犬はまだ吠えている
『犬はまだ吠えている』パトリック・クェンティン(ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

その日のキツネ狩りの「獲物」は頭部のない若い女の死体だった。悲劇は連鎖する。狩猟用の愛馬が殺され、「何か」を知ってしまったらしい女性も命を奪われてしまう。陰惨な事件の解決のために乗りだしたドクター・ウェストレイク。小さな町の複雑な男女関係と資産問題が真相を遠ざけてしまうのだが……。ドクター・ウェストレイク・シリーズ第1作!(本書あらすじより)

復活した原書房のヴィンテージ・ミステリ・シリーズより、ピーター・ダルース物ではない、新たなパトQのシリーズが登場です。このウェストレイク医師シリーズについては解説がめちゃくちゃ詳しいのでそちらを読んでいただきたいのですが、サスペンス性と謎解きが合わさったシリーズと言えるようです。
で、やっぱりクェンティンは読んでいて安定して面白いです。全体的に暗めなトーンが特徴。小刻みに事件を起こしサスペンスを盛り上げようとしており、尋問シーンの処理も上手いですね。ただし、メイントリックが弱く、真相がやや分かりやすいのが惜しいので、今年訳されたもうひとつのパトQ作品『死への疾走』に軍配をあげたいところ。

田舎の医師ウェストレイクがその日参加したキツネ狩りは最初からおかしかった。前日は猟犬が吠えまくり、馬が暴走する。そして狩猟嫌いの男の地所から見つかったのは、頭と腕のない死体だった。友人コブ警視から保安官代理に任命された医師は捜査を行うが……。

登場人物が言っていたように、とにかく事件が連発します。殺人が続き、盗難が続き、失踪が続く、というように常に何かが起きています。その合間を縫って尋問も行われるのですが、あんまり尋問に割ける時間がないため、同じ人物に何度も戻ることがなく、常に新情報が提供されているという感じで大変読み進めやすかったです。最終的に全員がしっかり怪しくなるのも定番の良さ。
メイントリックは今となっては意外性に乏しいものですが、その後犯人まで当てられるかというとかなり難しいので、フーダニット面できちんと驚きがあります。特に馬殺しの理由が面白いですね。ただこの犯人当てをすると、メイントリックを成立させるのがかなり危うくなるのではないかなぁと。やや無理があるかもしれません。

それでも誰が犯人でもおかしくないような状況を作り出し、うまいこと犯人探しの面白さと重苦しい雰囲気を融合させるクェンティンの手腕はやっぱりすごいのです。ひところは『俳優パズル』が幻の名作、というだけの紹介でしたし、毎年のように出ているのでそろそろネタが尽きるかと思っていたのに、この人未訳にいっくらでも面白い作品がありますよね。クラシック・ミステリ作家の中では断トツで読みやすくよく出来た本格ミステリを書ける人なので、パトQは比較的初心者にもおすすめしやすいのかなぁ、とあんまり海外古典を読まない友人が読んでいる様子を見ていて思いました。

書 名:犬はまだ吠えている(1936)
著 者:パトリック・クェンティン
訳 者:白須清美
出版社:原書房
     ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ
出版年:2015.04.30 1刷

評価★★★★☆
スポンサーサイト
死への疾走
『死への疾走』パトリック・クェンティン(論創海外ミステリ)

二人の美女に翻弄される一人の男、マヤ文明の遺跡を舞台に事件は転がり加速してゆく。“ピーター・ダルース”シリーズ最後の未訳長編、遂に完訳!(本書あらすじより)

パズルシリーズ、というよりピーター・ダルースシリーズ6作目です。順番でいえば『巡礼者パズル』と『女郎蜘蛛』の間ということになります。『巡礼者パズル』でピーターとアイリス夫妻はひとつの危機を迎えることになるわけで、そのあとの作品はいったいどうなのさ……と気になっていたら、アイリスはほとんど登場しませんでした。まぁ『女郎蜘蛛』が『巡礼者パズル』のきちんとした続編ということでしょう。というわけで読んでみましたが。

読んでいる間、ずっと「もしかしてパトQの本格ミステリってワンパターンなんじゃね……?」という不安がぬぐえなかったのです。もしかしてこれいつもとおんなじパターンなのでは……? 犯人結局こいつじゃね……?
……いやほんとパトQさんごめんなさい。ワンパターンとか言いましたけど普通に面白かったです(土下座)。いやぁ今回も快調でした。むしろ『女郎蜘蛛』とかより好きかもしれません。

ピーターは旅行でマヤ文明の遺跡を訪れています。そこでひとりの若い女性に助けを求められ、しょうこりもなくピーターはそれに巻き込まれていきます。『女郎蜘蛛』に近い巻き込まれ型サスペンスと言えそうですが、ピーター自身が容疑者となるわけではないこと、むしろ積極的に行動を起こしていこうとする点で、大きく異なります。
しかも読み進めていくと分かるんですが、これ、かなり他のダルース物と雰囲気が違います。軽めのサスペンスというか、スパイ小説というか、要するに陰謀に巻き込まれ、美女が登場し、国を越えて犯人を追い、どこかから狙撃され、というように冒険色が強いのです。飯城さんの解説(相変わらず素晴らしい、勉強になります)でも異色作と述べられていますね。

ただ、むしろその雰囲気が非常に好み。『人形パズル』の上位互換?という感じでしょうか。アイリスを登場させず、『巡礼者パズル』のような愛憎劇ではなく、冒険サスペンスに終始させたところがむしろ分かりやすく楽しめました。
誰が味方か分からないスパイ小説のようなシチュエーションを、旅先を舞台にすることで生み出し(クリスティーっぽいですね)、次々と国を変えることで動きを作り出します。最後のどんでん返しは唐突にも見えますが、ワンクッション置くことで上手く演出しているようにも思えます。いや実際かなり驚きました。やっぱりクェンティンは本格とサスペンスを極めた人なんですね。
(ちなみに、どんでん返しを支える手がかりはあんまりなくて、事件をどう見るか?という、上手く説明つけたもん勝ち的なミステリは、本格なんでしょうか?ってのが昔から気になってるんですがあんまり言うと怖いから言いません)

そういうわけで、『死への疾走』、おすすめです。いやー面白かったです。ピーター・ダルースシリーズは極力『迷走パズル』『俳優パズル』『巡礼者パズル』『女郎蜘蛛』の順番だけは維持した方がいいと思うんですが、『死への疾走』はその中でも浮いているというか、単発色が強いので、ここから読み始めても問題ない気がします。
ちなみに今年はもう1作、パトリック・クェンティンの『犬はまだ吠えている』が翻訳されています。こっちも読んでみないとかなー。

書 名:死への疾走(1948)
著 者:パトリック・クェンティン
訳 者:水野恵
出版社:論創社
     論創海外ミステリ 145
出版年:2015.04.30 初版

評価★★★★☆
女郎蜘蛛
『女郎蜘蛛』パトリック・クェンティン(創元推理文庫)

演劇プロデューサーのピーター・ダルースは、妻アイリスが母親の静養に付き添ってジャマイカへ発った留守中、作家志望の娘ナニーと知り合った。ナニーのつましい生活に同情したピーターは、自分のアパートメントは日中誰もいないからそこで執筆すればいいと言って鍵を貸す。数週経ち空港へアイリスを迎えに行って帰宅すると、あろうことか寝室にナニーの遺体が! 身に覚えのない浮気者の烙印を押され肩身の狭い思いをするピーターは、その後判明した事実に追い討ちをかけられ、汚名をそそぐべくナニーの身辺を調べはじめるが……。サスペンスと謎解きの妙にうなる掛け値なしの傑作。60周年記念新訳。(本書あらすじより)

創元推理文庫伝説のレア本『女郎ぐも』が『女郎蜘蛛』と微妙に名前を変えて復刊です。いい仕事しますなぁ。創元さんは。最近早川さんもあわててようやく復刊の動きを見せているようですが。
さて、パトQの、ピーター・ダルースを主人公とするパズルシリーズは全6冊ですが、タイトルにパズルが入っていないものもその後にちょっとだけあるわけです。本作はさらに、中期クェンティン作品の主人公を務めることになるトラント警部補初登場作品でもあります。まさに前期から中期への移行!という感じ。クェンティンはこの時期ウェッブとホイーラーによる合作なわけですが、『女郎蜘蛛』を最後にウェッブは離脱、ホイーラーによるサスペンス味の強い作品へとさらに移行していきます。

というわけで読んでみました。『巡礼者パズル』の雰囲気を大いに引き継ぐ、巻き込まれサスペンスですね。殺人の容疑をかけられ追い詰められていくピーター・ダルースのどん底心情の書きっぷり、それでもダルースシリーズらしい奥底の明るさと奮闘っぷり、予想は出来るけどよく出来た意外性、と実にお見事。なるほど、これは隙がありません。

おっさんが若い女の子を何となく助けてあげたいおしゃべりしたいみたいな気持ちからちょっと親切にしちゃって、みたいな導入がまずすごくうまいんですよ。ピーターの、浮気はしてないけど何となく仲良くなっちゃったんだぜ、的な心境が(男だからか)無理なく頭に入ってきます。まぁそれで色々疑わしい状況になっちゃうわけですけどね、当然。
その若い女の子の”若い”っぷりといい、上階に住むピーターに対してなれなれしいウザ女優の途方もないウザっぷりといい、妻アイリスのピーターを信じたいけどでもやっぱりどうなのかしらみたいな動揺っぷりといい、相変わらず人物描写も素晴らしいです。特にチョイ役の通りすがり少女アンがもう最っ高です。そんなキャラ立ち激しい登場人物の中、何を考えているのかよく分からない”敵役”トラント警部補がこれまたかっこいいんですよ。着々とピーターに圧力をかけていきますからね、彼は。

終盤のどんでん返しの畳み掛けは、ある意味”畳み掛けてくる”と分かっているだけにちょっと予想はついちゃうんですけど(よくある)、それでも本格ミステリとしてはこれまたよく出来ています。数少ない登場人物で意外な犯人当てを作らせるとこの人は本当に上手ですね。
そういやこのシリーズってピーターはどんなに追い詰められようが必ず最後は「えいくそなんとかしてやる」って開き直って真実を追及すべく頑張るからか、サスペンスはサスペンスでもどこか本当にやばい感じはしない気がします。だからこそ、心臓の弱い巻き込まれサスペンス苦手な自分でも何とか読めちゃうわけですが。

というわけで、今作も堪能いたしました。いやぁクラシック万歳。
ちなみにこの作品から読み始めても何の問題もありませんが、ピーター・ダルースシリーズをきちんと楽しみたいのであれば、やはり『迷走パズル』→『俳優パズル』→『巡礼者パズル』→『女郎蜘蛛』の順で最低限読んだ方がいいと思います。せっかく新刊で買えるのですから、ぜひぜひ。

書 名:女郎蜘蛛(1952)
著 者:パトリック・クェンティン
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mク-4-6
出版年:2014.05.23 初版

評価★★★★☆
人形パズル
『人形パズル』パトリック・クェンティン(創元推理文庫)

時勢ゆえ戦争に駆り出され、海の男になったピーター・ダルース。久方ぶりの休暇を愛妻アイリスと水入らずで、と思いきや好事魔多し。宿の手配に右往左往、大事な軍服を盗まれ、あげく殺人の容疑者に仕立てられる始末。軍務復帰まで三十時間、警察に引っ張られるなんて冗談じゃない。私立探偵コンビの助力を得て逃避行と真相究明が始まり……。謎が謎を呼ぶ、パズルシリーズ第三作。(本書あらすじより)

新訳パズルシリーズもついに3つ目。そして次はいよいよ『女郎ぐも』が翻訳されるらしいですよ、これは期待。
さて『人形パズル』ですが、真っ当なフーダニットらしいパズルシリーズ1、2作目とは異なり、ドタバタサスペンス劇となっています。死体を見つけちゃって逃げたり、謎の暗号めいた言葉を解明しようとしたり、犯人に閉じ込められたり、とまぁそういう感じ。ぶっちゃけドタバタサスペンス以上の何物でもなく、これといって引っかかる要素がない気もするんですが、まぁ読んでいて楽しい作品ではあるのかな。

本格ミステリとしては、結末がかなり見え見えだということもあり、意外性はほとんど期待出来ません。「謎の言葉」の解明もこれといってなく、謎解き要素はかなりあっさり目。ただ、殺人の容疑を晴らそうと第二次世界大戦下の夜のサンフランシスコを駆け回るピーターの動きを追うのはなかなか面白いです。「追われる男」でありながらそこまで緊張感を出さずにわちゃわちゃしている感じを楽しめということでしょう。
なお、終盤のとある文書については流れ悪いだの長いだのと文句が結構出ているようですが、所詮30ページだし自分は普通にあのパートも楽しめました。むしろどんでん返し後の説明が長ったらしかったような。

とにかく270ページという短さで作者がやりたいことをやりきった作品ではあると思います。まぁしかし、パズルシリーズを全て完訳で読みたいという日本のクラシックファンの熱い思いに答えてくれたというだけで東京創元社様グッジョブという感じだし、もはや面白かろうが面白くなかろうがどうでもいいというか……。
というわけで、これでパズルシリーズは第6作まで全て翻訳されました。自分は1、2、3、6だけ読んでますが、好きな順だと『俳優パズル』『巡礼者パズル』『迷走パズル』『人形パズル』かな……『人形パズル』はどうしても他と比べて一段落ちるかなぁと。

書 名:人形パズル(1944)
著 者:パトリック・クェンティン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-4-9
出版年:2013.3.22 初版

評価★★★☆☆
巡礼者パズル
『巡礼者パズル』パトリック・クェンティン(論創海外ミステリ)

従軍で精神を病んだダルースは一時的に妻アイリスと離れることを決意。それが功を奏して復調したダルースは、妻のいるメキシコへと発った。アイリスに新しい恋人がいるとも知らずに……。愛と金が絡み合う人間関係に否応なく巻き込まれていくダルース。愛する者のために奮戦する彼を待っている結末とは。本格ミステリ・ファン待望の“パズル・シリーズ”最後の未訳作、ついに登場。(本書あらすじより)

今年はクェンティンのパズルシリーズが3冊も訳されたわけですが、そのパズルシリーズ第6作がこの『巡礼者パズル』です。本格ミステリ・ベスト10では、海外部門で堂々の一位。まぁこれは、『死の扉』『俳優パズル』といった面々が復刊だったため、遠慮した人が多かった、ということもあるのかなと思いますが。

さて、自分はまだ『迷走パズル』『俳優パズル』しか読んでおらず、新刊で手に入るシリーズ第4・5作、『悪女パズル』『悪魔パズル』は未読です。ですので、ピーターとアイリスの関係については超絶イチャイチャしていて結婚にこぎ着けた『俳優パズル』までの状況しか知りませんでした。
で、『巡礼者パズル』……あ、あれ、離婚の話をしてるよ……。

アイリスは他に男が出来るわ、ピーターはアイリスを忘れられないけどまたいい感じの仲の女が出来てしまうわ、その女はその女で別の男がいたりいなかったりするわ、なんというか、壮絶な破局を読者は見せ付けられるのです。うっぉぉぉい、どうしてこうなった……。パトQは、後年になればなるほどサスペンス色の強いミステリを書くようになりますが、その兆候が既にこのパズルシリーズではっきりと現れているわけですね……つらい……。しかもこれがまた面白くて読ませるんだな……。

もつれあった五角関係(ってなんだ)による心理描写とサスペンス、さらに本格ミステリとしての地味ながらいい仕事が合わさり、他に類を見ないエグい傑作本格として仕上がっています。同作者のシリーズがこうまで変わるというのも面白いですが、それでもシリーズらしさを保っているのがまた興味深いですね。おそらくこれこそが作者(共作ですが、特にホイーラーの方でしょうね、もちろん)がやりたかったことであり、それが見事に結実した、稀有な作品だと言えるのではないでしょうか。
とにかくこの五角関係が見所。少ない登場人物でフーダニットをやるのはなかなか難しいことですが、作者はサスペンス性を強めることでかえって犯人当ての難易度を上げている気がします。メキシコという異国情緒豊かな湿度高めの舞台がまた、緊迫した雰囲気作りに大きく貢献しています。登場人物誰もが強烈な性格で、彼らのピリピリした関係になぜかグイグイ引き込まれてしまい……やっぱり上手いなぁ。

今年読んだ『迷走』『俳優』『巡礼者』のどれが一番面白いかというと……ぬるい自分としては、結局『俳優』を選んでしまうんですけどね。しかし『巡礼者』にまとわりつく暑苦しさも捨てがたく、これはこれで非常に良いミステリであることは間違いないでしょう。ちなみにBGMとして、作中に登場する曲をYouTubeで探して流すと、いかにもメキシコっぽくなります(笑)

なお、『巡礼者パズル』の解説ですが、(作者が本当にここまで考えていたのかという気もしなくはないですが)非常に詳しい考察がなされていてとっても良いです。が、『迷走パズル』を読んでいない人は開いてすらいけません。ついでに言うと、以前にも言いましたが、『迷走』を読んでいない人は出来れば『俳優』も開かないで欲しいのです。さらに言えば、『迷走』も『俳優』も読んでいない人は、パズルシリーズが「シリーズ」だということ以外はあらゆる情報をシャットアウトして欲しいのです。aga-searchを見るのもダメ。『俳優』から読んだっていいんですが、『迷走』から読んだほうがはるかに『迷走』を楽しめると思うんですね(これも前に言ったな)。
まだ読んでいないから適当なこと言っていますが、『悪女』『悪魔』は、『迷走』『俳優』新訳以前に出たものなので、『迷走』に関してそこまで突っ込んだ説明、ネタバレもどきみたいな解説にはなっていないんじゃないかな、と予想しています。パズルシリーズ残りも早めに読みたいですね。

書 名:巡礼者パズル(1947)
著 者:パトリック・クェンティン
出版社:論創社
    論創海外ミステリ98
出版年:2012.8.30 初版

評価★★★★☆
俳優パズル
『俳優パズル』パトリック・クェンティン(創元推理文庫)

出色の脚本を得て名プロデューサー復活の狼煙を上げるはずが、誤算続きのピーター・ダルース。忌まわしい噂のある劇場をあてがわれ、難点だらけの俳優陣を鼓舞してリハーサルを始めたが、無類漢の乱入に振り回されたあげく死者まで出る仕儀と相成った。真相究明か興行中止の憂き目に遭うか、初日は目前に迫っている!謎解きとサスペンスの興趣に満ちた、パズルシリーズ第二作。

傑作。大傑作。何と言うかもう、当然のように傑作。
……というのは、創元から文庫で出た50年前から言われていることですが。いずれにせよ今年読んだ(大して読んでないけど)新刊本格ミステリの中では断トツです。

長らく入手困難の筆頭かつスーパー傑作として語り継がれてきた『俳優パズル』ですが、ここ数年の東京創元社さんによる採算を度外視(いや別にそんなことは)した一部の古典ファン向け古典復刊ラッシュにより、ついに新刊で手に入れることが出来たのでした。迷走パズルの復刊からわずか5ヶ月ですよ、すごい。今年は8月に論創海外ミステリから『巡礼者パズル』も出たというのに。なんですか今年は、「パトQイヤー」ですか。だからみんな買ってあげましょう。

えーっと、話が一向に始まりませんね。

とにかくあらすじを読んで如しの物語なのですが、前作で精神病院から無事退院することが出来た元アル中(しかしアル中に戻る可能性高いのでくれぐれもお酒禁止)であるピーター・ダルースが、愛しい恋人アイリスと共に舞台を成功させようと奮闘するのです。ちなみに終始ピーターはアイリスとイチャイチャしているので、これはいわゆる自分(だけ)の言うところの「イチャミス」に当たります。いやぁ、微笑ましいですね。にやけちゃいますね。中盤の「アイリス」「アイリス」「アイリス」のシーンとか最高ですね。

手掛かり・伏線といった端整さはそれほどでもないですが、物語として非常に面白いんですよ。縺れ合った事件が次第にほぐされて行く様が、これぞ本格!って感じでぞくぞくします。作者上手いなぁと思わせるのが、劇団員は皆優秀で、脚本も素晴らしい出来栄えで、と、舞台上にいる大半のものが舞台の成功に向けて一心同体であること。これにより、「まぁなんか事故っぽい殺人らしきものが起こっているけどとりあえず気にすんなまずは舞台の成功だろ」的雰囲気が漂うことになります。もうこの時点で既にお話として十分面白いじゃないですか。
さらに、前作でアル中から立ち直ったかに見える主人公ピーターが危ういのも物語の味付けにピッタリ。アイリスとの結婚話が再三出て来ますが、執拗に結婚を迫る(なんだこいつ羨ましいな)アイリスに対して、ピーターは、「いや俺またいつアル中に戻るかわかんないし」とうじうじ言って結婚に踏み切れないのです。そして……うわこの終盤の展開かっこよすぎでしょ。それにかこつけて犯人提示を引っ張りまくるパトQさん、イジワルこの上ない。そしてこれが怒涛のラストシーンを生むことになるわけですね……うぅっ、お見事。泣ける。

本格ミステリとして評価すると、犯人特定プロセスは意外と甘め……です。が、これがとっても良いんだなぁ。特に、某人物に関しては絶対これ○○トリックだろと思わせつつ実は○○で無意味かと思いきや○○の面で一気に意味が現れるところなどは感心。さらに関係ない要素がぐちゃぐちゃ絡んでいて何かこう楽しいのです。
メインとなる事件(殺人事件など)に、無関係な思惑や偶然が加わったことで事件の全貌が非常に見えにくく、最終的に一つ一つ明かされることでカタルシスを感じられるミステリ、を、勝手に「『ナイルに死す』型本格ミステリ」と呼んでいるのですが、『俳優パズル』はまさにそれ。これは超好みですよ。「『ナイルに死す』型ミステリ」であることだけでなく、動機の隠し方とミスディレクションの生かし方なんかを見ると、『俳優パズル』は非常にクリスティっぽい作品だ、という印象を受けます(クリスティっぽいが何かとか聞かないでくださいね、頼みますから)。


というわけで、良いものを読ませてもらいました。昔からよく見ているミステリ感想サイトの2つでベタ褒めしていたので期待大でしたが、いやーこれは満足です。どこをとても文句のつけようがありません。海外本格好きはぜひぜひ。いや別に決して感動オチやハッピーエンドに弱いとか、そういうんじゃなくてですね。


おっと、ひとつだけ注意を。絶対そうしろと言うわけではありませんが、このパズルシリーズは、初期二作に関しては一切ネタバレなしで、順番に読んだほうが断然面白いはずです。特に第一作を読む前には、あらゆる情報をシャットダウンすることをおすすめします。ある一点において『迷走パズル』はなかなか意想外な驚きをもたらしてくれるのですが、『俳優パズル』を読んだあとではそれを味わえなくなるのでもったいないんですよね。ま、『迷走パズル』もべらぼうに面白いですから。

書 名:俳優パズル(1939)
著 者:パトリック・クェンティン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-4-7
出版年:2012.9.28 初版

評価★★★★★
迷走パズル
『迷走パズル』パトリック・クェンティン(創元推理文庫)

アルコール依存症の治療もそろそろ終盤という頃、妙な声を聞いて恐慌をきたしたピーター。だが幻聴ではなく療養所内で続いている変事の一端とわかった。所長は言う――ここの評判にも関わる、患者同士なら話しやすいだろうから退院に向けたリハビリを兼ねて様子を探ってもらいたい。かくして所長肝煎りのアマチュア探偵誕生となったが…。パズルシリーズ第一作、初の書籍化。(本書あらすじより)

初パトQです。パズルシリーズの噂は前から聞いていましたが、実際に読むのは始めて。傑作中の傑作と名高い第2作の『俳優パズル』も追って復刊されるとのことで、喜ばしい限りですね(最近の創元はクラシックの復刊が盛んで素晴らしい)。
で、『迷走パズル』ですが、非常に楽しめました。これはお勧めです。もうね、捜査パートが読んでいて異常に面白いんですよ。

まず設定自体がなかなか珍しいですよね。今後もシリーズ探偵として活躍することになるブロードウェイの演出家ピーター・ダルースは、アル中から立ち直るため精神病院で治療中なのです。序盤ではまだアルコール依存から抜け出ていないのか、看護師に対して暴れたりもしています。ある意味、いきなり訳の分からん主人公で、読者としては、まぁ嬉しいことです(笑)
事件発生とともに好奇心から頭が正常になったダルースは(こういう展開は、いかにも黄金時代らしく”殺人”の深刻さをスルーしていてまたグッド)、精神病院の数あるヘンテコ患者の中でもまともより、ということで素人っぷりを盛大に発揮しつつ捜査を進めていくのですが、これが読んでいてとっても楽しいんです。美人看護婦さんに憧れる医者やら患者やら隠れた姻戚関係やらがボロボロ出て来るわで人間関係が極めて複雑、しかも舞台が”精神病院”という半閉鎖空間であることがその奇妙さを一層際立たせています。

実際問題、ミステリとしては極めてお粗末なんですよ。トリック……というものがあるかどうかさえそもそも微妙なのですが、はっきり言って誰も感心しないし関心を持たないのではないでしょうか。
ところがその真相の提示の仕方、つまりフーダニットとての側面が、ちょっと見ないような見事な出来映えです。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、普通、後半のこういう展開になると、読者は、あぁまさかこいつがね、という予想をすると思うんですよ。ところが作者はその裏を突くどころか、さらにその裏すら突いてしまうんです。極めて王道的な展開でありつつ、意外性の演出に成功しています。少なくとも自分はぶったまげました。こういうシンプルな捻りって良いですね。

ちなみに、ダルースと、同じく患者であるアイリス・パティスンとの恋模様も描かれます……って、「ダルース夫妻」のシリーズである以上アレなんですが、こちらも青臭くて面白いですよ。というか、ダルースがシリーズ探偵だ、ということが分かっている方が、本書は十二分に楽しめるのではないかという気もします。

……と、まとまりなく書いてしまいましたが、ぜひご一読を。クラシックミステリのファンであれば、読んで損はないはずです。ただし何度も言うようですが、トリックには期待しちゃダメですよ(笑)

書 名:迷走パズル(1936)
著 者:パトリック・クェンティン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mク-4-8
出版年:2012.4.27 初版

評価★★★★☆