暗い夜の記憶
『暗い夜の記憶』ロバート・バーナード(ミステリ・ボックス)

1941年、ロンドンからイーズドン駅に着いた学童疎開列車に、名簿に記載されていない男の子が混じっていた。サイモン・ソーンと名のった5歳ほどの少年は、里親となったカザリッジ夫妻に育てられるが、ロンドンの家がどこにあるかもわからず、自分自身が本当はだれなのかも思い出せなくなった。彼と過去をつなぐものは、たびたび見る悪夢だけだった――ころしちゃううよ! やめて!(本書あらすじより)

気付いたら感想書いていない本が10冊になっていたので、若干焦っています。最近週1ペースでしか更新してないからな……。
というわけで、ロバート・バーナードです。読むのは3冊目。ポケミスと光文社文庫が中心ですが、これはミステリ・ボックスなのです。それはともかく、これは良い作品だ……。
ノンシリーズを3冊読んで、ロバート・バーナードの作風がようやく掴めてきた気がします。市井の人々を登場人物に置き、本格ミステリ的な枠組みの中に人間関係を軸にした小説としての感動を落とし込む(あるいはその逆)のが抜群に上手い作家なのかなぁと。ですから基本的には、非常に地味で、ガチガチではないけど本格ミステリっぽさのある小説……という仕上がりになるのだと思います。

『暗い夜の記憶』は、サイモン・ソーンという少年が学童疎開で田舎町に着いたところからスタートします。サイモンは集団疎開でやってきたものの、出自が不明で、一切戸籍などの情報が分かりません。とはいえサイモンは心優しい里親のもとで成長し、やがて自らの親を探し求めるべくロンドンに舞い戻るのです。

この本、何がすごいって、どう見ても本格ミステリではないことなんですよ。身元不明の状態で疎開した主人公の出生探しという過程は、確かに調査は調査だし、母親と子供はどうなったのかという謎はありますが、母親が機転を利かせてどうにかやったんだろう、くらいの謎にしか見えないのです。
ところがもう伏線につぐ伏線が仕込まれていたことが終盤明らかになり(名前のくだりとか超丁寧すぎてやばい)、主人公の出自がこれ以上なく明解に明かされ、さらに小説全体を通じて描かれてきた右翼活動(ユダヤ人排斥・移民排斥運動など)とぴったりリンクします。なんだこの職人技は。引っかけ方といい、話のテーマといい、いやもう実にお見事という他ありません。

おそらくバーナードの文体ってあんまり読みやすくないのかなと思うのですが、今回はそこに浅羽莢子訳という破城槌がぶち込まれるボーナスポイント付き。これは素直におすすめです。『作家の妻の死』『雪どけの死体』もそれぞれクセがあって感想を一言で伝えにくいのですが、読んだ人とぜひ感想を共有したくなる何かがあるんですよね。

原 題:Out of the Blackout(1984)
書 名:暗い夜の記憶
著 者:ロバート・バーナード Robert Barnard
訳 者:浅羽莢子
出版社:社会思想社
     現代教養文庫 3023
出版年:1991.03.30 初版

評価★★★★☆
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作家の妻の死
『作家の妻の死』ロバート・バーナード(ハヤカワ・ミステリ)

ヒルダ・メイチンとヴァイオラ・メイチン――二人の女が住むメドーバンクス荘は、ここ十年近く、危うい平衡を保ってきた。ヒルダは生き別れ、ヴァイオラは死に別れの違いはあれ、どちらも同じ男の未亡人で、その奇妙な同居生活は冷ややかな礼儀正しさを守りながら落ち着いているかに見えた。だが、青天の霹靂のように、生前評価さえrなかった二人の夫、作家ウォルター・メイチンが脚光を浴びたとき、この古屋敷の平和には目に見えないひびが入りはじめた!
マスコミは、先を争うようにウォルターの生涯を取りあげ、二人の未亡人を追いかけた。代表作の再刊はもとより、三十年も屋根裏に眠っていて、最近ようやくアメリカの研究家クロンワイザーの手で複写された未発表原稿も次々出帆されることになった。長年、財産とは縁のなかったメイチン家に、莫大な金が流れこもうとしていた。二人の未亡人をはじめ、それぞれの子供たちの思惑が入り乱れ緊張が高まった最中、ある夜メドーバンクス荘から不審な火があがった。(中略)
アメリカ探偵作家クラブ賞三年連続ノミネートで話題を呼んだイギリス期待の新鋭作家、本邦初登場。人間心理の鋭い描写と魅力的な謎――新・本格推理の注目作!(本書あらすじより)

ロバート・バーナードは2冊目。あらすじはややネタバレかなとも思うので、一部省略しています。バーナードは全部積んではいるのですが、ほとんど手を付けておらず。なお以前読んだ『雪どけの死体』は、ラストこそ輝いていたものの、全体的には地味すぎる作品だったという印象です。
さて『作家の妻の死』。事件の発端こそ魅力的ながらあまりに地味すぎる本格で、中盤もだれるし、正直なところこれといってアピールポイントがあるかと言えばそうでもないのです。ただ、この真相と結末には唸らざるを得ません。本当に上手いです。こういうの好きだなぁ。

ざっくりあらすじ。亡くなった作家・メイチンの二人の妻が住むメドーバンクス荘。彼女らは犬猿の仲であり、互いに干渉せず1階と2階に分かれて暮らしていた。しかしメイチンの作品が再評価されたことで大金が発生し、二人とその親族や関係者の間で緊張が高まる。そしてある晩、屋敷が炎上し……。

物語は二人の妻と仲が良かった青年グレッグ・ホッキングの視点が主となり語られていきます。グレッグは火災により起きた事故死に疑問を持ち、メイチンにかかわる出来事を調べ始める、という素人探偵役。奇妙な状況から幕をあげたわりに、あとはひたすら聞き込みが続くので、少々だれ気味です。
後半は火災よりも、メイチンの過去の調査が主となり、メイチンと二人の妻の関係を調べるようになるため、どちらかというと回想の殺人の趣きが強くなります。調べたことからグレッグが導き出した答えとは……。

いや、これはね、素直にびっくりしました。単純な構図なんですが、よくあるネタの仕込み方と明かし方が抜群に上手いと思います。証拠としては不十分なんですが、それすらこの結末を用意されるとむしろ味わい深く感じます。英国ミステリだなぁ!っていう。

もしかしてロバート・バーナードって、中盤が微妙の極みなのに、謎の用意と、結末の見せ方がすごく得意な作家なのかもしれません。おすすめしてまわるほどの作品でもありませんが、英国本格らしい堅実さが味わえる良作です。あとは、うん、訳さえよければ……。

原 題:Posthumous Papers(1979)
書 名:作家の妻の死
著 者:ロバート・バーナード Robert Barnard
訳 者:水野谷とおる
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1413
出版年:1983.05.31 1刷

評価★★★★☆
雪どけの死体
『雪どけの死体』ロバート・バーナード(ハヤカワポケミス)

濃い夕闇を切り裂くように、戌は鋭い吠え声を上げた。しきりにあたりを嗅ぎまわり、雪を掘り返している。飼い主と通りがかりのスキーヤーが近づいてきたのに力を得て、犬や雪に埋もれた何かを思いきり引張りはじめた。二人は犬がくわえているものをのぞきこんだ。目を疑ったが、見間違いようはない。それは人間の耳だった!
ノルウェー北部の町トロムソで犯罪といえば、酔っ払いの喧嘩ぐらいのものだ。だが、今度は明らかに殺人事件だった。雪の下で発見された青年は、後頭部を鈍器で殴打され、身元を隠すためか下着まではがされていた。ファーゲルモ警部はすぐに、数週間前、荷物を置いて宿から消えた外国人の青年のことを思い出した。警察は新聞に失踪人広告を出したが、情報はまったく寄せられていなかった。
一方、死体発見の報は町の住人の一部にも目に見えぬ波紋を投げた。クリスマスの直前、それらしき若者があるパブの外国人が多く集うテーブルに姿を現わしていた。その場には少なからぬ人々がいたのに、誰一人警察に届け出た者はいなかった。それぞれに思惑があるのか――ファーゲルモは青年の身元を追うかたわら、証人たちの重い口をねばり強く開かせにかかったが……?北極圏の町に姿を現わしたイギリス青年が抱いていた秘密とは?英米で人気急上昇の本格派、会心の第三弾!(本書あらすじより)

長いな、ちょっと短くします。

舞台はノルウェーのトロムソ。3月、雪どけにより、12月から行方不明だったイギリス人の死体が発見される。彼は誰で、なぜこの地に来て、そして3日滞在した後なぜ殺されたのか?ファーゲルモ警部は、彼の行動を追うことで殺人犯を見つけようと奔走する。

よし、まぁこんなもんでしょう。
雪が降ったので、読んでみたのです。バーナードはほとんど買ってはあるんですが、読むのはこれが初めて。
本格ミステリでありながら、明らかにそれとは別の次元を目指している意欲作……だとは思うのですが、本格風を引っ張りすぎたせいで佳作になり損ねた感があります。

“なぜ”英国人青年が殺されたのかがキー。トロムソ滞在中、誰に会い、誰と話し、どこに行き、誰と関係を持ったか、彼は何者で、どんな人間だったのか――ファーゲルモ警部は、それこそ執拗に(やる気のない他の警官を尻目に)捜査をしていきます。どことなくハードボイルドっぽいかも。
妙に裏のある個性豊かな容疑者たち、皮肉に満ち満ちた文章により、軽快に読み進められるのは良いですね。英国らしいほのかなユーモアに満ちた文章はとても好み。比喩表現が特徴的で楽しいです。ノルウェーが舞台であることにもちゃんと意味があり、また舞台背景としても効果的で、読み物としては非常に面白いと思います。

……という感じに、傑作本格ミステリの香りがプンプンするのですね、途中までは。

が、終盤、一気に証拠やデータが出され、怒涛の勢いで犯人が示されます。動機はそんないきなり言われてもという感じだし、しかも超証拠不十分。本格ミステリとしてはかなり出来は劣るでしょう、それは間違いありません。で、読者は一旦ガッカリしてしまうのです。
……ところが本番はラスト10ページだったのだ!

あらかじめ言っておくと、どんでん返しがあるとか意外な犯人が出てくるとか、そんなんじゃありません。全然違います。これは、殺人犯が、最後にとびっきり輝くミステリなのです。彼の動機を考えれば、最後ひたすら山を登るのは象徴的とも言えますね。ファーゲルモ警部のかっこよさがそれに追い討ちをかけます。
さらに、登場人物のその後がめちゃくちゃ気になる妙にほったらかしの展開も、意図的なものだろうという気がします。作者はトロムソの個性的な人々を描き、十分な説明を加えた上で、放置する……これってずるいとは言え、かなり上手いんじゃないでしょうかねぇ。

というわけで、とにもかくにも、この本格部分の中途半端な出来栄えがつくづくもったいないぁ、とそう思わずにはいられません。惜しいです。他の作品はその点がはるかに上手いらしいので、期待したいですね。早く読みたい読みたい。
ちなみに『雪どけの死体』(1980)は、1982年、エドガー賞長編賞にノミネートされました。この年の受賞作はウィリアム・ベイヤー『キラーバード、急襲』……知らない……。バーナードは1980年から毎年3年連続で長編賞にノミネートされるのです。すごいね。

おまけ:『雪どけの死体』に出てきた謎の比喩集
「その顔にクリスマスケーキの砂糖衣をまぶしてほほえみ」「粉をかけておけばいつかは役に立つとでもいうように」「だらだらした印象派まがいの文章で綴られた報告書」「彼の顔はスプーンにうつった顔に似て」「フランス語講師は窮地を救われたウィムジイ卿のように」

書 名:雪どけの死体(1980)
著 者:ロバート・バーナード
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1450
出版年:1985.5.31 1刷

評価★★★☆☆