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2017-10

『赤い収穫』ダシール・ハメット - 2017.09.11 Mon

赤い収穫
『赤い収穫』ダシール・ハメット(ハヤカワ・ミステリ文庫)

醜悪な町だった。 垂れこめる空は精錬所の煙突から吐き出されたようだった。町に着くとすぐ、私をサンフランシスコから呼んだ男が殺されたことがわかった。町の最高実力者の息子で、鉱山会社の労働争議で力をつけたボスどもの一掃を目指していたらしいが……その犯人探しの途中で、私は新たに父親の実力者から依頼を受けた。ドブネズミどもを残らず追い出してくれという。私、コンチネンタル探偵社のオプは、汚れきった町の実力者、警察署長、ボス連中を巻き込み、血の抗争の果ての共倒れを画策する。ハードボイルドの記念碑的名作。新訳決定版。(本書あらすじより)

う、嘘だろ……めちゃくちゃ面白いじゃないか……。

というのが読んでいる間、読み終わった後に思ったことでした。
思い返せば5年前、ハードボイルドなるものを勉強する読書会で、初めて『マルタの鷹』を読んだのでした。でまぁ、確かに楽しめましたが、はいはいマッチョでタフな感じね、いわゆるハードでボイルドね、脳みそより腕力がものを言うのね、という感じで、サム・スペードはイメージ通りのハードボイルド探偵そのもの、内容もまさしくハードボイルドそのものだったわけです。好きかと言うと、まぁそうでもないという。
そしてその後、例えばマイクル・Z・リューインを読んだり、S・J・ローザンを読んだりする中で、なるほど俺の好きなハードボイルド/私立探偵小説はこっちなんだなということが薄々分かってきました。端的に言うとハメット、チャンドラーはもういいかなと(チャンドラー、『長いお別れ』しか読んでないけど……)。ロスマクは『縞模様の霊柩車』というド傑作に会えましたが、ハメットに心から好きな作品はないだろうな、と思い込んでしまったわけです。

しかしながら周囲のミステリ賢者たちは一様に「鷹とかどうでもいいから収穫を読め!」と散々言うわけです。いわく、収穫は本格ミステリだ、鷹とは全然違う、ゴタクはいいから読め、云々。めんどくせぇなぁと思いながら月日は流れ、ついに2017年、『赤い収穫』を読むこととなったわけです。
傑作でした。グウの音も出ません。ごめんよハメット……。

まず何に驚いたかって、現在の正統派ハードボイルドとは全然違う、ということです(だから『マルタの鷹』の方がクローズアップされやすいのかな)。本格ミステリ、ハードボイルド、ノワール、サスペンス、コン・ゲームなどの要素が見事に結びついています。
設定だけ見ると、地方都市ノワールみたいなんですよね。内容はあらすじの通り。1929年発表とは思えないくらいのテンポの良さで、腐敗渦巻く地方都市の抗争を、主人公であるコンチネンタル探偵社の探偵(名前不明、通称オプ)がひっかきまわしていきます。大きな探偵社に所属しており、同僚の助けも借りられるという従業員私立探偵もの、あんまり読んだことがないのですが(ジョー・ゴアズはこれに近いらしい)、設定として超面白いと思います。

そしてコンチネンタル・オプが、もうとにかく名探偵すぎるのです。脳筋探偵サム・スペードとは違って(失礼)黄金時代顔負け(矛盾)のキレキレ名推理、数十人の死人を生み出す血みどろの抗争を起こせる悪魔的コン・ゲーム力、マッチョっぷりを出さずとも適度に強く一度も頭を殴られず意識も失わないまま長編を終えられるバトル強さを持つ雇われ探偵、それがコンチネンタル・オプなのです……スペック高すぎじゃね?
いや実際、殴ったり殴られたりしているだけのサム・スペードとは大違いです。頭を殴られる、すぐ女と寝る、軽口を叩く、みたいなハードボイルドのテンプレイメージにほとんど乗っからず(作中で一度も女と寝ていない)、ただただ優秀というキャラクター、好感しかありません。

そして何より推理力が高すぎます。いきなり最初の100ページで最初の事件をキレキレロジックと推理で解決し、170ページくらい読んだところで唐突にまたキレキレロジックと推理によって事件を解決し、中盤でもキレキレロジックを炸裂させ、最後にまた名推理を披露します。何回も推理シーンが出てきて、そのたびにどう見ても本格ミステリな謎解きが展開されるのです。基本的に全事件を発生から100ページ以内で解決するので、ポアロより優秀なのでは……。本格ミステリを軸にせず、ハードボイルドという枠組みを作り出し、その中で明らかに本格ミステリを展開するダシール・ハメット。まぎれもなく天才です。
この本格ミステリハードボイルドの面目躍如とも言えるのが、終盤自分が殺人を犯したか記憶があいまいなオプが、あくまで理詰めで真相を追い求めようとするところですよね。すごいんだ、これが。っていうか全部すごすぎるし、正直プロットが複雑すぎるので、例えば誰が弁護士を殺したのかとかもう覚えてないよね……。

そして100ページから後は延々と抗争なのですが、回想の殺人やら現在進行形の同時発生の殺人やら脱獄やらをいちいちロジカルに解き明かしていくので、コンスタントに謎解きカタルシスがあるのが大変良いです。銀行強盗のやつとか、あんなちょっとしたものまでちゃんと伏線はってあるんですよ。なおかつオプさん、「これで16人か……」と死人のカウントをし、ちょっと萎えたりしつつも基本的に非情に徹し(けどあんまり冷たい印象も受けない)、おちょくられた仕返しというだけで勝手に町の抗争という追加任務を粛々とこなすのです。だいたいの人が死にます。どこのノワールの犯人だあんた。強すぎる。

とある作品を褒めるために他の作品を引き合いに出すのはどうかとは思いつつ言っちゃいますが、『マルタの鷹』は一旦いいから『赤い収穫(血の収穫)』を品切れにしない努力を出版社はするべきだと思います。歴史的意義をふまえずとも、間違いなく傑作ハードボイルド/ノワールであり、そして優れた本格ミステリでもある作品でしょう。あまりハードボイルドに興味がない本格ミステリ読者こそ、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。自分でもビックリなくらい、おすすめです。

原 題:Red Harvest(1929)
書 名:赤い収穫
著 者:ダシール・ハメット Dashiell Hammett
訳 者:小鷹信光
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 143-2
出版年:1989.09.15 1刷
     1994.09.30 3刷

評価★★★★★
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『マルタの鷹』ダシール・ハメット - 2012.06.26 Tue

マルタの鷹
『マルタの鷹』ダシール・ハメット(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ワンダリーと名乗る女が、サム・スペードの事務所を訪ねてきた。妹の駆け落ち相手サーズビーを尾行して、妹の居所をつきとめてほしいという。だが、依頼人の謎めいた美しさと法外の報酬につられてその仕事をかってでたスペードの相棒は何者かに撃たれ、その直後サーズビーも射殺された。サーズビー殺しの嫌疑をかけられたスペードに、ミス・ワンダリーは、訳も言わずただ助けてはしいと哀願するのだが……黄金の鷹像をめぐる金と欲の争いに巻き込まれたスペードの非情な行動を描く、ハードボイルド探偵小説の始祖の不朽の名作、新訳決定版!(本書あらすじより)

毎月のハードボイルド読書会用に読んだものです。思えば、この手の正統的なハードボイルド長編を読むのは初めてですね。まあ、ほら、カーター・ブラウンとか入れてもちょっと違うでしょ……あ、S・J・ローザンは読んでたな。ま、とにかく。

予想外に面白かったです。のっけから。とりあえず「スペードかっけぇ!!」と思うことが出来さえすれば、この本は勝ちです。サム・スペードに萌えて燃えることが全てな作品……と考えていいんだよね。スペードさんマジかっけぇっす。

自ら傷つきながらも、あくまで非情に、あらゆる場面で冷静に「探偵」としての職務を全うするスペードの活躍を楽しむのが主眼となっています。サン・フランシスコは俺の町だ、勝手に荒すんじゃねぇ、というわけですね。一応殺人事件が起きているので、犯人は誰か、という問題がなきにしもあらずなわけですが、はっきり言ってどうでもいいです。それよりも、知力・体力を駆使した様々な敵と駆け引きの方がよっぽどミステリらしい。ぶっちゃけへぼい敵役・読んでてイライラするヒロイン(的な)との攻防・直接的には語られない感情のやり取りこそが見所。ま、知能戦とかそういうものではないですけど。

故に、「マルタの鷹」というスパイもどきの代物にどこか違和感を感じてしまいます。ホンコンだのコンスタンチノープルだの、変に冒険小説っぽい感じが、どうも合わないんですよ。まぁ、ハードボイルドと冒険小説は相反するものではないと思いますが、それでもねぇ、うぅん。

読書会では、『マルタの鷹』は、感情を押し殺した文体だとは言え、結局行動からサム・スペードの感情が読み取れることこそが魅力なのではないか、という意見が出ていましたね。その通りだと思います。次に読む『長いお別れ』がどうなのかは知りませんけど、『マルタの鷹』の魅力の1つが、結局感情を押し殺せないスペードにこそあるというのは確かではないでしょうか。

とにかく、楽しめたので良いです。少なくとも、「ハードボイルド」というジャンルに対するイメージは大きく変わりました。来月は『長いお別れ』を読むわけですが、それまでに『血の収穫』も読め……ないですねどう考えても、はい。

書 名:マルタの鷹(1930)
著 者:ダシール・ハメット
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 143-1
出版年:1988.6.15 1刷

評価★★★★☆

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クリスティ、デクスター、グライムズ、ディヴァインが好きな、ヨッシーことTYこと吉井富房を名乗る遅読の新社会人が、日々読み散らかした海外ミステリ(古典と現代が半々くらい)を紹介する趣味のブログです。ブログ開始から7年になりました。ちなみにブログ名は、某テンドーのカラフル怪獣とは全く関係ありません。
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