ビッグ・ボウの殺人
『ビッグ・ボウの殺人』イズレイル・ザングウィル(ハヤカワ・ミステリ文庫)

12月の朝、ロンドンのボウ地区で下宿屋を営むドラブダンプ夫人はいつもより遅く目覚めた。下宿人のモートレイク氏はもう出かけたらしい。夫人はモートレイク氏の友人を起こしに二階へ上ったが、ドアには鍵がかかり、返事はなかった。数時間後、新聞売りの少年が威勢よく叫んでいた──ボウ地区で戦慄の自殺が!博愛主義者が喉を掻っ切る!ポオの『モルグ街の殺人』の衣鉢をつぐ密室ミステリの古典的傑作。改訳決定版(本書あらすじより)

世界最初の密室物の長編、らしいです。「海外ミステリにおける密室」なる資料を作るため、国立国会図書館に行って半日かけて読み終えてきました。ちなみに「ビッグ・ボウ」とか言うからには、某名作みたいに弓矢が出るんだろうふっふ~ん、と思っていたら、ボウは地区名でした。じゃあ「ビッグ」はいったい何なんだ。
"The Big Bow Mystery"というのが原題ですから、我が乏しい英語力から考えるに、つまるところ「ビッグ」な「ボウ(地区)のミステリー」ってことじゃないんですかね。”Big”は頭韻を踏むために何となく置いただけ、みたいな。え、これ誤訳なの?ちなみに創元推理文庫版のタイトルは『ボウ町の怪事件』です。ほうほう。

えー、前置きが長くなりました。

さて、この『ビッグ・ボウの殺人』ですが、結論、傑作です。ミステリの中ではかなりの古典になるとは思いますが、そんなこと全然関係なく非常に面白く読めました。さらに、1891年に書かれたということを考慮すると、とんでもない大傑作ということになります。

調べた限りでは、初出は週刊誌である"London's evening Star newspaper"で、8月から9月にかけて連載されたようです。ちょうど「ストランド・マガジン」にホームズが連載され始めたばかりの頃で、「ボヘミアの醜聞」が7月号、「赤毛連盟」が8月号、「花婿の正体」が9月号ですから、ほぼ同時です。
で、そんな時期にですよ、フェアプレイを説き、ミステリにおける(ポーとは異なり)ユーモアの重要性を主張し、当時の社会状況まで織り込み、基本的ながらも当時としては超独創的なトリックを考えたザングウィルって、ちょっとすごすぎです。これは単に物語から分かるだけではなく、ザングウィル自身が、1895年に書いた前書きにちゃんと意識的に記しているんですよ。30年近く前に、黄金時代の作風を完全に先取りしていたことになります。

とにかく読んでて面白いんですよ。ユーモアを入れすぎたと(なぜか自慢げに)作者は言っていますが、あらゆることを面白おかしく、かつクソまじめに書いているんです。加えて、当時の労働運動を描いています。被害者が運動の指導者であるため、そういった社会状況が必然的に物語に絡んでくるんですが、堅苦しい雰囲気は一切なく、何だか労働者たちをおちょくっているというか、群衆をとにかくからかって書いています。さらには当時の風俗も描いていますが、こちらも面白いですね。物語の後半に刑事と元刑事の推理バトル的な面が現れますが、この対立もなかなか楽しいです。刑事さんの奥さんが可愛すぎる(笑)


肝心のトリックについてですが、まずメインとなる密室トリックは、現代ではかなり使い古されたトリックですから、新鮮味はないでしょうね(何といっても、このトリックを考えたのがこの人なんだから)。まぁ、当時はかなりの衝撃だったと思います。実際今読んでも、盲点を突くと言う点でかなり優れたトリックであることは間違いありません。トリックを成立させるために、あるシーンである工夫がなされていますが、これは上手いですねぇ。同種のトリックを用いたミステリはたくさんありますが、やはりオリジナルが一番です。
ところが、ミステリとして見るべき点はそれだけじゃないんですよ。まず最後のオチですが、これはかなり皮肉な感じで良いです。ある種実験的というか、推理小説をおちょくった面もみられます。1891年ですよ、まったく。
さらに殺人の後、新聞に様々な投書があり、密室トリックはこうだ!みたいな様々な説が提示されます。これはある種の「密室講義」なわけですよ。しかも、実はこのシーンは全部読み終わってから読み直すと、別の点でまた面白くなるんです。1891年ですよ、いやはや。
刑事と元刑事が対決する、と書きましたが、二人とも密室の謎を解き明かします。つまりは、多重解決物でもあるんです。しかも、どちらの推理も否定できないというのがすごいですね。クオリティ高いです。
物語の後半は、ある人物が容疑者として逮捕されたことで法廷シーンとなります。つまり、これは法廷物でもあるんです。『ユダの窓』は、ひょっとしてこの作品を強く意識していたのでしょうか。


というわけで、予想外に面白い一冊でした。これは歴史的云々とかを差し引いても一読の価値アリです。19世紀における、エンターテイメントとしてのミステリの完成形と言っていいでしょう。未読の方はぜひ。

書 名:ビッグ・ボウの殺人(1891)
著 者:イズレイル・ザングウィル
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ミステリ文庫 66-1(サ-4-1)
出版年:1980.1.31 1刷

評価★★★★★
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