天国の囚人
『天国の囚人』カルロス・ルイス・サフォン(集英社文庫)

1957年、バルセロナ。父の書店で働く青年ダニエルは、結婚間近の親友フェルミンの様子がおかしい事に気づく。彼宛に不可解なメッセージを残す謎の男の来店もあり、友人を問い詰めると、フェルミンは自らの過去を語り始めた……。18年前、監獄に収容された事。そこで出会った作家マルティンの事、彼と交わした約束の事――『風の影』『天使のゲーム』をつなぐ、「忘れられた本の墓場」シリーズ第3弾!(本書あらすじより)

帰国してからずっと猛烈な眠気に襲われ続けているんですけど、なんでしょうねこれは。時差ボケってよりただのぐうたら悪化な気がして仕方ない今日この頃。
さて、カルロス・ルイス・サフォンの〈忘れられた本の墓場〉シリーズ第3作がついに登場です。「本」をキーワードに物語の面白さで読者を心地よくぶん殴ってくれる本好きにはたまらないこのシリーズ。あと1作で終わっちゃうんですか……悲しすぎる……。
第1作『風の影』は書店員の息子ダニエルを主人公にし1950年ごろのバルセロナを、第2作『天使のゲーム』は作家マルティンを主人公にし1920年代ごろのバルセロナを舞台にしていましたが、今作の舞台は『風の影』の2年後。ですがメインとなるのは、ダニエルの親友でもある(だいぶ年上ですが)フェルミンの回想による、スペイン内乱後の1939年のバルセロナとなります。第2作の主人公であるマルティンも登場するため、第1作と第2作をつなぐ作品だと言えるでしょうね。
作者サフォンは、このシリーズはどこから読んでも大丈夫なように作っていると言っていますが……うーん、さすがにこれは1、2作目を読んだ後に読むことをおすすめしたいです(1、2作目はどっちから読んでもいいですよ)。以下の感想もいくらか『風の影』や『天使のゲーム』の内容に触れているので注意。

というわけで『天国の囚人』です。1作目2作目、そしておそらくは4作目をつなぐ要となる物語。単発作品として見ると物足りないし、4作目に向けて大量の伏線がばらまかれているので消化不良も甚だしいのですが、1、2作目が次々と繋がっていく様はやはりシリーズ読者としては見逃せません。

物語は1作目の登場人物を現代に、2作目の登場人物を回想シーンに置くことで、2つの作品をゆっくり結びつけながら新たな謎を振りまいて行きます。……ぶっちゃけ過去2作の内容完全に覚えてないので、読みながら、あれこの人見覚えあるな……という感じですげぇもやもやしましたが。ダニエルの母親が誰かとかすっかり忘れていたんですけど。メインはフェルミンの過去である内戦時代と、フェルミンの結婚でしょう。

フェルミンが囚われた監獄と、その監獄長と、そこで出会った囚人達の物語。つまり監獄物ですよ、圧倒的王道じゃないですか。スペイン内戦という内容は非常に重苦しいものですが、サフォンの語り口(特にフェルミンの語り口)がそれを和らげてくれるので、素直に物語を楽しめます。そして作中でキーとなるフェルミンが出会った囚人が、2作目の主人公であるマルティンなんですよ。うわぁ激アツ。
というわけで、シリーズとしての伏線はばらまかれてはいても、『天国の囚人』の肝はフェルミンとダニエルの友情であり、古典的な監獄の物語なのです。うん、面白いですよ。面白いけど、『風の影』や『天使のゲーム』のような読者を殴り倒さんばかりの引き込み力は感じられなかったかなぁ。でもあっちはがっつり上下巻だったのに、『天国の囚人』はその半分以下くらいの分量ですから、まぁ無理ですよ。あくまで中休み、つなぎの物語という感じでしょう。

ところで過去作にも(特に『天使のゲーム』)出て来たように、どうもこのシリーズには超越的な何かが関わっているようです。それとの関係は分かりませんが、訳者後書きで示されているこの物語の冒頭の引用の謎は超魅力的。うおお気になるぞ、いったいどういうことなんだ。集大成となる4作目への期待がはんぱじゃありません。とりあえずサフォンさん早く本国で出版して下さい頼みます。

というわけで、やはり単体では評価しにくい内容でしたね。王道的に面白いのが『風の影』で、イサベッラというヒロインがスーパーかわいいのが『天使のゲーム』なので、みんな読みましょう。そして本国で出たら即翻訳するよう集英社に圧力をかけましょう、そうしましょう(誰に言っているのか)。
ところで、先週行ったスペインで、知り合いから頼まれたので、サフォンのペーパーバックを2つ買ってきたのです。これ。

サフォン

他にもいくつか版があったのですが、この装丁いいですよねー。なんかいかにも、ザ・〈忘れられた本の墓場〉シリーズって感じ。

書 名:天国の囚人(2011)
著 者:カルロス・ルイス・サフォン
訳 者:木村裕美
出版社:集英社
     集英社文庫 サ-4-5
出版年:2014.10.25 1刷

評価★★★★☆
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天使のゲーム 上 天使のゲーム 下
『天使のゲーム』カルロス・ルイス・サフォン(集英社文庫)

1917年、バルセロナ。17歳のダビッドは、雑用係を務めていた新聞社から、短篇を書くチャンスを与えられた。1年後、独立したダビッドは、旧市街の“塔の館”に移り住み、執筆活動を続ける。ある日、謎の編集人から、1年間彼のために執筆するかわりに、高額の報酬と“望むもの”を与えるというオファーを受ける。世界的ベストセラー『風の影』に続いて“忘れられた本の墓場”が登場する第2弾。(本書上巻あらすじより)

前作『風の影』は「けなせない」作品でした。「面白くないわけがない」作品と言ってもよろしい。
いやだって、面白いに決まってるじゃないですか。古都バルセロナで繰り広げられる熱い冒険、きれいにまとまりよく張り巡らされた伏線、読者を惹きつける魅力的な謎、そりゃあ面白いですってば。
ですけどね、それはつまり、「超面白い」作品にはなれない、ということでもあるのです(自分の中では)。楽しめるのは間違いないけど、でも何か物足りなさを覚えるのも事実なのです。


……で、『天使のゲーム』です。たぶん、今回も同じような感じだと思っていたのです。

いやいやいや、とんでもない、サフォンさんを見くびっておりました。

簡単に言うと、『風の影』が「うん、まぁ、もちろん面白いよ」くらいなら、『天使のゲーム』は「うぉぁぁあ、え、なに、すげぇ、おもしれぇ、で、ラストは?これ? マ ジ か!!!!!」です。全然分からない? そうでしょう、私にだって何が起こったのかさっぱりわからないのです(爆)
これは好き嫌いが別れそうですね〜。特に『風の影』が大好きな人ほど割れそう。自分は断固『風の影』より『天使のゲーム』派です。大好きです。素晴らしかったです。文句のつけようがあるのもまた良し。

えー、真面目に感想を書きますとね。
物語としての面白さ、魅力的な登場人物といったサフォン節、複雑に伏線を仕込むミステリ仕掛けに加え、奇怪さ・幻想味が印象的な、読書を引き付け一気に読ませる驚きの作品なのです。今年の新刊ではベストかなぁ。
前作は海外エンタメによくある「もちろん面白い」といったものでしたが、今作は内容の好み云々はひとまず置いても、格段に上手くなっています(少なくとも上巻に関してはみんな同意してくれるはず)。より引き締まった展開、破滅(?)に突き進む主人公、次々と提示される謎など、とにかく読者を飽きさせません。これだけやってくれるなら、上下巻というのも納得の分量です。
上巻はとにかくグイグイ読ませ、いったい何が起きているのか気になって仕方ありません。まぁしかし、正統派っちゃあ正統派です。『風の影』っぽいですね。ところが下巻では、こりゃいったい何なんだ、的雰囲気が一気に強まり……で、衝撃的な結末に至るのです。これはすげぇ、やっちゃったよサフォン先生、といった感じ。ちなみに、なかなか混乱した展開ですので、訳者あとがき(とっても良い)によりようやく作品を理解出来たところもあったりします。ある種文学的な挑戦とも言えるのかな。いやぁ、これはぜひ読んでみて欲しいですね。

物語の魅力を数倍増しにしている(と個人的に思っている)のが、主人公(30歳)の世話を焼く女の子イサベッラ(17歳)。もう、ね、とりあえず、読め、超可愛いぞ。上巻後半、彼女が出てからが本番と言っても過言ではないです。そういえば、物語上での役割が『二流小説家』のクレアと非常に似通っているのが興味深いですね(クレアとイサベッラのどちらが可愛いかというのをいつか議論してみたい)。
サフォンは魅力的な登場人物を描くのが抜群に上手いのです。イサベッラだけでなく、あらゆる登場人物が、一回きりしか登場しない端役に至るまで、生き生きと紙の上を、バルセロナを動き回っています。そういった点では、メインヒロインであるクリスティーナの魅力がいまいち伝わらなかったのが、残念っちゃ残念かな。そんなに惚れるような女かな……。うぅむ、これはね、結構みんな感じるんじゃないかと思っているんですが。


ちなみに、なかなか評判のよろしくない終盤の展開ですが。残り70ページの時、自分はこうツイートしました。
「あと70ページしかないのに、話が『幻の女』みたいに意味が分からなくなって来てて、どう収拾をつけるのか楽しみでしょうがない。」
で、結論からいえば、収拾はつきませんでした(笑) いやね、正直、力技で終わらせた感はあるんです。確かにちょっとやり過ぎ・盛り込みすぎ。それは否定しません。
ただ、それで不満足かと言うとそうでもないんですよ。序盤からずっと漂っていた違和感が、ある意味違和感のまま終わってしまう、それこそがこの作品の醍醐味ではないかと思います。まぁ、こういう破天荒な、まとまりのない方が、色々な意味で面白いんですよ。


というわけで、『天使のゲーム』、オススメです。読書の楽しみを与えてくれる傑作。泣けるしね。別に『風の影』読まなくても大丈夫ですし。『風の影』の方が、はるかにまっとうなエンタメだとは思いますが、自分の好みは違うのでした。果たして第三作では、サフォン先生は何をやらかして来るんでしょうか……ふ、不安だ……。

書 名:天使のゲーム(2008)
著 者:カルロス・ルイス・サフォン
出版社:集英社
    集英社文庫 サ-4-3、サ-4-4
出版年:2012.7.25 1刷

評価★★★★★
風の影 上 風の影 下

『風の影』カルロス・ルイス・サフォン(集英社文庫)

1945年のバルセロナ。霧深い夏の朝、ダニエル少年は父親に連れて行かれた「忘れられた本の墓場」で出遭った『風の影』に深く感動する。謎の作家フリアン・カラックスの隠された過去の探求は、内戦に傷ついた都市の記憶を甦らせるとともに、愛と憎悪に満ちた物語の中で少年の精神を成長させる……。17言語、37カ国で翻訳出版され、世界中の読者から熱い支持を得ている本格的歴史、恋愛、冒険ミステリー。(本書あらすじより)

これぞ小説。素晴らしいです。
あらすじにあるように、ずばり「冒険ミステリー」という説明がしっくり来ますね。恋愛物、歴史物、さらには「ファンタジーっぽさ」まで兼ね備えているという、実に贅沢な一品です。

~1950年代のバルセロナ、という舞台と年代でしか描かれ得ない作品でしょう。この時代、この場所で、血の通った人々が動き回ります。あらゆる端役が生き生きとしているんですよ(だからキャラや小エピソードがあざといとか言っちゃダメ)。作者の筆力を感じます。
いや実際、ベタではあるんです。ベタの積み重ねみたいな小説。ただ、そのあざとさは意識的にわざと前面に出しているものなのでは、という気がします。決してマイナスポイントにはなっていません。「物語」の「物語」を突き詰めていったらこうなった、というか。いやぁ上手いなぁ。

ミステリとしては、さっきも言ったようにこれは「冒険ミステリー」ですので、そこまで凝った構成があるわけではありません。読みながらある程度、「謎」の答えがチラチラと見えて来る(あっているかはともかく)んですが、こうして読者を引き付けることで、物語に大きな推進力が生じています。上巻の369ページでは痺れました。

ちなみに自分はバルセロナ行ったことがあるんですが、つくづくそれをありがたく思いました。バルセロナを生で見たことがあるかどうかで、大きく印象が変わるんじゃないでしょうか。雨のゴシック地区を駆け巡る主人公のイメージが実に強烈で……。
何と言うか、子供の頃に読んだファンタジーや冒険小説を強烈に想起させるんですよ。「ミステリー」として売り出すのもいいですが、これは子供向け、特に中学生に読んで欲しいなぁ。擦れた大人よりよっぽど楽しめるのでは。もうワックワクですよワックワク。


というわけで、全然まとまらない感想になってしまいましたが、いかにも「小説」らしい満足感を与えてくれる作品だと思います。あらすじに興味を惹かれた人はぜひぜひ。これは良作です。
ちなみにサークルの人でこれを神と崇めている人がいるんですが……彼はヴィクトリア朝が舞台のミステリが好きなんですよ。なるほど、『風の影』の面白さは、19世紀英国文学に近いものがあるような……いやそんなことないかな(笑)

書 名:風の影(2001)
著 者:カルロス・ルイス・サフォン
出版社:集英社
    集英社文庫 サ-4-1、サ-4-2
出版年:上 2006.7.25 1刷
    下 2006.7.25 1刷
      2006.8.28 3刷

評価★★★★☆