ブラウン神父の童心
『ブラウン神父の童心』G・K・チェスタトン(創元推理文庫)

奇想天外なトリック、痛烈な風刺とユーモア、独特の逆説と警句、シャーロック・ホームズものと双璧をなす短編推理小説の宝庫ブラウン神父譚。作者チェスタトンは、トリックの創案にかけては古今の推理作家中でも卓越した存在である。まん丸な童顔には、澄んだ目がぱちくりしている。不格好な小柄なからだに大きな帽子と蝙蝠傘といういでたち。どこから見ても質朴で能のない貧相な坊さんにすぎないのだが、ひとたび事件が起きるや、ブラウン神父の探偵ぶりの鮮やかさ。快刀乱麻をたつように難事件を解決する!(本書あらすじより)

というわけで、ようやく読むことが出来ました古典中の古典、ブラウン神父物です。何をいまさら、と言われるかもしれませんが、いえ、実は自分、昔『ブラウン神父の醜聞』を図書館で借りてきて、2話目くらいで挫折したという苦い経験があるのです。いや、『不信』だったかな?とにかく、見事に砕け散ったのでした。今回サークルの企画でようやく強制的に読まされることになったという次第。ちなみにチェスタトンは『木曜の男』のみ読んでいます。


で、やはり面白いですね。古典独特の、というかこれはもはやチャスタトン独特の読みにくさがありますが、意外と気にならずにすいすい読めました。読んでいて退屈しないんですよ。神父のキャラ付けが非常に面白いですが、この控えめな性格はホームズへのアンチテーゼとして作られたものなのでしょうか。助手、というか友達のフランボウも、毎作良い味を出しています(こういう、探偵を信じきっている助手って大好きだなぁ)。職業探偵ではないブラウン神父を、違和感なく事件に巻き込ませようと、チェスタトンは毎作かなり工夫していますね。

しかしもちろん、チェスタトンと言えばトリックでしょう。全体として心理的なトリックが多く、古典的な基本とも言うべきものですが、何だか妙に読まされます。解説にで、トリック自体を抜き出せば大したことはなく、チェスタトン一流の文章で描くからこそ素晴らしいのだ、みたいなことを中島河太郎さんが書いていますが、まったくその通りだと思います。一編一編が安定した出来ですので、読んで損はないかと。

一つ気になるのが、文章に表れている強烈なカトリック精神です。チェスタトンがカトリックに改宗したのは1922年のことですが、それにしてもこの西洋中心主義、白人主義、カトリック以外の宗教はダメだぜ、的な論調は何とかなんないんでしょうか。まぁ、そこまで強調されているわけではありませんが、気になったので一応書いておきます。

ちなみに、ブラウン神父は神父さんですので、必ずしも犯罪者を逮捕するわけではありません。見逃したりとか、事実を隠したりとかもけっこうしているようです。自分が読んだ中ではH・C・ベイリーのフォーチュン氏に近いかも。やはり神父さんはこうあるべきでしょう。この間読んだ『ディーン牧師の事件簿』みたいな、どいつもこいつも警察に即突き出すような聖職者はどうかと思うのですが(笑)


以下、個別の感想記事です。マイベストは「折れた剣」、次点は「秘密の庭」「飛ぶ星」「神の鉄槌」「アポロの眼」です。


「青い十字架」
大悪党フランボウを追いかけてイギリスにやってきたパリ警察主任ヴァランタン。彼がフランボウを追いかける道々で、奇妙な出来事が起こっていた。いったいこれは何の目的があるのだろうか?

ブラウン神父物の代表作と言われるこの作品ですが……ごめんなさい、思ったほどじゃなかったです(笑)ストーリー自体は魅力的ですが、ほとんど推理小説とは言えない気もします。
バスに乗って追いかけるシーンが、金田一少年の事件簿「速水玲香誘拐殺人事件」のあるシーンを彷彿とさせました。もちろん考えすぎです。


「秘密の庭」
ヴァランタン宅で開催されたパーティーで、外部からの出入りが不可能な庭から死体が発見された。ブラウン神父が見出した驚愕の真相とは?

驚愕の真相です。必ず「青い十字架」の次に読みましょう。
いい意味で読者を裏切る秀作でしょうね。トリックも古典的ながらきちんとツボを抑えた良いものです。


「奇妙な足音」
あるホテルの一室にいたブラウン神父は、奇妙な足音を耳にする。彼はこれだけである陰謀を嗅ぎつけたのだが……。

かなり実験的な作品ともいえるでしょうね。読者が納得できるかは分かりませんが、なんだか妙な説得力があります。これは最後の方である人物が言った読者の気持ちを代弁するセリフによるところが大きいでしょう。
パウンド大佐が、レギュラー化してほしいほど良いキャラをしています。こういう渋い人は大好き。


「飛ぶ星」
フランボウは、かつて自分が成し遂げた中で最も優れた犯罪を語りだすのだが……。

というあらすじから分かるように、犯人はフランボウです。読者としては誰がフランボウなのか、という疑問を持ちつつ読むことになるでしょうね。見事にだまされました。
全体的に喜劇調という印象があります。使われるトリックが何だか爽快感のあるもので、非常に面白かったです。


「見えない男」
姿の見えない男により怪奇な出来事が次々に起きる。やがて、誰もが見張っていた建物の中で殺人が……。

古典的なトリックでしょう。
……しかし、こういっちゃなんですが、これは反則です。見張っていた人のセリフとかが特に。使われている謎は非常に面白いんですが。
この話から、フランボウが改心して私立探偵を開業しています……い、いいの?大悪党だよ?このころは改心した犯罪者が捜査する側に入ることはよくあったらしいです。うーむ、古き良き時代ですねぇ。

「イズレイル・ガウの誉れ」
当主が死んだばかりのグレンガイル城の中には、説明のつかないおかしな物が大量にあった。鍵を握るのは一人残された召使イズレイル・ガウのようだが……。

ブラウン神父が、ちょいちょい読者をおちょくるような態度に出てくるのが面白いです。事件の謎自体はそこまで強烈なものではありませんが、スコットランドの寒々しい幻想的な雰囲気が魅力的です。


「狂った形」
とある有名な詩人の家には様々な人物がうろついており、ブラウン神父とフランボウのいる中、詩人が死んでしまう。現場に残された奇妙な形の遺言書が意味するものとは?

犯人は自明であると思いますが。「狂った形」というテーマをあまり生かしきれなかったのではないかと思います。


「サラディン公の罪」
奇妙な雰囲気漂うサラディン公爵の家に突然現れたイタリア人青年。彼らはいったいどのような関係なのか?

珍しく、ブラウン神父が解決出来なかった話、と言っていいと思います。終始幻想的な色どりが素晴らしいですね。
ちなみに、世界史で有名なアイユーブ朝のサラディンとは何の関係もありません。がっかり。


「神の鉄槌」
とある田舎で遊び人の大佐が殴り殺された。凶器の特性から考えるに、動機を持った人物はみな犯行を行ったようではないのだが……。

面白かったです。ある意味叙述トリックとも言うべき展開が注目点でしょうか?
犯人の予想はつきやすいですが、その犯人を最後にブラウン神父が諭す様がいい感じです。


「アポロの眼」
フランボウの事務所のあるアパートの住人は、新興宗教をあがめる人物ととある姉妹だった。やがて殺人が……犯人の用いた巧妙なトリックとは?

トリックが秀逸。また、犯行が二重である点に奥行きを感じます。しかしこれ、現代ではちょっと実現不可能なトリックですよねぇ。
当たり前ですが、当時すでに女性解放をこんなに言う女の方がいらっしゃったのですね。もちろん婦人参政権の獲得が叫ばれるのは19世紀からですけど。


「折れた剣」
昔、イギリスとブラジルが戦争をしていた時、両軍の偉大な将軍の間で激闘が行われ、イギリスの英雄が戦死した。しかしここには隠された真実があったのだ。

本短編集の白眉だと思います。
いわゆる歴史ミステリの走りと言えるのではないでしょうか。ブラウン神父が淡々と解き明かしていく数十年前の真実が、極めて抒情的に語られており、読後感が非常に味わい深いです。


「三つの兇器」
犯行現場には三つの兇器があった。しかし男は転落死したのである。様々な証言の中、ブラウン神父の見出した真相とは?

えーっと……結局、この娘は何がしたかったのでしょう(笑)
状況証拠を明確な論理のもと組み立てていくのが良いですね(特にピストルが)。ただ、事件の設定に少々無理があるように感じました。


書 名:ブラウン神父の童心(1911)
著 者:G・K・チェスタトン
出版社:東京創元社
    創元推理文庫 Mチ-3-1
出版年:1982.2.19 初版
    2011.3.18 38版

評価★★★★☆
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