逆さの骨
『逆さの骨』ジム・ケリー(創元推理文庫)

かつて捕虜収容所だった発掘現場で奇妙な骸骨が発見された。その男は脱出用と思われるトンネルを収容所に向かって這い進んでいたうえ、額を拳銃で打ち抜かれていたのだ。脱走兵にしては謎めいた殺害状況に、新聞記者ドライデンは調査を開始する。だが数日後、同じ現場で新たな死体を発見し……。過去と現在を繋ぐ謎の連鎖と緻密に張られた伏線が魅せる、英国本格ミステリの精華。(本書あらすじより)

地方都市イーリーの新聞記者であるドライデンが主人公のシリーズ第3作。
うぉぉ、文句の付けようがありません。ジム・ケリー面白い面白いとずっと言ってきましたが、今作は過去最高のクオリティ。これは手放しでほめますよ。
新聞記者による理想的なモジュラー型で、地味ですがリーダビリティは高く、登場人物をしっかり描き、ドライデンと奥さんの関係もうまいこと進め、第二次世界大戦という過去を絡めつつ意外な犯人を演出。むむ、素晴らしい。英国現代本格はかくあるべし、ってなもんですよ、奥さん。

まず事件がいいですよね。今作でもドライデンは様々な事件を同時に取材していきます。発掘現場から出た白骨死体、ごみ処理場の公害問題、夜盗団、イタリア人コミュニティ、捕虜収容所、絵画盗難、といった要素が、過去現在に関係なくドライデンの前に浮上し、ゆっくりとそれが動いていきます。そして作者は、複数の事件の絡ませ方・解決するスピードバランスが格段に上手くなっています。
今回も登場人物がうじゃうじゃ出て来ます。思うにモジュラーの問題、というかデメリットは、扱う人が多すぎるせいで、個々をじっくり描きにくい、ということなんじゃないかなと。ところが最小限の描写と印象深いエピソードときちんとしたキャラ付けにより、毎度のことではありますが、ケリーさん、この問題も華麗にクリア。全員がしっかりとドライデンと結びついていくのです。

相変わらず恐怖症だらけのドライデンと、タクシー運転手のハンフの関係も絶妙。ヘタレで、いかにも主人公らしくないドライデンが大好きなんですよ、わたし。色々なことを気にせずタクシーを運転し続けるハンフも、シリーズを重ねるごとにドライデンと支え合うようになっている気がしますが、でも彼らは大人だから照れくささが先行しちゃって、唯一の親友とも言える間柄なのに、日ごろはそんなそぶりをほとんど見せないし、ベタベタしないのです。この距離感。
そして着々と回復している妻のローラとの関係も、愛しつつもどかしい状態がしっかりと伝わってきて好き。今作からついにローラの家族が登場し、さらにそれがストーリー上に絡むようになってきました。ここからはシリーズ順に読んだ方がいいのかもしれません。面白くなってきたなー。

というわけで、2作目の『火焔の鎖』がやや1作目『水時計』と比べると落ちたかなと個人的には思っていただけに(なんか出来過ぎでさ、鍵とか)、『逆さの骨』には何も言うことはありません。『水時計』読んでこいつは来たぜ!と思った昔を思い出します。大満足。英国本格はいいねぇ。

書 名:逆さの骨(2005)
著 者:ジム・ケリー
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mケ-2-3
出版年:2014.02.28 初版

評価★★★★★
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火焔の鎖
『火焔の鎖』ジム・ケリー(創元推理文庫)

27年前、米空軍の輸送機が農場に墜落した。この事故で九死に一生を得たマギーは、とっさに乗客の死んだ赤ん坊と自分の息子をすり替えていた。なぜ我が子を手放したのか?少女の失踪や不法入国者を取材しながら真相を探るドライデンは、拷問された男の死体を見つけてしまい……。大旱魃にあえぐ沼沢地を舞台に、敏腕記者が錯綜する謎を解き明かす。CWA賞受賞作家が贈る傑作。(本書あらすじより)

というわけで、来た来た来たぞジム・ケリー。名前と同様、地味地味な内容でいかにもな英国本格シリーズです。前作『水時計』は傑作でしたが、果たして今回はどうか。

今作もいわゆるモジュール型を取っています。新聞記者である主人公ドライデンが主に捜査するのは、30年前の飛行機墜落事故・ポルノ写真・不法移民の3つ。これらが複雑に絡み合い、最後に意外な真相が……といいたいところですが、このモジュール型としての完成度・真相の意外性は、緻密な伏線が秀逸だった『水時計』の方が上、だと思います。とはいえ、こちらの期待がちょっと高すぎた、というのもあるんですが。『火焔の鎖』は十分水準以上です。

逆に、『水時計』以上の出来栄えであるのが、人物描写、というより、登場人物の配置の仕方、です。誰がこうしてこうなったせいで誰がこうなりこうなってしまった、みたいな展開が抜群に上手い。因果律、っていうんでしょうか、人物相互の関わりがもたらす悲劇的な結果、というのが、実に自然に描かれているのです(あれ、これがモジュール型なんだっけ)。
これを自然たらしめているのが、一人一人の行動に説得力をもたす人物描写の上手さ、です。こちらに痛々しさが伝わりすぎるくらいに、登場人物が現実の人として浮かび上がっているのです。今回、あらゆるところに登場する共通テーマとして、「親の子を想う気持ち」と「閉所恐怖症」があり、これが非常に大きな効果をあげていますが、これも作者の描写力あってこそでしょう。

ちなみに今作のドライデンも最高です。『水時計』の感想でも書きましたが、彼は愛すべきヘタレであり、なおかつ周りにヘタレと思われたくないあまりビビりつつ行動に出てしまうという、どうしようもないほど主人公キャラではない人なんです。彼の視点に込められた皮肉なユーモアが、このシリーズの味わいを陰欝なものにさせず、むしろある種軽妙なものにしている、というのは興味深いですね。
ちなみに、いきなり「鍵」のエピソードが出て来ましたが、ちょっと後だしジャンケン気味じゃないですかね、ケリーさん。


まぁ、やっぱり、地味っちゃ地味です。こういう作品が好きな人は好きでしょうが、退屈という人は退屈でしょうね。また、なぜかこのシリーズ、翻訳物としてはとっても読みにくい部類に入ります。なっかなか進まないんですよ、面白いのに。そのせいで、途中で放り投げてしまう人もいるようです。
ですが、古きよき英国本格ミステリを味わえるという点で、ジム・ケリーはアン・クリーヴス同様、貴重かつ素晴らしい作家です。読んで損はしないはず。興味のある方はぜひご一読を(今回はマジメな感想だったな)。

書 名:火焔の鎖(2004)
著 者:ジム・ケリー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mケ-2-2
出版年:2012.1.27 初版

評価★★★★☆
水時計
『水時計』ジム・ケリー(創元推理文庫)

痺れるような寒さの11月、イギリス東部の町イーリーで凍った川から車が引き揚げられた。トランクには銃で撃たれ、死後に首を折られた死体が入っていた。犯人はなぜこれほど念入りな殺し方をしたのか?さらに翌日、大聖堂の屋根の上で白骨死体が見つかる。二つの事件が前後して起きたのは偶然か?疑問を抱いた敏腕記者のドライデンは調査をはじめるが――。ねばり強い取材の果てに、彼がたどり着いた驚愕の真相とは。堅牢きわまりない論理、緻密に張られた伏線。CWA賞受賞作家が硬質の筆致で描きあげた現代英国本格ミステリの傑作。(本書あらすじより)

1月にこのシリーズの新刊が出るので、読みました。作者名が覚えにくいと思います。読み始めて、久々に翻訳物って読みにくいなぁ、なんて思いました。そんなこんなで読み終わりました。

……やばい、これは傑作。というか、めちゃくちゃ自分好みの作品でした。すごいぞジム・ケリー、名前が地味とか言ってごめん。個人的に、ウィリアム・モール以来の覚えにくい作家名です。いやそんなことじゃなくて。

とにっかく地味な本格ミステリです。派手さはほぼゼロ。『ナイン・テイラーズ』から題材を取った(いいぞジム・ケリー)とかで、初っ端いきなり洪水が起きていますが、それすら地味。古き良き黄金時代の本格ミステリ、とも言えます。自分が読んだことのある作家では、アン・クリーヴスに似た雰囲気を感じますね。寒いとことか。

もちろんミステリとしての完成度は素晴らしいです。果たして「堅牢きわまりない論理」かと言われると、まぁそうでもないんですが、細かな伏線は実にお見事。主人公が新聞記者、しかも地方紙の新聞記者であるため、あらゆる事件を取材しなければいけないのですが(それこそ地元のお祭りの事故から、殺人・放火まで何でもあり)、無関係そうに見える事件の数々がちょっとしたヒントになっているのが面白いですね。一種のモジュラー型だと言ってよいと思います。フロスト警部を思い出した方も多いのでは?

が、それだけでなく、『水時計』には独特な魅力があります。やはり登場人物でしょうかねぇ。特に主人公のドライデンのキャラ付けが秀逸で、これだけ「人間らしい」登場人物を読んだのは初めてな気がします。登場人物一人一人がまさに物語の中で生き生きとしており、それをさらっと描く、妙に斜に構えた作者の筆致がまた効果的。先程から地味地味と言っていますが、この地味な筆致こそが、『水時計』の魅力を最大限に発揮させる要因なんです。

というわけで、個人的には大当たりでした。これは続編が楽しみですよー。

書 名:水時計(2003)
著 者:ジム・ケリー
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mケ-2-1
出版年:2009.9.11 初版

評価★★★★★