13の秘密
『13の秘密』ジョルジュ・シムノン(創元推理文庫)

花の都パリは、犯罪の都でもある。『13の秘密』は、探偵趣味の主ルボルニュ青年が、新聞記事などを手掛かりにいながらにして十三の犯罪を解明する連作短編集。メグレばりの心理分析からルーフォック・オルメスさながらの奇想天外推理までとりこんだ、風変わりな安楽椅子探偵譚。併せて、引退間際のメグレ警部が運河の畔で不可解な殺人未遂の捜査にあたる長編『第一号水門』を収めた。(本書あらすじより)

久々の月イチメグレ。別シリーズの連作短編集と、メグレ物長編が収録されています。
あらすじは新版のものです。というのも、旧版の『13の秘密』には書名にも奥付けにもあらすじにもメグレ長編『第1号水門』が併録されていることが書いていないんですよね。目次にだけ。新版になって書名が『13の秘密/第1号水門』になったようですが、いやほんと正解です。
というわけで別々に感想を書きます。


『13の秘密』

瀬名秀明さんによるとシムノンの13シリーズ(タイトルに「13」を冠した、それぞれ別個の連作短編集)の最初で、素人探偵ジョゼフ・ルボルニュを主人公にしたものです。10ページほどのパズル的ショート・ミステリ集で、これがもうあなた、要するにそのまんま『隅の老人』なのであった(完)。
10ページほどの短編が延々と続き、内容はデュパン、ホームズそのまんまといった感じのパズル的安楽椅子探偵なのですが、ぶっちゃけキツいのです。何の新味もありません。メグレ短編はもっと面白いので、これはもう単純に小説として短すぎるのが敗因でしょう。

主人公ルボルニュは、やたらと高慢ちきで、死体を見たことはないと称するが新聞などで未解決の事件を見るとたちまち解決し予審判事に手紙を送りつけ、さらに友人である私(語り手)に新聞を押し付け「こんなのも解決できないの? バカなの?」とひたすら煽るような、いけ好かない素人探偵であります。
要するに完全に隅の老人で、最終エピソードでルボルニュの出自が語られるところも含めて完璧に隅の老人です(隅の老人と同じく独自調査はしているっぽいのもそう)。ただ図面なしではあまりフェアではないし、あったとしても正直クオリティはそれほどでもありません。ホームズのライヴァルたちには遠く及ばないでしょう。「三枚のレンブラント」はアイデア的にまぁまぁ面白いかなとは思うけど、全体的に打率は低め。
……と思っていたら、これは本当にパズルだったんですね。瀬名秀明さんによる連載「シムノンを読む」に詳しいですが、もともとこの作品は(雑誌、書籍共に)図版付きの謎解き小説だったようです。だから素人探偵ルボルニュも「図面を読むんだ!」と連呼するのですが、創元推理文庫版ではカットされているという、実にもったいない背景があったのでした。どうせならちゃんと図面をつけて、『2分間ミステリ』とか『5分間ミステリー』みたいにして売るべきだったかも。


『第1号水門』

こちらはメグレ長編。非常に良かったです。初期メグレの中では上位だと思います。
船主エミール・デュクローの殺害未遂で事件は幕を開けます。金持ちであるデュクローは家族との折り合いも悪く、加えていかにも怪しげなデュクローは終始メグレを翻弄し続けます。果たしてデュクローの狙いとは、そして事件の全貌とは?というお話。

相変わらず発端の謎は魅力的なのですが、今回は全体的に事件も派手。事故、殺人未遂、自殺、殺人と180ページの間絶え間なく死体が登場します。正直読了するまでメグレの某有名作品の変奏パターンだと言うことに気付かなかったくらい頭がさびていました(意外な犯人とか求めてはいけなかった、当たり前だ)。メグレが結構な金持ちである船主、エミール・デュクローと会話しているだけ(捜査してない)でこれだけの迫力が生まれているんだからすごいですよね。
また酒場、船、親子というお得意のテーマがかっちりはまっていて、最後の犯人とメグレの対決までよどみがありません。自主退職一週間前のメグレの心情と、犯人の動機というか犯行に至った背景が絶妙にかぶさっているのも上手いです。

221ページのメグレの独白がこの作品というかメグレシリーズを上手く表しているので引用します。
「あそこでは第一号水門が、大きな家が、巡視船が、居酒屋が、ちっぽけなダンスホールが、彼メグレを待ち受けている。芝居の書割りというより、もろもろの存在だの匂いだの人生だのが錯綜しあった重苦しい世界であり、メグレはそれを解きほごそうとしてるのだ。彼の扱う最後の事件がこれなのだ。」

いつも以上にメグレの心情が描かれていないせいで、ある種ハードボイルドっぽさも感じます。瀬名秀明さんによる「シムノンを読む」の解説が言い得て妙なので、読了済の方はぜひこちらも参照ください。

原 題:Les 13 mystères(1932)/ L'Écluse no 1(1933)
書 名:13の秘密
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:大久保輝臣
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 307(Mシ-1-2)
出版年:1963.08.16 1版
     1974.04.26 11版

評価 13の秘密★★☆☆☆
    第1号水門★★★★☆
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霧の港のメグレ
『霧の港のメグレ』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

パリの雑踏で保護された記憶喪失の男。頭になまなましい傷痕のあるこの老人の身許は、彼の世話をしていた女中の申し出により、ノルマンディの小港ウィストルアムから6週間前に失踪したジョリス元船長と判明した。しかし失踪の理由も、頭の傷痕の説明もつかない。メグレは彼を連れてウィストルアムに向かうが、ジョリスは自宅にもどったその夜、何者かに毒殺される。霧にとざされたこの小港で、6週間前に何があったのか? そして、何ゆえジョリスは再度ねらわれたか? 陸の人間にたいして容易に口を開かない海の男たちを相手に、メグレは捜査を開始する……。(本書あらすじより)

出来るだけ発表順でメグレ警視シリーズを読んでいこうという月イチメグレ、今回はポケミス版もある『霧の港のメグレ』です。
今年も何冊か初期メグレを読んできましたが、相変わらずこのシリーズをどう評価するのか、言うなれば、他者から「メグレ警視ってどういう作品? 面白いの?」と聞かれた時にどう答えるのか、に対する結論が出ていません。まぁ心理描写が書けてる人情物だよ、みたいに言えちゃえば手っ取り早いのですが、そういう評価が今さらオススメの言葉としてふさわしいのか、っていうか人情物でも何でもないんじゃないか、みたいに考えるとそれはそれで難しいところです。
が、ミステリファンに対してオススメしようと考えた時に、そろそろ分かってきたこともあります。メグレ警視シリーズは基本的に純粋な本格ミステリとは言い難いのですが(それは間違いない)、毎回魅力的な謎を最初にガツンと提示してくることと、それを軸にしたホワットダニットの構成能力に関してはきちんと評価するべきだと思うのです。

今回も出だしは非常にはっきりしています。「頭を撃たれ致命的な傷を負った後に、何者かによってしっかりとした手術を受け無事助かった男が、記憶を失った状態でパリをさまよっていたのはなぜか?」という謎が開始1ページで提示されます。関係者の誰もが口を閉ざす中でメグレが真相にきちんと説明をつける、という流れが特に良く出来ていますね。メグレが事件を再構成しようと頭を絞る描写が多いので、謎解き要素も強めに感じられます。
また、初期メグレの中ではいつもより若干長め(といっても250ページだけど)で、登場人物もやや多めですが、そのさばき方が上手いのです。船長の家政婦、サン=ミッシェル号の船乗り3人、村長とその妻、あちこちに出没する謎の男、と無関係な人々がきちんと結びついていきます。村長などの上流階級の人々の書き方は『メグレを射った男』を思い起こさせますが、それプラス港の酒場をたむろする船乗りたちが多く登場します。実に多様な階級の人々を分け隔てなく描けるのはさすがですし、それに違和感なく接することのできるメグレ警視というキャラクターもお見事です。村長から「お前あんな低俗な連中のいる酒場に出入りしてるのか……」みたいなジト目で見られても平然としていられるのもメグレですし、ある程度事件が進んでくるとピリピリとした空気を出しあくまで刑事としてでしか船乗りたちと接しないのもメグレなのです。

まぁでも、初期メグレのベストかと言えばそうでもないかなぁ。メグレが労働者と交わる酒場の雰囲気をもっと押し進めた『三文酒場』とか、上流階級の中の真実を暴く過程を全面に出した異色作『メグレを射った男』の方が好きかも。とはいえ、いかにもメグレシリーズらしい事件と真相とその描き方という点では、初期メグレの中でも突出してまとまりのいい作品であることは間違いないでしょう。

さて、今年は初期作メグレ警視を7冊も読んだわけです(そういえば全作品訳者が違う)。月イチなのになぜ7冊なんだという疑問は置いておいて、やはり超高得点をつけたくなる作品があるわけではないですが、安定して60点以上くらいの出来であることは間違いありません。7冊読んだ中で、というよりここまで読んだ初期メグレの中では『三文酒場』がダントツかな。次点が『メグレと深夜の十字路』『メグレを射った男』でしょうか。手持ちの初期メグレがあと何作品かあるので、それを読み切ったらまた改めてランキングでも作りたいですね。
とはいえ、早く『モンマルトルのメグレ』を超える傑作に当たりたいのも事実。あと初期メグレはほとんどパリの外が舞台なんですが(今回も港町)、たまにはパリメグレを読みたいなぁ。また来年、頑張って積ん読を減らしましょう……あと28冊も積んでいるし……。

原 題:Le port des brumes(1932)
書 名:霧の港のメグレ
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:飯田浩三
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 47
出版年:1980.02.15 初版

評価★★★★☆
メグレを射った男
『メグレを射った男』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

隠退してドルドーニュに住む元同僚の誘いに、メグレの旅心は動いた。寝台車の相客が気になって、メグレは一晩中まんじりともできなかった。明け方、森の中を徐行中の列車からその男がとび降りた。とっさの判断で、メグレもあとを追った。男は発砲し、メグレは肩に傷を負った。病院で意識をとりもどしたとき、判事、検事、署長、書記、警察医の五人の男が彼をとりかこんでいた。人もあろうにメグレが、ここベルジュラックで最近起こった二件の通り魔的殺人事件の容疑者にされたのだ。旧友の証言で容疑ははれ、今度はメグレがベッドに寝たままで真犯人探しに乗りだす。(本書あらすじより)

瀬名さんの感想がイマイチだったのでどうかなーと思っていたのですが、いやいや、これかなり面白かったですよ。メグレシリーズの中では異色作寄りですが、だからこそ定型パターンを外れており、シリーズを読み慣れた読者ほど楽しめると思います。

冒頭、メグレは電車を飛び降りた怪しげな男を追いかけ自分も電車を飛び降ります。撃たれて意識を失ったメグレは入院することになるのですが、そこで町を騒がす通り魔連続殺人事件を知ります。

確かに人物描写などいつものメグレと比べると書きっぷりは悪いんですが、純粋なアームチュアディティクティブとして成立させているあたり、本格ミステリとしてはかなり興味深い作品です。ベッドの上で、周囲から見ると半ば狂人かのような振る舞いをしながら執拗に殺人犯を追うメグレの姿は、まさに名探偵そのもの(笑)
とある証拠から町の名士の中に連続殺人犯である狂人がいると容疑者を限定した上で、意外な展開を(いつものように序盤だけではなく)終盤まで繰り返しているので、普通にリーダビリティも高め。相変わらずラストが駆け足でごちゃごちゃしていますが、真相の複雑さもなかなかですし、全体としては悪くないでしょう。

あといつも微妙な扱いのメグレ夫人が、今回は大活躍。終始寝たきりのメグレ警視に付きっきりで、警視の代わりに町中から情報を集め、死体まで見に行き、あれこれと活躍しているのも珍しく楽しかったです。メグレ夫人っていつもチョイ役な上に、メグレに怒鳴られてばかりだからな……。

というわけで、これは普通にオススメです。メグレの打率が地味に上がっている気がするぞ、いいぞいいぞ。

原 題:Le fou de Bergerac(1932)
書 名:メグレを射った男
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:鈴木豊
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 42
出版年:1979.09.15 初版

評価★★★★☆
メグレと死者の影
『メグレと死者の影』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

事件の第一報は管理人からの電話だった。ヴォージュ広場に近い建物の中庭は、犯罪現場だというのに、暗がりに静まりかえっていた。管理人の案内でメグレが奥の部屋に行くと、曇りガラスに、机につんのめっている男の影が見えた。血清会社社長のクシェが胸のまん中を撃たれて死んでいたのだ。死体が金庫の扉を塞いでいたが、中から多額の金が消えていることが判明した。若い女が現れ、今夜クシェ氏とデートの約束だったと告げた。物盗りか怨恨か、まだ判断のつかないまま、メグレはまずその女から捜査を開始することにして、翌朝、女の住むホテルを訪れた……。(本書あらすじより)

創元推理文庫の創刊当時、シムノンのメグレ警視シリーズの初期作品がかなりの数収録されました。そのうち、例えば『サン・フィアクル殺人事件』などはその後も重版されているので比較的入手しやすいのですが、『怪盗レトン』など創元ではあまり重版されておらず他社から別の翻訳で出ているものは比較的入手しづらい傾向にあります。で、今回の『メグレと死者の影』は後者のパターンで、創元の『影絵のように』に当たるわけですが、この河出のシリーズ自体が入手困難ですからね……(『影絵のように』は一度神保町の均一で拾って友人に譲りました)。ちなみに創元最難関は、他社からも出ず重版もほとんどされていない、『死んだギャレ氏』『オランダの犯罪』『メグレ警部と国境の町』の3冊です、たぶん。
というわけで今月の月イチメグレですが、今回ははずれではないけど大当たりでもないかなという感じ。出だしの雰囲気・キャラの複雑な人物関係・映像的かつ本格ミステリ的な現場の状況は完璧ですが、だんだんしょうもないメロドラマに収束してしぼんでしまいました(いつものことじゃん、とか言わない)。

シチュエーションは本格ミステリ好きなら気に入りそうなものです。建物の中にいる人の動きをカーテンの影越しに管理人が大まかに見ており、その建物からの出入りは見張られており、死体の影に管理人が気付く、というもの。まぁ読んでみるとそんなにカッチリしていないのですが、やはりメグレ物は導入が上手いですね。
加えて人間関係が大変複雑。被害者の社長の元妻とその旦那が同じ建物に住んでおり、さらに被害者には現妻と愛人がおり、元妻との間の息子とその情婦も事件に関係し……とごちゃごちゃ。これらの関係が、序盤~中盤にかけてしっかりキャラを立てながら手際よく描かれていきます。メグレ物にしては珍しく容疑者がきちんと限定されているので、犯人当てをどうしても期待したくなります。

ところが、後半がどうも失速気味です。いつものように容疑者とメグレの関係を軸に話を進めようとしているのですが、読者の予想を全く裏切ってこない展開が前半と釣り合わないのです。真相は想定の範囲内というか、むしろありそうなところに着地してしまったなという感じ。
じゃあメグレらしく渋く切ない人間関係で読ませるかと言えば、こちらも中途半端で盛り上がりません。作者は愛人の踊子とメグレの会話を重視しており、彼女の境遇の描写に力を入れているのですが、途中から被害者の元妻の方に焦点が移ってしまうんですよ。設定が面白かっただけに、残念でなりません。

さて次のメグレは『サン・フィアクル殺人事件』……なのですが未所持なので飛ばして、『メグレ警部と国境の町』……も未所持なので飛ばして、『メグレを射った男』です。あと数冊読んだら手持ちのメグレ一期を読み切れるはずなので、そうなったらランク付けでもしようかなと考えています。

原 題:L'ombre chinoise(1932)
書 名:メグレと死者の影
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:榊原晃三
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 48
出版年:1980.05.30 初版

評価★★★☆☆
ゲー・ムーランの踊子 三文酒場
『ゲー・ムーランの踊子三文酒場』ジョルジュ・シムノン(創元推理文庫)

リエージュのキャバレー、ゲー・ムーランはそろそろ閉店の時刻だった。店の売上金を狙うシャボーとデルフォスの二人のチンピラは、先程から虎視眈々とチャンスをうかがっていた。しかし二人の目論みははずれて、猟奇的な行李詰めの殺人に巻き込まれることになった。事件はベルギー警察のデルヴィーニュ警部の担当へ、そしてパリの司法警察メグレ警部の手へ。名作「ゲー・ムーランの踊子」と、青年死刑囚からふと聞いた話に興味を惹かれたメグレ警部の活躍を描く「三文酒場」の二編を収録する。(本書あらすじより)

月イチメグレだ、とか言いながらこうやって毎月せっせと積ん読を崩し、せっせと感想を書いているわけですけど、いまどきメグレの感想って需要あるんでしょうかね。何より瀬名秀明さんが立派なレビューを毎月シンジケートで連載しているわけですし。とはいえ自分だって積ん読メグレを減らしたいわけですからね、頑張って続けますよ。そしていつかは連載を追い越してみせるよ(いまは瀬名さんがノンシリーズに手を付けているようなのでチャンス拡大中)。

さて、『港の酒場で』の次は、創元推理文庫から出ている合本版の2長編になります。どちらも1931年の作品。

・『ゲー・ムーランの踊子』
ジャンは悪友ルネと共に、キャバレー・ゲー・ムーランの売上金を盗もうとしたところ、死体を発見してしまう。泡を食って逃げ出したジャンだが、翌日から謎の肩幅の広い男にあとを付けられることになり、不安と怯えを抱えて逃げ惑うことになるのだが。

不良少年ジャンを視点人物に置いて語り、メグレが序盤ほとんど登場しない、という変化球の作品ですが、これが見事に決まっていません。真相の壮大さも唐突だし、ジャン以外の登場人物への踏み込みも不十分。せっかくシムノンの故郷のベルギーが舞台だってのに。珍しく明確にはずれっぽさを感じるメグレでした。
要するにこのあとを付けている男がメグレで、身分を隠して捜査しているわけなんですが、そもそもこの趣向に意味が感じられないのです。メグレってそもそも結構勝手に事件に介入することが多いんですよ。だからある程度は読者に耐性があるにせよ、それがこうまで勝手に事件をいじって、しかもそれが視点側で描かれないとなると、もうお前勝手に何やってんのさとなるわけです。
ゲー・ムーランの踊子であるアデールも、ほのめかしが多いわりに結構薄っぺらい女で魅力がありません。不良少年二人のうち、ジャンは最後までぱっとしないし、ルネについては書かれなすぎ。なんだか表面的な登場人物を配置したままこんなデカい真相を出されるとついていけないなぁという感じです。

・『三文酒場』
死刑囚から過去の発見されなかった殺人事件の話を聞いたメグレは、関係者が常連らしい「三文酒場」を探して回る。ようやくたどり着いた酒場で、メグレは地元民と交流を持つようになるが、事件についての手がかりは全く見つからない。ところが翌日、酒場の裏手で銃声が鳴り響いた。

『ゲー・ムーランの踊子』とは一転、非常にスタンダードなメグレ物です。メグレ警視は、最後まで登場人物と距離を取る場合と、登場人物と積極的に心を通わせる場合がありますが、後者である本作はそのメグレの魅力と複雑な真相が見事に結実した作品と言うほかありません。メグレ第一期の代表作と言っていいのではないかと思います。

死刑囚のことばをきっかけに、メグレによる過去の事件の再捜査が始まるのですが、その過程で別の事件が起きてしまう、という構成。過去の事件の再捜査はいつも通りずるずると手がかりが集まるのですが、これが無関係なはずの現在の事件としっかりある点でリンクするところが好印象です。

そしてこの作品で最も優れているのが、酒場の人間、容疑者、メグレの人間関係の描き方なのです。
メグレがいきなり結婚式の公証人になるところはホームズを意識しているのかな? 酒場の常連客たちとメグレは、あくまでメグレが警察官ということもあるのでそこまで親しくはなりませんが、ある程度仲間意識を持っているようにも見えます。そして、イギリス人ジェームスとは、事件を通じて独特の付き合いを始めるようになるのです。
まぁはっきり言って、酒場で起きた殺人事件の顛末なんてどうでもいいんですよ。犯人がいきなり逃亡してしまうせいでごちゃごちゃしますが、それだってつまり犯人なんだからどうでもいいのです。ところがこの事件に、ある人物たちの友情と過去が絡められることで、ラストの演出に一工夫加わっています。メグレとジェームスの関係によってラストが悲劇的でさえありますが、それを適度にやわらげるシムノンの職人っぷりが素晴らしいのです。

なおこの話は、夫と妻の関係が一つの軸になっているんですが、メグレはメグレで妻を持つ身でありながら、その妻の田舎からの呼び出しを無視して捜査にかまけ、事件の容疑者と酒を飲んでいる有様。そしてラストに、メグレはようやく妻のもとへ向かうという。容疑者たちとメグレのこの対比も、なかなか渋くて良いです。
メグレ警視、奥さんと不仲なんじゃないのってくらいにはどの作品でも全然構ってあげていないし、奥さんの希望は無視するし、八つ当たりもしているんですが、関係は良好なのかな……たまにすごく仲いいんですけど。ただの亭主関白ですねたぶん。


というわけで2長編読みました。どちらも200ページくらい。スタンダードな『三文酒場』と比べるとイレギュラーな『ゲー・ムーランの踊子』は、ある程度他作品を読んでからの方がいいかもしれません。

原 題:La danseuse du Gai-Moulin/La guinguette à deux sous(1931)
書 名:ゲー・ムーランの踊子三文酒場
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:安堂信也
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 139-3
出版年:【ゲー・ムーランの踊子】1959.11.27 初版 1961.08.11 3版
     【三文酒場】1960.08.05 初版 1961.07.28 2版
     【合本版】1973.09.14 初版 1986.01.10 5版

『ゲー・ムーランの踊子』評価★★☆☆☆
『三文酒場』評価★★★★☆
港の酒場で
『港の酒場で』ジョルジュ・シムノン(旺文社文庫)

六月のある朝、メグレのもとに教師をしている旧友から一通の手紙が届いた。港町フェカンでトロール船の船長が殺され、教え子の電信係が犯人にされたという……。真相の究明を依頼されたメグレ。人間心理の微妙なひだに分け入り、メグレの推理はいよいよ冴える。鬼才シムノンのメグレ・シリーズ、本文庫第三弾。(本書あらすじより)

月イチメグレ、せっせと(手持ちの中での)シリーズ順で読んでいますが、いちおうシンジケートの瀬名秀明さんの連載「シムノンを読む」を追いかけよう、という目標があるわけです。あちらは全作読んでいますけど、こちらは古い創元のレア本なんかは持っていないので、いずれ追いつくはずなのです。はずなんですけどね、計算上は。でもいま長編11作分離されているんですよ。なんでってそりゃあこっちがちゃんと毎月読んでいないからなわけで(以下略)

……というわけで、旺文社文庫のメグレから『港の酒場で』です。「“げん”が悪く、異様な雰囲気に包まれていた3か月の航海で一体何があったのか?」というホワイの謎だけで最後までもたせた長編なのに、これがなぜか面白かったのでした。もちろん本格ミステリではありません。メグレが一種の私立探偵的な役割を果たすのが興味深い作品です。

3か月の遠洋漁業からの帰港直後、船長を殺したという電信係の無罪を、旧友からの頼みに応じてメグレが証明することになった。その航海はとにかく事故や不運が続き、船長・電信係・機関長が異様な対立を見せる恐るべきものだったようだ。果たして彼らの確執はなぜ殺人に至ったのか?

中盤までは容疑者として逮捕されている青年ピエールとその婚約者の関係、殺された船長ファリューの女関係があっさりと、しかしピエールの苦悩をしっかりと絡めながら描写されていきます。ピエールの婚約者マリを気に入ったメグレが、ピエールの若者らしい悩みを聞き出していくところなど上手いです。
しかし船員たちが一向に話をしたがらないので、船上での出来事は分からないまま。そこで終盤、メグレは一人船に乗り、何が起きたのかをひたすら想像で再現し、真相にたどり着こうとします。このシーン(9章)が秀逸で、物証より心情を重んじるメグレらしい場面だと思います。

捜査で浮上する船上の緊張感が肝で、あとはもう真犯人とか本当にどうでもいいんですが、今回のメグレはあくまでピエールの釈放にのみ尽力するんですよね。初期メグレは基本的に法に忠実な人物で、むしろ厳しく当たることも多いのですが、非公式、あるいは単独捜査の趣きが強い場合はかなり自由な采配をしつつ、悩みながら自らのうちに真相を秘めておくこともあります。今回も公的な捜査員としての役割を強調しない存在であるのが、ラストの畳み方に上手くつながっているのが好印象でした。

まぁぶっちゃけこの程度で釈放されていいのかよ……と思わないでもないんですが、メグレ、というかシムノンにまともな展開を期待してはいけないのです(なんじゃそりゃ)。シムノンは何だかんだ言っても巧い小説家なんですよね。……けど、あんまり他人にすすめる気にもならないのはなぜなんだろう。

原 題:Au rendez-vous des Terre-Neuvas(1931)
書 名:港の酒場で
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:木村庄三郎
出版社:旺文社
     旺文社文庫 610-3
出版年:1977.09.20 初版

評価★★★★☆
メグレと深夜の十字路
『メグレと深夜の十字路』ジョルジュ・シムノン(メグレ警視シリーズ)

アナセンの車庫の小型車が消えて、かわりに6気筒の新車、しかもなかに、ベルギーに住む宝石商の死体が……。当然アナセンが疑われたが、彼は17時間におよぶ尋問に耐えて、釈放された。パリ南方25キロ、《三寡婦の十字路》と呼ばれる事件現場は、国道に面していて、付近には3軒の人家しかない。ガソリン・スタンドを兼ねた自動車修理屋、問題の新車の持主でもある保険代理人、それにアナセンの家である。メグレが着いた日の夜、第二の事件が起った。殺された宝石商の夫人が車から降りた直後、暗闇で何者かに発砲され、射殺されたのだ……。(本書あらすじより)

毎月恒例月イチメグレですが、わぁ、これは面白いぞ(久々に)。初期メグレの当たり作品。ちなみに河出版は入手しにくいけど、ポケミス版の『深夜の十字路』ならまだ買えるし、あと電子書籍版なら安く買えます。
これまでちょこちょこシリーズ順にメグレを読んできましたが、初期メグレの中でも極めてバランス良い作品だと思います。お得意の冒頭の魅力的な謎をきちんと生かし切っているし、章末でしっかりと引きを作れているので読んでいて楽しい一作。シムノン流謎解き(本格ではない)+スリラーという感じの良作でしょう。

人里離れたパリ郊外のとある十字路には三軒だけ家族が住んでいる。その中の人付き合いをしないデンマーク人の兄妹の家のガレージから、隣家の車が死体入りで発見される。デンマーク人の車は隣家のガレージの中にあり、車が見知らぬ死体入りで交換されていた。この奇妙な状況を調べ始めたメグレ警視は。やがて大がかりな犯罪のにおいを嗅ぎつける。

先に言っておくと、シムノンの謎解きというのは、本格ミステリ的なフェアプレイに撤したものではありません。どちらかと言えば、ホームズなどの古き良き謎解きに近いものだと思います。だからきちんと機能しさえすれば、国際的犯罪者のようなものとの親和性がすごく高いのです。
本作でのメグレはかなり能動的だしキレも良い刑事です(前作までとはかなり違う)。事件が続発し、毎章ぐいぐいと次が気になる引っ張りを見せるなどリーダビリティも高く、明らかにシムノンの筆が載っているように感じます。ダメな時のメグレはあれですからね、作者ともどもマジでやる気を出さなくって捜査に行くのすら気が重そうですからね。
悪女ポジションの妹、陽気な車屋、うるさい保険屋と、キャラの描き分けもばっちりで、それだけに容疑者を集めて行うラストの犯人との対決が光ります。『サン・フォリアン寺院の首吊人』の発展形なのかな。初期メグレではかなり上位に来る出来なのではないでしょうか。

というわけで、うーんこれくらいのまぁまぁ良い作品が読めると、こつこつシムノン読んできた甲斐があるってもんですね……次のシムノンは『港の酒場で』の予定です。

原 題:La nuit du carrefour(1931)
書 名:メグレと深夜の十字路
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:長島良三
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 46
出版年:1980.06.30 初版

評価★★★★☆
メグレと運河の殺人
『メグレと運河の殺人』ジョルジュ・シムノン(河出書房新社メグレ警視シリーズ)

マルヌ川とソーヌ川を結ぶ運河にそった村でディジーは興奮にわき返っていた。第十四水門付近の馬小屋で婦人の他殺死体が発見されたのだ。死因は絞殺。身許は意外に簡単に割れ、ちょうど水門に到着したヨット《サザン・クロス号》の船主ランプソンの数日前から行方不明になっていた夫人メアリーと判明した。死後経過時間から推して、メアリーは失踪直後に殺されたわけではなく、二、三日生存していた。だが、失踪の原因も殺人の動機もまったく不明で、事件は五里霧中。つづいて第二の殺人。《サザン・クロス号》の乗員ウィリーの死体が運河から引きあげられた……。(本書あらすじより)

メグレ警視シリーズの長編第4作。なんだかんだ着々とメグレ警視をシリーズ順に読み進めているの、我ながら偉いと思います。いやね、月に1冊くらいで読んでいくのがちょうどいいんですよこれ。地味だけどどれもそこそこ面白いし。だからちゃんとシリーズ順で読めるように誰か『死んだギャレ氏』と『オランダの犯罪』をください……いやまじで。
さて、今作は運河が舞台となります。昔は小説を読んでいて曳舟道というのがさっぱり分からなかったんですが、いまなら馬や牛や人が船を引っ張っていたと分かります。この頃はもう蒸気船もありますね。
しかし運河で事件が発生するのに、登場する主要な船は2隻だけという、実に地味な展開。今回は人情面も少なく、むしろ感動どころというか何というかが、ちょっとずれているせいで、ややだらけ気味。捜査小説としても特に見どころがありません。ところが登場人物が妙に印象的で、読後の印象はそう悪くありませんでした。でもまぁ凡作、という位置づけなのでしょう。

あらすじは書いてある通りなので省略。
この小説の功労者は間違いなく被害者の旦那である船主ランプソンでしょう。英国紳士である彼はステレオタイプ的な英国紳士っぽい孤高っぷりを終始示し続けます。それが彼の怪しさを示しもし、話の骨格にもなり、さらにラストの凛とした空気すら演出してしまうというんだからすごい。
捜査面では大したことないのですが、メグレが運河沿いにひたすら自転車をこぎまくり容疑者の尋問を繰り返すなど、活動的なのがちょっと珍しいかも。途中で第二の殺人こそ起きますが、物語が大きく動くのは犯人が明らかになった終盤だけ。序盤中盤でもっと登場人物を描けていれば、出来はぐっと良くなったかもしれません。

というわけであんまり書くこともないのでこのへんでやめますが、まぁ悪くはない、という感じかなー。

原 題:Le charretier de «La Providence»(1930)
書 名:メグレと運河の殺人
著 者:ジョルジュ・シムノン Georges Simenon
訳 者:田中梓
出版社:河出書房新社
     メグレ警視シリーズ 45
出版年:1979.12.15 初版

評価★★★☆☆
サン・フォリアン寺院の首吊人
『サン・フォリアン寺院の首吊人』ジョルジュ・シムノン(角川文庫)

男はメグレの目前でピストル自殺を遂げた。この浮浪者同然の男が、ブリュッセルで3万フランの大金を送るのを目撃して以来、警部は後を尾けていたのだ。遺品はすりきれた黒い鞄一つ。中には、ぼろに等しい古着が一着。鑑識の結果、上着には10年以上前に付着したと思われる、かすかな血痕があった。そして不可解なことに、自殺した男は生前、大金を各地からパリの自宅に送っては、それをすべて燃やしていたというのだ。執拗なメグレの捜査の前に、死んだ浮浪者の哀切な過去と、かつてのおぞましい事件が再現されてゆく――。妖異なムードを湛えた、シムノン推理の異色傑作!(本書あらすじより)

大量の積ん読メグレをなるべく発表順に読もう企画、第2弾です。『怪盗レトン』に続いては『死んだギャレ氏』……と行きたいところなんですが、持っているわけがないので、『サン・フォリアン寺院の首吊人』です。なお、作中のメグレの表記は「メーグレ警部」となっています。
魅力的な謎、手さぐりで事件を解きほぐすメーグレ警部、うさんくさい容疑者にかけられる心理的圧迫、語られる過去の事件の真相、青春小説としての痛みを伴う寂しいラスト……どんでん返しもトリックもありませんが、これぞ“いい”シムノン。『怪盗レトン』よりもこっちの方がはるかにおすすめです。

メーグレが興味本位で尾行を始めた男に余計なちょっかいを出したことで、男が自殺してしまうというショッキングな冒頭がまずいいですねー。なぜいきなり自殺をしたのかと、異国の地で男の所持品を調べるうちに、出所不明の現金、誰かの古い服、そして怪しげな男が登場します。毎回毎回シムノンは冒頭で読者を惹きつけようとかなり頑張っていますが、これは成功でしょう。
そしてその謎がかなり続き、途中でメーグレが言うように、いったい何の事件なのかすら途中まで分かりません。謎に引っ張られながら読むうちに、どうやらお互い知り合いらしい4人くらいの容疑者たちが出そろいます。フランス、ベルギーを行き来し証拠を探すメーグレを彼らは先回りし、何度も証拠をつぶし、ついにメーグレを襲うことすらしてしまいます。

そして終盤、じわじわと容疑者を追い詰めていくメーグレの容赦ない迫力がとにかく読ませるのです。誰も口を開かないまま数時間一緒に座ってたりするんですよ、メーグレまじで怖い。ところがこれだけ大がかりっぽいのに、最後に明かされる真相が凝った犯罪計画などではなく、若気の至りというべき哀愁漂うものだからたまんないのです。実にしょうもないんですよ。
手さぐりで事件をひたすら追ってきたメーグレと読者は疲れ果て、最後脱力感と共に部下の刑事に愚痴をこぼします。

「なアおい、こんな事件が十も重なったとしたら、おれは辞表をだすよ。……こりゃァつまり、天の高みに神様がおいでになって、警察の仕事も司っていらッしゃる証拠だろうという事さ」

ここまで読んでくると、このセリフがキくのです。メーグレは犯人を理解したわけでも共感したわけでもなく、ただただ呆れているんです。これがすごくいい。実にシムノンらしい過去の殺人物でした。初メーグレにちょうどいいかもしれませんが、新訳が出るべきでしょうね。
なお訳者あとがきに、原書でシムノンを読んだ時は全然面白くなかったので当時自分が編集していた雑誌に紹介しそびれた、ミスった、と書かれているんですが、よく見たら訳者水谷準じゃないですか。つまり雑誌とは『新青年』のことなんでしょう。

書 名:サン・フォリアン寺院の首吊人(1931)
著 者:ジョルジュ・シムノン
訳 者:水谷準
出版社:角川書店
     角川文庫 赤503-1
出版年:1957.05.15 初版
     1977.02.20 3版

評価★★★★☆
怪盗レトン
『怪盗レトン』ジョルジュ・シムノン(角川文庫)

本書はシムノンが80編ちかく書きついだメグレ警部シリーズの、記念すべき長編第一作である。雨まじりの突風が北停車場のガラス窓をはげしく叩く。『北極星号』から降り立った乗客の一人にメグレは目をとめた。詐欺を専らとする国際犯罪組織の首領、ビートル・ル・レトンに間違いなかった。だがレトンはもう一人いた……『北極星号』の洗面所から転がり出た死体も、レトンの人相特徴と一致したのだ! ”二人のレトン”の謎を追って、パリの豪華ホテルから裏街、そして遠くベルジュ海岸へと捜査を続けるメグレの前に、事件の意外な真相と、一人の男の哀切な過去が浮かび上がってくる……。(本書あらすじより)

現在、翻訳ミステリー大賞シンジケートにて、瀬名秀明さんによる「シムノンを読む」という連載が行われています。メグレ警視ものをシリーズ順に読んで行こうというもので、毎回おそろしいまでに細かい分析と書誌情報が大変魅力的です。現在第11回まで来ていますが、これ読んでいるとメグレ警視を読みたくなるんですよね、いやほんと。というわけで今後自分もこの連載のペースに合わせてメグレ警視を消化していくつもりです。なにしろこの間25冊もまとめ買いしてしまったわけだし。
なお、瀬名さんによる『怪盗レトン』レビューはこちら、刊行順では5番目ですが、『怪盗レトン』が実質的にメグレ警視第1作であったことについての研究がこちらこちらをご参照ください。

というわけで、メグレ警視登場作です。この本の訳ではメグレ警部となっていますね。
国際犯罪者を相手に相棒の刑事を殺されたメグレ警部が奮闘する!という予想外にハードでボイルドな展開の一方で、メグレらしい急がず適当な捜査もあるという、非常に変な作品。シリーズ1作目ということでややこなれておらず、まとまりに欠けた印象を持ちました。

火にあたりたがるシーンを繰り返すなどメグレのキャラ付けに力を注いでおり、最後の犯人の告白を聞くシーンはまさにメグレそのもの。そのせいで、”怪盗レトン”という敵役に対する捜査がどうしても手ぬるいというか、おかしい印象を受けます。駅から出てくのを尾行もつけずに放置したりね。メグレのキャラクターはやっぱり国際犯罪者と相性が悪いような……。
怪盗レトンの正体についてはかなり複雑なトリックが用いられており、作者の頑張りが感じられます。証拠がない中で、『男の首』のごとく、犯人をじわじわと追い詰めることに徹するメグレ警部らしい解決の仕方は、なかなかいいんじゃないでしょうか。そのせいで、犯人の大物感と小物感が同居していることになるのですが、これはこれで理由があるので仕方がないですね。

全体的に面白くはあるんですけど、いびつというか不揃いで、1作目とはいえここからメグレ警視に入るのはあまりおすすめ出来ないかなぁと思います(まぁ『怪盗レトン』は電子書籍でならすぐ買えますが、古本としては珍しい方なのでなかなかそういう方はいないと思いますが)。うーんまぁメグレファン以外は読まなくてもいいかな……。


書 名:怪盗レトン(1930)
著 者:ジョルジュ・シムノン
訳 者:稲葉明雄
出版社:角川書店
     角川文庫 赤503-4
出版年:1978.01.10 初版

評価★★★☆☆