死人はスキーをしない
『死人はスキーをしない』パトリシア・モイーズ(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ロンドンを発った列車は霧深いドーヴァー海峡を渡り、フランス、スイス、オーストリアを抜け、一面銀世界のサンタ・キアラに滑り込んだ。待ちに待ったティベット警部の休暇が始まろうとしていた――しかし彼は、密輸業者の巣窟と噂される当地唯一のホテル〈景観荘〉に探りを入れるという密命を帯びていた。ティベットが白銀のスロープに心躍らせたのも束の間、果して殺人が起きた――巨大な密室ともいうべき閉ざされたスキー場で起こった殺人事件! 1959年に発表されるや、著者に〈ミステリの新女王〉の栄誉をもたらした傑作。(本書あらすじより)

うっわ、めっちゃ面白れぇ!
と読了後叫ぶくらいには、こういうの好きなんですよ。いやー過去『サイモンは誰か?』と『殺人ファンタスティック』だけ読んでましたが、こういう英国らしい本格ミステリって読んでいるだけでもう楽しいのです。魅力的な事件のシチュエーション、程よくかき分けられた多国籍の登場人物たち、ほのかにユーモラスな語り口、適度な難易度の謎解きと張り巡らされた伏線、と英国本格に求める全てが詰まった作品で、もうこれ大好きすぎるどストライクです。

イタリアのスキー場で、リフトに乗った死体が発見される、というつかみ百パーセントな殺人事件(不可能犯罪ではないけど、それっぽい雰囲気もあります)がまず最高。ティベット警部が訪れる一週間前にはスキー場でスキーコーチの事故死もあったよ! 舞台はリフトでしか行き来できない山上のホテル。容疑者はイギリスの若者三人組、陸軍大佐と押しの強い奥様、ドイツの男爵夫人にその浮気相手のイタリア男と無口な家庭教師、父親に服従する不器量なドイツ娘、イケメンスキー講師、胡散臭いホテル経営者……なんだこの金田一少年ばりの設定は。

ティベット警部は現地の警察署長、および奥さんの助けを借りながら、殺人事件の犯人探し、およびホテルで行われていると思われる密輸の調査を行います。基本的にぐるぐる尋問してばかりですが、数十ページおきにだれかが隠し事を打ち明けるので全然飽きさせません。
真相解明直前には、ぶっちゃけ犯人はこいつだろうな、と薄々分かるのですが、完全に正解できず、微妙にそらされたものだったのでちゃんと驚けました。おまけに犯人分かってもトリックが分からなくて、どうやったのかと思えば……いやぁこれは盲点でした。上手いことやりましたねモイーズさん(と思ったけど、もしかしてこれ大抵の読者は気付いてるのでは……)。

海外本格にありがちな「ハッスルトリック(犯人が肉体的に頑張る)は不可能状況に答えさえ示してあと全部説明がつけばOK!」ではなくて(個人的にこの手のミステリの最たる悪例がアリンガム『判事への花束』)、きちんと隅々から伏線が回収されるのが上手いです。言われれば、あぁそんなシーンあったな、ってのがずらずら出てくるのでぐうの音も出ません。
芝居がかった最後の犯人御開帳シーンも、とある人物の活躍により大いなる盛り上がりを見せるのが実に良いです(個人的にはティベット警部のスキー最短記録に笑いました)。いやー楽しかったなー。デビュー作がここまでサービス精神あふれる作品だと本当に嬉しくなります。

というわけで、『死人はスキーをしない』、おすすめです。『殺人ファンタスティック』が代表作として有名ですが(あれも最後の犯人を追っかけるシーンがめちゃ楽しい)、『ファンタスティック』の全体的なファンタスティックっぷりより、こういう堅実な英国本格らしさを見せてくれる『スキー』の方が好きかもしれないです。

原 題:Dead Men Don't Ski(1959)
書 名:死人はスキーをしない
著 者:パトリシア・モイーズ Patricia Moyes
訳 者:小笠原豊樹
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 37-1
出版年:1976.12.15 1刷

評価★★★★★
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殺人ファンタスティック
『殺人ファンタスティック』パトリシア・モイーズ(ハヤカワ・ミステリ)

メイスンは今や事業を隠退し、”地方名士として敬われる”という夢を実現するべく、片田舎クレグウェルで日々を送っていた。ある日、農園の持ち主マンシプル家を訪れた彼は、その帰途、不慮の死を遂げてしまう。目撃者によれば、故障をした車を降りたメイスンは、喚声とともに宙を泳ぐように倒れ息絶えたという。この奇妙な事件もやがて、凶器と思われる拳銃が発見され、殺人であることが決定的となるが、さっぱり糸口が掴めず、遂にティベット警部の登場を待つこととなった……。モイーズが描く、ファンタスティックな殺人の顛末!(本書文庫版あらすじより)

読んだのはポケミス版なんですが、画像が見当たらなかったのでこの際文庫の画像とあらすじにしちゃいました。まぁいいよね、この表紙好きだし。
久々のクラシックな本格ミステリです。モイーズを読むのは2冊目。『サイモンは誰か?』をべた褒めした記憶がありますが、今回もべた褒めです。超面白かったです。なんなんだモイーズ、この安定っぷりは。

スコットランドヤードのティベット警部が応援を頼まれて赴いた田舎のお屋敷での殺人事件です(よくあるパターン)。登場人物はどいつもこいつもキチガイレベルの変人ばかり。変人過ぎて異世界感すらあります。つまりファンタスティック! 登場人物の個性だけで楽しく読ませ、良質な謎解きできれいに終わる……これぞ古き良き英国本格ミステリってもんですよ。

まず本格面。事件が2つ起こりますが、その扱いがなかなか面白いのです。最初の事件に関しては真相が少しひねってあるため、逆に現代の読者は気付きやすいかもしれませんが、この真相が最後まで引っ張られず、その後の展開のキーとなっているのが良いですね。2つ目の方は堅実で、特に問題なくよく出来ているなぁという感じです。というわけでこちらは何の問題もなし。

さて、一方、登場人物が堅実なんてもんじゃありません、すごいのです。何しろマトモに話が出来ない変人しかいないのです。相手と全く会話が成立しない牧師さんとか、耳が遠いおばあさんとか、突然笑い出すおじさんとか。で、変人大好きなティベット警部は、彼らと楽しく会話しつつ、物語を進めていくのですね。もうこの魅力だけでこの分厚さを乗り切れます。いや実際厚いんですが、すっごく読みやすくて楽しいんです。しかもこの変人っぷりがちゃんと手がかりにもなっていて、いったいモイーズさんの脳内どうなってんでしょう。

最後の方の犯人を追い掛け回すシーンとか、どこの『消えた玩具屋』だよっていうギャグ・ファルスっぷりでしたね。終始ファンタスティックでございましたごちそうさまです。やっぱり英国ミステリはこうでないとねぇ。素晴らしかったです。あ、動機はちょっと時代がかってましたが、まぁ書かれた年代が年代ですから仕方ありません。
というわけでモイーズは今後もがんがん読まないと。幸い積ん読には事欠かないというか……(それはそれで大いに問題がある気もする)。

書 名:殺人ファンタスティック(1967)
著 者:パトリシア・モイーズ
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ 1025
出版年:1968.02.29 1刷

評価★★★★★
サイモンは誰か?
『サイモンは誰か?』パトリシア・モイーズ(ハヤカワポケミス)

はじめに、事務弁護士アンブローズ・クインスを悩ませていたのは“サイモンはどこにいるか?”という問題だった。サイモン・ワーウィック─チャールズ卿の莫大な遺産を継ぐことになった青年の30年にわたる空白の足跡をたどる困難な仕事だ。だが、新聞の広告での呼びかけは、たちまち効果を現わし、サイモンは現われた。そのときからクインスを悩ませる問題は変わった。“サイモンは誰か?”――つまり、二人のサイモン・ワーウィックが名乗り出て、正統な相続権を主張したのである!繊維業で巨万の財をなしたチャールズ卿に甥がいることはほとんど知られていなかった。大戦中、弟夫婦が爆撃で亡くなり、サイモンという男の子が一人残された。甥を引き取る余裕のなかった卿は、サイモンをアメリカ人夫妻の養子に出してしまい、以来その存在は忘れられていた。それが、慈善事業に寄付するはずだた全財産を甥に譲るという遺言を残し、卿は亡くなったのだ。二人のサイモン・ワーウィックは、それぞれ信憑性の高い書類を携えていた。どちらが本物のサイモンか?クインスの悩みは深まるばかりだったが……。二人の遺産相続人の謎は、やがてティベット主任警視を引っ張り出す殺人劇へと展開する。イギリス女流本格派の重鎮モイーズの魅力を十二分に発揮した話題作。(本書あらすじより)

傑作。これは非常に良い本格ミステリです。今年のベストテンには確実に入ります。
パトリシア・モイーズの代表作である本書ですが、いやはや、これすっごい面白いんですよ。

ポケミスのあらすじは長いのですが、ざっくり話すとこんな感じ。繊維業で莫大な財産を築いた老チャールトン卿は、遺言を書き換え行方不明の甥サイモンに全財産を残すよう命じて亡くなった。さっそく二人のサイモンが現れ、遺産を要求する。さらにはサイモンの登場をこころよく思わない会社の役員たちの思惑も重なり……。

まず、自称サイモンは両方身分を証明する具体的な証拠を持っているので話がややこしいのです。すったもんだのあげく、サイモンの一人が殺されてしまうのですが、これもそう単純な話ではなく、サイモンは何者かという謎と、誰が“サイモン”(かもしれない人)を殺したか、という謎が一体となっていて非常に複雑。
タイトルが「誰か」であることから、十分警戒はしていたんですけどねぇ。このサイモンの正体がかなりうぉっと思わせてかっこいいんですよ。読者の推理の余地はほぼないんですが、正体が分かる瞬間が絵的に映えるんです。ラストまでこの謎を引っ張らないさじ加減も素晴らしいですね。この真相に関してケチをつける人もいるらしいですが、そりゃ器が小さいってもんですよ。だいたいこの謎はメインじゃないし。

そしてサイモンの正体が分かると共に、犯人が一気に特定されスパパパパッとスリリングかつ小気味いい解決を迎えるのです。伏線が細かすぎて気付ける読者がいるかは疑問ですが、この伏線が指摘される度にいちいち納得のいく上手いもんだから文句も言えません。手掛かりはかなり地味ですが、数が結構多いし、指摘されればすぐにあっと思わせる絶妙なところを付いてくるせいで、気持ちよく騙された感を味わえるんですね。なるほど、確かにこいつしか犯人はいないよなぁ……(何となく検討つけられる読者も多いかも)。やっぱり本格ミステリはこうでなくっちゃ。くそぉ、なるほど、してやられたな、という思いを存分に味わえます。

そしてエピローグ。ほんの数行で、別に大したことは何もないんですが、これが案外かっこよくて読後ニヤッとしてしまいました。読み終わったあと、うわぁカッコイイ、とため息をついちゃったのです。初モイーズにしてモイーズさんに惚れ込んじまいました(いや作品の出来は結構ピンキリらしいですが)。

とにかく、『サイモンは誰か?』、おすすめです。有名なので読んだことある方も多いかもしれませんが、積んでいるという方はぜひ読んで下さい。何より楽しいですよ。こうなると、もうひとつの代表作、『殺人ファンタスティック』にも期待したいところ……近いうちに読みます。

書 名:サイモンは誰か?(1978)
著 者:パトリシア・モイーズ
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1343
出版年:1980.1.15 1刷

評価★★★★★