをしでかした。重要参考人を張込み中、うまくはめられて、早まってその男を射殺したことにされたのだ。すでに引退してロワール河で閑居としているメグレは、甥に泣きつかれて、事件解決に乗りだす。麻薬事件にからんで、危険な手下を始末するために、ボスのカジョーが仕組んだ策略であることは間違いないが、今は何の権限もないメグレは、容疑者をしょっぴいて泥を吐かせるわけにもいかない。カジョーの一味が集まるカフェに陣どって、メグレは相手方の動静をさぐる……。(本書あらすじより)

いわゆる第一期完結作に当たります。
自分はこれ、非常に好きです。シリーズ最終作として書かれたものである以上、一期の中では明らかに異色作ですが、とはいえそのせいでリーダビリティは抜群だし、何より事件や構成自体は王道メグレでありつつ、引退したメグレという役回りを上手く活用している点に交換が持てます。

話はのっけから急展開。引退したメグレが、ヘマをしたせいで殺人容疑をかけられた刑事である甥を助けるために元刑事としてパリに舞い戻り、やくざの親分と対決する、という内容。
私人であるメグレが、警察官という地位を利用できない中でいかにして真犯人を追い詰めるかに苦心する様はまさしく私立探偵のそれ。かなりハードボイルド/私立探偵小説に近いのです。主人公の探偵の親戚が登場するというのもそれっぽいですよね(これもシリーズ的には珍しい)。メグレ最終作と言われても納得の展開が続きます。

逮捕もできない、刑事も使えない、メグレの証言も容疑者に違うと言われれば採用されない、という状況下で、いかにして誰もが犯人と分かっている真犯人カジョーを追い詰めるか?というのが終盤の焦点。何しろパリ司法警察局には、メグレの後釜アマディユー警視と、揉め事は避けたい局長がおり、彼らはメグレと対立してしまうのです(警察との対立も、ハードボイルドっぽい)。組織とそりの合わないメグレ、同僚とのにらみ合い、と言った要素はメグレものではほとんどないため、かなり新鮮に思えます。ちなみに元部下のリュカだけはめっちゃ協力してくれるんですよね……泣ける……。
一方パリのやくざの大元締めカジョーが大ボスである、というのが序盤からはっきり示されているあたりは王道メグレのパターン(『男の首』など)。お得意の神経戦に持ち込みつつ、人間研究家メグレがカジョーの性格を暴くことでラストが味わい深いものになっているのが見事です。メグレシリーズのラストの中でもかなり上位に来るのではないでしょうか。

メグレは結局復職するわけではないので、第二期以降のメグレはどうやって刑事に戻るのか、ちょっと気になるところではあります。異色作ながら王道で、かつメグレにしてはもたもたしてないので、意外とおすすめしやすいかも。
ちなみに、野中雁さんの訳も良かったです。「……」が今回非常に少なかったので、だいぶ読みやすくしているんじゃないかなと予想。

原 題:Maigret(1934)
書 名:メグレ再出馬
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:野中雁
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 49
出版年:1980.03.21 初版

評価★★★★★

『13の秘密』ジョルジュ・シムノン - 2017.04.20 Thu

シムノン,ジョルジュ
13の秘密
『13の秘密』ジョルジュ・シムノン(創元推理文庫)

花の都パリは、犯罪の都でもある。『13の秘密』は、探偵趣味の主ルボルニュ青年が、新聞記事などを手掛かりにいながらにして十三の犯罪を解明する連作短編集。メグレばりの心理分析からルーフォック・オルメスさながらの奇想天外推理までとりこんだ、風変わりな安楽椅子探偵譚。併せて、引退間際のメグレ警部が運河の畔で不可解な殺人未遂の捜査にあたる長編『第一号水門』を収めた。(本書あらすじより)

久々の月イチメグレ。別シリーズの連作短編集と、メグレ物長編が収録されています。
あらすじは新版のものです。というのも、旧版の『13の秘密』には書名にも奥付けにもあらすじにもメグレ長編『第1号水門』が併録されていることが書いていないんですよね。目次にだけ。新版になって書名が『13の秘密/第1号水門』になったようですが、いやほんと正解です。
というわけで別々に感想を書きます。


『13の秘密』

瀬名秀明さんによるとシムノンの13シリーズ(タイトルに「13」を冠した、それぞれ別個の連作短編集)の最初で、素人探偵ジョゼフ・ルボルニュを主人公にしたものです。10ページほどのパズル的ショート・ミステリ集で、これがもうあなた、要するにそのまんま『隅の老人』なのであった(完)。
10ページほどの短編が延々と続き、内容はデュパン、ホームズそのまんまといった感じのパズル的安楽椅子探偵なのですが、ぶっちゃけキツいのです。何の新味もありません。メグレ短編はもっと面白いので、これはもう単純に小説として短すぎるのが敗因でしょう。

主人公ルボルニュは、やたらと高慢ちきで、死体を見たことはないと称するが新聞などで未解決の事件を見るとたちまち解決し予審判事に手紙を送りつけ、さらに友人である私(語り手)に新聞を押し付け「こんなのも解決できないの? バカなの?」とひたすら煽るような、いけ好かない素人探偵であります。
要するに完全に隅の老人で、最終エピソードでルボルニュの出自が語られるところも含めて完璧に隅の老人です(隅の老人と同じく独自調査はしているっぽいのもそう)。ただ図面なしではあまりフェアではないし、あったとしても正直クオリティはそれほどでもありません。ホームズのライヴァルたちには遠く及ばないでしょう。「三枚のレンブラント」はアイデア的にまぁまぁ面白いかなとは思うけど、全体的に打率は低め。
……と思っていたら、これは本当にパズルだったんですね。瀬名秀明さんによる連載「シムノンを読む」に詳しいですが、もともとこの作品は(雑誌、書籍共に)図版付きの謎解き小説だったようです。だから素人探偵ルボルニュも「図面を読むんだ!」と連呼するのですが、創元推理文庫版ではカットされているという、実にもったいない背景があったのでした。どうせならちゃんと図面をつけて、『2分間ミステリ』とか『5分間ミステリー』みたいにして売るべきだったかも。


『第1号水門』

こちらはメグレ長編。非常に良かったです。初期メグレの中では上位だと思います。
船主エミール・デュクローの殺害未遂で事件は幕を開けます。金持ちであるデュクローは家族との折り合いも悪く、加えていかにも怪しげなデュクローは終始メグレを翻弄し続けます。果たしてデュクローの狙いとは、そして事件の全貌とは?というお話。

相変わらず発端の謎は魅力的なのですが、今回は全体的に事件も派手。事故、殺人未遂、自殺、殺人と180ページの間絶え間なく死体が登場します。正直読了するまでメグレの某有名作品の変奏パターンだと言うことに気付かなかったくらい頭がさびていました(意外な犯人とか求めてはいけなかった、当たり前だ)。メグレが結構な金持ちである船主、エミール・デュクローと会話しているだけ(捜査してない)でこれだけの迫力が生まれているんだからすごいですよね。
また酒場、船、親子というお得意のテーマがかっちりはまっていて、最後の犯人とメグレの対決までよどみがありません。自主退職一週間前のメグレの心情と、犯人の動機というか犯行に至った背景が絶妙にかぶさっているのも上手いです。

221ページのメグレの独白がこの作品というかメグレシリーズを上手く表しているので引用します。
「あそこでは第一号水門が、大きな家が、巡視船が、居酒屋が、ちっぽけなダンスホールが、彼メグレを待ち受けている。芝居の書割りというより、もろもろの存在だの匂いだの人生だのが錯綜しあった重苦しい世界であり、メグレはそれを解きほごそうとしてるのだ。彼の扱う最後の事件がこれなのだ。」

いつも以上にメグレの心情が描かれていないせいで、ある種ハードボイルドっぽさも感じます。瀬名秀明さんによる「シムノンを読む」の解説が言い得て妙なので、読了済の方はぜひこちらも参照ください。

原 題:Les 13 mystères(1932)/ L'Écluse no 1(1933)
書 名:13の秘密
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:大久保輝臣
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 307(Mシ-1-2)
出版年:1963.08.16 1版
     1974.04.26 11版

評価 13の秘密★★☆☆☆
    第1号水門★★★★☆

『霧の港のメグレ』ジョルジュ・シムノン - 2016.12.19 Mon

シムノン,ジョルジュ
霧の港のメグレ
『霧の港のメグレ』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

パリの雑踏で保護された記憶喪失の男。頭になまなましい傷痕のあるこの老人の身許は、彼の世話をしていた女中の申し出により、ノルマンディの小港ウィストルアムから6週間前に失踪したジョリス元船長と判明した。しかし失踪の理由も、頭の傷痕の説明もつかない。メグレは彼を連れてウィストルアムに向かうが、ジョリスは自宅にもどったその夜、何者かに毒殺される。霧にとざされたこの小港で、6週間前に何があったのか? そして、何ゆえジョリスは再度ねらわれたか? 陸の人間にたいして容易に口を開かない海の男たちを相手に、メグレは捜査を開始する……。(本書あらすじより)

出来るだけ発表順でメグレ警視シリーズを読んでいこうという月イチメグレ、今回はポケミス版もある『霧の港のメグレ』です。
今年も何冊か初期メグレを読んできましたが、相変わらずこのシリーズをどう評価するのか、言うなれば、他者から「メグレ警視ってどういう作品? 面白いの?」と聞かれた時にどう答えるのか、に対する結論が出ていません。まぁ心理描写が書けてる人情物だよ、みたいに言えちゃえば手っ取り早いのですが、そういう評価が今さらオススメの言葉としてふさわしいのか、っていうか人情物でも何でもないんじゃないか、みたいに考えるとそれはそれで難しいところです。
が、ミステリファンに対してオススメしようと考えた時に、そろそろ分かってきたこともあります。メグレ警視シリーズは基本的に純粋な本格ミステリとは言い難いのですが(それは間違いない)、毎回魅力的な謎を最初にガツンと提示してくることと、それを軸にしたホワットダニットの構成能力に関してはきちんと評価するべきだと思うのです。

今回も出だしは非常にはっきりしています。「頭を撃たれ致命的な傷を負った後に、何者かによってしっかりとした手術を受け無事助かった男が、記憶を失った状態でパリをさまよっていたのはなぜか?」という謎が開始1ページで提示されます。関係者の誰もが口を閉ざす中でメグレが真相にきちんと説明をつける、という流れが特に良く出来ていますね。メグレが事件を再構成しようと頭を絞る描写が多いので、謎解き要素も強めに感じられます。
また、初期メグレの中ではいつもより若干長め(といっても250ページだけど)で、登場人物もやや多めですが、そのさばき方が上手いのです。船長の家政婦、サン=ミッシェル号の船乗り3人、村長とその妻、あちこちに出没する謎の男、と無関係な人々がきちんと結びついていきます。村長などの上流階級の人々の書き方は『メグレを射った男』を思い起こさせますが、それプラス港の酒場をたむろする船乗りたちが多く登場します。実に多様な階級の人々を分け隔てなく描けるのはさすがですし、それに違和感なく接することのできるメグレ警視というキャラクターもお見事です。村長から「お前あんな低俗な連中のいる酒場に出入りしてるのか……」みたいなジト目で見られても平然としていられるのもメグレですし、ある程度事件が進んでくるとピリピリとした空気を出しあくまで刑事としてでしか船乗りたちと接しないのもメグレなのです。

まぁでも、初期メグレのベストかと言えばそうでもないかなぁ。メグレが労働者と交わる酒場の雰囲気をもっと押し進めた『三文酒場』とか、上流階級の中の真実を暴く過程を全面に出した異色作『メグレを射った男』の方が好きかも。とはいえ、いかにもメグレシリーズらしい事件と真相とその描き方という点では、初期メグレの中でも突出してまとまりのいい作品であることは間違いないでしょう。

さて、今年は初期作メグレ警視を7冊も読んだわけです(そういえば全作品訳者が違う)。月イチなのになぜ7冊なんだという疑問は置いておいて、やはり超高得点をつけたくなる作品があるわけではないですが、安定して60点以上くらいの出来であることは間違いありません。7冊読んだ中で、というよりここまで読んだ初期メグレの中では『三文酒場』がダントツかな。次点が『メグレと深夜の十字路』『メグレを射った男』でしょうか。手持ちの初期メグレがあと何作品かあるので、それを読み切ったらまた改めてランキングでも作りたいですね。
とはいえ、早く『モンマルトルのメグレ』を超える傑作に当たりたいのも事実。あと初期メグレはほとんどパリの外が舞台なんですが(今回も港町)、たまにはパリメグレを読みたいなぁ。また来年、頑張って積ん読を減らしましょう……あと28冊も積んでいるし……。

原 題:Le port des brumes(1932)
書 名:霧の港のメグレ
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:飯田浩三
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 47
出版年:1980.02.15 初版

評価★★★★☆

『メグレを射った男』ジョルジュ・シムノン - 2016.09.20 Tue

シムノン,ジョルジュ
メグレを射った男
『メグレを射った男』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

隠退してドルドーニュに住む元同僚の誘いに、メグレの旅心は動いた。寝台車の相客が気になって、メグレは一晩中まんじりともできなかった。明け方、森の中を徐行中の列車からその男がとび降りた。とっさの判断で、メグレもあとを追った。男は発砲し、メグレは肩に傷を負った。病院で意識をとりもどしたとき、判事、検事、署長、書記、警察医の五人の男が彼をとりかこんでいた。人もあろうにメグレが、ここベルジュラックで最近起こった二件の通り魔的殺人事件の容疑者にされたのだ。旧友の証言で容疑ははれ、今度はメグレがベッドに寝たままで真犯人探しに乗りだす。(本書あらすじより)

瀬名さんの感想がイマイチだったのでどうかなーと思っていたのですが、いやいや、これかなり面白かったですよ。メグレシリーズの中では異色作寄りですが、だからこそ定型パターンを外れており、シリーズを読み慣れた読者ほど楽しめると思います。

冒頭、メグレは電車を飛び降りた怪しげな男を追いかけ自分も電車を飛び降ります。撃たれて意識を失ったメグレは入院することになるのですが、そこで町を騒がす通り魔連続殺人事件を知ります。

確かに人物描写などいつものメグレと比べると書きっぷりは悪いんですが、純粋なアームチュアディティクティブとして成立させているあたり、本格ミステリとしてはかなり興味深い作品です。ベッドの上で、周囲から見ると半ば狂人かのような振る舞いをしながら執拗に殺人犯を追うメグレの姿は、まさに名探偵そのもの(笑)
とある証拠から町の名士の中に連続殺人犯である狂人がいると容疑者を限定した上で、意外な展開を(いつものように序盤だけではなく)終盤まで繰り返しているので、普通にリーダビリティも高め。相変わらずラストが駆け足でごちゃごちゃしていますが、真相の複雑さもなかなかですし、全体としては悪くないでしょう。

あといつも微妙な扱いのメグレ夫人が、今回は大活躍。終始寝たきりのメグレ警視に付きっきりで、警視の代わりに町中から情報を集め、死体まで見に行き、あれこれと活躍しているのも珍しく楽しかったです。メグレ夫人っていつもチョイ役な上に、メグレに怒鳴られてばかりだからな……。

というわけで、これは普通にオススメです。メグレの打率が地味に上がっている気がするぞ、いいぞいいぞ。

原 題:Le fou de Bergerac(1932)
書 名:メグレを射った男
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:鈴木豊
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 42
出版年:1979.09.15 初版

評価★★★★☆

『メグレと死者の影』ジョルジュ・シムノン - 2016.07.29 Fri

シムノン,ジョルジュ
メグレと死者の影
『メグレと死者の影』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

事件の第一報は管理人からの電話だった。ヴォージュ広場に近い建物の中庭は、犯罪現場だというのに、暗がりに静まりかえっていた。管理人の案内でメグレが奥の部屋に行くと、曇りガラスに、机につんのめっている男の影が見えた。血清会社社長のクシェが胸のまん中を撃たれて死んでいたのだ。死体が金庫の扉を塞いでいたが、中から多額の金が消えていることが判明した。若い女が現れ、今夜クシェ氏とデートの約束だったと告げた。物盗りか怨恨か、まだ判断のつかないまま、メグレはまずその女から捜査を開始することにして、翌朝、女の住むホテルを訪れた……。(本書あらすじより)

創元推理文庫の創刊当時、シムノンのメグレ警視シリーズの初期作品がかなりの数収録されました。そのうち、例えば『サン・フィアクル殺人事件』などはその後も重版されているので比較的入手しやすいのですが、『怪盗レトン』など創元ではあまり重版されておらず他社から別の翻訳で出ているものは比較的入手しづらい傾向にあります。で、今回の『メグレと死者の影』は後者のパターンで、創元の『影絵のように』に当たるわけですが、この河出のシリーズ自体が入手困難ですからね……(『影絵のように』は一度神保町の均一で拾って友人に譲りました)。ちなみに創元最難関は、他社からも出ず重版もほとんどされていない、『死んだギャレ氏』『オランダの犯罪』『メグレ警部と国境の町』の3冊です、たぶん。
というわけで今月の月イチメグレですが、今回ははずれではないけど大当たりでもないかなという感じ。出だしの雰囲気・キャラの複雑な人物関係・映像的かつ本格ミステリ的な現場の状況は完璧ですが、だんだんしょうもないメロドラマに収束してしぼんでしまいました(いつものことじゃん、とか言わない)。

シチュエーションは本格ミステリ好きなら気に入りそうなものです。建物の中にいる人の動きをカーテンの影越しに管理人が大まかに見ており、その建物からの出入りは見張られており、死体の影に管理人が気付く、というもの。まぁ読んでみるとそんなにカッチリしていないのですが、やはりメグレ物は導入が上手いですね。
加えて人間関係が大変複雑。被害者の社長の元妻とその旦那が同じ建物に住んでおり、さらに被害者には現妻と愛人がおり、元妻との間の息子とその情婦も事件に関係し……とごちゃごちゃ。これらの関係が、序盤~中盤にかけてしっかりキャラを立てながら手際よく描かれていきます。メグレ物にしては珍しく容疑者がきちんと限定されているので、犯人当てをどうしても期待したくなります。

ところが、後半がどうも失速気味です。いつものように容疑者とメグレの関係を軸に話を進めようとしているのですが、読者の予想を全く裏切ってこない展開が前半と釣り合わないのです。真相は想定の範囲内というか、むしろありそうなところに着地してしまったなという感じ。
じゃあメグレらしく渋く切ない人間関係で読ませるかと言えば、こちらも中途半端で盛り上がりません。作者は愛人の踊子とメグレの会話を重視しており、彼女の境遇の描写に力を入れているのですが、途中から被害者の元妻の方に焦点が移ってしまうんですよ。設定が面白かっただけに、残念でなりません。

さて次のメグレは『サン・フィアクル殺人事件』……なのですが未所持なので飛ばして、『メグレ警部と国境の町』……も未所持なので飛ばして、『メグレを射った男』です。あと数冊読んだら手持ちのメグレ一期を読み切れるはずなので、そうなったらランク付けでもしようかなと考えています。

原 題:L'ombre chinoise(1932)
書 名:メグレと死者の影
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:榊原晃三
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 48
出版年:1980.05.30 初版

評価★★★☆☆

『ゲー・ムーランの踊子三文酒場』ジョルジュ・シムノン - 2016.06.10 Fri

シムノン,ジョルジュ
ゲー・ムーランの踊子 三文酒場
『ゲー・ムーランの踊子三文酒場』ジョルジュ・シムノン(創元推理文庫)

リエージュのキャバレー、ゲー・ムーランはそろそろ閉店の時刻だった。店の売上金を狙うシャボーとデルフォスの二人のチンピラは、先程から虎視眈々とチャンスをうかがっていた。しかし二人の目論みははずれて、猟奇的な行李詰めの殺人に巻き込まれることになった。事件はベルギー警察のデルヴィーニュ警部の担当へ、そしてパリの司法警察メグレ警部の手へ。名作「ゲー・ムーランの踊子」と、青年死刑囚からふと聞いた話に興味を惹かれたメグレ警部の活躍を描く「三文酒場」の二編を収録する。(本書あらすじより)

月イチメグレだ、とか言いながらこうやって毎月せっせと積ん読を崩し、せっせと感想を書いているわけですけど、いまどきメグレの感想って需要あるんでしょうかね。何より瀬名秀明さんが立派なレビューを毎月シンジケートで連載しているわけですし。とはいえ自分だって積ん読メグレを減らしたいわけですからね、頑張って続けますよ。そしていつかは連載を追い越してみせるよ(いまは瀬名さんがノンシリーズに手を付けているようなのでチャンス拡大中)。

さて、『港の酒場で』の次は、創元推理文庫から出ている合本版の2長編になります。どちらも1931年の作品。

・『ゲー・ムーランの踊子』
ジャンは悪友ルネと共に、キャバレー・ゲー・ムーランの売上金を盗もうとしたところ、死体を発見してしまう。泡を食って逃げ出したジャンだが、翌日から謎の肩幅の広い男にあとを付けられることになり、不安と怯えを抱えて逃げ惑うことになるのだが。

不良少年ジャンを視点人物に置いて語り、メグレが序盤ほとんど登場しない、という変化球の作品ですが、これが見事に決まっていません。真相の壮大さも唐突だし、ジャン以外の登場人物への踏み込みも不十分。せっかくシムノンの故郷のベルギーが舞台だってのに。珍しく明確にはずれっぽさを感じるメグレでした。
要するにこのあとを付けている男がメグレで、身分を隠して捜査しているわけなんですが、そもそもこの趣向に意味が感じられないのです。メグレってそもそも結構勝手に事件に介入することが多いんですよ。だからある程度は読者に耐性があるにせよ、それがこうまで勝手に事件をいじって、しかもそれが視点側で描かれないとなると、もうお前勝手に何やってんのさとなるわけです。
ゲー・ムーランの踊子であるアデールも、ほのめかしが多いわりに結構薄っぺらい女で魅力がありません。不良少年二人のうち、ジャンは最後までぱっとしないし、ルネについては書かれなすぎ。なんだか表面的な登場人物を配置したままこんなデカい真相を出されるとついていけないなぁという感じです。

・『三文酒場』
死刑囚から過去の発見されなかった殺人事件の話を聞いたメグレは、関係者が常連らしい「三文酒場」を探して回る。ようやくたどり着いた酒場で、メグレは地元民と交流を持つようになるが、事件についての手がかりは全く見つからない。ところが翌日、酒場の裏手で銃声が鳴り響いた。

『ゲー・ムーランの踊子』とは一転、非常にスタンダードなメグレ物です。メグレ警視は、最後まで登場人物と距離を取る場合と、登場人物と積極的に心を通わせる場合がありますが、後者である本作はそのメグレの魅力と複雑な真相が見事に結実した作品と言うほかありません。メグレ第一期の代表作と言っていいのではないかと思います。

死刑囚のことばをきっかけに、メグレによる過去の事件の再捜査が始まるのですが、その過程で別の事件が起きてしまう、という構成。過去の事件の再捜査はいつも通りずるずると手がかりが集まるのですが、これが無関係なはずの現在の事件としっかりある点でリンクするところが好印象です。

そしてこの作品で最も優れているのが、酒場の人間、容疑者、メグレの人間関係の描き方なのです。
メグレがいきなり結婚式の公証人になるところはホームズを意識しているのかな? 酒場の常連客たちとメグレは、あくまでメグレが警察官ということもあるのでそこまで親しくはなりませんが、ある程度仲間意識を持っているようにも見えます。そして、イギリス人ジェームスとは、事件を通じて独特の付き合いを始めるようになるのです。
まぁはっきり言って、酒場で起きた殺人事件の顛末なんてどうでもいいんですよ。犯人がいきなり逃亡してしまうせいでごちゃごちゃしますが、それだってつまり犯人なんだからどうでもいいのです。ところがこの事件に、ある人物たちの友情と過去が絡められることで、ラストの演出に一工夫加わっています。メグレとジェームスの関係によってラストが悲劇的でさえありますが、それを適度にやわらげるシムノンの職人っぷりが素晴らしいのです。

なおこの話は、夫と妻の関係が一つの軸になっているんですが、メグレはメグレで妻を持つ身でありながら、その妻の田舎からの呼び出しを無視して捜査にかまけ、事件の容疑者と酒を飲んでいる有様。そしてラストに、メグレはようやく妻のもとへ向かうという。容疑者たちとメグレのこの対比も、なかなか渋くて良いです。
メグレ警視、奥さんと不仲なんじゃないのってくらいにはどの作品でも全然構ってあげていないし、奥さんの希望は無視するし、八つ当たりもしているんですが、関係は良好なのかな……たまにすごく仲いいんですけど。ただの亭主関白ですねたぶん。


というわけで2長編読みました。どちらも200ページくらい。スタンダードな『三文酒場』と比べるとイレギュラーな『ゲー・ムーランの踊子』は、ある程度他作品を読んでからの方がいいかもしれません。

原 題:La danseuse du Gai-Moulin/La guinguette à deux sous(1931)
書 名:ゲー・ムーランの踊子三文酒場
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:安堂信也
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 139-3
出版年:【ゲー・ムーランの踊子】1959.11.27 初版 1961.08.11 3版
     【三文酒場】1960.08.05 初版 1961.07.28 2版
     【合本版】1973.09.14 初版 1986.01.10 5版

『ゲー・ムーランの踊子』評価★★☆☆☆
『三文酒場』評価★★★★☆

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Author:ヨッシー
クリスティ、デクスター、グライムズ、ディヴァインが好きな、ヨッシーことTYこと吉井富房を名乗る遅読の社会人3年目が、日々読み散らかした海外ミステリ(古典と現代が半々くらい)を紹介する趣味のブログです。ブログ開始から9年になりました。ちなみにブログ名は、某テンドーのカラフル怪獣とは全く関係ありません。
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