クリスマスの朝に
『クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿Ⅲ』マージェリー・アリンガム(創元推理文庫)

小学校時代の同級生が病死したという死亡欄を見たわたし、アルバート・キャンピオン。卑劣ないじめっ子だった豚野郎(ピッグ)の葬儀に出席して半年後、事件の捜査に協力を求められたわたしは、警察署で見た死体に驚愕した! 本邦初訳の傑作に、十数年後の同じ地域が舞台の忘れがたい名作と、クリスティによる著者への心温まる追悼文を併録。英国ミステリの女王の力量を存分にご堪能あれ。(本書あらすじより)

キャンピオン氏の事件簿第3弾です。3作全て面白かったのですが、1よりも2が、2よりも3の方が好きで、どんどん良くなっている気がする。っていうか今回は断トツで素晴らしいですね……。クラシックファン必読です。

「今は亡き豚野郎の事件」The Case of the Late Pig(1937)
本書の大半を占める中編ですが、とにかく最高。”豚野郎”ことR・I・ピーターズ(R.I.P.)は二度死ぬ(全然安らかに眠ってない)という謎を核とした連続殺人事件です。
キャンピオンの一人称によるユーモア、ちょっとした恋愛と学生時代の人間関係がミソとなる見事なオチというオシャレさもいいのですが、一番気に入ったのが話の作り方。英国にて同シリーズで出版された『第三の銃弾』とも共通しているのですが、毎章の引きが抜群に上手いのです。事件の不可解さが増したり(死んだはずの人がまた死んだり、死体が消えたり)、誰かが何かをしでかしたり、新たな証拠が発見されたり、というところで章を変え、それを17章繰り返している感じ。とにかく飽きさせないし、読んでいて何より「うわーミステリ楽しい!」みたいな気持ち。
トリックは初歩的なものですが、事件のたびに舞い込む匿名の手紙や別の殺人などにより盛り立てられているので、非常に満足度が高いです。本ミス頑張ってくれ……(そして第4弾刊行をもたらしてくれ)。

「クリスマスの朝に」On Christmas Day in the Morning(1950)
英国ミステリ作家お得意のクリスマスミステリ。ひき逃げ事件を扱ってはいるけど日常の謎に近いかもしれません。ほとんどショートショートに近いのですが、これはこれでとても良い作品です(真相のぴりっとしたところなんか特に)。「豚野郎」で警察本部長サー・レオのキャラクターを掴めているだけに、より味わい深くなるのがポイント。

アガサ・クリスティ「マージェリー・アリンガムを偲んで」A Tribute by Agatha Christie(1966)
アリンガムが亡くなった年に書かれた、クリスティによるアリンガム追悼文です。
とりあえず『手をやく捜査網』を読みたいという気分にさせられ、川出正樹氏による解説でさらに『手をやく捜査網』を読みたくなったんですが、六興キャンドル・ミステリーだもんな……む、むり……。

原 題:On Christmas Day in the Morning and Other Writings(1937~1966)
書 名:クリスマスの朝に キャンピオン氏の事件簿Ⅲ
著 者:マージェリー・アリンガム Margery Allingham
訳 者:猪俣美江子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mア-12-4
出版年:2016.11.30 初版

評価★★★★☆
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幻の屋敷
『幻の屋敷 キャンピオン氏の事件簿Ⅱ』マージェリー・アリンガム(創元推理文庫)

ロンドンの社交クラブで起きた絞殺事件。証言からは、犯人は“見えないドア"を使って現場に出入りしたとしか思えないのだが……。名作「見えないドア」を始めとして、留守宅にあらわれた謎の手紙が巻き起こす大騒動を描く表題作や、警察署を訪れた礼儀正しく理性的に見える老人が突拍子もない証言をはじめる「奇人横丁の怪事件」など、本邦初訳作を含む日本オリジナル短編集。(本書あらすじより)

一週間ぶりの更新です。
さて、マージェリー・アリンガムの日本オリジナル短編集『窓辺の老人』が出たのはおよそ2年前なわけですが、ついにその第2弾が登場です。ちなみに第3弾は今月でます。今月です。何その突然のハイペース。
『窓辺の老人』を読んだ時も思ったんですが、いやぁいいじゃないですかアリンガム。前回よりもミステリとしてというより小説としてバラエティに富んでいる上に、全体的にユーモラスというか軽快で、読んでいて非常に楽しいのです。ショートショートみたいな作品も多く、アリンガムならではの切れ味を楽しめます。やっぱアリンガム好きかもしれない。長編ももっと読まないと……。
ベストは「魔法の帽子」、次点が「面子の問題」で。第3短編集を楽しみに待ちましょう。


「綴られた名前」The Name on the Wrapper(1938)
上流階級有閑探偵キャンピオンらしい、宝石強盗事件とそのツテと知識を生かした解決。推理もへったくれもないですが、指輪の件で一応伏線というか筋をつけているのが面白いかも。この手の指輪があるということは前にも何かで読んだ気がします。

「魔法の帽子」The Magic Hat(1938)
キャンピオンがもらった帽子の小物が、あちこちで謎の効力を発揮するという楽しい詐欺話。ホームズっぽい謎の出だしと、トラブルシューターとしてのキャンピオンのキャラクターが結びついた良短編です。当事者視点のホームズって感じが最高。ところでホームズはやっぱり日常の謎の創始者なんだなぁ。

「幻の屋敷」Safe as Houses(1940)
無断使用された屋敷に残されていた既に存在しない屋敷宛の便箋と、存在したり存在しなかったりする屋敷の謎。素人くさい犯罪者のいくら何でも雑なお仕事。点と点がつながると一瞬で謎が解けてしまうけど、数ある「消えた館」物の中ではマジで移動させている(婉曲)あたりがすごいです。

「見えないドア」The Unseen Door(1945)
チェスタトンのアレとアレに挑戦したかのような密室殺人事件。なかなか意外な真相だけど、でもさすがにバレるんじゃなかいかな……。ところでアリンガムはキャンピオンが真相に気付いた瞬間を前もって書かずに最後に後出しで書くことが多いので、だからどうしても本格ミステリっぽくならないんですが、これ書く順番さえ工夫すれば本格になるよね。

「極秘書類」(1940)
ブリーム社の金庫しかあけられない泥棒の企みに巻き込まれた女性をキャンピオンが救います。犯人の狡猾さと抜け目なさが印象に残る作品。アリンガムはシリーズ怪盗でも出してキャンピオンと対決させたら面白いんじゃないか。怪盗キッド的な。

「キャンピオン氏の幸運な一日」Mr Campion's Lucky Day(1945)
射殺事件の真相をキャンピオンが一瞬で見抜く、気のきいたショートショート・ミステリ。特に感想はなし。

「面子の問題」A Matter of Form(1949。1940?)
一度見た顔は忘れない男による手記。これはすごい。読んでまず思い出したのが、ネタバレになりかねないのでタイトルは伏せますがクリスティーの某長編。手記形式であるせいで、とんでもなく切れ味鋭い作品に仕上がっています。

「ママは何でも知っている」Mum Knows Best(1954)
ルーク主席警部が母親が活躍した過去の事件を団欒の場で話し、それをキャンピオンが聞いているだけ。さらにその場の別の聞き手による一人称複数の語りという意味不明に凝った構成なんだけど、特に意味はないし、ママの活躍もそれほどでもありませんでした。
実はこの形式の作品をアリンガムは何作も書いているようです。ルーク主席警部はアリンガムの後期の長編で主人公を張り、キャンピオン氏はその脇役というか手助けする人になってしまうそうです。アリンガムの長編全然読んでいないから知らんかった……。

「ある朝、絞首台に」One Morning They'll Hang Him(1950)
一見簡単に解決できるかに見える青年の伯母殺しを、キャンピオンが(ほぼ)安楽椅子探偵として解決します。なんてったって聞き込み一回で解決するからね。きちんとしたフェアな謎解き(珍しい)と、凶器を隠すなるほどトリックがなかなか良くできています。

「奇人横丁の怪事件」The Curious Affair in Nut Row(1955)
再びルーク主席警部のパブでの過去語りで、UFO目撃談を盛んに警察に通報しに来る老人の話。まさにホームズらしい謎解きが、短い中で上手く決まっていて悪くありません。

「聖夜の言葉」The Case Is Altered(1955)
キャンピオンの飼い犬ポインズの視点で語られる楽しいクリスマス譚(非ミステリ)。犬好き必読。っていうかキャンピオンはいつの間にか結婚していたのね……。

「年老いてきた探偵をどうすべきか」What to Do with an Ageing Detective(1958?)
「わたし」が語り手となってアルバート・キャンピオンについて考える作品。「わたし」というのはもちろん……。ポアロを嫌ったクリスティー、ピーター卿に恋したセイヤーズ、で、アリンガムはセイヤーズ寄りなのかな?


原 題:Safe as Houses and Other Stories(1938~1958、日本オリジナル短編集)
書 名:幻の屋敷 キャンピオン氏の事件簿Ⅱ
著 者:マージェリー・アリンガム Margery Allingham
訳 者:猪俣美江子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mア-12-3
出版年:2016.08.19 初版

評価★★★★☆
窓辺の老人
『窓辺の老人 キャンピオン氏の事件簿Ⅰ』マージェリー・アリンガム(創元推理文庫)

クリスティらと並び、英国四大女流ミステリ作家と称されるアリンガム。その巨匠が生んだ名探偵キャンピオン氏の魅力を存分に味わえる、粒ぞろいの短編集。袋小路で起きた不可解な事件の謎を解く「ボーダーライン事件」や、20年間毎日7時間半も社交クラブの窓辺にすわり続けているという伝説をもつ老人をめぐる、素っ頓狂な事件を描く表題作など計7編のほか、著者エッセイを併録。(本書あらすじより)

なんと、21世紀だというのにアリンガムの短編集が出ちゃいました。うおおお創元さん、ナイス、ナイスですよ創元さん。おまけに副題が「キャンピオン氏の事件簿Ⅰ」……ということは! 「キャンピオン氏の事件簿Ⅱ」を期待しちゃっていいんですね! そういうことですね!
ちなみに自分は『判事への花束』を読んで『幽霊の死』を積んでいるだけ、というありさまなので、アリンガムの創造したキャンピオン探偵についてはぶっちゃけよく知りませんでした。読んでみたら、「紳士」ってことくらいしか特徴がない……こ、この時代の名探偵にしては珍しいほどの好青年。ただ、読んでいくとこの好青年っぷりにはまっていきます。他の登場人物がみんなやかましいドタバタした人間なだけに、なんかキャンピオン氏を見ていると安心します。うーん、これもまたナイスなキャラ付けと言えるのでしょうか。

というわけで『窓辺の老人』です。謎解きミステリらしさを中心にしながらも、ガチな安楽椅子探偵から冒険小説風、コンゲームから奇妙な味まで、あらゆる味付けを施せるアリンガムさんの持ち味がフルに発揮された好オリジナル短編集。読んでいて安定感があり、非常に良いです。これは続刊にも期待。
先ほども言ったように、黄金時代の探偵の中ではキャンピオン氏は断トツで癖も嫌味もないタイプの好青年だけど、この好ましさがむしろ安定さを保証しているようで、だんだんはまってきます。人付き合いのいい素人探偵と、その周りの様々な登場人物の掛け合いで十分に楽しめるのがポイント。

クラシックミステリ好きであれば読んで損のない短編集なので、ぜひぜひ。17行で300ページと分量的にも読みやすくなっております(あれ、それにしては値段が……)。表紙がもっと明るければ、もっと手に取ってもらえると思うんだけどなー。ちょっともったいないですね。
以下、個別に感想を。ちなみに収録作は1930年代の作品が中心で、代表長編の多い初期頃ということになります。ベストは「ボーダーライン事件」……と言いたいのですが、お気に入りは「犬の日」。飛び抜けた傑作がある、という感じではないですね。

「ボーダーライン事件」(1936)
監視された通りでの不可能犯罪というよくあるネタですが、てっきり力技のトリックが炸裂するのかと思いきや心理的な手がかりがものを言う良本格。ちゃんと伏線あるし。ATBの常連短編なのもなるほどという感じです。

「窓辺の老人」(1936)
一人の女をめぐる争いと、20年間毎日クラブの窓辺に座り続けてきた老人の物語が交錯します。
明らかに何者かが何事かを仕組んでいる臭い展開そのものが普通に魅力的で、情報は後出しだけどなかなか楽しい作品。それにしても犯人後手後手ですね……。

「懐かしの我が家」(1937)
旅行先のモンテカルロで知り合いの夫人にあったキャンピオンは、彼女が留守中怪しげな夫婦に屋敷を貸していることを聞きます。
やや冒険よりの探偵譚で、キャンピオンの作戦がどうにも無策なのはアレですが、ある人物については面白い伏線があるため、通底する本格スピリットを感じるというか。

「怪盗〈疑問符〉」(1938)
最近活躍中の背中が?に曲がった謎の怪盗、ひょんなところからその足取りが……。
キャンピオン氏の推理の根拠が本人も言うようにかなり馬鹿げていますが、これは全体としてはドタバタコメディに近い作品でしょうね。端役のお間抜けさや賢さを楽しむ一編。

「未亡人」(1937)
悪党〈未亡人〉が何やら手下を集めているらしい。そんな中、老舗のワイン商が集められます。
もうばれっばれの展開と詐欺だけど、これはこれでありかなー。アイデアの突飛さが、なんというか、1930年代でもなきゃうまくいかなそうな感じがします。

「行動の意味」(1939)
高名で老齢のエジプト学者が突如ダンスホールに通い出した理由とは。
という日常の謎みたいな話かと思いきやかなり壮大なお話に。キャンピオン氏の縁のお話で、推理要素は今回ほぼなし。

「犬の日」(1939)
海岸でキャンピオンが見かけた奇妙な老人と娘と犬の正体は。
ごく短い短編で、ある種幻想的な雰囲気すら漂っています。ところが真相は……うわーお、これには笑っちゃいました。アリンガムって、こういう不思議な話も書けるんですね。感心。

「我が友、キャンピオン氏」(1935)
アリンガムによる、キャンピオン氏覚え書。

書 名:窓辺の老人 キャンピオン氏の事件簿Ⅰ(1935~1939)
著 者:マージェリー・アリンガム
訳者:猪俣美江子
出版社:東京創元社
     創元推理文庫 Mア-12-2
出版年:2014.10.17 初版

評価★★★★☆
判事への花束
『判事への花束』マージェリー・アリンガム(ポケミス)

故ジャコビイ・バーナバスが築き上げた権威ある出版社・バーナバス書房は、現在、彼の息子とその従兄弟達により運営されていた。そんな中、経営者の一人が行方不明になり、数日後死体となって発見される。彼らの友人である私立探偵アルバート・キャムピオンは、無実の男を救うべく真相を突き止めようと奔走するが……。20年前に忽然と消えた男の謎が重低音となり展開される本書は、乱歩も賞賛したアリンガムの代表作である。(TYあらすじ作成)

マージェリー・アリンガムは、黄金時代の英国女流推理作家のビッグ4の1人ですが、日本ではそれほどでも……という作家さんです。ちなみにビッグ4の残りはもちろん、クリスティ、セイヤーズ、そしてナイオ・マーシュです。90年代までは、クリスティ以外はほとんど紹介されていなかったわけですね。うーむ。

さて、『判事への花束』は、江戸川乱歩が1935年以降のベスト10において3位にあげたというものです(このランキングの『クロイドン発12時30分』が1934年だということは言いっこなし)。というわけで、期待が高まります。初アリンガムはどうなるか?


……結論。よく分かりません(笑)

確かに面白いんですが、何か全体的に中途半端な印象を受けます。例えば本格物として見ると、犯人が明らかになる過程とか、消失トリックとかが、何だか唐突であっけないし、終わらせ方は本格の域を外れたものです。法廷シーンが非常に多いですが、その幕切れはやはりあっけなくて、は?という感じ(こんな適当に終わらせる裁判があるか)。裁判にかけられた男を救うという点ではタイムリミット物のサスペンスのようですが、みんな楽観視しているので緊張感ゼロ。途中でキャムピオンは暗闇で容疑者と戦ったりと、ややハードボイルドのようでそんなことは全くなく。様々な個性的なキャラクターがぞろぞろ出て来ますが、深く描かれることもなく、探偵役のキャムピオンは個性に乏しいです。全体的に、何だか不完全燃焼なんです。

序盤中盤の流れは、黄金時代のミステリそのもので、これはまぁ可もなく不可もなくというか。容疑者たちはくせ者ぞろいですが、何となく嫌な人達ばかりで、あまり感情移入出来ないのが難点でしょう。例えばジーナですが、こんなにある意味女らしいキャラは正直うざったいです。唯一好感の持てるキャラがリッチーと、せいぜいミス・カーリーですが、まぁその辺は読んでお確かめ下さい。


と、散々な評価ですが、採点すると、めちゃめちゃのむちゃむちゃ甘めですが、星4つになってしまうんですよ。この作品は、最後の1章に尽きるんです。犯人はうやむやに明らかになり、法廷もうやむやに終わり、えー、という空気の中読者が読まされるこの章は……何と言うか、すっごく美しいんです。別段どんでん返しがあるわけでもありませんが、非常に印象深い終わり方をします。読んでコリンズの『月長石』を思い出す方が多いと思うのですが、まさにあの感じですね。


というわけで、えー、やっぱり大した作品じゃないのかなぁ(笑)あと誤植が大量にあるんですが、何とかなりませんかねぇ。一度なんか「キャムピオム」とかなってましたし。というか、登場人物一覧に「マクルービー」っていうのがいますけど、そもそもこれは「スクルービー」の間違いです。おいおい。

書 名:判事への花束(1936)
著 者:マージェリー・アリンガム
出版社:早川書房
    ハヤカワ・ポケット・ミステリ 269
出版年:1956.7.31 初版
    1996.12.31 2版

評価★★★★☆