ハニー貸します
『ハニー貸します』G・G・フィックリング(ハヤカワ・ミステリ)

ハリウッドの一流スターの邸宅となれば、さすがにケタ外れだとハニーは思った。建物全体が平べったい大きなプール。壁は全然なく、移動式の間仕切りが数枚あるだけだ。天井からはアーク燈がぶら下がり、床一面には厚いフォーム・ラバーが敷き詰めてある。邸内の四隅はステージみたいに高くなっていて、スワンソンは、それらはみんなベッド・ルームだととこともなげに言ってのけた。やがてスワンソンは、酔眼朦朧とした目でハニーを見ると、プラスチック製のブラジャーとパンティを差し出し、プールでひと泳ぎしようと言い出した。ボッブ・スワンソン・ジョーで愛嬌をふりまくやさ男とがらりと変わって、彼は、ハニーが抵抗するのも構わず無理やりドレスをはがし、透明水着を着せようと抱きついていった……!
ハニーがスワンソンの誘惑にやすやすとのって私邸まで行ったのは、往年の名俳優ハーブ・ネルソンが殺されたからだった。見るも無残な死体となって発見される直前ハニーはハーブから命を狙われているので助けて欲しいと依頼されていたのだ。責任を感じたハニーは、ボッブ・スワンソン・ジョーがハーブの最後の舞台だったのを知り、早速渡りをつけようとスワンソンに接近していったのだが……。(本書あらすじより)

マケプレオーバー2000月間、7冊目。
いやもうなんていうか、とりあえず「読んで!!!」っていう気分です。それくらい読んでいる間中テンションがぶちあがる作品でした。
フィックリング夫妻によるハニー・ウェストシリーズといえば、カーター・ブラウンのメイヴィス・セドリッツに並ぶ女探偵ものの軽ハードボイルドの代表格です。メイヴィス・セドリッツは主人公のアホさ加減に読んでいるこっちが発狂しそうになるのでキツいのですが、ハニー・ウェストは頭も良ければ腕っぷしも強く、(少なくとも当時の女性観としては)ちゃんと自立しているので比較的現代でも読むに耐えうるキャラクター。しかも(当然)お色気もあれば謎解きもあるという、まさにテンコ盛りの一品なのです。

さて、デビュー作である『ハニー貸します』は、まぁ安定のハニーシリーズです。私立探偵ハニー・ウェストが若干エロい目に合いつつ(捜査のためにストリップ・ポーカーをやろうと言い出したり、裸で警察署に飛び込んだり、スケスケの水着を着せられそうになったりする)きっちり謎解きをする、という、大筋としてはいつもの感じ。ちなみにこのシリーズは、エロそうな展開を用意はするけど、最終的にハニーがピンチになる前にどうにか切り抜けるのでゆーてエロくなりません……ってのも少年誌的なお約束でいいですね(その点カーター・ブラウンのアル・ウィーラー警部はテンポよく容疑者とエロい感じになっていくのでさすが)。
……ですが、これもう絶対おかしいのです。テレビ業界で殺人が発生し、なんやかんやあってから撮影のためにヨットでカタリナ島に向かうのですが、そこでどえらい勢いで人が死にまくります。どれくらいかというと『そし誰』レベルで死にまくります。ちょっと目を話すと鐘楼で首を吊って人が死に、崖から撃たれて落ちて人が死にます。それぞれ微妙に死に方が違うのも笑えます。これらが、別にクローズドではない他の観光客もいる状況下で、エロハプニングも交えつつ、サスペンス味ゼロで進行するのです。やばいでしょこれ。

そして正直犯人はバレバレ……のはずなのです。本当は。すごいベタなのです。ところがありえない勢いの殺人事件に紛れたせいで、なんか一周まわって意外な真相が叩き出され、予想が見事に外れ普通に驚きました。登場人物がほぼ死ぬので動機とかどうでもいいのですが、とりあえずこんなんで驚いちゃったので、つまりなんだ、フィックリングは天才なのか(混乱)。
とここまで読んで、詳しい人は思うでしょう。はいはい、謎解きがまぁまぁすごいって言ってもあれでしょ、この手の軽ハードボイルドとかフランク・グルーバーみたいな昔の通俗ミステリによくある、めちゃくちゃ真相をこねくりまわして複雑っぽく見えているのをありがたがって喜んでいるだけでしょと。いやそう言われちゃうとそりゃもうそうですけど、後半怒涛の連続殺人事件のせいで類のないケッ作に仕上がっているのです。

というわけで、以前読んだ『ハニー誘拐事件を追う』が割と普通だったのでそこまで期待していなかったのですが、これはおすすめです。みんな読もう。フィックリングは全然見つからないし(自分はあと4作未所持)、900番台のくせに正直全作微レアですが、とりあえず本作はある意味超おすすめです。

原 題:This Girl for Hire(1957)
書 名:ハニー貸します
著 者:G・G・フィックリング G.G. Fickling
訳 者:宇野輝雄
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 944
出版年:1966.07.31 1刷

評価★★★★★
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ハニー誘拐事件を追う
『ハニー誘拐事件を追う』G・G・フィックリング(ポケミス)

全男性の夢の恋人――女性には羨望のまなざしを浴びる美貌の私立探偵ハニー・ウェスト!巨大な乳房とヒップをなびかせ、いったんことあれば、ジュードーの極意で相手をなぎ倒し、マイク・ハマーのような拳銃さばきをみせるハニー再び登場!誘拐事件を追って暗黒街に挑戦する女探偵ハニー・ウェスト・シリーズ第3弾。(本書あらすじより)

いきなりゲスいミステリです(笑)
女探偵ハニー・ウェストシリーズで有名なフィックリングは、夫婦の共作ペンネームなんですよね。こういうお色気物を夫婦で、つまり女性が書いている、というのはちょっと珍しいというか、面白いなぁと思います。ハニー・ウェストがかなりしっかりした女探偵であるのは、やはりその影響なのでしょうか。
さて、この読んであらすじの如しお色気ハードボイルドシリーズ、初めて読んでみましたが、ただの色物ではありませんでした。ミステリ的意外性と、お色気アクション冒険が合わさった、非常に楽しいエンタメミステリ。こりゃ面白いです。

深夜、事務所にいたハニーは、突然ピストルを突き付けられ、海兵隊員の服を着せられる。おまけにつれていかれた先では銃撃戦に巻き込まれてしまう。命からがら逃れたハニーは、自分とそっくりの容姿の女性がいることを知る。ハニーがショットガンから逃げ回っていたのと同時刻、はるか遠くの病院で、そっくりさんは生まれたばかりの大富豪の赤ちゃんを誘拐していた。しかもその病院では同じ頃、(全く関係ない)赤ちゃんを生んだばかりの母親が殺害されていたのだ。ハニーは赤ちゃんを取り戻すべく南へ向かうが……。

と、この意味不明のへったくそなあらすじから分かる通り、事件が非常に込み入っています。さらにはそのそっくりさんを殺そうとする謎の集団やら、妻を殺された旦那やら、大富豪に恨みを持つカジノのオーナー(だっけ?)やらが入り乱れ、ぐっちゃぐちゃ。
話は基本的に、ハニーと妻を殺された旦那の二人による誘拐犯人追跡がメインとなっています。追っかけながら、この込み入った事件の手がかりがだんだんと集まって来るのですね。事件の中心はどうもそっくりさんにあるようなのですが……。ドタバタ追跡劇ながら、案外情報の出し方が上手く、ハードボイルドながらきっちり謎解きをしている感じです。
この誘拐事件の謎を解いたハニーは、探偵らしく、徐々に事件の全貌を説明していくのです。これがまたゆっくりなんですが、そうでもしないと読者の理解が追いつかないくらい込み入っているんですよ。伏線的にはともかく、かなり意外な真相が最後に示されます。そっくりさんや二人の赤ちゃんが結構綺麗に使われ、まぁそりゃ期待値が低かったからというのもありますが、感心してしまいました。

もちろん、お色気を忘れてはいけません(笑)。ハニーは冒頭で脱がされ、シャワーを浴びて石鹸まみれのとこを襲われ、小屋の中で男に押し倒され、裸と変わらないようなローカットドレスを着てあげくプールに落ちたりしながら、ドンパチやります。これでもか、と言わんばかりのサービスシーンですが、さすがに1950年代モラルというか、あっさり目っちゃあっさり目で、エロいというよりは、単なるドタバタかな。バトルシーンは案外多かったように思います。

やや中盤の追跡劇がだれますが、基本的にアクションとユーモアで読者を引っ張っていくので十分読める作品です。娯楽小説に求める要素がテンコ盛り。こりゃあ当時(1958年)売れまくるわけですねぇ。今読むとやや古臭いし、男性優位な社会観が出てしまってはいますが、ちゃんと面白いですよ。
ちなみにハニー・ウェストはカーター・ブラウンのメイヴィス・セドリッツと並んで語られることが多いみたいですが、頭が空っぽでお色気しか武器に出来ないセドリッツと比べ、ハニーはちゃんとした優秀な探偵です。まぁフェミニストから見ればどっちも全否定なんだろうなぁ。

書 名:ハニー誘拐事件を追う(1958)
著 者:G・G・フィックリング
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 930
出版年:1966.3.31 1刷

評価★★★★☆