震える石
『震える石』ピエール・ボアロー(論創海外ミステリ)

私立探偵アンドレ・ブリュネルと奸智に長けた犯人の火花散らす頭脳戦。勝利の女神はどちらに微笑むのか? 古めかしい城館“震える石”で続発する怪事件。(本書あらすじより)

初めて読むピエール・ボアローの単独作品です。ナルスジャックとコンビを組む前の作品ですね。何はともあれ、アレだね、これが面白いかどうかとかじゃなくて、ボアローはコンビを組んで良かったねほんと……普通だわ、実に普通だわ。
『震える石』を読んで気付くのが、これもうそのまんまガストン・ルルー『黄色い部屋の秘密』なんですよ。主人公の私立探偵アンドレ・ブリュネルはめっちゃジョゼフ・ルルタビーユなんですよ。雰囲気もトリックも何となく、大時代がかった“探偵小説”って感じ。

こんな話。やる気と活力満タンの探偵アンドレ・ブリュネルが偶然出くわした〈震える石〉館の事件。執拗に婚約中である若き娘の命を狙う謎の男、角部屋に追い詰められた犯人の消失事件。館の入口にある今にも落下しそうな〈震える石〉は、はたして読者の予想通りここぞというタイミングで落ちてくるのか?

ボアローはコンビを組む前はかなり本格志向が強かったということですが、なるほど確かに。同時代の英国ミステリ群と比べるとゴリゴリのトリックがあったりフェアだったりするわけではないですが、トリックといい、いかにもな真相といい、犯人の正体といい、ホームズやルルタビーユ的な古き良きミステリという感じで悪くはないです。次々と不可解な事件が続発し、次々と被害者が登場するので、とにかく飽きさせません。犯人の正体が明らかになる瞬間の驚きはなかなかのもの。

……とはいえ、ぶっちゃけピエール・ボアローのデビュー作を読めたって意義の方がでかいかなと思います。訳者解説がめちゃくちゃ力が入っていて勉強になるので、読んで損はありませんが、これといって期待を上回るような作品ではないよなぁ。っていうか、こんなの読むくらいなら普通にボアナル合作を少しでも読み進める方が大事だと思うんだ、うん。

原 題:La Pierre qui tremble(1934)
書 名:震える石
著 者:ピエール・ボアロー Pierre Boileau
訳 者:佐藤絵里
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 184
出版年:2016.11.30 初版

評価★★★☆☆
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死者の中から
『死者の中から』ボアロー/ナルスジャック(ハヤカワ・ミステリ文庫)

重い高所恐怖症にかかり、警察を辞め弁護士となったフラヴィエールは、友人の実業家の頼みで素振りがおかしいという妻の尾行を引受けた。自分を自殺した曾祖母の生れ変りと信じる彼女に自殺の気配があるというのだ。確かにその行動は奇怪だった。苔むした墓地で、あるいは川岸で彼女は放心したように物思いに耽っていた。そしてある日、鐘楼の高みに登った彼女は高所恐怖症の彼をふりきり突如、暗い死の淵へと身を投げた……!ヒッチコックの『めまい』の原作。謎と恐怖と心理のミステリの三要素を兼ね備えるフランス・サスペンス小説の代表作。(本書あらすじより)

ハヤカワ・ミステリ文庫から出ているボアナルは3作ありますが、現状その中で最も見つかりにくいであろう作品です(パロル舎から出ている『めまい』も同じ作品ですが、こっちもあまり見かけません)。初期ボアナルは特に完成度が高いとよく聞きますが、なるほど確かに非常に彼ららしい作品です。ボアナルの創作スタンスなどについては『影の顔』の記事に書いたのでここでは割愛しますが、要するに一見非合理的な怪奇・恐怖と合理的解決を融合したところにボアナルらしさがあるのでしょう。
ただ、発端は魅力的だし、趣向自体は面白いんですが、全体的にだれてるというか、まだるっこしいというか、やや読みにくい、という感想の方が内容に対する驚きに勝ってしまいました。そう考えると、新訳で読んでみたい気もします。悲劇調の物語に組み込まれた仕掛けはさすがなだけにちょっともったいないです。

妻マドレーヌの不可解な行動を解明してほしいと主人公フラヴィエールが友人ジェヴィーニュから頼まれる。調べてみると確かに様子がおかしい。どうやら彼女の自殺した祖母と同じ行動をとっているようで、行動を見る限りでは祖母が乗り移っているとしか思えない。しかしフラヴィエールはマドレーヌを調査していくうちに彼女ににひかれてしまい……。

マドレーヌに行動の不可解さについては、最終的にかなり合理的な説明が登場し、ここはまさにボアナルの面目躍如といった感じ。いかにもな真っ当なサスペンスになる題材を、彼らが調理するとこう見せられるのか、という上手さ。やっぱりボアナルの創作スタンスって偉いです。新本格に通じるものがあるかもしれません。あと関係ありませんが、なんとなくこの真相が明かされるシーンがウールリッチっぽくないですか?
そういえば、ボアナルって第二次世界大戦の使い方も上手いですね。『牝狼』も戦中が舞台でしたし。このへんの初期作の発表年は基本的に1950年代なので、意図的に企みを生かしやすい年代を選んでいるのだと思います。

で、内容にほぼ文句はないんですが、主人公のマドレーヌに対する感情がダダ漏れになり始める第二部以降(いや最初からなんだけど)がちょっと長いということもあり、また日影丈吉訳がことさら古めかしいというのもあり、個人的にはぜひとも引き締まった新訳で読んでみたいです。主人公の恋い焦がれ絶望に追い込まれた心情をねちっこく書くこのくどさが仏ミスならではって言えばそりゃそうなんですけど、さすがにだれ気味……ってボアナル全部そうか。
個人的にはよりつらい雰囲気満載の『影の顔』の方が好きですし、もっと言えば予想もできない展開が面白かった『牝狼』の方が好きです。あとは『悪魔のような女』さえ読めば初期の代表的なところはコンプリートかな? なるべく早いうちに読んで感想をまとめたいですね。

書 名:死者の中から(1954)
著 者:ボアロー/ナルスジャック
訳 者:日影丈吉
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 31-2
出版年:1977.06.15 1刷

評価★★★☆☆
牝狼 窓
『牝狼/窓』ボアロー&ナルスジャック/マリオ・ソルダアティ(現代推理小説全集)

(本書あらすじは省略)

先日名古屋に行った際に買ってきたものです。ナルスジャックとソルダアティという、フランスとイタリアの作家がセットになった一冊。というわけで感想もそれぞれで書きますが、「牝狼」はさすがボアナル、読む価値は大いにあると思います。

「牝狼」ボアロー&ナルスジャック

第二次世界大戦中、収容所を脱走した私・ジェルヴァイと友人ベルナアルは、ベルナアルの戦争養母(戦時中兵士と手紙をやり取りするご婦人のこと)エレエヌのもとへ逃げ込もうとしていた。しかし道中でベルナアルが死んでしまう。エレエヌに会えた私は、自らをベルナアルと偽ってしまうが……。

ボアナルコンビでの第4長編。「めろう」と読むようです。初期作の中では唯一文庫化しておらず、入手困難な部類に入ります。ちなみに東京創元社なのにボワロ&ナルスジャックじゃないんですね。文庫を出し始めてから早川との重複を避けるために変えたんでしょうか。
サスペンスにありがちな導入なのに、的確な悪女を3人も配置し、説明のつかない謎を適度に挟み込みながら、うってかわってこんなラストに落とし込むとは。どんでん返しを含めて実によく出来たボアナルらしい佳作だと思います。

主人公ジェルヴァイは教養は高いものの意志が弱く、ベルナアルから離れて脱走したいけれどもついてこいよと強く言われると逆らえない、という何とも中途半端な人物。一方早々に死んでしまうベルナアルはガタイのいい製材業者で、なぜか私と共に行動したがります。
そしてジェルヴァイが逃げ込む戦争養母エレエヌは33くらいの美しくもない独身女性ですが、異様に独占欲が強く、ジェルヴァイに惚れ、彼を自由にさせてくれません。しかしキス以上のことを求めると強く拒絶し、ひたすら結婚結婚と言ってくるという超重いだけの女性。
そして彼女には不仲らしい同居している妹アニェスがいます。ここにきてまさかの姉妹もの。アニェスは小柄で華奢な金髪美人、16歳に見える24歳。姉に隠れてジェルヴァイを誘惑し、部屋の中でいちゃこらする始末。ところがアニェスは千里眼の持ち主で、相手の過去が見えると自称し、街の人を家に読んでは占いをしている電波女だったのです。そしてどうもジェルヴァイの素性を疑っているようで……。ひょっとして俺の正体はもうばれているのでは?と不安を抱えながら、ジェルヴァイは結婚を迫るエレエヌと誘惑を繰り返すアニェスとの同居生活を続けていきます。そんな中で、死んだベルナアルの姉が家を訪ねることになってしまい、またひと波乱が起きてしまうのです。

身分詐称から始まり身動きの取れなくなった主人公が、ずぶずぶと悪女に絡め取られていく物語。しかしこの主人公も結構な酷い人間なので、ひたすら保身を図る人間たちによる泥沼な展開が繰り広げられることになります。この合間に、本当に過去が見えているらしきアニェスの謎、不可解な行動をとる登場人物などがあり、物語はおかしな方向へと突っ走ります。いったいだれが何をもくろんでいるのか?という不穏な空気をはらみながら、ラストへどどどどっと。終盤のどんでん返しよりも、最後の方で話ががらっと変わってしまうのが面白かったです。展開も早く読みやすく、終始引き込まれてしまいました。これはおすすめです。


「窓」マリオ・ソルダアティ

イタリア人である私は、20年間片思いをしている(そして相手はそれを知っている)英国人女性トウィンクルと再会した。2人は画廊で、20年前に行方をくらました、イタリア人ジイノの描いたと思しき絵を見つける。そしてトウィンクルはジイノを一緒に探してくれるよう私に頼んだ。実はトウィンクルはジイノが好きだったのだった。ざっけんなこらー、と思う私。しかし私はトウィンクルが大好きなのでその絵の手がかりを追う。その絵を出点していた女性たちは描いた人なんて知らない、と否定するのだが……。

他にほとんど訳書のないイタリア人作家によるイタリア人が主人公の小説ですが、舞台はイギリス。ミステリではなく(サスペンスとしても弱いけど)普通小説、恋愛小説に近いもの。確かに謎を中核にして話を進めてはいるんですが、登場人物の過去語り、恋愛観語りばかりでぶっちゃけ飽きました。だめだこりゃ。

女性たちの関係が謎で、またジイノがいまどこに生きているのか、ひょっとして彼女たちに監禁されているのではないか、それとも病院にいるのか、という大きな謎が立ちはだかります。っていうとミステリみたいなんですが、最終的に示された答えはなんつーか結局愛なのねという感じ。
それ以前に、ジイノがもうありえないレベルの女ったらしなんですよ。会う女性みんながジイノに惚れてます。俺は縛られるのが嫌なんだ、だからお前のことを心から愛しているけど一緒にはなれないんだ、とか言いながら20年前にトウィンクルを振ってたりしちゃうのです。なんだそら。
さらにトウィンクルもごめんねと言いつつ私をこき使い、私をいままで散々利用していたことを次々と告白します。ぼろぼろに打ちのめされた私は私で、くそぉしかし俺はこの女が好きなんだ許してやるそしていつか俺のもとに彼女が来てくれればいいんだ、とか考える始末。う、うん……勝手にすれば……。
そういうわけで、登場人物全員が理解できない行動をとっていて、最後まで読んでもあっはいという以上の感想が出て来ません。途中でだらだら恋愛観を語るシーンも(訳を含めて)少々つらく、100ページくらいの長さなのに非常に疲れました。

訳者の飯島正氏がこの作者の作品が大好きだったようで、「たとえ諸君がコチコチの本格推理小説のファンであっても、その親類つづきにこういうおもしろい小説があるということは、知っておいても損のないことだとぼくは信じる」と後書きで述べているのですが、まぁちょーっと違うんじゃねぇか、というか「窓」のチョイスが悪すぎるんじゃないか、と思います。他の作品読めないので何とも言えないんですが……。


書 名:牝狼 窓(1955,1951)
著 者:ボアロー&ナルスジャック、マリオ・ソルダアティ
訳 者:岡田真吉、飯島正
出版社:東京創元社
     現代推理小説全集 14
出版年:1957.09.20 初版

評価★★★★☆(牝狼)
評価★★☆☆☆(窓)
影の顔
『影の顔』ボアロー/ナルスジャック(ハヤカワ・ミステリ文庫)

交通事故で醜い傷を負い失明した電気会社のワンマン社長エルマンチエは、不安と疑心暗鬼の日々を送っていた。手紙すら書けない無力な彼に、上流出の美しい妻や部下達は果して信頼を寄せてくれるだろうか? 別荘に籠もった彼に対する妻や共同経営者の態度は今までと変りなく思える。しかし、盲目特有の感覚で彼は微妙な変化を感じとった。彼らの妙なよそよそしさ、匂うはずのない松の花粉の匂い、抽斗が左右逆になった戸棚。俄か盲目の焦りが生んだ錯覚か、それとも……迫りくる恐怖を盲人の感覚を通して描く、フランス・サスペンス小説の傑作!(本書あらすじより)

フランスミステリ固め読み。ボアナルは、『技師は数字を愛しすぎた』というちょっと異色作かと思われる作品しか読んでいなかったので、代表作からとりあえずこれです。というかまず『悪魔のような女』を読めって話なんですけど。
創元はボワロで、早川はボアローでしたっけ。ややこしいな……。
ボアナルはコンビでは戦後のフランスで活躍した作家ですね。当時のフランスでは英米の影響を受けていわゆる犯罪小説が流行っていましたが、彼らはそれとは一線を画し、心理描写による緊張感・恐怖感と、一見異常に見えるがそれらにきちんと現実的な解決がつくという謎解きの要素を融合させた、現代的なサスペンスを発表しました。と手元の資料にはあります。

で、『影の顔』です。盲人になった男が妻や部下など周囲に騙されているのではないかと不安を感じ、真実にたどり着こうともがいていく悪夢のような心理サスペンス。全て男の視点からのため、推測と疑問と違和感に満ちた文体が不安定さを生み出します。
うわ……恐怖小説だ……つらい……、というのが読了時の感想だったんですが、しかしそれだけ読後感は強烈でうまかったわけで、読んでいる間もめちゃくちゃ面白かったです。うぅむすごい。

まず何がすごいって、主人公エルマンチエの怯え・恐怖がガツンと伝わってくる文章が生み出すサスペンスがすごいのです。事故によって盲人になった彼は自分の見た目がどうなのかすら分かりません。四感を駆使して真実を求めようとするあたりは非常に謎解きものっぽいんですが、雰囲気はもうほとんどホラー。
でまぁえぐいラストですよね……真相自体はそれほど意外性はないんですが、そこにたどり着くまでの不安感からの急転直下がつらすぎます。ボアナルの作風として聞いていた要素そのまんま。現代でも古びていない良サスペンスとして評価したいところですね。

なお、せっかくなので、『海外ミステリー事典』のボアナルの項目を引用しておきましょう。まさにそのまんまという感じなので(この項目の執筆者は堺康麻呂氏)。
「合作に当って、作者の創作態度は、探偵は登場させない。捜査員は常に読者であること。犠牲者を殺人者より重視すること。論理は無視はしないが、それに負けない幻想的なものを描くこと等々であった。つまり、怪奇と恐怖を多く利用し、しかも合理的な説明が可能な、異常な悪夢の世界を作り出すこと。そして、物語の解明がそれで終らず、もっと恐ろしいドラマを予想されるようにすることであった。」

書 名:影の顔(1953)
著 者:ボアロー/ナルスジャック
出版社:早川書房
     ハヤカワ・ミステリ文庫 31-1
出版年:1976.08.31 1刷

評価★★★★☆
技師は数字を愛しすぎた
『技師は数字を愛しすぎた』ボワロ&ナルスジャック(創元推理文庫)

パリ郊外の原子力関連施設で、突然銃声が鳴り響いた。人々が駆けつけると、技師長のソルビエが撃ち殺され、金庫からは重さ二十キロほどの核燃料チューブが消えていた。そのチューブは、パリ市民を核爆発、放射能汚染の危険にさらす危険物だった。司法警察の捜査が開始されたが、なんと犯行現場は完全な密室状況にあったことが判明する。その部屋には、誰も入っていかなかったし、そこから誰も出てはこなかったのだ!更に重なる不可能状況での事件……。フランス・ミステリ界を代表するコンビ作家による、密室テーマの傑作本格ミステリ。(本書あらすじより)

初ボワナルです。初ボワナルにして、異色作とも言える本格ミステリなわけですが……。
……うぅん、これは、ねぇ。正直微妙です。

何と言うか、読んでいて面白くないんです。密室トリック自体は悪くありません。ベタですが、良く出来た心理トリック。ところが、そのトリックの明かし方・見せ方があまりにも上手くないんです。散々密室の謎で引っ張ってきたのに、こうもグダグダッと繰り返し、グダグダッと明かされるのでは興ざめ。

そもそも物語として楽しくないのが一番の問題でしょうか。核爆弾の恐怖がパリを支配している……という設定のはずなのに、そのサスペンス性が弱いのは致命的です。登場するキャラクターも、個性にかけるというか。捜査においては、あらゆる不可能状況に対し関係者が「そんなバカな!」を連呼してばっかりで何だかなぁという(「恐怖」を優先させる点がボワナルらしい、と解説にありますが、あまり機能していないように思います)。あげく警察のお偉いさんが主人公のマルイユ警部に、「疲れて夢でも見たのかね。1ヶ月休暇を取りなさい」とか言う始末。いったい、この展開の何が面白いのか……。

ラストはいかにもおふらんす的で、まぁこれは別に構いません。しかしこのシーンのインパクトを強めるために、フーダニット・ハウダニット要素を犠牲にしているのはちょっとどうかなぁ、と思わないでもないです。つくづく、本格ミステリを書くのに向いていないと感じます。TYは、本書を読んで、逆に、ボワナルのサスペンスを読みたいと強く思いましたよ(笑)

というわけで、まぁ、あまりオススメしなくていいかな……あくまで個人的な好みですけどね、念のため。
ちなみに、結局タイトルに何か深い意味はあるのでしょうか……。

書 名:技師は数字を愛しすぎた(1958)
著 者:ボワロ&ナルスジャック
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mホ-2-2
出版年:1960.3.25 初版
    1974.8.14 7版
    2012.4.27 新初版

評価★★★☆☆