アブナー伯父の事件簿
『アブナー伯父の事件簿』M・D・ポースト(創元推理文庫)

1981年、英国で創刊したばかりの〈ストランド・マガジン〉が掲載したシャーロック・ホームズ譚は、爆発的な好評を博し、雑誌の売行きは一挙に数倍にはね上がった。この異常人気に他誌が黙っているはずはない。かくして陸続と独自の個性を誇る名探偵たちが登場し、名推理を競い合うことになった。彼らを通称して《シャーロック・ホームズのライヴァルたち》といい、名探偵の世紀が開幕する。本巻は開拓時代のアメリカを舞台に、無法と悪に挑戦するアブナー伯父の活躍を描く名作の中から、作者生前の短編集に未収録の作品を全編収めた待望の一巻!(本書あらすじより)

アブナー伯父の短編集は日本でもいくつか編まれており、この短編集には主要作がだいたい入っていると思うのですが、版元の関係で、最高傑作(らしい)「ズームドルフ事件」なるけったいな名前の短編は収録されていません。

さて、アブナー伯父(またはアンクル・アブナー)は、開拓時代(南北戦争前か、ジェファソン大統領時代、つまり1800年代という説が有力)を舞台にした歴史ミステリです。シャーロック・ホームズのライバルたち、の1人としてよく知られていますね。
熱烈なプロテスタントであるアブナーはいわゆる正義の執行者であり、基本的に法を絶対とし、とんでもない推理力により犯罪者を厳しく追い詰めていきます。その一方で、同情の余地のある犯罪者に対しては見逃したりもします(この点はフォーチュン氏に近い)。つまり、勧善懲悪、かつ人情物であるわけです。ちなみに寡黙なアブナーはそこそこの年齢ですが、腕っ節に優れ、しばしば犯罪者をぶちのめします。

広大なアメリカという新大陸を舞台に、こういう舞台だからこそ起きる事件を、風変わりな探偵アブナーが解決する……というのがあくまでメインであり、フェアプレイ精神は全くありません。ホームズと同じですね。ストーリーありきであり、ミステリとしての完成度を求めると肩透かしをくらいます。が、これは純粋に読み物としてとっても面白いです。読み始めると、この独特な雰囲気に引き込まれます。アメリカ人のアイデンティティが凝縮されており、T・ローズヴェルトが愛読していたというのもうなずけます。ポーとヴァン・ダインを繋ぐ作家として重要であるのは間違いないでしょう。


以下、個別の感想です。全体的に出来にブレがなく、どれも良作。マイベストはやはり「ナボテの葡萄園」、次点はやはり「養女」でしょうか。「悪魔の道具」「私刑」「不可抗力」「藁人形」もグッド。

「天の使い」(1911)
9歳の頃、私は大金を持って使いに出された。途中で一緒になったディックスの様子が、何となく妙だったのだが……。

言いそびれましたが、物語の語り手はアブナーの甥、マーティンです。アブナー初登場作のためか、ここでは法の執行者としての厳然たる態度が見られません。


「悪魔の道具」(1917)
嫁入り前の、ランドルフ判事の娘の持つ十字架の宝石が消えていた。娘に頼まれたアブナーは……。

良作。ミスディレクションがあったりと、おそらく一番推理小説らしいフェアな短編。アブナーのワトスン役たるランドルフが初登場。


「私刑」(1914)
牛泥棒を捕まえて、自らのルールに基づき彼らを裁こうとする人々。アブナーが彼らに語ったこととは……。

この話の素晴らしいのは、結局どちらだったかを明らかにしていないこと。アブナーの示唆が奥深い、忘れ難い一編です。


「地の掟」(1914)
ドケチな老人の家から大金が消え失せた。金の行方を突き止めるよう請われたアブナーとランドルフは……。

……何だかあまり印象の残らない短編。


「不可抗力」(1913)
素行の悪い男が、<神の摂理>によって死んだ。アブナーはこの偶然性を肯定するが……。

素晴らしい。こういう短編は、まさにアブナー物の醍醐味と言えるでしょうね。余韻が何とも言えません。
後書きにあるように、手紙の文面があれば……というのはもっともかも。


「ナボテの葡萄園」(1916)
老人が射殺された事件において、容疑者は二人考えられた。その裁判を傍聴していたアブナーは……。

傑作!アブナーの情け容赦のない犯人の追求は、読んでいて妙な高揚感を覚えます。アブナーかっこえぇなぁ。
ストーン医師が登場しますが、この人もなかなか良いですね。


「海賊の宝物」(1915)
行方不明の兄が帰還し、父親から土地を譲り受けていた弟の不満は高まるばかり。そんな中事件が……。

ありがちな手ですが、それを見抜いたアブナーの処理はまさに大岡越前。ってかこれ、アブナーがいなかったらまずかったんじゃ。最後の一言のインパクトが絶妙。


「養女」(1916)
何の外傷もなく突然死亡した男。その弟は明らかに怪しく、絶世の美女である兄の養女を自分の物にしたがっていたのは明白。果たして……。

ある意味不可能犯罪物ですが、これは現代では通用しないでしょう。歴史ミステリだからこそ味わえる面白さですね。しかしそれよりも、犯人との心理戦が素晴らしいです。アブナーの追求は、全く嫌らしさがなく、見ていて不快にならないから不思議。
ストーン医師が再登場しますが、いつからこんなにやる気がなくなったのか(笑)


「藁人形」(?)
老人が殺された。強盗の仕業と考えられていたが、アブナーの推理により、その甥のどちらかが犯人だと分かった。アブナーの出した結論は……。

久々に真っ当なミステリ。相変わらず、アブナーの追求が読ませます。「九マイルは遠すぎる」を思わせる緻密な論理展開がまた良いです。


「偶然の恩恵」(?)
居酒屋で酒を飲む荷を運ぶ船長。そこへ現れたアブナーが語った内容とは……。

事件がちょっとワンパターン化してきた気がします。アブナーの宗教的な見解が強く出ており、そこが興味深いですね。


「悪魔の足跡」(1927)
土地の境界に関してもめている男を訪れたアブナーは、彼の土地の妙な痕跡に気がつきます。

これ以降は、アブナー伯父の第一短編集(1918)に未収録だった4短編となります。いずれも約10年の間が経ってから掲載されたもので、文体が前ほど引き締まっていない印象を受けました……何となく。
冒頭と最後に挿入される詩が印象的。


「アベルの血」(1927)
判事のベンスンが殺害された。彼が担当中の事件と関係あるものと思われるが……。

普通のミステリらしい短編。犯人のトリックを見抜いたポイントはなかなか良いんですが、そこを出来ればきちんと描写して欲しかったですね。最後はちょっとこじつけでしょう(笑)
アダム・バード伝道師初登場。なかなか面白いキャラクターです。


「闇夜の光」(1927)
自分が金を貸している男を訪れたアブナーは、相手の妙な言動に注意を向ける。彼は何を企んでいるのか?

犯人は非常に運がなかったとしか言いようがありません。アダム・バード伝道師が、会話の中でとはいえ再登場します。


「〈ヒルハウス〉の謎」(1928)
ウェブスタ・パタスンが撲殺された。怪しげな容疑者がうろうろする中、アブナーが見出だした真相とは……。

アブナー物の唯一の中編です。複数の容疑者がいて犯人当ての要素を含んでいるところなどは、他の短編とは大きく異なる点でしょう。
ところでアブナー物はどれも非常に短く、25ページ前後のものがほとんどです。結局、短い方があっているのでしょうね。もちろんこの中編も悪くはありません。というか結構面白いですが、やはり短く、スパッと、変に凝らずに作ってある方が、アブナー物の醍醐味を味わえるのでは、と思います。


良質な短編集ですね。《ライヴァルたち》の中では、今のところ、フォーチュン氏に次いでお気に入りです。

書 名:アブナー伯父の事件簿(1911~1928)
著 者:M・D・ポースト
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 179-1(Mホ-1-1)
出版年:1978.1.20 初版

評価★★★★☆
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