赤毛のレドメイン家
『赤毛のレドメイン家』イーデン・フィルポッツ(創元推理文庫)

1年以上の月日を費やしてイタリアのコモ湖畔に起こる三重四重の奇怪な殺人事件は、犯人の脳髄に描かれた精密なる「犯罪設計図」に基づいて、1分1厘の狂いもなく着実冷静に執行されていく。三段構えの逆転と、息もつかせぬ文章の味は、万華鏡の如く絢爛として緻密であり、サスペンスに富み、重厚無類のこくがある傑作中の傑作。(本書あらすじより)

だいたいの古典本格は読んでいる自信があるんですが、なぜか超有名どころなのに読み残していた作品をついに片付けました。乱歩が絶賛したことで有名な『赤毛のレドメイン家』です。
やっぱり黄金時代の古典中の古典らしい読み心地なのですが(あっという間に月日が流れたりね)、こんな100年近くも前の本格ミステリなんかに騙されてしまったので、黄金時代は罪深いのです。この登場人物の人数で、犯人当てと意外な真相とサスペンスと恋愛をきっちり盛り込んでくるのはさすが。絶賛もなるほどの作品です。

まず探偵役なのですが、とりあえず最初はマーク・ブレンドンなるスコットランドヤードで一番切れ者らしい刑事が登場し、彼が中心となって事件は最後まで展開します。それはそうなんですが、ブレンドンがなんか、キャラ設定としては破格なのがすごい。
物語がどう始まるかと言うとですね、この順調な出世コースを歩む中年に差し掛かった名刑事が結婚してぇなぁと言いながら田舎でマス釣りしていたら、びっくりするほど目の大きな美人(推定年齢18)に出会ってメロメロになる、とかいう導入です。どこのトレントだ。
そして殺人が起こり、現場で彼女に再会した彼はこういうことを考えるのです。「うわっこの間会ったあの美人、被害者の奥さんだった。しかも25だった。そして事件の犯人はモロバレですぐ解決しそうだ。でも事件が長引いて俺の超絶推理を見せつければ結婚できそうだし、もっと複雑な事件になればいいのに」
さらにマーク・ブレンドン、すいかけの葉巻と茶色の靴ひもの切れ端を事件現場で見つけるも、どちらも重要視する気が起きずスルー。従来からの捜査方法に、より近代的な演繹法をあわせ用いて、幾多の成功をもたらしてきたマーク・ブレンドン曰く、「犯人には殺人狂的傾向があった」。

ということで初っ端から犯人を決めつけ捜査に乗り出すわけですなんだこれ。実は被害者の死体すら発見されていないという超いろいろ怪しい状況なわけですが、とりあえず美人ゲットだぜ!を目指すマーク・ブレンドンは全部無視。被害者の奥さんが深く旦那を愛していたということを聞いて一気にやる気をなくし、彼女と交わす会話と言えば、
ブレンドン「死体は見つかっていませんが多分海の底です」
被害者の妻「そうですか」
ブレンドン「僕に何か出来ることがあれば……」
妻「大丈夫です」
ブレンドン「本当に?」
妻「私は夫を亡くした悲しみでいっぱいなのです」
ブレンドン「そんなこと言わないで」
妻「あなたはいい人ですね」
みたいな感じで、てめぇこの野郎ちゃんと捜査しやがれ。

そうこうしている間に第二の殺人も発生、何も出来ないブレンドンがオタオタしていると、物語の後半になってようやく新たな探偵役が登場します。アメリカからやってきた、初老のピーター・ガンズ。この男が切れ者中の切れ者で、ブレンドンを導きつつ、最終的にすべての真相を見抜き、物語はクライマックスに突入するのです。

探偵役が恋に溺れるせいでまるっきし事件を冷静に見られなくなってしまうというのは、もちろん偉大なる『トレント最後の事件』(1913)の変奏曲でしょう。ただの変形パターンではなく、フィルポッツオリジナルのアイデアで事件を複雑にし、探偵の恋愛を必然性を持って話に取り込んでいる点は大変高く評価できると思います。
思えば『トレント最後の事件』や『樽』や『赤毛のレドメイン家』や『矢の家』や『陸橋殺人事件』や『アクロイド殺し』や『毒入りチョコレート事件』など、この頃の代表的な作品は1作ごとにかなりタイプが異なります。とにかく新しい本格ミステリを作ろうという動きがあるわけで、確かに推理小説の黄金時代だったんですねぇ。
アガサ・クリスティーの諸作品や『赤い館の秘密』があることからして、探偵が容疑者の話を順に聞いて事件を解決する、みたいな長編の定型パターンはもちろん既にあったんでしょう。ただ、そこに収まっていない作品群がこれだけあるわけですから、とにかく日々ミステリ作家たちが模索していたであろうことが推測されます。

というわけで何だかまとまりませんが、やはり時代的な点を考慮すれば一読の価値はあるし、作品そのものとしても結構読ませる良作かなと。古典もバカにできないよ、ほんとに。

原 題:The Red Redmaynes(1922)
書 名:赤毛のレドメイン家
著 者:イーデン・フィルポッツ Eden Phillpotts
訳 者:宇野利泰
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mフ-2-1
出版年:1970.10.23 初版
     2009.01.16 41版

評価★★★★☆
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医者よ自分を癒せ
『医者よ自分を癒せ』イーデン・フィルポッツ(ポケミス)

イギリス南部の風光明媚な町ブリッドマスの市長アーサー・マナリングが殺害された事件は、一大センセーションを巻き起こした。町の発展のために別荘地の開発に精力的に乗り出して財をなした不動産業者であると同時に、貧民対策事業に多額の金を投げうって賞賛を浴びているこの人物を、誰が、なぜ殺さなければならなかったのか?だが、人々の異常なまでの関心を事件に引きつけたのには、もうひとつ別の要素があった。それは、事件の有り様が、七年前のちょうど同じ日に起きた被害者の息子ルウパート殺害事件にあまりに酷似していたことだった。現場は、景勝地マッターズ沼地のまったく同じ場所、しかも左のこめかみから撃ちこまれた銃弾が頭蓋を通り抜けている点も同じだった。二つの事件を結びつけて考えないものはなかった。しかし、スコットランド・ヤードが七年前と同様、一番の腕利き刑事を派遣してあらゆる努力を続けたにもかかわらず、謎は再び未解決のまま残されてしまった。迷宮入りの二重殺人は永遠の謎を秘めたまま葬られようとしていた……だが、30年後、マックオストリッチ医師の手記が事件の恐るべき真相を白日のもとにさらけだす!『赤毛のレドメイン』『闇からの声』と並び、大作家フィルポッツの代表的ミステリ。格調ある文体で悪の心理を容赦なく追求する心理ミステリの傑作。(本書あらすじより)

合宿に行っていたのでまた更新が遅れてしまいました。うぅむ、頑張らないと。

さて、「あと5年は積みかねない読まなそうな積ん読崩し5人斬り」第二弾、イーデン・フィルポッツ『医者よ自分を癒せ』です。初フィルポッツ。図書館から『赤毛のレドメイン家』が消えてしまったせいで、今までフィルポッツを読む機会がなかったのですが……。
結論:強いて読む必要は全くなし、100円なら許せる、というところかな(525円で買いましたけど)。

あらすじの要約。ある村で、誰からも恨まれておらず前途洋々たる青年が射殺される。事件は迷宮入りし、7年後、全く同じ場所、同じ日に、今度は不動産業を営むその父親の射殺体が発見される。この一部始終を、ある医者が手記の形で回想していく。1935年、フィルポッツの後期作品ですね。

実を言うと、これは一種の倒叙ミステリなのです。語り手であるマックオストリッチ医師(自分のことを頭が良くて冷静で切れ者だと思っているちょっとナルシスト)は、第一の事件の犯人と思われる人物を、社会的正義の名のもと殺してしまおうと計画を立てていくのです。なるほど、これはなかなか面白い展開。
あらすじに書いてある「格調ある文体で悪の心理を容赦なく追求する心理ミステリの傑作」というのが、全てを言い尽くしている感がありますね。「心理ミステリ」とやらに最初期に挑戦した作家なわけですよ、フィルポッツは。当然ながら、今となっては古さは否めないし、退屈っちゃあ退屈でしょう。一応意外な結末はありますが、これはもはやミステリ読みじゃなくても推測はつくでしょうし。
読み終わるとタイトルの皮肉さにニヤリと出来るところは良く出来ているとは思いますが、もうちょっと最後は医師の感情を書いて欲しかったなぁ。あっさり終わりすぎじゃないかしらん。せっかく手記形式なんだから、もうちょっとそこを生かして欲しかったです。
とはいえ、ネット上の感想でボコボコに言われているほど酷くはありません。短いしね。段々調子に乗っていく医者の手記、というのはこれはこれで面白いですよ。終盤なんか、奥さんのことを考えると自分勝手過ぎるのですが、そう見えるよう書いているフィルポッツはなかなか上手いです。動機が雑という意見もあるようですが、それも医者の身勝手さを表してていいんじゃないでしょうか。

……と持ち上げてはみましたが、あくまでそこそこの面白さなので、わざわざ読む必要は一切ない、と思います。最初期の「心理ミステリ」といっても、フランシス・アイルズがとっくに出た後なわけですし(読んでいませんけど)。読み終わった後の「う、うん……まぁクラシックだしね……悪くはないかな……褒めないけど……」という微妙な心地良さをぜひ誰かと共有したいですねぇ(笑)

書 名:医者よ自分を癒せ(1935)
著 者:イーデン・フィルポッツ
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ 294
出版年:1956.12.15 1刷

評価★★☆☆☆